第22話 衝撃的な告白

絵留美の母親に会うためにこっそり施設を抜け出し渋谷へ行ったことが露見し、

施設に戻ったときに新田主任があたたかく迎えてくれたまでは良かったのだが…。



「絵留美!勝手に出るとは、どんだけ迷惑をかけたと思ってんだ!?」



までは良かったが、職員玄関口から中へ入ったとたん、

「なぜ会いに行った」「自分がされてきたことわかってんのか?」と尋問のようになる。



――まぁ、あの母親では会いに行ってしまったことをなじられてもしかたない――



そう思っていたのだが…。



「本当はまた母親とグルになって男引っかけて金づるにしようとしたんじゃないのか!?」



なんて、もっとも言ってはならないこと言ったもんだから、私は激怒した。



「だから!それは言っちゃならないだろう?!」



自分専用の室内履きに履き替え、新田主任に詰め寄る。



「だいたいなんであんさんは自分の娘を信じないんだね?」



こちらも興奮していて、思わずいつもの市川フキの口調になってしまった。



「父親に向かってあんさんとはなんだ!」



言い争いに発展。



震災の影響で我々のように歩ける者はエレベーターが使えず階段をのぼるしかなかったんだが、その間中ずっと口論。



ようやくフロアへ戻ると、利用者(入所してる年寄り)の夕食時だった。

私たちはまだ怒鳴りあってた。



あんまり大声出すもんだから食事中だった年寄りの何人かを驚かせてしまった、

そこには絵留美もいた。

絵留美は呆然と主任と私を見てはいたが、

目は合わない。


――もしかして私が母親に会いに行ったの、知れてしまったのだろうか?――


ちょっと気まずい。


我々が言い争う姿を見た年寄りたちがこちらを不安げに見ていたため、

主任と私はそそくさとスタッフルームへと入った。



スタッフルームには佐々木事務長がいた。

日頃忙しいはずの人がここにいるのはただごとでなく、

改めて自分のしてしまったことの大きさを知った。



「申し訳ありませんでした」



とりあえず頭を深く下げてあやまる。



「事情は後日主任から訊くとして、今後気をつけるように」



注意を受けただけですんだ。



新田主任は、そんな私を見て驚いたような表情だ、素直に謝るとは思っていなかったのだろう。

…思えば、絵留美がどんな母親に育てられたかなんて、知る必要があったのか?

単に好奇心ではなく、真実を知った上で絵留美の助けになれば…と思ったが、

余計なことで騒ぎになり迷惑をかけてしまった…。


「もういい…今日は早番だったから、オレらの勤務時間はとっくに終わってる、帰るぞ」



ひとこと絵留美に詫びたかったが、有無を言わさず帰宅するしかなさそうな空気だった。



「明日は休みだ」



と言われ、ハッとした。

絵留美の母親に会うなら休みの明日にすれば良かったのかもしれない。

だが、新田主任も明日は休みだから、きっとどこへ行くのか厳しく問われるだろう。

そもそも…。絵留美の母親に会う必要があったのか?

子供を持つ母親とは思えないケバケバしいいでたちの女を思い出し、

なんだか憂鬱になってきた。



「ちょっとフキさんと話したいから待っててもらえる?」



私は思い切って新田主任にお願いしてみた。



「ああ、いいよ、相手はまだケガが完全じゃないから、すぐ済ませるように」



反対されると思っていたのを快諾されたので、少しホッとした。

事務所を出ると、車イスを押しながら部屋へと向かう絵留美をみかけた。



「フキさん」



入れ替わってるとはいえ、自分の名前を呼びかけるのはヘンな感じだ。

声をかけられた絵留美も、すぐには振り向けないだろう、そのまま部屋へと入ってもらった。



部屋へ入ってからが大変だった。

絵留美の母親に会ってしまったことを詫びた上で絵留美を気遣う言葉をかけたら、

泣かれてしまったのだ。


……そして………。


絵留美の口から衝撃的な話を聞かされたのだ。


てっきり母親と会ったことを責められるのではないかと思っていた、だが絵留美の反応は一瞬怒ったような表情を見せてからすぐうつむき、

今にも泣きそうな顔へと変化したことに気がついた。


――これはもしかして…――



渋谷で会った母親は、確かに親として失格と言えるようなかんじだった。

だが、精神的に幼いゆえ、母親というよりは親友的な感覚でいられ、良い時はなんでも話せる心のよりどころであったのでは?という気がした。


とりあえず、母親に会ってみたのは好奇心からではないと伝えた。


絵留美の目から涙がとめどなく溢れ出た、

私はベッド脇にある机の上にのっているちり紙を箱ごとそっと渡した。

ちり紙一枚を取った絵留美は、ちんと音をたてて鼻をかんだ。



「物心ついたとき、パパって呼べる人いなかったの」



絵留美は鼻声で語りはじめる。



「ママはあんなだからずっとカレシ切らさなかったんだけど、オトコたちあたしのことジャマだったみたいで、ナグられてばっかだった、」



ここで絵留美の目から再び涙が溢れ出てきて、嗚咽をはじめた。

小さな女の子に暴力をふるうなんて!

あの母親はなぜもっと娘を守ろうとはしなかったのか?

ひたすら絵留美が気の毒になり、背中を優しくさすった。

やがて落ち着いてきて、衝撃的なことを語りはじめた。


…だいたいは保健室の盗み聞きとカウンセラーによる証言で知ってはいたが、絵留美本人の口から聞くのはつらかった…。



まだあどけない少女の胸がどんなに痛めつけられたことか!

また、それを喰い物にし快楽を満たす男が存在するのが、心底許せなかった。



――命ある限り、絵留美に寄り添っていこう――



そう固く決心した。

絵留美が本当の孫だったら…。

もし、元に戻ったら、相手の気がすむ限りいくらでも話を聞こう。

自分のときもそうだったが、つらい気持ちは誰かに受け止めてもらいたい。

「こうすればいいよ」「こうしてみては?」ではなく、ひたすら話を聞いて同調してもらいたい。

ああ、なんでそんな単純なことを忘れてしまっていたのか!

そういった心情が絵留美にも伝わったのか、

彼女の口から衝撃的な告白が続いた。

私はそれを肯定するでも否定するでもなく…。

ひたすら耳を傾け続けた。












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