第14話 絵留美の過去
長い人生生きていて驚くことは多々あったけど、若い娘っ子とカラダが入れ替わったこと、そのことを不思議な力で他人に見破られるなんてことが起きようとは、思いだにもしなかった。
なんでわかったんだ?
世の中には普通じゃ目に見えないことが当たり前に見える不思議な人がいるという話はよく聞くけど、まさか本当にいるとは思わなんだ。
それでも完全になんでもお見通し…というわけではないようで、首をひねる。
「悪いものじゃないとはわかっているのよ、でもね、私にはどうしても絵留美ちゃんじゃない別人に見えるのよ…勘違いだったらごめんなさい…って言いたいけれど、勘違いではないみたいね…ちょっと失礼」
そう言って藤堂さんは私の瞳を覗き込んだ。
かなり明るい瞳の色できれいだ。
ふるいつきたくなるほどの美人ではないが、
なにか人を惹きつける。
「うん、やっぱり絵留美ちゃんのハズないわね、こんなことしたら引いたろうし」
私は思い切って事情を話すことにした。
「わたしゃ元々86になるばーさんなんだがね、実は震災をきっかけにカラダが入れ替わってしまったんだよ、信じてもらえないと思うけどねぇ…」
私の告白を受けた藤堂さんは、喰いついてきた。
「え、それ本当!?だとしたらスゴいわ、初めて〜!」
なにやら嬉しげで再び私の顔を覗き込んだ。
「これまで何度も霊に取り憑かれて別人になってしまった人は見たことあったけど、こういうケース新しいわ〜、マンガみたい!」
…いや、霊に取り憑かれた人ってのも滅多にお目にかかれないんだがな…この人何者だろう?と、少し怖くなる。
「ああ、ごめんなさいね!私昔から見えないモノが見えたり感じたりできるので…もちろん完璧じゃないけれど、例えば新田くんの抱える複雑な背景や前の奥さんの事情も少しわかっちゃったりするんですよね〜」
一見普通にしか見えない若い女性がこういう能力あるとは、想像してたのとちがって面食らう。
「安心してくださいね、それで高いお金取ったり・変な石やツボとか売りつけたりしませんから」
藤堂さんは面食らった私を見すかしたかのように、笑顔でサラッと不安を取りのぞいてくれた。
まぁ、あの新田主任に頼りにされるくらいなら…と思っていたら、予想外の言葉がかえってきた。
「新田くんはきっと
なんとなく、今の発言で押しつけがましくなさそうだということもわかり、色々訊いてみることにした。
「ちょっと訊きたいんだがね」
一旦言葉を切る。なにをどう訊こうか、考えがまとまっていなかった。
藤堂さんはじっと耳を傾けてくれている。
「だいたいはわかってしまったけれど、絵留美ってどんな人生歩んできたんだい?」
この問いかけに対し藤堂さんは、
「なにから話そうかしら…?」
視線を宙に浮かせ、なにかを思い出すかのようにポツリポツリと話しはじめた。
「私と新田くんの出会いから話しますね…元々家が近所の幼なじみで、小中学校同じだったんですよね…あ、少し待ってくださいね」
そう言って藤堂さんは立ち上がり、本棚からなにかを持ってきた、アルバムだった。
「こちらが小学生だったころの新田くん、こちらが中学時代のです」
重たいアルバムを器用に開き、閉じないよう重たい文鎮のようなものを乗せる。
言われるがまま小学校時代の新田主任の写真を見る。
真っ赤なほっぺであどけなかったが、どことなくヤンチャそうにも見えた。
「このころはまだ普通でしたね、ちょっとヤンチャで有名でしたけど」
続けて中学時代のも見せられる。
先程とは打って変わって目つきが悪く、髪を伸ばし明るい茶色に染めていた。
「中二の夏休みが明けたら、もう別人になっていました」
一体なにが起きた?と思ったのを見透かしたように、
一枚の写真を見せてくれた。
そこには少年時代の新田主任と彼によく似た少し年上の少年が写っていた。
「こちらは絵留美ちゃんのお父さんのお兄様の写真です…不良にリンチされ、亡くなりましたが」
なんと!新田主任にそんな壮絶な過去があったとは!
私は絶句した。
「新田くん…絵留美ちゃんのお父さんは、お兄様の件があってから、いわゆる不良の仲間になってしまったんです…悪いことに加害者の少年に復讐し大ケガさせてしまい、本人まで少年院へ入ってしまったのです」
あまりのことに、返す言葉もない。
藤堂さんはさらに一枚の写真を取り出し見せてくれた。
そこには夜を背景に、髪を明るく染めた少年少女が複数集まった様子が映されていた。
若き日の新田主任は、一人の少女の肩を抱いて映っていた。
「…少年院から出た後、なんとか真面目に生きてはいましたが、仲間とは切れなかったんです…これが絵留美ちゃんのお母さんです」
藤堂さんは指で示し教えてくれた。
その少女は長い髪を茶色く染め、眉毛を細く整え化粧をしていた。
雰囲気的に絵留美に似てなくもないが、やはり絵留美の顔立ち全体は主任に似ている。
「新田くんが高校二年生・奥さんが中学三年生のときにつきあいはじめ、彼女が中学校を卒業するころに絵留美ちゃんが生まれたんですよね…」
ここで藤堂さんは一旦言葉を切り、絵留美のお母さんである少女の横にいるまた別の少女を指さした。
「恥ずかしながら…これは私なんです。とくに非行に走ったわけではなかったけれど、芦田さん…あ、絵留美ちゃんのお母さんの名字なんですが、私は彼女とは先輩後輩の関係で、交流があったんです」
ああ、だから詳しいのか、新田主任は話しそうにないから納得した。
「新田くんが18になってから籍を入れたんですが、二人は結婚してすぐに離婚したんです…その理由が、生まれた赤ちゃんの父親が誰の子かわからないという疑惑が出てしまったから…」
そういやさっきここへ送られてくる道中、そんなこと聞いたような…?
私はなぜそんな疑惑が出たのか、訊いてみることにした。
「なんだい、この娘っ子浮気でもしてたのかね?」
これに対し、衝撃的な言葉がかえってきた。
「いえ、そうじゃないんです。彼女、援交……あ…っと、援助交際といって、見知らぬ中年男性相手に体を売ってたことが発覚したんです」
「えっ!?なんでまた!」
私はびっくりたまげ、声を荒げてしまった。
「彼女すごい見えっぱりで、ブランドもののカバンやアクセサリーを買うためにそんなことしてたんです」
これには衝撃を受けた、よほど貧しかったのか?
「彼女の実家は貧乏だったわけではないんですよ、むしろお父様が町工場を経営していて普通より裕福なくらい…」
「どうしてなんだい!?」
あまりのことに再び声を荒げてしまう。
自分らの若いときは、女が売春をするのは生活苦や借金返済に騙されたなどやむをえない事情があったが、裕福な家庭の娘っ子が欲しいモノのために体を売るなんて、全く考えられなかった。
「これは私だけに見えたことですが……彼女、父親からだいぶ虐待を受けていたようなんです。必然的に認められたがりになって、高価な物を持ち歩いたり・自分を必要としてくれる中年男性に父親の影を求めてたみたいなんです…でも、ちょうど援助交際が社会問題になったときでもあったので、周りも新田くんも許さなかったんです」
絵留美はそんな事情下で生まれてきたのか…なんだかかわいそうだ。
「援助交際が発覚してから絵留美ちゃんのお母さんこの町にいられなくなり、絵留美ちゃん連れて都内へ引っ越してしまいました。彼女の実家もいられなくなって、お父様も町工場をたたんでどこかへ引っ越したんですが、どうも絵留美ちゃんたちとは一緒ではなかったみたいなんです、それが不幸のはじまりでした」
今度はなにが起きたのだろう?知りたくはないが、聞かなければならないような気がして耳を傾けた。
「芦田さん…絵留美ちゃんのお母さんはね、一種の恋愛依存症だったんでしょうね。新田くんと別れてからというもの、次から次へと男の人とつき合ってきて、うんと年上の男性の愛人みたいになったりした時期もあって…でも、まだそのほうがマシだったんですよね」
ここで藤堂さんはふうっとため息をついた。
「私は、芦田さんの援助交際が発覚して周りから白い目で見られ切られても、なんとなく切れずに連絡取り続けて色々聞かされていたんですよ。様子が変わったのは、今から5年くらい前でしょうかね…内縁関係の男性ができて、同居をはじめたんです」
それは良かったですね、と、思わず言いそうになり私は慌てて口をつぐんだ、
確か絵留美はその男から性的虐待を受けていた…と耳にしたことを思い出したからだ。
「直接本人たちから聞いたわけじゃないんですよね、新田くん口を濁して遠回しにしか話してくれなくて…初めて絵留美ちゃん見たとき、私愕然としちゃったんです、父親がわりの男からされてきたことが、わかってしまったから…」
ここで急に不安になった。
かつての自分も、戦後の混乱時に複数の米兵に強姦された過去があるからだ。
この人に見えてしまうのでは?と思っていたら、藤堂さんは急に頭を抱え込んだ。
「………あ………も、申し訳ありません……今、そちらの情報まで入ってきてしまって…………ああ、なんてことでしょう!似たような体験をした二人が入れ替わるなんて!」
藤堂さんの目から涙がこぼれ落ちた。
「ああ、私としたことが油断していたわ、ブロック忘れてたわ…」
そうつぶやくとタオルハンカチ取り出して涙拭った。
「すみません、話の途中で意味がわからないと思いますが、しばらく整えさせてください」
そう言って立ち上がって深呼吸し、再びソファーに腰かけ目を閉じた。
さきほどとはうってかわってくたびれきった表情をしていて、自分の過去が知れた恥ずかしさより藤堂さんを心配する気持ちのほうが上回った。
「大丈夫かい?むりしないどくれよ?」
藤堂さんは相変わらず右手の親指と人差し指で目と目の間をつまみ、瞳は閉じられたままだ。
しばらく無言が続いたが、やがて大きく深呼吸をしたかと思うと目を見開いた。
「申し訳ありません」
そう言ってソファーに座ったまま深々とお辞儀をした。
「いや、いいんだよ、あやまることじゃないだろう」
「いえ…私どもみえる者は、…ええと説明難しいんですが、意識をある程度遮断しないと、相手からの情報が大量に入りすぎてしまうので、あらかじめ制限するのです」
なんだか、わかるようなわからないような説明だ。
「はあ…」
「私の場合、相手の姿からイメージして情報得たり制限したりしていたのですが、このように生きた人間同士入れ替わったなんて初めてのケースだったので、どうしたら良いかわからなくて…」
その後、藤堂さんは絵留美について、ぽつりぽつりと話してくれた。
父親がわりの男に言われるがまま出会い系サイトで知り合った男たちに次々身を任せてしまったこと、絵留美への性的虐待が発覚し男は逮捕されたこと、あろうことか母親は絵留美を庇うことせず“男を寝取った”と責めてしまったこと…。
そしてなによりいけなかったのは、虐待に当たることは明らかなのに、洗脳され男に恋心抱いていたという理由で、“被害者ヅラすんな、好きでやったことだろ?”と罵倒されてしまったこと…。
学校の保健室で聞いた内容とほぼ同じだった。
「絵留美ちゃんにとっての不幸はね、お母さんに庇ってもらえずにライバル視されてしまったことと、父親がわりの男を絵留美ちゃんは好きだと思い込んでいたのに、その人にとって絵留美ちゃんは性的なはけ口にすぎず動画を拡散されてしまったことなんです」
なんというひどい話なんだ!
自分のときも相当ひどいとは思ったが、絵留美のほうが悲惨に思えた。
藤堂さんはさらに話を続ける。
「本当にひどい話です、動画拡散をきっかけに、補導されて…そこで色んな大人たちから説教受けたり説得受けたりして、さらに同級生からも軽蔑されておかしいことだと気づいた絵留美ちゃんは、そのことを恥じて自殺未遂を繰り返すようになってしまたのです」
こんなことがあるとは…。
年端もいかない少女になんて酷すぎることを!と、怒りと悲しみが混じった感情が湧いてきて、拳をギュッと固く握り締めた。
「…とても失礼なんですが…私にはどちらも女性としてつらい目に遭っていると思います…そんなお二人の体が入れ替わってしまったのって、なにか意味があるような気がしてならないんですよ…」
入れ替わりの意味か…。
そこまで考えつかなかった。
かつての自分も深く傷つき何度死のうとしたかわからない。
だが、自分のことより絵留美が受けた仕打ちのほうが残酷で気の毒に感じてならなかった。
「あの…元に戻れるお手伝いしましょうか?こんなこと初めてですし、どうすれば良いか明確にはわからないのですが…」
こう言われ、ため息をついた。
――なんだか入れ替わったままでいたいあの子の気持ちがわかるよ…――
けれどもそれはそのままで良いはずもないので、お願いすることにした。
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