第17話 苦しくて

フキさんには今までのコト、全部バレちゃったらしい。

ウチらには共通のキズがあるなんて言ってたケド、あたしなんだかんだえっちを楽しんじゃってた面あるから、恥ずかしいし後ろめたい。

藤堂さん含む色んなカウンセラーは、あたしのことなんにも悪くないって言ってくれた、そうするしかなかったんだって…。

援交なんてするつもりなくてもお金もらっちゃったのだって、洗脳されてたんだからしかたない…とも言ってくれたけれど、

自分が恥ずかしくってしょうがなかった。



フキさん、本当はどう思ったかな?

とりあえず泣いてたから、ケーベツされてないと思うけど…。



それにしても、オヤジの幼なじみだとかいう藤堂さんってスゴい。

『見えないモノが見えちゃうことある』ってマジだったんだ!

だとしたら、あたしが今までしてきたことみんな見えちゃってたのかと思うと、

マジ消えちゃいたい。

年寄りのフキさんとカラダ入れ替わってすぐ死ねるって思ったけど、

そうカンタンにはいかないみたい。

この施設内に100歳こえてもピンピンしてるばーちゃんもいるから、

もしかしてフキさんもそこまで生きちゃうのかと思うと、ぞっとした。



死にたい、今すぐ…。



リスカしたくても刃物がない。

シーツとか首に巻いて死のうかと思ったけど、カラダが思うよーに動かなくってまじイラつく。



でもやっぱ……。



このまま生きたいって思えないんで、がんばってカラダ起こしてみる。

なんか、身体中痛い…。

あたしはなんとかベッドの下に足をおろしてみたけれど、立つこともできない。

そうだ!ベッドから飛び降りてみよう!

そう思って、がんばって足を元に戻し、ベッドについている転倒防止の柵をなんとか外した。

手が使えて良かった…。

そして、思いっきり床に向かって飛び降りた。



びたん!



音を立てて落ちたけど、思ったより勢いが出なくて死ねなかった。

思いっきり顔面打っちゃって痛い、痛すぎる!

そして布団かけてないから、寒かった。

思わず涙が出る。

なんでこんな目に遭うんだろ…。

死にたいとは思ったけど、こんな痛い思いするのはイヤだと思った。



「誰かぁ〜…誰か来てよーぅ!」



半泣きになりながら大声で叫んだものの、近くに誰もいなかったのか誰も来ない。

どうしよう、痛いし寒い…。

ベッドに戻りたくてもカラダ動かない。

もしかしたら、このまま死ねる?

でも死ぬまでずっと痛くて寒いのはイヤで、声を出して泣いてしまった。



「うっ…うっ、うっ…」



泣き声が自分のものでなくフキさんの声ってのが、また悲しさ倍増になった。

すぐ死ねると思ったから喜んだのに、シワくちゃだし・眠り浅いし・あちこち痛いしで、なにかと不自由だ。

一体フキさんはなんで生きたがってたのかフシギだったけど、

若いあたしと入れ替わったから喜んだんだろうな。

でも、結局悲惨な人生送ってきて、これから先絶対幸せがやってくるって保証はないから、

ビミョーなんだろーな…。

それにしても寒い…。

もう4月なのになんでこんなに寒いんだろ?

施設の中は年寄りが快適にすごせるよう温度調整してるハズなのに、寒くて震えてしまうくらいだ。

このまま死にたくても、寒いのイヤ!



「もう…誰か来てよ〜〜」



そうつぶやいても誰も来ない。

廊下をパタパタと誰かが走ってるような音は聞こえても、誰もこの部屋には来てくれない。

そうこうしてるうちに段々頭がボンヤリしてきた……………。







「……きゃあっ、大変!誰か、誰か来て〜!」



誰かが叫んでいる…。

うっすらと目を開けたら、ちょっと太めのオバちゃんがあたしの顔覗き込みパニック起こしてた、あのあたしが大嫌いな萬田のババーと仲良いパートの谷本さんだ。

ああ、せめて気づいてくれたのがオヤジか工藤さんだったら良かったのにって思ったけど、

この人自体イヤなヤツじゃないから少しホッとした。



「ああああ、どうしてこうなっちゃったのかしら?私の責任じゃないわよ〜」



谷本さん、オロオロしている。

入所している年寄りがケガしたらほぼ施設のせいにされてしまう、谷本さん第一発見者だから修羅場だろうな…。



「わっ、しかもアザできてるし!タイヘン!」



あたしのほっぺを確認後、慌てて立ち上がって部屋を飛び出した、せめて抱き起こすとかなんか暖かいもの掛けるとかしてくれたら良かったのに…。

しばらくしてオヤジ駆け込んできた。



「フキさん、大丈夫?!」



そう言うが早いが、あたしをそっと抱き起こした。



「痛くないですか?」



丁寧に声かけをしてくれる。



「…っ痛っ…」



思わず声をあげる。



「どこらへんが痛いの?ここ?ここ?」



確認のため、ほっぺを触ったり・アタマ触ったりしてきたんだけど、

それがまじウザかった。



「全部痛いよぅ…」



あたしは子供みたいにボロボロと涙流した。

オヤジはあたしをそっと抱き上げ、ベッドに寝かせ布団をかけてくれた。

安心できるハズのベッドでも痛みは引かない上に寒く、ガタガタ震えた。

オヤジはすぐどこかへ電話かけた。



「お疲れ様です、新田です…今大丈夫ですか?……実は利用者さんがベッドから落ちてケガしたんですが、これから診てもらえませんか?……はい……はい……わかりました、これから連れて行きます」



この施設に時々医者が往診しにくることがあるんだけど、今日はたまたまいる日っぽかった。



「フキさん、これからお医者さんに診てもらおうね…車イスへの移動はムリかな?」



オヤジはそう言ってベッドの四隅のストッパーをパチンと外し、部屋のドアを全開にした。

あたしはベッドごとガラガラと運ばれたんだけど、振動がカラダにモロに響くから思わず「いてーよー」ってつぶやいてしまった。

なんだか、カラダ中っていうより節々が痛いよーな気がしてきた。


この施設って、経営者が整形外科医の院長もやっていて、週に何回か医者をハケンして診察もしてるらしい。

診察っても入所してる年寄り全員みるワケじゃなく、急に具合悪くなったり・ケガしたときにみてもらえる。



「フキさん良かったね、今日来てるの長谷川院長だって!直々に診てもらえるよ!」



マジか!って一瞬思ったけど、院長には初めて会うし自分にはカンケーないし第一あちこち痛いからどーでも良かった。



しばらくして医務室へ着いた、ここくるのも初めてだった。



「失礼します」



オヤジはそう声をかけながらドアを開け、ベッドごとガラガラ音を立てて中へ入った。



足音が近づいてきて、白衣を着た白髪アタマのおっさんが覗き込んだ。

あたしは瞬間的にイヤだと思って顔そむけたかったのに、カラダが動かない。



――もうヤダ、こんなんばっか…――



また泣きたくなった。



「申し訳ありません、私達がついていながらこんなことに…」



オヤジ、本当に申し訳なさそーに謝ってる。

ムリやりボランティアさせられてから知ったことだけど、たとえケガした理由が年寄り本人に原因があっても、施設側は家族に謝んなきゃなんない。

最悪な場合、家族に怒鳴り込まれたり・訴えられたりもあるって話(この施設で訴えられたことないようだけど)

あのヤクザみたいなフキさんの息子が怒鳴り込みにくるかもしれないって思うと、

ユーウツになった。



「いや、今は謝らなくていいから」



院長はそう言ってあたしを覗き込み、



「どこが痛みますか〜?」



優しく声をかけてきた。



思わずこっち見んなよ!って言いそうになったけど、今の自分は14歳ではないんだと、心の中で言い聞かせた。



「…ぜんぶ…」



本当は一番痛かったの顔だったのに、なんだかそう答えちゃった(ホントにアチコチ痛かったし)

院長はまずあたしのほっぺを軽く触った。



「ッ!」



悲鳴あげたくても声出なくって多分顔をしかめた。



「顔にアザできちゃってるね…」



院長にそうボソッとつぶやかれたとき、思わず「マジか!?」って言いそうになるのを堪える。

あちこち触られすっごく不愉快でやだったけどしょうがない、

自分じゃないフキさんのカラダ傷つけちゃったんだから…。

腕や足をさすられたり軽く押されたのがヤバかったけど、ひたすらガマンした。



「骨は折れてないみたいだし、レントゲンの必要はないね」



顔に薬塗られてガーゼ貼られたりし、やっと診察が終わった…。

ホネが折れてなくて良かった、これ以上動けないのヤダもん。

カラダじゅう痛いのは打撲のせいだろうって言ってくれたから、

そのうち治って…なんてこのときは気楽に考えてた。



「ありがとうございます」



オヤジが院長にたいし深々アタマ下げてる。



「今度から気をつけるように……っても、四六時中見張ってるわけじゃないから大変だと思うけど」



「はい」



「うちの施設は利用者さんを絶対に拘束しないという規則のもとやってもらってるけど、それで骨折させちゃシャレになんないから」



この院長先生って、しゃべりかたがぶっちゃけてる。



「ええと…市川さんと言ったかな?なんでベッドから落ちたか知らないけれど、歩き回ろうとしちゃダメですよー」



部屋を出る直前にこう言われてしまった。



あたしはなにも答えず、なんだか眠くなってきたので目を閉じた…。








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