第16話 着信  

絵留美と自分のつらい過去がかぶって二人して泣いてしまったとき、折り悪く新田主任が入ってきてしまったもんだから慌ててトイレへと逃げ込んでしまった。

しばらく個室で泣いていたものの段々冷静になってきて『もしかして絵留美、主任に問い詰められてるのでは?』と気になり戻ったら、案の定…だった。

なんとか追い出すことに成功、絵留美はその様子がおかしかったのか笑い転げてる。

同世代の娘たちに比べたら暗い生い立ちだが、なんだかんだ笑いたい年頃。

けれどもその姿は年老いた自分だったりするから妙ちきりんこの上なかった。

私はベッドの前に置いてあった折りたたみイスに腰かけた。

絵留美はまだ笑っていた。

さっきまで泣いてたもんだからつい、



「そら、今泣いたカラスがもう笑った」



なんて言ってしまったもんだから、せっかく笑いがおさまりかけてたのにまた笑いはじめてしまった。



「なんだよソレ〜、カラス?まじウケるわ〜〜、苦し〜」



涙流しながらお腹抱え爆笑してる。

同じ涙でも、笑いすぎての涙のほうがよっぽど良い。

私はここで藤堂さんに言われた提案を伝えることにした。



「あんなぁ、今度藤堂さんをここに連れて来ようかと思うんだが?」



このひとことで絵留美はなんとか笑いをこらえようとしはじめた。



「ひっ、ひっ…苦し………なんで?」



笑いを止めるのはなかなか難しそうに見えたが、なんとか深呼吸し落ち着かせてる。



「実はな………入れ替わったこと、藤堂さんにわかってしまったんだよ」



率直に伝えると、



「えーっ!マジで!?なんで?」



やっと笑いが止まり、今度は大げさなほど驚いた様子を見せた。

目を真ん丸にして身を乗り出そうとしたが、私の身体なもんだから「イテッ」とつぶやき、左肩をおさえてる。



「なんでも…彼女はいわゆる目に見えないものが見えてしまうタチらしく、それでわかってしまったようだよ」



そう伝えると、



「へー、あのおばさんマジだったんだ〜!信じてなかったけど〜、こーしてウチらも入れ替わっちゃってるしさぁ、世の中そーゆーコトあるんだねぇ」



これについて自分も同意見だった。

昔からいわゆる“目に見えないものが見える霊感強い人間がいる”と耳にしたことはあったが、マユツバもんだと思ってた。

だがこうして若い娘っ子と身体が入れ替わるという不思議な目に遭うと、

信じられるようになってしまった。



「それでな…藤堂さん、できるかわからないが元に戻すお手伝いしましょうか?って言ってくれたんだよ」



伝えるべきことを伝えると、



「は?」



今度は大声で怒ったように眉間にシワをよせた。

本当にこの子は泣いたり笑ったり怒ったり忙しい。



「いいよ戻んなくても」



そう吐き捨てるように言うと、そっぽを向いた。



「ほれ、今だって現に歩きたくても歩けず、不自由しているだろう?やはりこのままだとあんさんの人生すぐ終わってしまうから、それは良くな…」



「だから戻りたくねーってんだろ!」



絵留美はこちらが言い終えないうちに強い口調で怒鳴り返してきた。

私はため息をついた。


…自分もかつてけがされてしまった後は、生きてなんかいたくなかった…。


けれどもなんのかんのと死ねず、ここまで生きてしまった…。

ずっとずっと苦しんできた、きっとこの娘も同じはず…。

もし、あのころの自分が今みたいに年寄りと入れ替わったらどう思っただろう?

やはり『すぐ死ねる』と、嬉しかったにちがいない。

けれどもやはり…、絵留美がこのまま人生を終えるのは不憫に思えた、たとえ今後もしばらくはつらかろうと…。

私は意を決して言ってみた。



「あんさん…きっとこれまでの人生がロクなもんじゃなくて、今後も中傷されるであろうから生きていたくないんだろうねぇ…」



ここで言葉を止めて絵留美の様子をうかがう。

そっぽを向いたまま黙っている。



「このままだとあんさん、すぐお迎えがきてしまう…生きていたくないんなら万々歳なのかもしれんがね、それでいいんかな?って思うんだよ…」



「……」



絵留美は相変わらず黙ったままだ。



「今あんさんが元の年齢に戻ったら、おそらく時の流れが遅くかんじるってのもわかってる。その分つらく苦しい時間が永遠に続くように思ってしまうだろうねぇ…けどな、それを乗り越えてあんさんに幸せになって欲しいんだよ」



こう言ったところで救われないのは充分わかってたつもりだった。

かつての自分もなに言われようが響かなかったから。

けれどもこのままではいけないという思いが強くあったため、ついいらんこと言ってしまったかもしれない。



「…だからなんなんだよ」



絵留美はボソっとつぶやく。声の調子からして怒りがこもっているのがかんじられた。



「元に戻るのできるかわからないけれど、とりあえず藤堂さんにきてもらおう」



こう言いきったとき、絵留美はすごい形相でこちらを睨みつけた。

本気で怒った時の自分の顔を初めて目にしたが、まるで般若の面のようで恐ろしく見えた。



「これから先なんて見えねーし、 幸せな未来なんて想像できねーんだよ!あんただってレイプされたことあんだから、わかるだろ?!よくもそんなこと言えるよね!」



かなりきつい口調で返されてしまう。

自分も同じような苦しみを抱えて生きぬいてきたからこそ生きろ…と伝えたいのだが、

うまく言葉にできない。



「あのさぁ、そうやって生きろ生きろ言うけどさぁ、無理やり生かされたところで明るい未来の保証あんの?ないでしょ?そーやってさぁ、生きることは幸せで死ぬのは不幸みたいなこと言われてもさ、押しつけだと思わなかったの?」



返す言葉が全く見つからない。

そもそも自分が苦しくてもなんとか生きぬいてきたのだからあなたも生きて…と言ってしまうこと自体がエゴなのかもしれないという気がしてきた。



「…悪かったよ…」



私は立ち上がってイスをたたんで部屋の隅に置いた。

絵留美はずっと無言でこちらに背を向けそのまま横になった。



――もうこれについて言うのはやめよう――




そう思って部屋を後にした。



一人になりたくなって、施設の外へ出る。

四月とはいえまだ肌寒い。

ここで急に携帯電話が鳴り出し、少々たまげた、夕べ携帯操作の練習をしていて、うっかりマナーモードにしておくのを忘れていた。

着信音は私の知らない今時流行りの音楽らしく、女性の歌手がなにやら歌をうたっている。

電話といえばジリリリン…のイメージを持っていたため、最初のうちは音楽が鳴っているのを電話とは思わずに取らずにいたことを思い出した。

勝手に外に出てしまったのが主任に知れてしまったのかと思い、発信元を確認せずに出てしまった。



「もしもし」



「……」



相手はなにも言わない。



「もしもし?」



電波が悪いのかと思い再び問いかけるが、相変わらず無言だ。

私は思わず画面を見た。

そこには新田主任の名前ではなく、知らない電話番号からだった…。

アドレス帳に登録がない場合は名前が出て来ず電話番号だけ、相手が電話番号を通知しない非通知の場合は受けつけないようになっている…と言ってたっけ…。

私は不審に思い、再度問いかけた。



「もしもし?あんた誰だね?」



やや間があって、相手は声を発した。



「……えるちゃんなの?」



比較的若そうな女の声、もしかして絵留美の母親だろうか?



「そうだけど?」



絵留美なら母親をなんて呼ぶだろう?お母さんかママかわからなかったので、無難にこたえた。



「本当にえるちゃん?」



さすが母親、いつもとちがうことに気づかれたのか?

どう返してよいのかわからず、黙ってしまった。

けれどもそれがかえって良かったのか、相手はベラベラしゃべりだした。



「ああ、やっとえるちゃんにつながった〜!アイツが出るなって拒否ってんだろね、まじムカつくよね!自分からウチら捨てたクセにさ〜」



…この話しかたで、相手の精神的な幼さを知ってしまったような気がした。

これが母親では、絵留美が色々な意味でつらい思いをしてきたのがよくわかる気がした。

ある意味同じ目線に立ってくれて一見理解あるようにも思えるのだが、母親として捉えたら今ひとつ良くないような印象を受ける。

相手が機関銃のようにまくし立てるもんだから、言っていることの半分以上は理解できなかったのだが、要するに悪いのは全て周りの人間と運のせいで、自分にも原因があるかも…という反省の気持ちは微塵もかんじられなかった。

私は黙って聞いているうちに段々イライラしてきた。

自分がその昔強姦された後、母親がこちらを慰めるでなく世間体を気にして家から追い出されたことはずいぶん恨みに思ったものだが、最終的には世間の好奇の目からそらせるために致しかたなかったのだと理解できたので、

いくぶんましに思えた。



――なんて母親だよ――



なにも言わずに切ろうとしたら、



「ね、時間作れない?久しぶりに会いたい…」



甘えたような声で言われた。

今の自分は絵留美ではないから会うべきでないのはわかっていたが、どんな女が母親なのか好奇心がわいてしまっている。

でも、会ってはいけない…。

なにも答えずに考えこんでいたら、



「ね、今度の土曜日さ、時間作ってよ。学校半日あるでしょ?その帰りにでもさ、アイツにはなんとか言い訳してさ…2時くらいにハチ公前でどう?今なら震災の後だし、激混みじゃないでしょ」



一方的に約束を取りつけてきた。

考えてみれば、震災後に絵留美の母親から心配する言葉をひとことも聞いてない。

普通なら、地震はどうだったか・大丈夫なのか訊きそうなものだが、

この母親はこういう面でも欠落しているとも取れた。

思い返せば誕生日を祝うようなセリフもなかった。

私はなにも答えずに電話を切った。



――絵留美は父親である主任と暮らしてから電話番号を変えたと聞いた気がしたが、どこで知ったのだろう?このことは絵留美に伝えるべきだろうか?――



とりあえず、今日の電話については伝えないことにした。

今度の土曜日は、また後でどうするか考えることにして、とりあえず施設の中へと戻った。

















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