第4話誕生日

今年に入ってからよく顔を見せるようになったボランティアの娘っ子が、

いつもお世話になっている新田主任の娘さんと知ったとき、本当に驚いたものだ。

言われてみれば、目もとがよく似ている。

でもどうだろう、やたら仏頂面ぶっちょうづら覇気はきがない。

今時の若者は、こんなもんなんだろうか?

でもなんだか気になる、楽しい盛りのハズの中学生なのに、なんだか暗い…。

ついつい気になってなにかと話しかけてしまっていたが、

毎回うっとおしそうな顔をされた、まるで自分に構うな、と言いたげに…。

あの日もモタモタしていたもんだから、つい声をかけてしまった。


あの日…。


そう、あの大きな地震があった日は、『東日本大震災』という正式名称がついた。

それほど大きな被害が出てしまった様子。

幸いここは横浜市だから大きな被害はなかったけれど、働いている職員さんらには衝撃的だったようで、皆暗い顔をしている。

自分が物心ついたころには世の中は戦争で空襲を経験したためなのか、

今回の地震は驚いたがそんなに衝撃は受けなかった。

ここに入所している年寄りの中でも関東大震災体験者もいて、

当時のほうが悲惨だったようで、若い職員より憔悴しょうすいしている者は見当たらないような気がした。



そんな大きな地震で、新田主任の娘っ子と私のお互いの体が入れ替わる…という予想外のできごとに見舞われた。

私はともかく、恵まれた現代に生きる娘っ子にはさぞかしつらかろう…と思っていたけれど、どうやらそうでもないらしい。

娘っ子……絵留美えるみって名前らしい……は、

なにやらつらい人生を送ってきた様子、

それがなんだかわからないが、何度も自殺未遂をしているようで、時々左手首が痛む。

恐る恐る包帯をとくと、そこには無数の傷がある。


あれから一週間。

新田主任との共同生活がはじまってまず驚いたのが、これまで絵留美が自分の父親に対し『お父さん』と呼んだことがない、ということ。

なんのためらいもなく主任にお父さんと呼びかけ、えらく喜ばれたので驚いた。


「絵留美…震災の日からだね、やっとお父さん…って呼んでくれたね」


目を潤ませ、感極まっている…。

今まで一体どんな呼びかたをしていたんだ!?





「そりゃあね、まさか本人に向かってオヤジ…って呼ぶワケいかないからさー、“ちょっと”とか、“ねえ”って呼びかけてたかな?あ、でも何回かうっかりオヤジって呼んでたかも?」


短く切りそろえた白髪頭に、深く刻まれたシワだらけの顔…。

ガーゼ素材の水色の寝間着を着てベッドに横たわる自分の姿の中身は絵留美で、その言葉づかいが外見と妙に合っていなかった。


「はぁ…、アンタらそれでも親子かね?」


肩先で切りそろえられたツヤツヤの髪にハリのある上気した頰を持つ顔をした自分の吐く言葉も、傍から見りゃ違和感あるだろう。

入れ替わってからというもの言動には注意しているが、すぐどうにかなるものでもない。


「しょうがねーだろ、去年の夏ひょっこりあたしの前に現れるまで知らなかったんだし」


シワだらけの自分の顔が口を尖らせる。

それにしても、一体どんな事情で中学生になるまで父親の存在を知らずにいられたのか!?…と思ったが、自分の人生もあまり人のことが言えない…。

もしかしてこの子の母親は、私と同じようにエラい目に遭ったのでは!?と、勘ぐってしまう。

私もそうだったけど、案外人につらかったことって話せない・話したくない。

この子に対しやたら詮索してしまったが、話してくれるまでやめようと思い、

話題を変えることにした。


「それはそうと、お誕生日おめでとう」


私は袋を差し出した。

今日は絵留美の誕生日、本当はケーキのひとつでも買いたかったのだけれど、

震災の影響で店はどこも閉っていて、

かろうじて開いていたコンビニも品薄で、売られていた中で一番まともだった大手製菓会社の袋入りチョコレートケーキを選んだ。


「ごめんよ、震災の影響でそんなのしかなかったんだよ」


「わあ、チョコパイだぁ、フキさん、ありがとっ♪」


絵留美は目を輝かせて受け取ったが、その姿は老婆である私。

それがチョコ菓子を受け取りうれしそうにしているもんだから、違和感を覚えた。



「フキさんも食べない?いいよ、6個入ってるしぃ~」


絵留美は、箱から一個取り出してくれた。普段の自分ならいらないと遠慮するところだが今は中学生の体、育ち盛りなのかやたらお腹が空いてガマンができない。



「ありがとね」



素直に受け取る。



「なんかへんなの~、いつものあたしだったらさ、この6個入りのチョコパイ一人で全部食べちゃうんだけどさ、なんか食べられる気がしないんだよね~」



「そりゃムリもないよ、お前さんは今年寄りの体なんだから」



「へへっ、そーだよねー、やっぱ…だってあたし、ハンバーグとかスパゲッティとか好きで、ここの年寄りが食べてるもん正直ゲーってカンジだったけど、今はおいしいもん」



ものの考え方や記憶はこれまで通りでも、味覚の嗜好性は体に支配されてるらしい。

私はここ一週間ここの職員用に出される食事に対し好き嫌いが出てるのは、

ムリもないことなんだと納得。


「当たり前だけどさ、今日フキさんがはじめてだよ、あたしの誕生日祝ってくれたの」


「そりゃそうさ、私の誕生日はまだ先だけど、きっとここの職員さんたちが祝ってくれるさ」


「えー、長生きおめでとうみたいに言われんのかなー?」


「そうだろうね」


お互いチョコパイを頬張りながら、ふふ…と笑いあう。

ここで私は気になっていたことを訊いてみる。


「ところで…あんさんの友達のこと、訊いてなかったねぇ。今日祝ってくれてもわかんなきゃ話にならんから、教えてくれないかね?」


ここでさっきまで上機嫌だった絵留美の表情が急に曇り、視線を落とした。


「友達、いないんだ」


ああ、聞いてはいけないことだったらしい、もしかしたら不登校の原因なんだろうか…。


「ごめんよ」


ここは謝るしかない。


「いいんだ」


なんとなく気まずい空気になってきたので、話題を変えようと考えをめぐらせた。



「ああそうそう」


私は絵留美に聞かなければならないことを思い出し、ポケットから携帯電話を取り出した。

それはピンク色していて、じゃらじゃらとアクセサリーのようなものがついていた。


「これ、使いかた教えてくれないかね?やたらブンブン鳴ってるけど、わからなくて」


携帯電話を受け取った絵留美は、手馴れた手つきでパカっと携帯電話を開いた。

何度もくどいようだが、老婆である自分の姿が最新の機器をいじっている姿は、

本当に不思議すぎる。


「オヤジのヤツがさ、色々ブロックかけてんから最低限しかできないから、覚えやすいと思うよ?まず、電話出るときはここ、めったにかかってこないし、相手はオヤジだけだけど」


絵留美は丁寧に教えてくれる。

最近はすごい、こんな小さな機械で電話だけでなく手紙のやり取りもできるらしい。

もっと衝撃的だったのは、地震が来るまえに報せてくれるという機能がついていること…。


「ここんとこ余震ばっかだからさ、ブルブルうるさかったでしょう?これはあたしも止めかたわかんないから、ガマンしてね…使いかたさ、オヤジに言えばマニュアル持ってるかもしんないからさ、訊いてみてよ」


「わかった、そうする」


私は絵留美から携帯を受け取り、再びポケットの中にしまいこんだ。


ここで、ノックの音。


「はあい」


絵留美と私、思わず異口同音に返事、しまった、私の部屋じゃないんだ、ここは…。

扉が開いて現れたのは、新田主任だった。


「絵留美、やっぱりここにいたか、帰るぞ」


「え、早いんでないかい?」


「今日は早番だからな、帰るぞ」


時計を見ると夕方の4時半。


「お疲れさまー」


絵留美は、くったくもなく挨拶。


「フキさん、ありがとうね、絵留美の話し相手になってくれて、迷惑かけてないかな?」


「ぜーんぜん大丈夫だよー」


…話しかたって、そうそう急に変わるものではない…。

私はそんな答えかたしないんだがね…ここ一週間お互いヒヤヒヤしている。


「フキさん、また明日ね~」


とりあえず私は絵留美に向かって手を振ったが、日頃の絵留美はそんなこと決してしない子だったのでおかしいと気づかれるのでは?と、内心焦った。

新田主任は鈍いのか、お互いの言動がおかしいことに気づいていない様子、

それがかえって助かっている。


こうして私と新田主任は、施設をあとにした。



主任と一緒に車で帰った先は、施設から車で15分ほどの場所にある住宅街の中にあるアパートだ。

部屋は二階で玄関入ってすぐ左脇に台所がありって一応二間だが、かなり狭くほぼ一部屋のようなつくりだ。

トイレ風呂場は別々だけれど、洗面所と風呂場が一緒だった。

洗濯機は外で玄関脇にあり、ベランダは非常に狭かった。

最初はこんな狭い部屋に父親と若い娘が住んでいるのかと仰天したけれど、前にテレビで特集していた介護福祉士の給料の安さと関係しているのかもしれない。


新田主任は車の後部座席から大きな荷物を運び出した。



「なんか手伝う?」



私は極力絵留美の口調をマネてみる。



「手首痛むだろう?むりがないんなら、テーブル広げといてくれないかな?」



この狭い部屋の中、食事も寝るのも同じスペース、

私は押入れの前に立てかけてあったちゃぶ台を広げた。

一緒に暮らしはじめたとき、新田主任の前でウッカリ“ちゃぶ台”発言をしてしまった。

けれども彼は、「絵留美でもそんなコトバ知っているんだな」と、

ニッコリ笑うだけで不審には思われなかった。


新田主任は嬉しそうに袋からタッパーを取り出し、それを電子レンジの中へ入れた。

いいにおいが漂ってくる。

ピッピッと鳴り終え、主任はそれを皿に広げた。



「ほら、絵留美の好きなハンバーグにマッシュポテトにナポリタンだぞ」



「おやまぁ、こんなにごちそう、どうしたのかね?」



ここまで言った私は、しまった!と思った、

発言が若くない。

うわぁスゴい…と言うべきだった…。

でも幸い、新田主任は気づかない。



「本当はオレ…いや、父さんが作りたかったけどな、ヒマないんで職場の厨房さんにムリ言って頼んだんだよ」



「うわぁ、ありがとう!」



うん、ちょっとは絵留美らしくなったかな?



「ケーキも焼いてもらったから、食後な!冷蔵庫入れといたから」



ここで、絵留美ならなんて言うだろう?と、

一瞬考えてしまった。

結局、



「ケーキまでありがとう、お父さん」



無難な言い回しになってしまった。



ハンバーグにナポリタンにマッシュポテトは、非常においしかった。

日頃の自分はこんなもの好きになれず、芋の煮っころがしやヒジキの煮つけを好むのだが、どうやら絵留美の味覚はこういった洋食を好むらしい。

こういうのがこんなおいしいなんて、これまでの人生思ったこともない。

ここで炊飯器の音がピピピ…と鳴る。



「絵留美、メシ食うか?」



主任はカラの茶碗片手に訊いてくる。



「いらない」



普段の自分は米の飯がないのが考えらえなかったけれど、

どうやら絵留美の体はそれを欲さないらしい。

むしろ、パンが食べたかった。



「ああ、そうだったな…食パンならあるけど、食うか?」



「食べる!」



新田主任が立ち上がろうとしたので、



「お父さんいいよ、自分でやるから」



フォークを置いた。



「いいんだよ。今日は絵留美の誕生日、父さんが祝ってやるの、はじめてだからな」



そうか…。

そういえばこの父娘おやこは、最近になるまで一緒に暮らしてなかったんだった。

自分ばかりがこんなにいい思いして良かったのだろうか?

ふと自分の姿で施設にいる絵留美を思い浮かべ、不憫になる。



「どうした?暗い顔して?」



表情を読まれてしまったのか、新田主任に怪訝な顔をれてしまう。



「ううん、なんでもないよ」



私は慌てて首をふる。



「つらくなったらガマンせず、思いっきり泣いていいんだからな」



ぶっきらぼうだけど優しい物言いにジンとくる。

絵留美の人生、なにがあったんだろうか?

両親離婚し最近になるまで父親の顔を知らず、おまけに不登校で友達がいないというのが、

全てを物語っているのだろうか?

なんとなく、それだけとは思えない。


再び電子音が鳴り響き、ほどなくして焼きたてのトーストが目の前に出される。



「食べな」



「ありがとう」



無言でトーストをかじる。



食後は、施設の厨房職員が作ったというイチゴと生クリームのケーキが出た。

どちらかといえば生クリームは苦手であんこが好物な私だったけど、

絵留美の体は喜んでいる様子、早く口にしたくてしょうがない。



「だいぶムリ言ったんじゃな…ね?」



またまた絵留美の口調をマネようとしておかしくなってしまった、

けれども新田主任はどこまでも気づかない様子。



「そうだな、富田さんっていう厨房の主任さんにワケ話したら、快く引き受けてくれたよ」



それ聞いた私は思わず、



「ありがたいねぇ」



なんて発言をしてしまい、慌てて口をつぐんだ。



「絵留美、最近のおまえの発言、まるでばあさんだなー、最近フキさんと仲いいみたいだけど、うつったんかなー?」



主任はさもおかしそうに笑う。

良かった、気づかれてはいるけど、年寄りに感化されてると思っているみたい。

案外、なんとかなるかも?



ケーキに舌鼓を打ち、すっかりたいらげるとお腹は満腹状態なった、

この感覚も久々な気がした。



「はい絵留美、お誕生日おめでとう」



主任は小さな紙袋を渡してくれた。

それは黒地に紫や黄色の薔薇の絵が描かれたきれいな袋だった。

中から紫色した巾着が出てきた。

その巾着をさらに開けると、黒い薔薇の形をした小さな手鏡が出てきた。

こういうとき、絵留美はどんな反応するか?

一瞬考え、



「わー、かわいい!ありがとう」



と、言ってみた、それは成功だったようで、



「若い子が喜ぶものを調べたんだ」



新田主任は照れながら微笑んだ。



…やっぱり、生きていて良かった…私は素直にそう思ったが、

同時に絵留美がますます不憫になってきた、

もし今日この喜びを味わったんなら死にたいとは思わないのでは?



このとき私はまだ知らなかった、絵留美がこれまでどんなひどい目に遭わされ、絶望してきたか…ということを………。












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