第5話ばーちゃん生活

入れ替わったばっかのころは、朝目が覚めたときからビックリの連続だった。

まず、カラダがすぐに起き上がんない!

もともとそんなに朝強くなかったケド、アタマが起きてんのにカラダがなかなか起き上がんないなんてこと、まずなかった。

鏡見るたんびに悲鳴をあげそうになった、だって手や顔が自分じゃなくてシワシワなんだもん。

も〜、テンション下がりまくり!


カオを引っ張っりゃ皮膚と肉が離れてるかんじだし、髪の毛はツヤのない白髪頭で、ショートカット。

…年寄りって、なんでみんな髪短くしてんだろ?ってフシギだったけど、なんかわかる気がした。

伸ばしてもキレイじゃなさそーだし、なんかめんどくさい。

自分のセミロングの髪がなつかしくなる。


どーせ早く死にたいから、別にいいんだけどさ…。

いつ死んでもおかしくないばーちゃんとカラダが入れ替わって嬉しいハズなのに、

マジ退屈だし、リスカしたくても老人ホームにいるからカミソリもない。

それにしてもいつ死ねるんだろう?と思ったけど、今のあたしは絵留美じゃないから、今すぐ死ななくてもいいような気がしてきた…。


それにこの生活、結構いやかも…。

曜日や日にちの感覚なくなっちゃうし、何度か観ていたテレビ番組見逃した。


一番ヤバかったの、トイレだった。

地震があったあの日…夜になってからオシッコしたくなってきた。

あたしになってしまったフキさんと話してたとこだった。



「ここにいると朝早く起こされるからね…」



ここでの生活のこと色々教えてくれてたけど、トイレ行きたくて話に集中できなかった。

いつもなら、トイレ行きたくてもすぐ行けない場合はガマンするんだけど…。

そのガマンが、今の自分にとって厳しかった。



「あ、あのさ、フキさん…」



話しの途中でさえぎる。



「なんだい?」



「トイレ行ってもいい?」



このときあたしはまだ、トイレくらい一人で行けるもんだとばかり思ってた。

なので、ベッドから足を出そうとしても激痛が走って動かないのにビックリした。



「ッッ、いってー!!」



ベッドは半分リクライニングされてて上半身起きた状態だったし、動けると思ってたのに…。



「ほら、ムリすんじゃないよ!イヤだろうけど、一人じゃ難しいんだよ」



フキさんはそう言って車イスを持ってきて、あたしを座らせようとした。



「ッ、痛ッ!」



今度はフキさんが悲鳴をあげ左手首押さえる、どーやらリスカしたあとに響いちゃったらしい。

フキさんはベッド脇にぶら下がってたナースコールを押した。



「どうしました〜?」



天井から声が響く、女性職員の声だ。



「ちょっとトイレに行きたいんだけどねー」



フキさんが答えたんだけど、



「あら?新田さんよね?フキさんどうしちゃったの?ショックで声出なくなっちゃったとか?」



…こーいう場合、フキさんになったあたしが言うべきだったと気づいたときは、もう遅かった。



「そ、そーなの!さっきの地震がマジでショックで〜」



フォローのつもりで言ったつもりが、ついつい自分口調…。



「バカッ!あたしゃそんな言いかたしないわ!」



フキさんに叱られてしまった、でもフキさんも今はあたしになってるっての忘れて、ばーちゃんコトバになってた。



「あちゃ〜、聞こえちゃったかなぁ」



コールごしに聞こえちゃったか?と心配だったけど、すぐ職員がきた。



現れたのは、工藤さんっていう30歳くらいの地味めな女性職員、しゃべったことないけど、スゲーおとなしい人ってかんじ。



「フキさん、大丈夫ですかー?」



優しげに声をかけ、慣れた手つきであたしを車イスに乗せた。




フキさんの部屋は個室でラッキーなことにトイレつき、部屋を出なくてすむ。

工藤さんは便器近くに車イス固定させ、あたしを抱きかかえ便座に座らせてくれたんだけど、なんだかタイヘンそう…。



「バカっ、お前さんも少しは動くんだよ!」



いつのまにかフキさんが入り口からのぞいていて、叱りつけてきた。



「のぞいてんじゃねーよ!」



思わず言い返しちゃったけど、このときフキさんあたしも言葉づかいに気をつけることをマルっと忘れてた。



「あらあら…ごめんなさいね、いつも誰もいないクセでドア開けっぱなしにしちゃいましたね」



工藤さんはどーやら自分がトイレのドアを閉めなかったからと思ったみたいで、

申し訳なさそーに謝ってから、後ろ振り返ってパタンと閉めた。

その間にあたしはがんばってパジャマのズボンとパンツをおろそーとしたけど、カラダがうまく動かない…。

そーこーしてるうちにオシッコがもれてしまい、ショック受けた。



「うわーっ、マジかよっ!」



思わず声出しちゃったもんだから、



「どうしましたか?」



工藤さんが慌てて振り向いた。



「やだッ、こっち見るんじゃねーよ!」



思わずいつもの口調で言っちゃったが、



「あらあら…替え持ってくるから大丈夫ですよー」



工藤さんは少しも慌てずにトイレを出た。

入れちがいにフキさんが入ってきた。



「あーあー…トイレはね、行きたいと思ったらすぐ行かないとダメなんだよー、年取ると筋力落ちるからね。ガマンするともれちまうからね」



そんなぁ…。

あたしは見られてることの恥ずかしさでアタマいっぱいになった、なんせオシッコもらしてる上にパンツおろしたまま便器に座った姿だったから…。



「見るんじゃねーよ!」



あたしは半泣きになりながら怒鳴る。

それに対しフキさんはフッと鼻で笑った、

あたしってこんな表情になるんだ、やなカンジ…。



「見るもなにも…今のオマエさんの姿は、私なんだけどね」



言われてみれば、そうだ。

と、ここで工藤さんが新しいパジャマとパンツを持って入ってきた。



「はい、フキさんお着替えしましょうねー…あ、新田さん、清拭せいしき持ってきてもらえますか?」



工藤さん振り向いてあたしになったフキさんに指示出してんだけど、、、



「せ、せいしき?」



清拭せいしきとはおしぼりのコトなんだけど、万が一利用者であるお年寄りがもらした場合に拭き取るために使われるものだ。

介護受ける側でも多分お漏らしとかしたことなかったフキさんには当然わかんなかったようで、目をパチクリさせてる。



「おしぼりだよ!この階の事務所わきの台の上に小さい冷蔵庫みたいな保温機あるから、そこから取ってくんの!」



…今の自分はフキさんってアタマでわかってても、ついつい言ってしまった…。

工藤さん、目を白黒させてる、



「どうしちゃったの?」



って…。



で、フキさんが清拭せいしき取りに行ってる間も余震がきて、怖くってしょーがなかった。



「やだも~、マジでカンベン…」



怖くて近くにいる工藤さんにしがみつく。

思わず出るコトバもいつもの自分口調で年寄りっぽくない。

工藤さんに怪しまれる?と思ったけど、

地震が怖いおかげでウチらがなんかおかしくなったのかも?と、気づかれなかったようだけど…。

トイレしてるときの余震、マジでやめて欲しかった、このままでっかいのがきて潰れたらどーしよう!

トイレ中に死んじゃったりしたら最悪だ。

いくら死にたくても、パンツおろした姿は絶対にイヤ!

たとえ今の姿が自分じゃなくフキさんでも、

そんなみっともない姿で死ぬなんてムリだと思った。


「早くしてよ〜」



あたし、半泣きになる。



「フキさん、大丈夫だからね〜」



工藤さん、必死で優しくなだめてくれる。

あとでわかったことだけど、工藤さんこの日は日勤だったのに震災で帰れなかったみたい。

そんな状況で年寄りに優しくできるなんて、

マジで神だと思った。



フキさんがやっと清拭せいしきを持ってきたんだけど、



「いちいち騒ぐんじゃないの、ったく…」




ブツブツ文句言ってた。



「新田さん、もっと優しくしましょうね!」



事情を知らない工藤さんに優しく注意されてしまったのだけれど、



「はーい、すみませーん」



あたし、自分が注意されたと思って、ついうっかり謝ってしまった。



「どうしたの、二人とも?もしかして入れ替えゴッコで私をからかってる?」



す、するどい…。工藤さんに怪しまれたけど、まさかホントに入れ替わったとは思わないんだろな…。



「そ、そーなんだよ、実は!」



フキさん、そう言いながらあたしに清拭せいしきを手渡してくれた、苦しい!



「あら、私がやりますよ?」



工藤さんは手渡された清拭せいしきをあたしの手から取り上げようとしたので、



「やだ!自分でやるからっ!」



ギュッと清拭せいしきを握りしめて取られないようにした。



…とまあ、初日のトイレはこんなだったんで、次からは気をつけるようになった。

フキさんは足が動かせないだけで手はなんとか動かせたんで、まだ良かった。

拭くとこまで人にやってもらってたら、マジ死んでた。



その他、着替えにお風呂介助にと色々あってヤバかったけど、入れ替わる前のフキさんが気難しくって男性職員NGだったのが助かった。



…もーじき死ねるばーちゃんと入れ替わって嬉しいハズのあたしの生活は、

こーして幕が開けた…。


















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