第7話 フキさんの息子

フキさんに怒りぶつけてちゃって以来、なんとなく気まずい。

タイミング合えばあたしの世話にくるけど、

どーでもいい会話ばっか。

施設で出されたごはんはおいしかった?とか、

天気の話とか・まだまだ続く余震イヤだね…とか、他の年寄りにも話すような内容だけ。

せいぜいゴールデンウィーク中に、ここの職員さん連休関係なく働いてくれてありがたいね・主任さん(オヤジのこと)タイヘンだね…くらいな話題で、核心避けてるカンジ。

いや、何度かなにか言いたげだったけど、結局フキさん黙ったまんま。

あの日、一番触れて欲しくないこと言い出したもんだから、

ついつい思ったこと言っちゃった…。


結局他人って、あたしの悩みや抱えているモンダイを知ると、だいたいがショック受けてドン引きして、ひどいときは汚いモノ見るような目であたしを見たり…。


ショックなのはまだわかる、でもドン引きした態度や汚いモノ見るような目で見つめられるのは、マジ傷つく。

だからこそ早く死んじゃいたいのに、みんなして口そろえて「そんなこと言うもんじゃない」とか、「生きてりゃ必ずいいことあるから」みたいになぐさめるケド、じゃあアンタたちがあたしとおんなじ目に遭ったら生きていけんの!?って、言ってやりたい。


でも…なんだかんだ、フキさんが来ないとヒマ。


老人生活って、基本することないっぽい。

テレビ観ても最近は震災のことばっかでもうウンザリ、かえって暗くなっちゃう。

同じ施設内の年寄りと話してもワケわかんないから友達にもなれない。

ケータイいじりたくても、今はあたしの姿になったフキさんが持ってる。

しょーがないから昼間っから寝てばっか。

どうもカラダが年寄りだからなのか、眠くってしょうがない。

それなのに朝は超早く起きれちゃうから、意味不明だった。


ただいまの時刻は午前11時。さっきオヤジを見かけたからフキさんが一緒にいるハズなんだけど、見かけない。


思い切ってベッド脇にぶら下がっているボタンを押してみる。

ナースコールのようなもので、用事があったり困ったときに職員を呼べるしくみになっている。

これでフキさんが来ればいいんだけど…。


スイッチを押すと、ピンポーンって音が鳴り響く。

「はあーい」という声とともにやってきたのは、あたしの大嫌いなパートのオバサン・萬田まんださんだった。

震災のあったあの日、このオバサンが台車の反対側にいて他の年寄りの世話してたから、

向こう側行けなくってフキさんの栗ようかん落としちゃったんだよな…って思い出した。

このオバサン、やたら人のこと詮索したがるしウワサ話が大好きなんだけど、

あたしの過去が知られてなくてマジで良かった…。



「フキさぁ〜ん、どうかしましたかぁ〜?」



60歳くらいで化粧がめっちゃケバいオバサンが近づいてきた。

その化粧のヤバさは、入所している年寄りの家族からクレームが来るほどのレベル、一時的に地味になったのに最近また復活したカンジ。

いつも濃いブルーのアイシャドウを瞼に塗りたくり、アイラインにまつ毛は真っ黒!

分厚い唇に真っ赤な口紅塗ってるのが、人食い鬼みたいでコワい。

顔はファンデ塗りたくりで、首の色とちがってた。

イマドキこんな色が出る化粧品、どこで売ってんの!?って思う。

体型は小太りで背が低くショートカットで、なんでそれくらいの年代のオバサンって似たよーな体型にショートカットなのか、ワケわかんなかった。

そんな萬田さんが、笑顔を作ってる。

濃いメイクの笑顔って、なおさらコワいし・みにくい。

どうしよう、いくらキライでも「やっぱなんでもありません」なんて言えない、

正直にきいてみるしかない。



「あの…新田主任の娘さんは?」



これを機に、フキさんと仲直りするか…。



「ああ、今日あの子はいないのよ、なんでもね、学校へ行ったんですって!」



「エッ!?マジかっ?!」



あたしはビックリし、フキさんが言わないよーなセリフで叫んでしまった。



ここで萬田さんはつかつかと歩み寄り、あたしに耳打ちした…といっても、フキさん相手だから、多分大きな声だと思うけど…。



「ここだけの話、あの子不登校だったらしいよ!」



ああ、またこのババア、よけいなことを…。

あたしは超ムカついて思わず、



「よけーな話に首ツッコむんじゃねーよ!」



怒鳴りつけてしまった。

ヤベ、フキさんのマネしなかった!って焦ったけど、



「あらあらゴメンなさいねー、そういやフキさん、ウワサ話キライだったわねー」



萬田さん、しれっと答えたけど、いかにも誰かに話したくてウズウズしてたっぽかった。

もう出てって!と、萬田のオバサンに言おうと思っていたところ、



「フキさん…息子さんが面会にきましたけど、どうします?」



と、遠慮がちに部屋へ入ってきたのは、工藤さんだった。

彼女が入ってきたと同時に萬田さんが出て行ったのはホッとしたけど、




「へっ、息子!?」



思ってもみなかった人が面会にきたなんて言うから、思わず声が裏返っちゃった。

そーいやフキさんに息子がいたってこと、すっかり忘れてた!



「やっぱり、逢いたくないわよね…」



工藤さん、困った様子。

なんだろう、もしかして色々ワケありっぽい…?

なにがあったか知りたいけど、本人がきくのもヘンだ。

あたしは黙ってうつむくしかなかった。



「わかったわ、フキさんは今はお休み中ってことにしておくわね」


工藤さんが部屋を出ようとしたそのとき…。



「あっ!」



部屋の中にガタイのいいオッサンがズカズカ入ってきた。



「フキさーん、息子さんがみえたわよー」



うしろから萬田さんが顔をのぞかせる、ニヤッと笑ってやなカンジ。

工藤さんの表情がサッと曇る。

こんな彼女見たの初めてだけど、きっと萬田さんのことキライな気がした。『よけいなことして』って、カオしてた。



息子だというオッサンは、かなりデカかった。

なんか、芸能人でいうと安岡力也っぽい顔の濃さ、でも彼よりもっと顔が怖くいかにもワルそーだった。



「おい、ババア!連絡ひとつよこさねーから、こないだの地震でくたばったかと思ったぜ!」



なに、これ…。いい年したオッサンが、かなりヒドい言葉づかい!

こんなのが、息子だって!?

白髪混じりのパーマがかかったようなアタマに彫りの深い顔立ち、

やたら日焼けしていてガラもののシャツに黒いブルゾン着ていて、

なんかヤクザっぽい。

あまりのことになんて答えたらいいのかわかんなくて、黙るしかなかった。



「なんだ、とうとうボケて、言葉も出ないか」



オッサンはニヤリといやらしい笑みを浮かべる。

なんか、怖いしキモい!

あたしは黙って顔背けた。



「なにしにきた、って思ってるんだろう?」



ニヤリと笑い、近寄ってきて、あたしが寝てるベッドに腰かけた。



「やああーッ!」



マジで怖くなったので、悲鳴をあげてしまった。

工藤さんも萬田さんもいつのまにかいない、助けてもらいたくても誰もいない。

あたしって、こういう運命なんだろうか?



「なんだよ、実の息子そんなに怖がることないじゃないか!こんなオレ様でも、おめーにとっちゃ可愛い息子なんだろ?」



頭でフキさんの息子とわかってても、マジで怖くってしょうがない。



「おい、なんとか言えよ!」



なんとか言えと言われても…。

なに言っていいかわかんなかったし第一マジでおっかなかったから、

黙ってるしかなかった。

ここで急にオッサンの手が伸びてきたもんだから、あたしは怖くなって思わず悲鳴をあげた。



「ひゃああーッ!」



我ながら情けない声だった。



「なんだよ、なにもしてねぇだろ!?」



オッサンはそう言ってあたしの両肩をつかんでゆすりはじめた。



「ヒィィ〜〜!」



恐怖のあまり、声がかすれる。

なんだろう、実際に乱暴されてるわけじゃないのに、怖くってしょうがない。

このオッサン、一体なにしにきたの!?

と、ここで、



「乱暴はやめてください」



聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。

声の主はオヤジで、後ろには工藤さん。

きっと彼女がオヤジを呼んでくれたんだろう、心配そうにドアの外から見守っていた。

オヤジはつかつかと大股で歩いてきて、あたしからオッサンを引き離してくれた。



「余計なことすんじゃねぇよ、小僧!」



オッサンはスゴむ。

声がデッカくてよく響きガタイもいいから、マジ怖い!

こいつホンモノのヤクザなんじゃね?って思うくらい。

けれどもオヤジも負けてない。



「いいですか、市川さん!暴力行為は迷惑とみなし、今後一切面会禁止にしますよ?」



コトバはかなりていねいだけど、なんだか迫力ある。

短く切り揃えた髪型に細い黒ぶちメガネ、体格はそこそこガッチリ…一見マジメにしか見えないけどさすが元ヤン、目つきがマジでヤバくてオッサンに負けてない。



「チッ!乱暴なんてしてねぇよ、このババアがなにをカンちがいしたのか、勝手に悲鳴あげたんだよ!」



オッサンは舌打ちして部屋から出ていった。



「フキさん、大丈夫ですか?」



あたし目線にカラダを屈め優しげに声をかけられ、思わず声をあげて泣いてしまった。

去年までずっと父親を知らずに育ったあたし。

ママに聞いてもいつも答えをはぐらかされてたから、どんな人なのか全く知らなかった。

もし、ママじゃなく最初っからオヤジと暮らしてたら…。

このとき初めてそんなふうに思ってしまった。



この息子のせいで、フキさんが学校へ行ってしまったっていう自分にとっての大事件をすっかり忘れてしまった。



入れ替わってしまったんだから、お互いの情報を教えあうことになってたケド、フキさんってば息子についてなんにも教えてくれなかった。

一体なんであんなロクでもないオッサンがフキさんの息子なんだ?

なんだかビミョ〜なカンケイっぽいのは、気のせい?

このときのあたしは、全く想像すらできなかった…。

















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