第13話 ビミョ~に不安

今日はオヤジとフキさんが早番のハズなのに、一度も姿を見かけてない。

働いてても用事がなきゃ顔合わせないことなんてよくあることなんだけど、

入れ替わってからっていうものフキさんは必ず顔を出してくれてた。

どうしたんだろう、忙しいのかな?くらいにしか思ってなかったんだけど…。

お互いの秘密がわかって気まずくなった?

いや、まさか、あたしがそうなるならまだわかるけど、フキさんが気まずいからってカオ出さなくなるの、おかしい。


お昼ごはん食べるのに食堂にいたとき、萬田のババアがウワサ話に花を咲かせていた。



「あらやだ、萬田さん、アンタ休みじゃなかったの?」



谷本たにもとさんという五十代くらいのパートのオバちゃんが、お昼ご飯の準備中に話しかけたのがはじまりだった。



「そうなのよ〜、聞いてよ〜、今日私休みだったのよ〜」



このときはまだいつものおしゃべりがはじまった…くらいにしか思わなかった。



「ほんとはさ、今日新田主任とあの生意気な小娘が出勤だったはずなんだけどね〜、昨日の夕方になっていきなり勤務変わってくれって電話がかかってきたのよ〜」



あたしの知りたかった情報が入ってきそうで、思わず聞き耳をたてた。

それにしてもあたしのコト生意気な小娘だと?

ほんとムカつくババアだな!

あたしは怒りたいのガマンした。



「あら主任が珍しいわね、なんでまた?」



谷本さんは優しくてぶっちゃけキライじゃないんだが、あたしの大嫌いな萬田のババアと仲いいから正直ビミョーだ。



「私ね、なんでですか?理由わかんなきゃ交代できません!って言ったのよ〜、そしたらね、なんて言ったと思う?」



「え、なになに、聞きたい!」



なんだよこの会話のノリ、女学生かよ、キモいな…聞いててムカムカしてくる。



「詳しく教えてはくれなかったんだけどね、なんか娘さんの学校関係で休んだらしいのよ」



谷本さんが「えー、それ本当!?」と声を挙げたと同時にあたしも「マジかよ!」大きな声を出してしまった、こないだなんにも知らないフキさんがガッコ行ってエラい目に遭ったばっかなのに?

またなんか起きたのか!?って気になっちゃったから…。

ハッと気づいて慌てて口をふさごうとしたけどもう遅い。

萬田のババアと谷本さんは給仕してた手を止め、こっち見た。

うわ、やべー!と言いかけて飲み込む。



「い、いやね、ちょ、ちょっとマネしてみたんだよ、あの子のさ…」



精一杯フキさんをマネてごまかす。

ここで萬田のババア、給仕を中断しこっちへとやってきた。



「ねーえフキさん、最近あなたたち仲良しよね?」



猫なで声を出しながらきいてくる、なんかキモい。



「ま、まあね」



シカトしようと思ってたけど、萬田のババアが距離近くってそれが怖くてテキトーに答えてしまった。



「ね、あの子から最近なんか聞いてない?」



思わぬ質問に、



「は?!」



いつもの自分みたく強い口調で返してしまった、なにが聞きたいんだ、このババア!



「そーやって人のコト嗅ぎまわって、なにが楽しいんだよ!」



思わず怒鳴っちゃった…。

でも萬田のババアはひるまない。



「あらあらごめんなさいね、フキさんってば人のウワサ話は好きじゃなかったわね」



それにしてもオヤジのヤツ、なんでこんな人に勤務交代お願いしたんだろう…と思ったところで、あることに気づいた。

最近職員の顔ぶれがほぼおんなじだ。

いくら介護が人手不足だっていっても、なんだかんだ交代で働いてるはずなんだけど…。

いつも親切な工藤さんなんてほぼ毎日見かけてて、休んでないんじゃないかと思うくらい。

そんなこと考えてたら、たまたま工藤さんがお昼ご飯を持ってきてくれた。

目の下にうっすらクマがあって、疲れ切ったかんじ…。



「ねえ、工藤さん、ここんとこ毎日見るけどさー、ちゃんと休んでんの?」



心配になって思わずきいてしまう。

工藤さん、精一杯笑みを浮かべ答えてくれた。



「フキさん、お気づかいありがとうね。知ってのとおり、震災の影響で電車が止まって来られない職員がいたり、これをきっかけに故郷へ帰っちゃった人もいるの。ほら、私おうちがこの施設の近くでしょう?電車通勤ではない職員、ほぼ毎日出になっちゃってるの」



「え、マジで?!それって超ブラックじゃん!!」



思ったことがつい口に出てしまって、フキさんじゃなくいつもの自分になっちゃってるって気づかなかった、工藤さんにツッコまれるまで…。



「あらフキさんってば!すっかり主任の娘さんの口調がうつっちゃったわね〜、最近仲いいもんね〜」



しまった!と思ったけど、もう遅い。



「そ、そーなんだよ」



ヘラヘラと笑ってごまかすしかなかった。

ここであることに気づく。工藤さんって確か『副主任』って立場。

きっと今日オヤジが急にこられなくなった詳しい事情を知っているハズ、思い切ってきいてみる。



「あの…今日オヤ…いや、主任が休みなの、なんでだか知ってるかい?」



精一杯フキさんっぽいしゃべりかたしたつもり…。

工藤さん一瞬考え込む様子見せたけど、すぐ笑顔つくってこう答えた。



「さあ…詳しいことは私にもわからないのよ…でも急に休んだってことは、なにか緊急のことがあったのではないかしら?」



これは多分ごまかしてるんだろうな…。

情報ききだせなくてガッカリしたケド、別の見方すりゃ工藤さんは口が固いってコトがわかって、萬田のババアとちがって信用できるってことがよーくわかった。

それにしても、なんでオヤジたち急に仕事休んだんだろう…。

一昨日あたしのフリしてガッコ行ったフキさんが男子に襲われた…って話思い出した、そのことだろうな…。

お昼ご飯を食べ終わるころ、オヤジが姿を現した。

フキさんが一緒にいない…そしてオヤジもなんか疲れきっている。



「あ、主任、お疲れ様で〜す」



オヤジの姿見つけいち早く駆けつけたのが萬田のババアだった。



「萬田さん、今日は交代してくれてありがとうございました」



オヤジ、深々とアタマ下げる。



「いいのよ〜別に〜、それよか問題は解決したの?」



ああ、またそーやって余計なコトきく…こういうとこがマジでイヤだ。



「ええ、まぁなんとか」



それにしてもフキさんが一緒にいないのは、なんでなんだろ?そう思ってたら萬田のババアがきいてくれた。



「あら、娘さんはどうしたの?」



いつものあたしなら、人のこと詮索すんじゃねーよって心ん中で悪態つきまくりなんだけど、この場合あたしも知りたいから聞き耳立てた…萬田のババアは小声できないから聞こえるけど、オヤジって意外と声小さいから聞き取りタイヘン。

あたしは車イスで近くまで移動した、最近やっと使いこなせるよーになったのがホントに良かった。



「友人の家にいます」



友人…今のあたしにはいない…多分オヤジの幼なじみで同級生だった自称カウンセラーっていう人のとこだろな…。

カウンセラーなんて正直に答えたら萬田のババアがネタとして飛びついてきそーだから、友人ってごまかしたんだろな…。

それにしてもフツーそこまで聞くかなー?

マジでこのババアきらいだって改めて思った。



「あら、ずいぶん自由にさせているのね、あれくらいの年頃の子って何するか知れたもんじゃないのに」



また余計なことを!

しかも失礼すぎたろが!!

オヤジも色々突っ込んで言われるのイヤがるタイプだけど、さすがに職場の人相手にキレたりせず、冷静だ。



「ええ、信頼できる自分の友人なので。それより萬田さん、この時間まで本当にありがとうございました、お疲れ様でした」



お、うまいこと切り上げた。

萬田のババアは仕事時間の終わりを告げられ、それ以上なにも聞けない雰囲気に持ってかれ不満そーだったけど、これ以上居座っても残業代出ないと思ったからか、ちょっと残念そうな顔になった。



「お先に失礼します」



そう言い残しスタッフルームへと消えた。



やっと邪魔者がいなくなったので、車イスでオヤジのいるほうへと移動した。



「ちょっと」



声かけると、萬田のババアと仕事の交代しお昼ごはんの片づけをはじめたオヤジは、手を止めてこっち向いた。



「こんにちはフキさん、今日のごはんはおいしかった?」



話しかけてんのになんでごはんの感想きくんだよ!って思ったけど、だいたいここでの年寄りへの接しかたってこんなカンジだ。



「あのさぁ、なんでごはんの感想なんてきいてくんだよ?」



思ったことを言ってしまってからヤバいって気づいた、あたし口調じゃん!って。

あわててホントに聞きたかったこときいてみる。



「そ、それよかさ、あの子どうしたんだい?」



これならフキさんっぽいかな?



「ああ、ごめんね、フキさんはしっかりしてるからね〜」



実際に施設に入ってる年寄りは、ボケてなくても会話そのものが成立しづらくなることがあるので、つい会話にご飯の感想を聞いちゃうみたい、

あたしはしたことなかったけど…。

オヤジはそれを割としっかりしているフキさんに振ったのは、明らかにミスだと思う。



「絵留美はね、今俺の知り合いんとこ預けてるから大丈夫だよ〜」



「知り合いって?」



あたしは食い下がってみる、多分カウンセラーのとこだろうなと思いつつ、やっぱ気になるから…。



ここでオヤジは少しためらう。



「いやね、ウチは親が近くに住んでいないから…」



だから、そんなコト聞いてねーし!

オヤジのジジババがあたしを拒否ってんの知ってんだよ!と言いそうになり、慌てて口をつぐんだ。



「フキさん、いつもウチの絵留美のこと気にかけてくれてありがとうね、大丈夫だから」



まぁ、こっちが訊いても答えてなんかくれないだろうな。



「あ、そう…」



訊きたいことが訊けずに引くしかない。

多分、あの自称カウンセラーって女のとこなんだろうなぁ…。

すごく優しい人でイヤじゃないし、あたしが話したくなるまで待ってくれるよーなタイプだからキライじゃないんだけど、

フキさん、余計なことしゃべってなけりゃいいなぁ…。



去年の夏…動画拡散され今までしてきたことがバレ、ママにはドロボー猫だ・被害者ヅラすんなと言われ、

同級生や仲良くしてたコにケーベツされ、

「まじキモい」「消えてくんね?」みたいなコト言われまくり、急に自分のしてきたことが恥ずかしくなって生きてけないと思った。

衝動的に自分をムチャクチャにしたくなって、何度リスカしたかわかんない。

最初心配したオヤジが連れてったのはメンタルクリニックとかいう病院だったけど、医者が男だったからあたしはパニクった。

あんなに大人のオトコ大好きだったのに、急に怖くなってた。

女医のいる病院を必死で探してくれたけど、オヤジの幼なじみでカウンセラーやってる…とかいう女いて、そこへは2回ほど行ってる。


なんか工藤さんとおんなじよーに地味な女だったけど、話してると不思議と落ち着く。

でも、なんかヒーリングとかいってアヤシイことするから、フキさんビビるんじゃないかと心配だ。

フツーの病院みたく薬の処方ないのにガッカリだった、なぜなら睡眠薬もらえたらたくさん飲めば死ねると思ったから。

オヤジもそんな心配あったから、あんなうさんくさい女のとこあたしを行かせたのだろうなってカンジだけど、悪くなさそーな人だしあんなことしたあたしをケーベツしてるよーな態度見せないからマシだと思ってる。

フキさんは、あのカウンセラーをどう思うかな?ちょっとだけ気になってきた。


















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