第12話 カウンセラー

中学校へ登校した翌々日。

水曜日と平日だったが、絵留美である私を襲った男子生徒が母親と担任の小林先生ならびに校長先生と一緒に自宅に謝罪しにくることになった。

新田主任と私は施設での仕事の日だったが、事が事なだけに急遽休みになった。


「自分を襲ったヤツの顔なんて見たくないだろ?校長や担任もオマエが同席しなくていいって言ってくれたからな」



主任はそう言って朝早く私を車に乗せどこかへと向かった。



「どこへ行くんだい?」



なにも聞かされてないから不安になる。



「藤堂のとこだよ」



運転しながらぶっきらぼうに答える。



「誰だい、それは?」



自分が絵留美である…ということをうっかり忘れたわけではないが、思わずいつもの自分の口調が出てしまう。



「何度かオマエの話きいてくれたカウンセラーだよ…そうか、いちいち名前まで覚えてらんないよな…話終わるまでそこに預ける」



主任は相変わらず私の言動に違和感を覚えていない様子。

わき見もせずまっすぐ前を見て車を運転している。



「カウンセラー?なんで他人なんかに預ける?じいさんばあさんはどうした?」



疑問に感じたことを口にしたが、またもやいつもの自分口調になってしまってるが、どうすることもできない。

新田主任が鈍いのが救いだ。



ここで新田主任は初めて運転しながらこちらを見つめた。



「忘れたか?おまえと一緒に暮らすと決めて迎え入れた日に乗り込んできたのを?あの女が産んだどこの子ともわからんのに孫とは認めん、勘当だ!って怒鳴り込まれたじゃないか」



「へっ!?」



予想外の答えが返ってきたので、思わずへんな声が出てしまった、どこの子かわからん、

だと?!新田主任の表情が優しくなる。



「心配すんな、おまえはまちがいなく俺の子だ。目元そっくりだし、人を睨みつける時の表情も俺そのものだ、睨むのはあんま嬉しい似かたじゃねーけどな」



そうか…絵留美自体が父親が誰なのかを疑われていたのか…。

なんともやりきれない気持ちになる。

かつての自分も進駐軍に強姦され身ごもり、

どうすることもできずに出産している経験がある。

しかも相手は複数だったため、父親特定ができずさらにつらい思いをしてきた。

絵留美たちの状況はよくわからないし自分のときとはちがうが、出生そのものに問題まであったとは…。

絵留美が気の毒になると同時に当時のつらさを思い出し、首をうなだれた。



「おまえはなにも悪くないよ…」



新田主任が優しくさとしてくれる。

そうこうしてるうちに目的地に着いたようで、駐車場に車を停めはじめた。



てっきり病院かどこかだと思っていたのに、

どう見ても人が住むマンションのような所へ入っていくのでたまげた。

オートロックというのだろうか、玄関先で部屋の番号を押して呼び鈴を鳴らし入り口を開けてもらい、さらに中につき進んで部屋の呼び鈴を鳴らす。

部屋は一階の端っこにあった。

中から出てきたのは新田主任と同世代くらいの女性だった。

肩くらいの長さのサラサラとした黒い髪に大きい目が印象的なタイプで、木綿のシャツにジーンズという地味ないでたちだった。



「どうぞ〜」



カウンセラーとかいうもんだから医師のような人物が出てくると思いきや、

普通の女性でしかも気軽な雰囲気だったので面食らったが、とりあえず挨拶はしといた。



「こんにちは」



失礼のないよう深々と頭を下げる。



顔をあげると相手は驚いたような顔をしている。



「あら、顔にまで傷がついちゃったの?大丈夫?」



大丈夫です、と答えようとしたら、新田主任が口をはさむ。



「悪いな藤堂、突然で」



「いえ、別に…今日はたまたま休みでウチは個人経営のカウンセリングルームなんで。なんといっても新田くんの頼みですから…」



なんとこの二人は知り合いなのか…。



「とにかく玄関先ではなんだから、上がって上がって」



言われるまま「お邪魔します」と上がろうとすると、新田主任が後ろからぽんぽんと頭を軽く叩いてきた。



「じゃあな絵留美、つらいことや人に言えないことは遠慮なくコイツに言っていいんだからな」



そうか、そういえばこれから家に校長や担任に自分を襲った男子生徒が来るんだった…。



「じゃあな藤堂、あとは頼んだ」



「任しといてください」



こうして新田主任はくるり向きを変えていそいそと足早に立ち去って行った。



藤堂さん宅へ上がると、とても気持ちの良い空間に包まれていることに気がつく。

決して広くはないリビングに通されたが、モノが少なくすっきりした印象を受けた。

全体がナチュラルな色調でなにより空気が清浄なかんじがし、思わず深呼吸がしたくなるほど。

部屋のところどころに水晶のようなものが飾られているのが、面白くかんじられた。



「どうぞ」



勧められるままベージュ色した布張りソファーに腰かける。

アロマとでもいうのだろうか?家の中全体とても良い香りに包まれている。

以前の自分のカラダだったときは、ニオイがきついのが嫌で施設でアロマ焚いたときは不愉快にかんじて苦情を伝えてやめてもらったものだが、この絵留美のカラダはどうやらこれが好きらしく、いくらでも嗅いでいたかった。



「良かったら飲んで」



ソファー前のガラステーブルの上になにやら不思議な色をした温かい飲み物が置かれた。

ガラスのティーポットに花が入っていて、黄色い液体が湯気を立てていた。



「今日はカモミールティーよ、リラックス効果があってハーブティー初心者にも比較的飲みやすいものだから飲んでみて」



藤堂さんはそう言ってガラスのティーカップにカモミールティーを注いでくれた。

花の香りが鼻腔をくすぐる。

普段の自分なら緑茶や番茶が欲しいところだが、今の自分は嗜好が若者になっている、きっとおいしくいただけるにちがいないと、いただきます…と小声でつぶやいてから、期待して口にしてみた。



「けほっ」



一口飲んで思わず咳き込む。

大丈夫と思ったら植物っぽくかんじた上に熱い、絵留美の味覚でもダメなようだった。



「あら、口に合わなかったかしらね?ごめんなさいね、このシロップ入れたら少しマシになるかも?」



他の飲み物をかわりに出すでもなく、今度は傍にあったハチミツのようなものを勧める。

私は言われるがままそれを入れて飲んでみた。



「あつっ!」



どうやら絵留美のカラダは猫舌のようだ。

必死にフーフー息を吹きかけ、冷ましてから口にする。



「あら、おいしいわ」



先程とは打って変わってクセが和らいで飲みやすくなっている。

非常においしくかんじ喉が渇いていたのもあり、フーフーと息を吹きかけ冷ましながら飲み続けた。


ふと気づくと、藤堂さんが自分の一挙一動をじっと観察していた。



「なんか今日の絵留美ちゃん、別人みたいね」



いきなり核心をついたもんだから、たまげてカップを落としそうになった。



「いえ、単刀直入に言うわ、あなた誰なの?」



ずっと一緒にいたはずの父親である主任ですら気づかなかったのに、この人に見破られるとは!

あまりのことに、なにも答えることができない。



「私はね、人に見えないものが見えたり感じたりできるの、まず挨拶したからおかしいと思ったのよね」



そうか、絵留美のやつ、まともに挨拶もできん子だったのか…。



「ハーブティーもね…いただきますなんてセリフ今日初めて耳にしたし、あの子甘いの好きでいつも真っ先にシロップたっぷり入れるのになにも入れないから、ヘンだと思ったわ。でも結局シロップ入れたし、猫舌なはずなのにすぐ口をつけたし…それになにより、オーラがちがう…」



ここで藤堂さんは頭を抱え込んだ。



「これまで霊に取り憑かれて別人になった人だいぶ見てきたけど、今回ちがう気がする…なんだろうコレ、中身だけ丸ごとちがうみたいに…」



そのものずばりだ。

かなりの年月生きてきたが、世の中本当にこういう人間がいようとは…。

私はとっさにどう対応したらよいのか、わからなかった。
























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