第25話 新田真一のつぶやき

震災以来、絵留美の言動がおかしい気がする。

それまでオレのことオヤジと呼んでいたのがいきなりお父さんだし、

最初は喜んだのだが、どーもおかしい。

なにがおかしいって、これまで話しかけても基本シカト。

まぁ自分も中坊んとき親に話しかけられてもシカトぶっこいてたから、身に覚えありすぎて気にしてなかったんだが、ここんとこやけに素直に応じるもんだから少々不気味だった。

震災で怖い思いし不安だからだろうと思いたかったが、言動がババくせえのも気になった。

最近うちの利用者でもある市川フキってばーさんとつるんでるから影響受けてんのかと思ったんだが、これまでの絵留美のこと思い出すといきなり年寄りと仲良くなるのは不思議すぎだった。



――もしかして入れ替わってんのか?――



なんてことも考えたが、そんなマンガみたいなことがあるはずなかった。



「ごめんなさい、やはり娘さんとの時間大切にして…」



震災前、つきあってたオンナにフラれた、同じ職場の工藤早苗だ。

これまでつきあってきたオンナどもはハデなのばかりで、こんな地味なタイプは初めてだった。

元妻である涼子と別れてからは、ヤケクソなってオンナと遊びまくった。

涼子がハデでちょっとヤンキーなのは知ってたが、まさか援交してるとは思ってなかった。

オンナがみんなそういうことしてるんじゃねーかって気がしてきて、

性欲が抑えらんなかったのもあってヤルだけヤッて終わらせてきてた。


オレは10代のときに暴力事件を起こしてしまっている。


自分が中2のとき、3つ上のアニキがヤンキーにフクロにされて死んだ。

そいつらのことがスゲー許せなくって、リーダー格だったヤツの居場所特定しボコってやった。

本当は殺してやりたかったんだが、ボコってる最中に捕まってしまい、

自分もあえなくネンショーに…。


そんなとき出会ったのが、保護司の長谷川だった。



「憎しみからはなにも生まれんよ」



50代くらいで、自分の親よりちょっと上なかんじ。

半分白髪頭で黒ブチ眼鏡、スーツをピシっと着こなしいかにも真面目で優しそーなオヤジだった。

初めての面談のときのことが忘れられない。



「テメーになにがわかる!?」



って喰ってかかりたかったが、口もききたくなくてシカト決めこむ。



「真一くんと言ったかな…君は今、こう思っているだろう?少年法ザケんじゃねー!こっちは身内殺されたってのに、なんで殺したヤツが少年というだけでたいした罪に問われず生きてんだよ!と…」



オレの言いたいことそのものをズバリと言い当てられてしまったので、

驚いて目を合わせてしまった。

黒ブチ眼鏡の奥の黒い瞳は、優しげだった。



「だがな、真一くん…今回たまたま相手が死ななかったにせよ、君にやられた彼の身内も同じように思うだろうね」



そのセリフを聞いて思わずオレは怒鳴った。



「んだよソレ!先にオレのアニキったのは、アイツらだろーが!それに復讐してなにがわりィんだよ!」



ところが、長谷川からかえってきた言葉は、



「そうだよな…本当は復讐しても良い法律があれば良かったんだが、今時の日本じゃ認められていないからねぇ…」



ビックリ仰天なセリフだったので、



「ハァ!?」



思わずヘンな声を挙げてしまった。



「リーダー格の元少年の親は正直どうしようもない人間の部類だったがね、彼にも年の離れた幼い弟がいるからね…」



犯罪者の家族の話なんて正直知るかよ!なんだが、兄と弟…という組み合わせに、

思わず反応してしまい身を乗り出してしまった。



「異母兄弟だがね、兄弟仲はいたって良かったって話…もし君が彼を本当に殺してしまっていたら、今度はその弟さんが君に復讐することになる…」



「おう、上等じゃねーか!」



思わずそうイキってしまったが、アニキられたときのこと思い出すと、

胸がチクリと痛んだ。



「君と同じように悲しむ者が増えるだけなんだがね…」



「人殺しするよーなアニキなんて、ぶっちゃけクソだしいらねーだろ!」



オレは思ったことを率直に吐き出す。



「だがね…弟さんは人殺しの弟だと世間で叩かれても、健気に出所を待っていたんだよ…」



「…」



「学校も中学までしか出られず、お兄さんの事で働いてもすぐ辞めさせられたり居心地悪い思いしても、それでも待っていたんだよ…君はそんな弟さんを苦しめたいと思うのかい?」



「ケッ!そんな話聞いてられっかよ!」



オレはムカついてイスからガタっと立ち上がった。



正直、今でもヤツの弟には同情はできない。

だが、憎しみを持ち続けるのは正直疲れる。

出所後に涼子と出逢い赤ん坊生まれやっと落ち着けると思ってたら、思わぬ裏切り…。

世の中の全てが敵に思えるような人生送るんなら死んだほうがマシとさえ思い、せっかく就いてた仕事も辞め、自暴自棄ヤケになっていた。


長谷川の紹介で老人ホームでのボランティアをさせられるようになったのは、

いつのことか?

はじめのうちはスゲーやだった。



「なんでジジババのクソの始末やんなきゃなんねーんだよッ!」



かなり抵抗したんだが、ヤケクソに生きてる自分がまたなにか起こすのでは?と、長谷川は心配していたらしい。



「まぁまぁ…いきなりシモの世話なんてさせないから…」



長谷川の言ったとおり、今絵留美にさせているような介護補助だけだった。

あとでわかったことだが、長谷川は日頃整形外科医でいくつか介護施設をも運営している実業家で理事長、オレがボランティアさせられたのもそのうちのひとつのデイケアだった。



「公務員が副業していいのかよ?それに手ぇ拡げすぎだろ?」



ある日突っ込んでみた。

その質問に対し長谷川満面の笑みを浮かべこう答えた、



「いや、私は非常勤なんでね。それに保護司の任務は基本二年で無給なんだよ。私は今年で二年目、そろそろ本業に戻る。どうだ、良かったらうちで働かないか?」



通常モードのオレだったら『ジョーダンじゃねーや!』なんだが、

ヤケっぱちですごしてるうちに「ま、いいか」と思うようになった。

配属は地元の老人保健施設、老人ホームにこんな種類あるなんて知らなかった。



オレが施設で働きはじめたころには長谷川も保護司の任期を終えていた。

ヤツが持っている施設とはいえ理事長で現場の人間じゃないから顔合わすことはほとんどなく、必死に働いているうちに忘れるまでいかないが、存在薄くなってきていた。


それが去年の夏、長谷川の家でバーベキューという意味不明なイベントに強制参加させられたとき、思わぬ話を聞かされたのだ。



「よう、真一くん、元気にやっているかね?」



ビール片手にニコニコしながら近づいてくる。

水色のポロシャツにベージュのチノパンというカジュアルなカッコで、

保護司時代のスーツ姿からは想像もつかなかった。


オレは頬張っていた肉を慌てて飲み込み、「おかげさまでなんとか」と答えるのが精一杯だった。



「なぁ真一くん…君は自分の娘が今どうしているのか気にならないかね?」



だしぬけにそんな質問されたもんだから、飲んでいたビールを危うく吹き出すとこだった。



「娘って……自分にはそんな存在いませんが?」



なんかの間違いじゃね?長谷川とうとうボケたか!?なんて一瞬思ってしまった。



「君の別れた奥さんとの間に生まれた娘さんだよ」



その言葉に今度こそ咳き込んだ。



「失礼…」



オレは咳がおさまるまで人気ひとけのない方を向いて落ち着けた。



「あんなクソビッチが産んだのなんて、オレの娘なんかじゃありません」



介護業界で働くようになってからマトモになった言葉遣いは、この長谷川が現れるといともカンタンに崩れてしまうらしい。

長谷川の表情から笑みが消え、深刻な顔つきになった。



「…こんな場で話す内容ではないんだがね…これを見なさい」



そう言って懐から一枚の写真を取り出す。

そこには髪を金に染めた少女が写っていた。

髪の色は派手だが、顔はすっぴんだった。

なんだこの小娘、と思った次の瞬間、どっかで見たことあるような気がして写真を長谷川から引ったくってじっくり見た。



「これは…」



言葉が続かない。



「自分でもわかるかな?君によく似ているだろう?」



「もしかして、これ…」



「そう、君の元奥さんとの間に生まれた娘さんだよ…」



なぜこのような写真を持っているのか、イヤな予感しかしなくて聞けない。



「ここじゃなんだから、ちょっと家へ入ろうかね」



長谷川に言われるまま家へと入る。

三階建の豪邸で、いかに儲けているのかよくわかる。

こっちは安い給料で頑張ってんだぞ!と一瞬ムカついたが、そういやコイツ介護だけじゃなく、医者でもあったんだと思い出す。


通されたのはリビング、大きな窓から庭が見え施設の仲間らがバーベキュー楽しんでいる。



「そこに座りなさい」



なんだか保護司だった時を思い出させるようなセリフ、オレは言われるまま茶色い革張りのソファーに腰かけた。



「かなりつらい話なんだが聞いてもらいたい…単刀直入にいえば、娘さんは今鑑別所にいる」



「なんだって!」


長谷川の思わぬ発言に、オレは声を荒げる。

カンベツっていえば、なにかやらかさなきゃ普通は行かないはず、それがどうして…?

そんなオレの考えを見抜いたのか、



「援助交際だよ」



ぽそりとつぶやいた。

ハンマーでアタマをガンって殴られたようなショックを受けた。

だが、その先の長谷川の話のほうがもっと衝撃的でヤバかった。


涼子の内縁関係の男に性的虐待を受けていたこと、その動画が出回ってしまっていたこと、余罪調べたら、再婚相手にそそのかされエンコーしまくっていたこと…。

目の前が真っ暗になったような気がした。



「娘さんの処遇まだ決まらないんだ」



長谷川はため息をつく。



「不処分にしてやりたいところなんだが、あの母親じゃあ…」



「涼子のヤツはなんと?」



分かりきっていたが、



「本来継父から虐待受けていたらフォローするのが母親の役目な筈なんだが、真実を知って発狂し娘さんに喰ってかかったんだそうな…」



やはり予想どおり…。



「奇遇にもうちの娘が弁護士でね…それで知っているんだよ」



「なぜオレにそんな話を?オレにどうしろと?」



涼子のエンコーが発覚してから絵留美は他人のタネで托卵児だったと長年思い込んでいた、それが数分前突然に血を分けた娘だと聞かされても実感わかない。



「おそらくこの子は保護処分が妥当…という処遇になるかと思う。だが、施設に入れられ出所をしたところで戻るのはあの母親しかいない…できればそれは避けたいんだ…」



「つまり、オレに引き取れと?」



「お察しのとおり」



いや、…いやいやいやいや、そりゃねーべ!?と言いたかったが、いくら涼子の内縁の男が逮捕されていなくなったとは言え、あの女のことだからまた男を連れ込むに違いない。

ソイツがまたロリコン野郎だったら…と思うとゾッした。



「少し考えさせてください」



そう答えるのが精一杯だった。



長谷川に勧められ、DNA鑑定もやった。

費用は長谷川の好意で出してくれたのがありがたかった。

結果は父娘おやことして完全一致。

正直、生まれてすぐ別れたから実感はなかったのだが、自分の血をわけた娘が女としてひどい目に遭わされていたのは、ガマンがならなかった。


バカなオレは問題の動画を最初のほうだけ観てしまった。



ラブホに連れ込まれた制服姿の絵留美が、

中年男に脱がされていく…。



「やめろーッッッ!!!!」



オレは絶叫し、気づいたら携帯電話を叩き割っていた。



自分になにができるとかなにも考えず引き取ろうと決心したのは、この直後だった。

とりあえず自分の住む地域の中学校へ転校はさせたが、動画が出回ってしまっている状態だったようで、即不登校。

幸いその中学校に同級生で仲間だったエリ子が保健室のオバサン(なんて言ったら怒られるが)で、彼女に保健室学習を任せられた。

娘である絵留美は、引き取られてからはずっと無表情で笑顔を見たことがなく、

それどころかスキあらばリスカばかりする…。

心の傷はだいぶヤバそうだった。

目を離したくなく、理事長でもある長谷川と佐々木事務長に頼みこみ、同じ職場でボランティアさせるようになった。

イヤイヤやらされふてくされていたのが、震災以来笑顔を見せるようになった気がする。

最初は嬉しかったが、最近違和感がある。

自分の娘なのに、娘ではないような…。



――いや、気のせいだろ…――



なんとなく、同級生でカウンセラーになった藤堂に相談してみることにした。















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