第2話ウザいババア
老人ホームでボランティア…といってもいきなりシモの世話はさせられず、
もっぱら食事介助にシーツの交換、時々トイレまで連れて行くことはあってもそこから先は職員がやってくれた、いわゆる『介護補助』ってヤツ。
ボランティアやらされたのは今年に入ってから、なのでまだ2ヶ月。
オヤジのシフト通りに一緒にやってるケド、
マジキツい。
今日は夜勤じゃないから良かった…(ホントはあたしに夜勤やらすのダメらしいんだけど、リスカ防止のためしょーがないんだそうな)
今は、おやつの時間。
三度の食事の他におやつも食わせるらしい、
意外とゼイタク…。
しかも、おやつの内容が人によってちがう、
ある人はたい焼きでも、他の人はゼリーだったりプリンだったり…。
おやつの皿の下に年寄りの名前が書かれたメモがまちがえないよう貼ってある。
はじめのうちは、台車から次々とおやつを取り出して年寄りにサクサクと配ることができてたんだけど、二段目からだるくなって動作が遅くなってった、寝不足がツライしリスカした左手首が痛くなってきた。
今日はあたしと大嫌いなパートのオバサンとその子分みたいなオバサンと三人で一緒に配る日だったけど、だいたいパートのオバサン同士で固まっているから、ほぼボッチ状態での作業だった。
「なーにボサっとしてんだか」
いきなりうしろから声をかけられビビる、声の主は入所してる市川フキって名前の車イスのばーちゃん、正直言ってニガテなタイプ。
あたし、老人ホームってボケ老人しかいないと思ってたから、フキさんみたくアタマのしっかりした年寄りがいて最初はビックリした。
ちょうどフキさんのおやつを出すタイミングだった、二段目の一番奥にあった。
取りにくい…。
反対側へ回ればかんたんに取り出せるのはわかってたけど、あたしの大嫌いなパートのオバサンがいて年寄りがおやつを食べる介助してたので、動かずにムリに手を伸ばした。
今日のフキさんのおやつは栗ようかんだったけど、思ったより重い。
よりによって栗ようかんはお皿に立っている状態、寝かせてあれば良かったのに・・・。
栗ようかんが立ったまま取り出すの、マジ難しい。
がんばってみたけど、お皿がかたむいて栗ようかんが落ちそうになったので、
あたしは慌てて左手で支えようとした、けれども…。
「ッたッ!!」
左手首がズキリと痛んだ、リスカしたばっかだったから…。
栗ようかんは、そのまま皿からベチャっと床に落ちてしまった。
「あーあ、なにやってんの!」
ふと横を見ると、いつのまにかフキさんが車イスで間近に移動してきてた。
「あーあ、よりによって私のじゃないか!」
フキさんはガッカリした様子。
ホントはあやまんなきゃなんないのに、フキさんのガッカリ顔に責められてる気がして、
「しょーがねーだろ!?リスカした左手首がいてーんだよッ!」
勢いでリスカをカミングアウトしてしまった。
あわてて口元をおさえたけど、遅い…。
やべ、リスカしたことなんて知られたくなかったのに…。
でも…。
「ん?なんだ?リスにでも噛まれたのか?」
フキさんがワケわかんねーこと言うもんだからつい、
「ちげーよ!リスじゃねーって!耳が遠くなってんじゃね?リス飼ってんじゃなくて、リ・ス・カ!リストカットの略で、自分で手首切ったんだよッ!」
大声で怒鳴ってしまった。
声は思ってたより大きかったみたいで、フキさんだけでなくその場にいた年寄りから職員まで、みんなあたしのこと見た。
やべ、こんなコトで注目なんてされたくねーのに…。
「バッカだねぇ…」
フキさんは、吐き捨てるようにつぶやいた。
「だいたいオマエさんの年で自殺しようだなんて、人生甘くみてんじゃないよ!アンタら、私らとちがって戦争体験してないだろうに…」
ああ、年寄りのウザい戦争体験でも語る気かよ、あたしは甘いと言われたことにカチンときたので、言い返してやった、
「おめーになにがわかるんだよ!?」
ところがフキさんも負けてない、
「なにがあったか知らないけどね、人生これからっていう若い年齢なのに、もったいないだろう!?」
なんだよもったいないって、年寄り特有のセリフじゃんか!
「うるせーんだよ!あたしが生きよーが死のうが、勝手だろ?!」「いんや、親からもらった命、粗末にすんじゃないよ!新田主任がかわいそうだろ」「オヤジカンケーねーだろ!」「だいたい、なんでそんなに死にたがってんだい!」
周りはオロオロして、誰もウチらを止めようとしない。
パートのオバちゃん同士が、ヒソヒソやってるくらい…。
と、そのとき…。
グラグラ…と大きく揺れた、地震だ!
ここのところ地震ばっかだったからまたか!?と思ったけど…。
「うわ、なにこれ、しつこいわね!?」
パートのオバちゃんたちが騒ぎ出す。
確かにいつもとちがって揺れが長い、しつこい地震だ。
それどころか揺れは一層強くなり、台車がガチャガチャ鳴りはじめ、
中のオヤツがメチャクチャに…。
「やーーーッ!」
あたしは怖くなり思わず悲鳴あげ、その場でしゃがみこむ。
テーブルもガタガタ揺れ、上に乗ってたおやつが落ちてきた。
「早く利用者さんを避難させてー」
ここで会議中だったオヤジが現れる。
「絵留美、大丈夫かー?」
声をかけてきたけど、、、
あたしはしゃがんだまま立ち上がれなかった。
「ほれ、私に捕まりなさい」
フキさんが車イスごと移動してきて目の前まできた。
「車イスのばーちゃんに捕まれるわけねーだろ!?ほっとけよ!」
…ったく、ナニ考えてんだよ!自分の身がどんなかわかってんのか!?
あたしだって一人で立ち上がるぐらいできるよッ!そう思って、勢いよく立ち上がった。
と、そのとき…。
いきなり立ち上がったからなのか、なんかめまいみたいなのがクラっときて、
そのままうしろによろけてしまった。
ガタッ!
自分の後ろにはプラスチックの収納ケースが何段も高く積み重ねられてて、思いっきりそれにぶつかってしまった。
リスカした左手首が痛む。
「ッッッ〜〜〜!!!」
右手で左手首おさえながら声にならない悲鳴をあげていたら、
ドザドサドサ…!
すごい音がし、上にからなにか降ってきた。
「絵留美、フキさん、あぶなーい!」
オヤジの叫び声が聞こえる、目の前にいたフキさんは、
「あーーーッ!」
あたしの後ろ見てなにか叫んでいて、その直後に後ろからすごい衝撃をかんじ、
目の前が真っ暗になった……。
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