『…………………』 謙太郎「……詰んだ」

「えっと…………お、おはよう?」


「…………あ、えっと………おはようっす」


「……………おはようございます、先輩」


「………………おはようございます」


「「「「…………………………」」」」



  ……………一体何なんだろう、この状況は。朝っぱらから久我謙太郎は困惑していた。


  時刻は午前7時50分、今この時点で部室にいるのは朝桐泉菜、伊佐鏡というこの時間としては極めていつも通りの面子、に加えて昨日半強制的に『仮入部』を取り付けてしまった静寂鷹谷。そこに自分がつい先程登校してきて…………とここまではよかった(?)のだが何かがおかしい


 具体的には空気、何か微妙というか、いやに静かで気まずい空気が流れているのだ


 その空気、普通に考えるなればそれは昨日自分達、情報部にグルになって訳の分からない状況に放り込まれた挙げ句ごり押しで仮入部、となった静寂鷹谷が機嫌を損ねているという事なのだろう。少なくとも自分は最初そう考え、回りの様子を伺いつつどうやって話しかけるべきだろうかと考えていた――のだがしだいに違和感を感じ始めた。うまくは説明できないのだがこの空気は誰かが機嫌を悪くしているだとか、そのような険悪という空気では無いような気がしたのだ。ただ純粋に気まずい空気、その違和感の原因を掴む事はできないまま無言に耐えきれなくなり最も無難かと思われる会話を振ったも再び沈黙――――というわけで今に至る


「………………えっと……あ、香くんはまだ来ないのかな?」


「あ、たしか職員室に行くそうっす」


「そ、そうなんだ……」


「そ、そうなんすよ」


「「……………………………」」


 駄目だった、やっぱり会話が続かない


 そもそも鏡は持ち前のテンションと勢いに任せて会話を押し進めていくタイプなのだ。現に昨日は初対面であるはずの鷹谷と(噛み合っていたとは言い難かったが)終始テンションを高く保ったまま会話が出来ていた


 しかしそんな彼女に今のこの勢いどころか時が止まっているのではないかと錯覚するほどに重苦しい空気の中で会話を振るのは悪手だった。そしてそうなると他二人に会話を振る他無い訳なのだがこちらは――――


「……………………………………………」


「……………………………………………」


 ―――こちらは悪手どころか死路だった。


 というより完全に泉菜と鷹谷の二人がこの空気の原因だ、何せ空気の重さが2人の居る場所だけ段違いである。これに会話を振るなんてコミュ力スキルを極振りした人物もしくは余程空気の読めない人物でなければとても不可能な芸当だった


 しかも一体何があったのか定かでは無いがこの2人、全く視線を会わせようとしない。一方は右、一方は左を向いたまま動こうとしない。まだ試してはいないし今後もするつもりは無いが多分テコでも首だけは動かない気がする


 しかし副部長としてこの空気を放置することはできない、状況が(これよりひどい状態があるのかどうかは定かでは無いが)より悪化する前にせめて原因だけでも理解しておく必要がある、と考えた謙太郎はとりあえず横に座っている鏡に小声で話し掛けた


「(鏡さん、この空気一体何があったんだい?これ一体どういう状況?)」


「(え?えっと…………い、いや?何も知らないっすよ?何か自分が来たときにはこうなってたっていうか………?)」


 目が泳いでいる。フィクションの世界でしかお目にかかれないレベルの見事な動揺っぷり、間違いない、完全に何か知っている。


「(……………本当に何も知らないのかい?)」


しかし敢えて質問で様子を見てみる、すると


「(……………お願いします、本当に知らないっす、マジで勘弁して下さい)」


 …………何故だか震えている。多分、この調子ではこれに関して口を開くことは無いだろう。一体を何を見たんだ鏡さん


 しかし本当にどうしたものか、これではもうあてがない。かと言ってこのままこの重苦しい空気を放置しておく事など出来ない。しかし鏡に話を聞けない以上選択肢は残りの2人のみ、しかしその2人こそがこの沈黙の原因でなのあって話を聞けるような状態ならばそもそもこんな思考を巡らせる必要もないのだ。しかし他に手段は見当たらない、覚悟を決めてどちらかに話を聞いてみるか諦めてこの空気を放置するか、自分は一体どうするべきだろうか―――――


「く、久我先輩でしたっけ?どうしたんですか一体?」


 なんということでしょう。まさかの展開、空気の原因の一端であろう鷹谷の方から話し掛けてきた。さっきまでの葛藤は何だったのか。


 とは言ったものの鷹谷の視線は謙太郎よりやや右を向いていた。やはり何か(強制仮入部の件とは別の)気まずさを感じているようである。


「え、えっとね、うん、その……………」


 さてここに来て謙太郎の頭の中に選択肢が浮上した


①空気が悪くならないように適当な雑談をしながら他のメンバーを待つ

②空気の悪化のリスクを考えた上で原因を探ってみる

③何が引き金になるか分からないので黙っておく


 とだいたいこんなものだ、とりあえず③は無い、千載一遇(最もこんな世にも奇妙な状況に遭遇するのは記憶している限りでは初めてのことなのでそういう意味では1/1で100%だが)とも言うべきチャンスをみすみす逃すなど有り得ない。故に選択肢はこの会話が可能な状態を維持しつつ援軍(柚子音か香)を待つ①か引き延ばすことなく短期決戦を仕掛ける②のどちらかである。


 とは言ったものの、そもそもここで何があったのか理解できないのが現状だが、というより今からそれを探るところなのだがそれ以前にこの静寂鷹谷という人物に関して自分が理解出来ているとは言い難い。


 幼馴染みで何年もの付き合いがあるという香ならばいざ知らず自分と彼は昨日会ったばかり、それは向こうにしても同じようなものだろう。部活での会話(主に香の話)に出てきたことは何度か有ったがそれとこれとは別の話。やはり自分だけで彼の口から事情を聞き出すのは無理がある、ここは適当な雑談をしつつこの状態を維持するのがベスト――――と結論を出しかけて疑問を抱いた。


 自分が今待とうとしているのは香と柚子音、つまり、究極的に空気の読めない変人と鷹谷をこの部活に放り込んだ張本人、果たしてあの面子が到着したところで事態は改善するだろうか?どうも更に事態が悪化する気がしてならないのだ。あの2人を待たずに自分が早く聞いてしまった方が良いのではなかろうか?


「先輩?どうしました?」


 こちらが心配していたはずがむしろ鷹谷に心配されはじめている、自分は今そこまで挙動不審に映っているのだろうか?


「い、いや?何でもないよ?」


「そうですか……」


 まずい、不用意な返答をしたせいで再び会話が途切れかけている。どうにかして途切れるのを阻止しなければ、しかしこの場面で一体何を話す?何を振れば不自然が無い?いやこの際不自然でもいいから聞くべきか?一体どうすれば―――



「おっはよー!」



 扉をスパーンと開け放ち入った来たのはおそらくこの学園で最も空気の読めない人物、花岸香。なんということだろう、自分が時間を掛けすぎたせいでとうとうこの人が来てしまった。


「詰んだ……………」


 謙太郎は思った。なんかごめんね、と

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