第3話エエッ!? カラダが入れ替わった?!

……ん……さん……

……大丈夫ですかぁ~?……


遠くから呼びかけられているような気がした。

霧の中をぬける感覚って、こんなかな…?



次の瞬間、あたしはぼんやり目を覚ました。

どうやらベッドに寝かされてるっぽいけど、

なかなか視界がはっきりしてこない。



「あれ?あたし、寝てた?」


そうつぶやいて起き上がろうとしたけど、カラダが思うように動かない。


「ああ良かった、フキさん、気がついたんだね」



少しずつ見えるようになって視界に飛び込んできたのはオヤジの顔、なんだかとっても心配しきったような表情。

なにが起きたんだろう?

さっきすごい地震がきてたような…?


「フキさん怖かったでしょう、ごめんね、ウチの絵留美のせいで…」



ああそうか、大っきな地震きて怖くてしゃがんで……それから立ち上がってヨロけて後ろの収納ケースにぶつかったらなんか降ってきて………って……、あれ?

それっきり思い出せないや?

と、ここで、衝撃的なモノが目に飛び込んできた。


「?????!!!!!?????」


あたしは声にならない悲鳴をあげた、オヤジの隣にいた女の子が心配そうな顔してのぞき込んでいる。

それがどう見ても自分!鏡でもあるの!?って思ったけど、ちがうっぽい。

あたしは目をこすってもう一回見る。

やっぱり自分がいる!


「えーっ!?」


思わず叫んでしまう。

自分の姿した女の子、しきりに目配せしてるような…?


「お父さん、ちょっと二人きりにしてくれる?」


…あたしの姿した女が、オヤジのこと『お父さん』って呼んでる、一度だってそう呼んだことないのに…これはいよいよニセモノにちがいない、夢でも見てる?

オヤジは『お父さん』と呼ばれたことなんにも感じないのか、「いいよ」と言って部屋から出て行ってしまった。

自分の顔した女の子は部屋の隅から折りたたみイスを取り出し広げ、あたしが寝てるベッドの前に座った。


「驚いたろうね?」


なんだ、このババくさいセリフは…?あたしはこんな言いかたしないし…。


「まだ状況が把握できてないだろうねぇ、ムリもないよ、私だって目が覚めてずいぶん仰天したもんだよ」


この独特なしゃべりかたに覚えがあった、まさか…。


「信じられないだろうけどな、よーく聞いて。神様のイタズラかねぇ、どうやらうちら…市川フキとあんさんが入れ替わってしまったようなんだよ」


「えーっ!?ウソー!!マジでー?!」


思わず叫んでしまったけど、この声はあたしではなく、ばーちゃん声…そう、まぎれもなくフキさんの声だった。


「本当にたまげたよ…大きな地震がきて、ヨロけたあんさんは後ろにあった雑に積み重ねられていた収納ケースにぶつかって、中に入ってた書類は落っこってくるわ・ボロいケースが倒れて二人して下敷きになるわで散々だったんだよ…ケースの材質がボロいプラスチックだったのが、不幸中の幸いだわね…でも、うちら二人して気絶して、その間に入れ替わっちまったんだろうねぇ」


もう、なにがなんだかわからない。

さっきからあたしがババくさいコトバでしゃべってる!

思わず左腕を上げて見てみた、リスカの跡がないどころか、シワシワだ。


「いやーーッ!」


思わず叫んでしまったけど、ババア声での悲鳴って、なんだかキモい。


「そりゃショックだろうよ、ピチピチだった若い娘っ子がしわくちゃなばあさんになっちまったんだから」


あたしの姿をしたフキさん、ため息をついた。

なんかヘンなカンジ、見た目とセリフが全く合っていない。



「ずっとこうなのかな?」


あたしは思わずつぶやいてしまう。

これはきっと夢だ、そう思いたいけど、カラダのあちこちが痛い。


「さあな。夢みたいだけどね、ケースが当たったところとアンタがリスなんちゃらしたとこが痛むからねぇ」


フキさんはそう言って作業服の袖をまくり左手首を見せた、昨日夜中にリスカし包帯で巻かれたまんま。

にじみ出てきてる血が痛々しい。

まぎれもなく、あたしのカラダ…。


「これからどーする?」


あたしは不安になり、思わず訊いてみる。明日になって目が覚めても元通りになってなかったら、どうしよう…?


「そうだねぇ、どうしたもんか…まぁ、こんなこと人に話したとこで誰も信じないだろうねぇ」


そりゃそうだ、話したりしたらもしかして二人ともアタマおかしくなったと思われるかもしれない。


「フキさん…もとに戻るまで、お互いのフリするしかないよ」


「そうだねぇ、そうするしかない」


そうなれば早い。ここでウチらはお互いのプロフィールを紹介しあうことにした。

まずは、あたしから。


「1997年3月18日で東京生まれ」


「おや、来週誕生日じゃないか」


「うん、もうじき14になる」


「昭和にすると何年だね?」


「平成生まれだっつーの」


「おや、こりゃたまげた、平成生まれがもうこんなに大きくなったのかい!…で、平成何年生まれなんだい?」


「んー、多分9年じゃないかなぁ」


「なんだその多分って!」


「しょうがねえだろ、平成とか昭和でモノ考えてねーんだよ!」


…しばらくこんなノリで好きなもの・ニガテなもの伝えてたけど、

親のこと・学校のこと訊かれたとき、話すのがイヤだった。


「なぁ、前から不思議だったんだがな、オマエさん学校はどうした?今は春休みだろうけど、今年はじまってからずーっといるよね?」


ああ、イタいとこ突かれちゃった…。


「不登校ってやつ」


あたしは正直に答えた。


「なんでまた?」


ああ、やっぱし訊かれちゃったか…。


「カンケーねーだろ」


思わずそう言ってしまったもんだから、


「関係なくないだろう、今あんさんは私なんだから」


言われてしまう。

不登校のワケなんて、話したくない、どうしよう…そう思ってたら、


「もうひとつ不思議なんだけどね、立ち入ったこと訊くようだけど、新田主任さんは確か独身と思ってたから、いきなりあんさんを娘さんとして連れてきたから驚いたんだけど?」


話題を変えてくれた。親のコトあんま話したくないケドしょうがない、ガッコ行かないワケ話すよりはマシか…。


「親、あたし生まれてすぐリコンしてんの。去年の夏までずっとママと暮らしてた、それが色々あって、オヤジと暮らすようになったの」


正直に話した。なんでオヤジと暮らすようになったか説明しなきゃなんないのかとユーウツになってたら、


「なんでまた?」


やっぱし訊かれた。


「ゴメン、それは言いたくない」


不登校の理由とおんなじ、触れられたくない。


「そうか」


案外あっさり納得、良かった…。


「次は私の番だね」


今度はフキさんのプロフィールだ、いつもなら…やれやれ退屈がはじまる…なんだけど、

これで根掘り葉掘り訊かれないから、あたしはホッとした。


「私はねぇ、大正14年…」


「ちょっと待った!」


あたしは語りはじめたフキさんをさえぎった、


「なんだよ大正って!1900の何年なんだよ?わかんねーだろ!?」


まったく年寄りってなんで西暦でモノ言わないんだろう?


「ああ悪かったね、それだとわかんないんだよ、今年で86になるから、逆算しとくれ」



「メンドくせっ!」


「しかたないだろう!ええと…、今年2011年だね…となると…、1925年だな?4月29日の東京都生まれだ」


「わ、すげー!」


あたしはフキさんが80こえてるとは思わなかったから、素直にビックリした。


「家族はねぇ…」


ここで一瞬フキさんはコトバを止めた。 ん? なんだか悲しそーな顔?

そうか、あたしって悲しいとき、こんな顔してんのか、なんかヘンな気分。

しばらく間があり、またフキさん語りだした。


「今年65歳になる息子が一人だけいるんだけどね、めったに面会なんて来やしないよ」


なんか、今にも泣きそうなカオしてんですけど?

そうか、フキさん、息子が会いにこないから、悲しそうなんだ…このときあたしは、ごく単純にとらえてた…。


「この施設にきたキッカケはね、去年の夏に転んで両方の足を骨折したから。私くらいの年齢になるとね、骨折したらおしまいよ、回復が遅くて寝たきりになるんだから」


なんだかユーウツなハナシ…。ここでボランティアするまで、骨折で寝たきりになるなんて、まるで知らなかった。


「この施設にきたのは去年の秋くらいかね、それまで病院に入院していたんだよ」


ああ、またも暗くなるようなハナシ…。でも、しょうがない。


「ま、こんな感じかねぇ…またなにかあったら報告するよ」


フキさん、にっこり微笑んだけど、それがあたしの顔なもんだから不思議だ。


「それはそうと、周りに気づかれないため、お互い言葉遣いには気をつけんといけないねぇ」


うん、確かにフキさんのコトバをあたしの姿が言うと妙すぎる、さっきからおかしくてしょうがない。


「そーだよ、だいたいあたし、“気をつけんと”なんて言わねーし、“ナントカねぇ”みてーな語尾使わねーし!」


「おまえさんだって!だいたい私、“ナンチャラねーし”なんて乱暴な言葉遣いしないから!」


ここでお互いフフ…と、笑ってしまった。


「さ、練習だ練習!自分のこと、“あたし”じゃないからね、私は!…“あたしは、新田絵留美で~す!”こんな感じかいね?」


「チッチッチッ!そうじゃなくて!だいたいあたし、“こんな感じかいね?”なんて言わねーから!“こんなカンジぃ?”語尾伸ばすのぉ!」


「こんな感じ…ぃ?」


「うはっ、なんだよソレ、おもしれー!練習だ、練習!」


「そういうおまえさんも私の練習してみぃ」


「えっと…。私は、市川フキ、今年で86歳になるでござる…」


「ちょっと!なんだい、その言い回しは?時代劇じゃないんだから!」


ここでウチら、ツボにハマリ大爆笑!


「ぎゃははは~!ウケる~!知るかよ、今まであんま年寄りとしゃべったことなかったしぃ~!」



「いくらなんでも、今時それはないだろう~!」


お互い涙を流しながらヒィヒィ笑いあった。


…と、ここで…。


ドンドン…ドアを叩く音、続けてオヤジが入ってきた。


「なんだか楽しそうに話していたようだけど、大丈夫?さっきから余震続いてるんだけど?」


なんと、揺れていたなんてあたしは気づかなかった、けれどもフキさんは、


「そうだねぇ主任さん、さっきから揺れてるなぁと思ってたけどね…」


うわっ、フキさんヤバいよ、口調が!と思ってたら、親父がフッと笑った。


「絵留美、偉いぞ!職場では俺のこと主任と呼ぶんだぞと教えてきたけど、はじめて言ってくれたね」


なんだかうれしそう&気がついてなさげ…、と思っていたら、あたしのところへやってきた。


「フキさん、大丈夫?体痛いところない?」


心配そうにのぞきこんできた。なんて返事したらいいんだろう…?とりあえず、


「だ、だいじょうぶだぁ」


ああ、ワケわからん言いかた…。ここでフキさん、笑い出した。


「志村けんかいな」


ん?どうしていきなり志村けんの名前?


「なんだ絵留美、志村けんのだいじょうぶだぁを、知っているのか?」


オヤジがツッコミを入れる。 そうか、もしかして昔のテレビ番組?


「そ、そう、再放送見たんだ」


フキさん大慌て、お互いのフリ、思ったよりタイヘンだ。オヤジ、再びあたしの顔をのぞきこみ、


「痛いとこあったり、なんかあったら言ってね」


そう言ってベッド脇からナースコールを引っ張り出して見せた後、部屋から出た。

オヤジが完全にいなくなってから、フキさんは大きくため息をつく。


「全く、やれやれだねぇ…私の部屋が個室で助かったよ~」


マジでそう思う。


「これからどうなるんだろう」


「さあねぇ…あんさんには悪いけどね、私はうれしいよ、しばらくは生きられるからねぇ…でも、あんさんが本当に気の毒、私の体では、いつこと切れるのか想像もつかない」


…あたしのカオって、人に同情するとき、こんなになるのか…って、今まで人に同情なんてしたこと、あったっけ? そうか、このままだともしかしてあたし、死んじゃうかもしれないんだ…。


「別にいいかも」


思わず口をついでこんなセリフが出てしまった。


「え?」


フキさんに、鋭く聞き返される。


「あたし、死にたくてしょうがなかったんだもん、ちょうど良かったよ、フキさんだってうれしいでしょう?」


怒られるの覚悟の上、言ってみた、けれどもフキさん怒んなかった。


「またそれかい、なんでそんなに死にたいんだかね…そりゃあね、私は生きたくってしかたなかったさ…一体お前さんの人生、何があったんだか知らないけどねぇ、どんなにつらいことがあっても、生きてりゃ絶対いいことあるのに」


ああ、またはじまりそう。あたしはぷいっとフキさんに背中向けて寝ようかと思ったけど、

カラダが思うように動かない。


「ああ、もしかして左側向きたいんか?さっきケース倒れてきたとき、そこぶつけたみたいだからね。手伝おうか?」


フキさん、あたしを動かそうとしたので、それを必死に止めた。


「ダメダメ!あたし、リスカしたから左手痛む!また大騒ぎになんだろ?」


「あ、そうだったね、お前さん、リスなんちゃらとやらをやらかしたんだったね」


「リ・ス・カ! いい加減、覚えようよ~」


「リ・ス・カ!だね?」


「なんだそれ、区切って言うなよ~!」


ここでウチらはまた大笑い。


こうして、交換生活がはじまった……。






























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