第21話 フキさん、戻ってくる
あたし(フキさん)の姿が見えないと、施設内はちょっとした騒ぎになっていた。
気になったあたしは職員呼んで車イスに乗せてもらい、廊下に出ることに。
職員、誰が来るのか賭けだった。
ベテランがきたら、理由きかれて断られる可能性あったし、第一まだ安静状態とけていなかった。
だいたい個室だから、トイレ行きたいと伝えても廊下には出られない。
コール鳴らしてやってきたのは、ラッキーにも新人なんだかボランティアだかわかんないオンナだった。
大学生くらいだが、かなり地味でダサい。
はっきりいって色白デブ、若いのにノーメイクだった。
「市川さん、なにかご用でしょうか?」
…フキさんのこと市川さんと呼ぶこと自体、
入ったばっかりの証拠だ、しかも丁寧な言葉づかい。
慣れてくると「どうしたの?」みたくタメ語になる。
「あ、えっと…ちょっと廊下に出たいかなと…」
正直にお願いしたら、すぐにやってくれた。
良かった、理由きかれなくて…。
職場から支給されたシャツには、『田村』と名前が入っていた。
「はい、じゃあ起こしますねー」「私に捕まってください」
声かけしながら手際よく車イスに乗せてくれた。
ボランティアか新人っぽく見えたけど、転職組かな?
「ありがとさん、田村さん」
最近自分でもフキさんのマネうまくなったと思う。
あたしは自分で車イスを動かして部屋から出た。
思い切ってスタッフルーム近くまで移動してみた、ちょうど佐々木事務長が中へ入ってくとこだった。
ドアをきちんと閉めないで半開きだったので、中の会話が聞こえた。
「新田くん!娘さんから連絡は?」
会話が聞こえた…といっても声デカい佐々木事務長の声しか聞こえず、オヤジの声は聞き取れなかった。
これって年寄りのカラダのフキさんの耳だから聴こえづらいんだろーけど、元々オヤジは興奮しない限り声は小さいタイプみたいだ。
オヤジの声でなにかゴニョゴニョ言ってんのは聞こえたけど、言ってる内容サッパリわからなかった。
次に聞こえてきた佐々木事務長のセリフは、
「警察呼ぼうか」
これにはさすがのオヤジもビビったみたいで、
「いえ!ちょっと待ってください!今心あたり連絡しまくって返事待ちなんで!」
大声で答えた。
――もぉ、ドコいっちゃったんだよ、フキさあん!――
あたしは盛大に焦った。
藤堂さんとこならいいけど、ママのとこだったらやだな…。
いや、それしか考えらんないよね?
ケータイ片手にオヤジが出てきた、ここにいるのバレたら叱られる!って思ったけど、隠れてるヒマなんてない。
でもオヤジ切羽詰まってたみたいでこっちに気づかない、誰かから着信あったみたいでケータイ耳に当てた。
「おいっ、どういうことなんだ!?二度とオレに電話してくんじゃねーよ!!それに、あれほど絵留美に関わるなと言ったろーが!」
この怒鳴り声まじりのセリフで、フキさんがママに会いに行ったことが確実にわかった、なんでまたこんなことに…。
オヤジはケータイごしにママに怒鳴り続けながら階段へ通じる扉を開けて行ってしまった。
――まさかママがここまで来んのか!?――
なんだか修羅場になる気がして、部屋へと戻った。
この騒ぎであたしが廊下に出たことに気づかれなかったのは、ほんとにツイてた。
それは用事もきかずに勝手に車イスに乗せてくれた田村さんにとっても同じだっていうこと、あとでわかった。
ただでさえヤバいのに、このときのあたしはケガした直後で安静状態。
バレたらただじゃおかなかったんだろうな…。
部屋へ戻って車イスからベッドに戻らないうちに夕食の時間がやってきた、
こんなことならあのまま出ていれば良かった。
ここでの夕食の時間は17時半、ほとんどの年寄りが部屋から出されて食堂のような場所へ集められる。
そう、あの震災の日にフキさんと入れ替わった場所。
例のもろい収納ケースはとっくの昔にない。
ベッドから落ちて打撲した後は部屋に食事が運ばれ、今日も例外なく田村さんがトレイを手にやってきた。
「ベッドへの移動、お手伝いしましょうか?」
ご飯の乗っかったトレイをベッドについたテーブルにのせ、優しくきいてくる。
「いや、まだいい」
食べてる場合なんかじゃない。
田村さんが部屋から出てしばらくしてから車イスをこいで部屋から出た。
食堂のほうへ行くと、階段のほうから怒鳴りあう声が聞こえてきた。
――マジかよ!――
オヤジとママの怒鳴りあう声だ!と思ったけど、あたしの姿したフキさんとオヤジ。
え、あたし、声がママに似てたのか!と、別の意味で衝撃だった。
「母親に会って色々確認がしたかったんだよ!」
こう怒鳴るのは、フキさん。確認って、一体なにを?
「どんな理由でもあの女とは会うなと散々言ったろーが!」
オヤジも負けずに怒鳴り返すもんだから、一部の年寄りはビクっとして二人を見つめる。
年寄りの視線に気づいた二人は黙り、そそくさとスタッフルームへ入ってった。
――なんだろ、気になるなぁ――
あたしは食事を中断し、車イスをそーっと動かしてスタッフルームへ向かおうとしたけど、
「市川さん、どこ行くんですか?」
横から田村さんがヌッと出てきて阻止された。
「いや、な、なんでもない、部屋へ戻ろうかなー?って」
とっさに出た言い訳、これには田村さんでさえおかしいと思ったんだろうな、
「市川さんのお部屋、こっちじゃないですよね?」
ツッコまれてしまった。
――ああっ、なんかモヤモヤすんなぁ!――
そう思ってもどーにもなんない、しょーがなく食堂のほうへ戻って様子うかがう。
今日はあまりスタッフがいないみたい。
震災後いつもいた工藤さん見なかったし、うるさい萬田のババアもいない。
萬田のババアと仲良しの谷本さんと今日初めて見た田村さん、
あとカゲのうすい男の職員の本田さんくらいしかいなかった。
三人で回すのってきついんだろうな。
本来ならここにオヤジとフキさんが加わって五人のハズが三人。
今は少しずつ食べ終わる年寄り出てきてるから、片付けやら部屋までの介助とか忙しくなってきたから、こっちがなにしようと見つかんないかも!
もう一回スタッフルームへ行くチャンスかな…って思ったけど、通り道に本田さんがいて片付けをしていた。
――ジャマくせーなぁ――
本田さんって普段カゲ薄いけれど、ドンくさいイメージあるからこんなときにさらにジャマに見えた。
しょーがないことなんだけど、妙にムカつきながら自分の部屋へ戻ろうとした。
「フキさん」
後ろから聞き覚えある自分の声…さっきはママの声に聞こえてショックだった。
呼びかけられたところですぐには後ろには振り返ることできないカラダ…。
あんなに死にたくてしょーがなくて入れ替わったとき早く死ねるって喜んだのに、
なにかと不便だ。
「ああ、いいんだよ無理しなくて、そのまま自分の部屋へお入り」
さすがはフキさん、元は自分のカラダだったからよくわかってくれてる、あたしは素直に言葉に従った。
部屋へ入るとフキさんはドアを閉めた。
「おや、まだ夕食とってなかったんだね?ベッドに移動するかい?」
「ううん、いい、このままで」
食欲もなかったし、あたしはそのまま車イスに座ってることにした。
勝手にママに会いに行ったってのわかってたから怒りたかったけど、
なんかそんな気持ち失せた。
先に話しはじめたのはフキさんだった。
「もう聞いとるだろうけれど、ごめんよ」
そう言いながら折りたたみイスを広げてあたしの正面に座った。
「好奇心とかじゃなくてね、どうしてもあんさんの母親の様子が知りたかったんだよ」
だからそれが余計なんだよ!と言いたいのに、なぜかコトバが出ない。
なんだかんだ去年の夏からママには会ってなくて、もう二度と会いたくないのか・会いたくて寂しくてしょうがないのか、自分でもわかんなかった。
「あんさん…ずいぶんエラい思いしてきたんじゃないのかねぇ、こんなこと口挟むべきじゃないってわかってるつもりさ。でもね、ありゃよくないよ、まるで反省の色が見えなかった」
おめーになにがわかるんだよ!そう言いたいのになんだか言えない…。
「あんな母親でも、あんさんうまくいってたときは仲良しだったんだろう?本当は寂しくて会いたいんじゃないのかね?」
フキさんのこのひとことで、なにかがプツっと切れたように涙が溢れでた。
泣くつもりないのに…。
フキさん、黙ってティッシュを箱ごと渡してくれた。
これまでの人生ママしか頼る人しかいなかったけど、ママ自体ああだからフツーのコたちみたいに甘えらんなかった…。
オトナのオトコたちにちやほやされ甘えてたつもりでいて…。
それが去年の夏色々事件になって、ママにブチ切れられ突然オヤジが現れ一緒に暮らすようになって…。
実の父親とわかっても甘えることなんてできなくて…。
カラダ入れ替わっちゃったけど、なんだか思いっきしフキさんに甘えちゃってるカンジだ。
フキさんが実のおばあちゃんだったらいいのに…と、このとき本気で思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます