第26話 カウンセラー藤堂真由美

去年の夏、突然真一が酔っ払って泣きながらうちへやってきたときは本当に驚いた、

リンチでお兄さんを亡くしたとき以来だ。


「どうしたの?」



彼は幼なじみ、ひそかに片思いしたこともあったけれど、今や良いお友達だ。

私自身カウンセラーと称しているものの実態はヒーラー、

いわゆる“普通はみえないモノがみえる体質”で、それを活かし仕事にしていた。

こんな私のところへ泣きながらやって来るとは…。

いつものクセで彼に何が起きたか見ようとしたけれどブロック、

彼が話し始めるのを待った。



「藤堂よぉ、あのクソ女が産んだ娘、オレの子供だったんだよぅ〜」



情けない声でむせび泣きながら語り出す。



「なんだって!?」



思わずそんなセリフがもれる。

そもそも…。真一がデキ婚したとき、私は彼をひそかに想っていた。

それがあまり感心できない背景持ちの女の子がお相手。

中学校の時の部活の後輩だったので私とも交流があり、つい見てしまってた(というより、イヤでも目に入ってきやすいタイプ)

なんかまだ中学生なのに、とっても淫らでいやらしいイメージがとめどなく流れてくるので、みえないよう必死でブロックしまくった。

とってもカワイイ子だったから当然モテモテ、真一も例外ではなかった。



「あのコとつきあうの、やめたほうがいいよ」



幼なじみとして心配だから…というより、自分が恋する真一がよりによって誰とでも寝ているような女の子とつきあうのは、イヤだった。

ところが真一は聞く耳持たずにつきあい、果てはデキ婚。

そのころにはもう私は諦め完全に意識をブロックしてたから、生まれてくる子の父親なんてみえなかったし、みようとも思わなかった。


…もしあのときちゃんとみていたら…

最近悔やまれることはこれ、絵留美があんなに苦しむことなかったろうにって思う。


昨年夏の真一の衝撃的な話が忘れられない。

少年院出た後お兄さんの事件が知られていたのもあり、地元からは割と暖かく迎え入れられてた。

普通はありえないことだけど、地元民は真一に同情的だった。

人生やり直し、順調に歩んでいると思ってたのに…。



「あのクソ女の内縁の男にヤラれちゃってたんだ、しかもエンコーで捕まったと…」



あまりのことに頭がおいつかない、



「え、ちょっと待って、どういうこと!?托卵されてたって言ってなかった?」



ここでブロック外そうかと迷ったけど結局やめた、真一の今の状態では情報がこんがらがりそうと判断したから…。


「カオがオレそっくりなんだよ…しかも、DNA一致した…」



とりあえず私はティッシュボックスを渡す、大の男が鼻水垂らして泣きじゃくるのは見慣れないし、今にもソファーに垂れそうな気がしたから…。

真一はボックスからティッシュを取り出しチーンと音を立てて鼻をかんだ、

私は言葉を待った。



「会いに行ったんだよ、あのバカ女に…あいつ、おかしーよ…実の娘ライバル視してんだもん…」



そこで言葉につまり、しばらく沈黙。

この間に私はブロック外す…。

頭の中にとめどなく流入してきたのは、もめている二人…。

私の記憶の中にある涼子よりちょっと年いってさらに派手でだらしなくなった姿が浮かんできた…。



「オレよー、ウッカリ最初だけ観ちまったんだ、娘が出てた動画…」



ここでいきなり年端もいかない少女とウチらと同世代くらいの男の淫らな場面が脳内に流れてきたので、再び慌ててブロックかけた。

こちらはそれなりに性体験はあっても他人の行為を見るのは恥ずかしい、

自分でもわかるほどに顔が赤くなった。

ここで真一はため息、かなり酒くさい。

なんと声をかけたら良いのか、考えあぐねる。



「昔オレがネンショー入ってたときの保護司が教えてくれたんだけどよ、このオレに引き取れってさ…できるかよ…って思ったけど、オレが育てなきゃ誰がやるんだよ…」



そう言ったあとに真一は突然スーっと寝はじめた。

昔から彼は酔うと泣き上戸になり、果ては眠ってしまう。



――変わってないな――




寝入ったのを見届け、再びブロックを外してみる。



…真一の娘の意識や背景は、彼を通してだと探るのが難しい。

けれども、長年カウンセラー兼ヒーラーやってた中には性的虐待や被害に遭ってやってくる女性もいて、話を聞いたり背景をみてきた経験上、彼の娘は男に洗脳されたのだろう。

そのままの意識でいったほうが良いのかもしれないが(いや、本当は良くないのか)、

だいたいがあるとき急に道徳観が芽生えたり・どこかで吹き込まれて非常に自分を恥じるようになるか、あるいはヤケっぱちになる。

自分との行為を拡散され、ショックを受けたっぽい…という情報が拾えた。


真一が目覚めてから、そのことを自分のカウンセリングルームの客の例を引き合いに出し、やんわり伝えてみた。

また、このままだと自殺する危険性があることも伝えた。



「…わかった…がんばってみる…」



ふらふらと真っ青な顔して帰って行った。



彼が実際に絵留美を引き取ったのは、不処分になってすぐ…というわけでなく、

ほんの短い間保護処分として施設に入り対所してから…だったと思う。



初めて絵留美に会ったとき、母親の涼子のとき以上に衝撃を受けた。



頭の中が性的なことでいっぱいなのだが、それを打ち消そうとする意識も働いていて、それが激しく彼女自身を責めている…。

果ては生きる価値がないと思い込み、自分を恥じて消えたがっている。

絶え間ない寂しさと悲しみ、そしてモヤモヤとした怒り…。

そこには負の感情しかなく、正直この少女を癒す自信がなかった。



「病院へは行ったの?」



初めて絵留美に会ってみた後、真一に訊いてみた。

手に負えないからこのようなことを訊いたわけではない、

明らかに心療内科もしくは精神科に一度は受診した方が良いケースでも、

私のようにみえる者にすがって依存する人がいる。

少しその危険を感じたからだった。



「とっくに連れてったさ…ただ、ああいう病院って、患者の話をろくに訊かずに薬漬けにするイメージあんだよ」



真一は健康そのもので病気とは無縁、そしてある意味自分と無関係な事柄には無関心でいて無知なんだが、昔からカンは良かった。

思わず『よくご存知で』と言いそうになったけれど、その言葉は飲み込んだ。

介護福祉士の彼の給料では、そのような診察法に金を払うのはイヤなのだろうな、とも思った。

カウンセリング受けたら…というアドバイスは保護司によるもので、

それで幼なじみの私のところへやって来た…というわけだ。



先日絵留美に会ったとき、またびっくりした。

なんだか様子がちがう!

見たまんまは絵留美そのものなんだけど、私には絵留美の着ぐるみを着た他人に見えたのだ。


あの日のこと思い出し、ため息をついた。



――こんなあり得ないことがこの世の中にあるなんて…――



二人を元に戻す手伝いをする、と申し出た以上方法を考えなきゃならなかった。

二人並べてヒプノセラピーという催眠療法をかけることしか思い浮かばない…。

片や老人ホームに入っているというのに、どうやって二人並べて催眠をかけたらいいのか?

多分入れ替わった絵留美が入所している施設に行って試してみるしかないんだろうけど、人の出入りがあるところで催眠なんてやっていたら怪しまれるに決まっている。



「まいったなぁ」



私は思わず声に出してため息をついた。

パカと携帯電話を開いてみる。

絵留美に入れ替わった、というおばあさんからの返信はない。

元はおばあさんだから携帯電話なんて使いこなせないのかもしれないけれど、

先日帰り際にあちらから「携帯電話の番号と手紙…じゃなかった、メールアドレス…とかいうのかな?教えてくんないかね?こう見えてもなんとかできるようになったんだよ」みたいなことを言われたのを思い出した。


思い切って電話してみたが、誰も出ない。

留守番電話へも『その後いかがですか?』的なメッセージを吹き込んでおいたが、

聞いてもらえているかどうか…。


なんとなく気になって、施設を訪ねてみようか…と思いつく。



――でもなぁ…真一になんて思われるだろ?いっそ本当のこと話せたらいいけど、アイツ絶対信じないだろうし、もううちへカウンセリング来なくなりそう…――



頭が痛い。

ハーブティーでも飲もうとキッチンへ向かう。


――ええと…真一にも周りの職員にも不審に思われずに行く方法は……――



考えごとをしていたせいか、電気ケトルからポットへお湯を入れるときに手元が狂って熱湯が手にかかってしまった。



「あちーっっっ!!!」



あまりの熱さに大声を挙げてしまい、慌てて水道の蛇口をひねって水を出してヤケドした手にさらした。

この衝撃で、何か良い案が浮かびかけていたのがわからなくなってしまった。



そこへ携帯電話に着信が。

発信者は『新田真一』と出ていたので、

なんてタイミングが良いのだろうと驚いた。



「もしもし?」



こちらから声をかけてみる、しばらく無言。



「もしもし、もしもし?」



これまでの彼の行動パターンを思い出すと、

電話してきていきなり無言はどうしようもなく悩んでいるとき、最近はそんなのばかりだ。



「藤堂…ちょっと話できないか?」



やっと喋った。



「いいよ、わりとヒマだし」



さて、どんな話が飛び出るかと思ったら、



「震災以来絵留美がヘンな気がするんだが、こないだのカウンセリングでなにか気づいたことないか?」



いきなり核心をついてきた。

ああ、彼なりになにか異変を感じたのかな?

私は思い切って絵留美が老婆と身体が入れ替わったことを話すことにした…。







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