第24話 新田真一、ぶちまける

絵留美の体験・告白は、想像以上にひどかった。

養父に性的虐待されてしまう娘っ子の話は私らが若いときから聞いたことのある話ではあったが、実際身近にいたことはなかった。


気がついたら二人で泣いていた。



「おーい、絵留美、話は終わったか?」



しびれを切らした新田主任が部屋の出入り口から声をかけるもんだから、慌てて涙を拭った。

とはいえ、二人とも誰が見ても泣いたあとだということがわかってしまうような顔になってしまっていたので、出るに出られない。



「やべ、オヤジだ」



絵留美はつぶやき、慌てて目をゴシゴシこすった。



「こら、そんなこすったら、もっとひどくなるって」



私は慌てて止める。

自分の姿した絵留美を見て、つくづくいやになる。

泣きはらした自分の顔って、こんな醜いのかと…。

だが、そんなこと思ってる場合じゃない。

お互い泣きはらした顔で主任の前に出られない何とかせねば…と思ったが、間に合わなかった、次の瞬間には新田主任が部屋の中へ入ってきてしまった。



「…!?一体なにが起きた?!なんでまた泣いてる!?」



出入り口にいた主任は、うちらを見て仰天する。



思わず、この娘っ子の生い立ちが不憫でね…と喉まで出かかった言葉を飲み込み、



「あ、あたしの話聞いてもらったの」



なんとかごまかした。



「そうか…あんまり年寄り泣かすんじゃないぞ」



新田主任はそう言って私の肩に優しく手をのせ、



「フキさん、すみません、うちの娘の話なんか聞いてもらって…しかもご飯も食べずに…」



絵留美に謝る。



『おやおや、年寄り扱いすんじゃないよ』



いつもの私…市川フキならこういう台詞のひとつも投げかけたろうが、

絵留美にそんな機転もきくはずがない。

主任目の前にしてずっとしゃくりあげている。



「参ったなぁ…」



いくら上がり時間とはいえ、目の前にいる年寄りが大泣きしてちゃ、帰るに帰れないだろう。

私もどうすれば良いかわからなかった。



「フキさん…いつも絵留美のこと気にかけてくれてありがとね…もうオレがいるから大丈夫だから」



主任は泣いている絵留美の顔の高さに屈み込み、優しく声をかける。

と、ここで、絵留美がキッと顔を上げ睨みつけた。



「父親ヅラすんじゃねーよ!!」



私は慌てた、絵留美の奴、カラダが入れ替わってること忘れてる!?

オロオロしてる私をおよそに、主任はひるまなかった。



「…そう言われてもしかたないと思ってます…」



そう静かにこたえる。



「絵留美もここにいることだし、話を聞いてもらえますか?」



「オマエの話なんて聞きたくねーよッ!」



ああ、絵留美ってば、完全に自分が今は市川フキの姿だってことを忘れてしまってる…。

私はそんな失礼な対応はしないんだが…。

だが新田主任は引き下がらず、こちらに向かって土下座をした。



「絵留美、すまなかった!」



この突然の行為に絵留美は我にかえったのか、泣き止んだ。

主任は土下座をしたまま話し出した。



「ずっとオマエを迎えに行かずに父親として名乗りあげなかったのは、自分が父親だってことが疑わしかったからなんだ…」



これまた、衝撃的な事実を絵留美にここで告白するのか!?

私は仰天した。



「なんだって!?」



絵留美は叫んだ、やはり知らなかったか…。



――なんでこのタイミングかいな!――



私はカウンセラーの藤堂さんから聞かされた話を思い出していた。



ここで主任は顔を上げ、立ち上がる。



「オレたち、いわゆるデキ婚だったんだけど、絵留美が生まれてからしばらくは平和で幸せだったんだよ。アイツが絵留美の命名をサンズイに少ないって漢字をシャと読ませ、音をネと読ませて絵留美の留をあててシャネルと名づけようとしたときはガチでケンカしたんだが、そのとき以外はケンカらしいケンカひとつもせずに、仲も良かったんだ」



ここで主任はひと息ついた。



「…ごめん、絵留美…この話はオマエの心が落ち着いてからにするつもりだったんだ」



そう言って私の両肩に手を置き優しい表情で覗き込む、本当はそうすべき相手は老女の姿で車イスに座っているとも知らずに…。

私はこの父娘おやこが不憫でならなかった。



「…それがどうして…」



ここで絵留美が口をはさむ。

主任からすれば、絵留美を親身になって心配する年寄りにしか見えないだろう。



「これを絵留美に聞かせるにはまだ…と思ってたんですが…」



そう言って私の方をチラリと見てから絵留美に向かって話しはじめた。



「涼子…絵留美の母親なんですが、ブランド物欲しさに援助交際…といって、金銭目的に性行為をするといった売春まがいのことしてたんです、それも自分と出会う前から…」



「なんだって!?」



ここで大声を挙げたのは絵留美だった、さっきまで泣いてたのに鬼の形相になっていた。

自分の母親が売春していたのを知りさぞや衝撃だろうが、怒りの感情が強いように見えた。



「自分は高校中退して働いてたし、そんな学がないからたいした仕事にも就けなかったし、収入も多くなかった…それなのにアイツ…絵留美の母親は、やたらブランドものばかり持っていたからおかしいとは思ったんです。ある日援助交際相手の家族から怒鳴りこまれるまで、なにも知らなかったんです」



絵留美の母親の売春もどきの話はカウンセラーから聞いて知ってはいたが、どのようにして判明したのかは知らされていなかったので軽く衝撃を受けた、相手の家族に乗り込まれるとは、

よほどの修羅場だったのではないか?

ちらと絵留美の表情を見る。

想像以上に衝撃を受けているようで、顔色が紙のように真っ白になっていた。



「白状させたら、中学入った頃から手を染め、自分と出会ってからもやめられなかったと…オレは悲しいというよりスゲー腹立って、怒りも収まらずそのまま離婚したんです。そのとき絵留美とのDNA調べたら良かったんですが、信じられずオレの子じゃねー!と思い込んで、それっきりだったんです…」



ああ、もしこのときに新田主任が冷静になっていれば、今頃絵留美は心から笑う日々を送れて、虐待を受けずにすんだかもしれなかったのに…。

絵留美にはかなり打撃だったようで、



「…なんで…なんで…?」



そうつぶやきながら髪をかきむしっていた。

本当はここで衝撃を受けて打ちのめされている絵留美に寄り添うべきだったのかもしれない。

けれどもそのときの自分は、とっさにどうしたら良いかわからなかった。



「絵留美が本当に自分の子供だとわかったのは、ある保護司からの連絡だったんです」



主任は相変わらず私に語りかけるつもりで絵留美に話しかけていた。



「その昔の自分は、えらくツッパってて…いや、いわゆる不良っていうヤツで、保護司の世話になったことあったんです。それが偶然絵留美が保護されたときの弁護を担当したのが保護司の娘さんで、こちらに連絡がきたのです」


新田主任が昔不良だったという話は職員同士の噂話から知ってはいたが、

メガネをかけて真面目そうに見える現在の姿からは考えられなかった。



「それでなんであたしを本当の子供だってわかったの?」



私は絵留美が余計な発言をする前に、なるたけ彼女の口調をマネて質問をしてみた。

チラリと絵留美のほうを眺めてみたら、なにか言いかけてたかんじだった。



「…絵留美…オマエもわかってるだろうが、目元がオレにそっくりだろ…母親がくっきりと大きな二重まぶたなのに、オレらは細い目で奥二重。オマエがんばってアイプチしてつけまつげつけて目をでっかく見せてたようだけど、施設に一時入所してたときにはそれらメイク道具を没収されてたおかげで自分に似てるってわかったんだよ。勧められたDNA鑑定で本当の親子と証明される前に、もうオレは疑ってなかったよ…」



ここで絵留美がなにか言いかけたので、私はガタっとイスから立ち上がった。



「…お父さん!」



自分でも驚くほど大きな声を出していた。

これに続く言葉は『あたしを見つけてくれてありがとう』と言いたいとこだったが、絵留美の性格的にない気がした。

なんと言ってよいのかわからず、しばし固まってしまった。

絵留美も私が突然立ち上がったことで危うく自分がうかつな発言をしてしまいそうなことに気づいたらしく、口を閉ざしていた。



「絵留美ごめんな、オマエの命とも言えるメイク道具、施設から出るときに返してもらったのに、またオレが隠してしまって」



そういうことがあったのか…。

年頃の娘と父親の間にありそうなことのような気がした。



「いや、そんなことより、絵留美本当にすまなかった…オレがあのとき少しでも疑わずにオマエを引き取っていたらあんな目に合わせずにすんだのに…」



ここで新田主任は立ち上がり、私の両手を握って涙を流した。

ちらと横目で絵留美を見る。

ちょっと複雑な表情をしていた…。



新田主任は再び絵留美の方へ向き合い、



「フキさん…オレは父親として最低なことしてしまったんです…なじられても軽蔑されてもしかたがない…この子がここでボランティアしててもちっとも楽しそうじゃなく心開かなかったのに、ここのとこフキさん、あなたのおかげで初めてこの子の笑顔を見ることができたんです。色々と絵留美に寄り添ってくれてありがとうございます」



深々と頭を下げる。

これを受けて絵留美はとまどいを見せる。



「いや、その、なんていうか…」



10代の娘っ子と80代の老婆のカラダが入れ替わるなんてありえないこと、

このおかげで互いの秘密を打ち明けざる得なくなっただけのことなんだが…。



いつまでこの状況が続くのかまるでわからなかったが、このままずっと入れ替わらなかったら…と思うとゾッとした。



私はもうじき死を迎えてもおかしくない年齢だったけれど、

入れ替わったとわかった瞬間本音では嬉しかった。

まだまだ生きたかったし、自由がきくカラダで様々なことに挑戦してみたかったから。

けれども人生の喜びをろくに知らずに老婆のカラダになってしまいやがて死を迎えてしまうのは、いくら本人が死を望んでも不憫でならなかった。








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