泉菜「本当にすいませんでした」鷹谷「……ウィッス」

 鷹谷が情報部に仮入部をした翌日。時刻は午前7時30分頃、彼は情報部の部室の前に立っていた。理由は単純、どうやら情報部の活動は朝にもあるらしいから。


「皆大抵は朝にも集まるから良かったら来てよ」


 と柚子音に言われたのが昨日の帰り際。今の一文により正確さを求めるならば例の『君の出席扱いは教師共を脅してでももぎ取っておくから安心してね(意訳)』発言の直後である。


 一体情報部の連中がどんな真似をしたのか定かではないがつい先程校門付近でボクシング部の顧問と担任に鉢合わせた際に肩をがっしりと掴まれ


「「生きて帰ってこい(これも意訳)」」


 と涙ながらに言われた。ひどくむさ苦しい上に意味が分からなかった。


 しかもよりによって「生きて帰ってこい」、とは完全に鷹谷が何かをされる事前提のコメントだろう。本当にどんな脅し文句を使ったのやらと気になってしまっている自分はある意味情報部(というより柚子音)の思うつぼなんだろうかと思うとあまり良い気分はしなかった


 しかしあれだけ入部を渋っていた鷹谷だが「仮入部」とは言えyesと言ってしまった以上行けるときには行かなければならないのでは、というある種の義務感に駆られているのは別に鷹谷が運動部気質だからと言うわけではあるまい。


 事情によりいつ来られなくなるか分からない、ならば行けるうちに行っておくのが筋という謎の義務感に駆り立てられたというのが本当のところなのだろう


 と、そんな訳で鷹谷はその朝練(という言い方が適切かどうかは分からないが)に出席するためにここにいた。そのためには朝の活動が無いの部活よりもやや早めに起床する必要があるがその辺はボクシング部での朝練に慣れていた鷹谷、別段大した苦にはならなかった。


「…ちょっと早く来すぎたか?」


 鷹谷は呟く。何せ柚子音の話によると朝の活動は8時から9時まで、つまり予定より30分程早く来てしまったのだ。そのため誰も来ていなければ鷹谷が部室の鍵を開けなければならないのだがそれは多少面倒だ―――ということを考えながら一応部室のドアに手をかけてみた鷹谷であったがドアは何の引っ掛かりも無く簡単にスライドした。どうやら先に来ていた人物が居たようだった。


「……………………」


 そこには黙々と何かの実験をしている1人の少女が居た。


 しかしその時鷹谷の脳内にはあれこの娘誰だっけ、という疑問が広がっていた。いや見覚えはあるのだ。確かに昨日も居たはず、そして謙太郎に君を連れてきた内の一人だよという旨の説明をされたはず、確か名前は――――


「いつまで入口で棒立ちしてるんですか?目障りで仕方ないので早く入ってください」


 ……………思い出すより先に何か言われた。それも強烈な1発を。おまけにこちらに一切顔を向ける事なく


「………………ウィッス」


 妙な寂しさと哀しさを感じながら鷹谷は部室に入った。まさか昨日まで初対面だった後輩(のはず)に翌日いきなり毒舌をかまされるとは思わなかった、そんな事を考えながら鷹谷は目についた椅子(パイプ椅子)に座った。


 そういえば、と周囲に目をやって初めて気付いたが部室の内装は昨日とは様変わりしていた。


 ミラーボールや装飾は片付けられ代わりに大きめのデスクやパソコン、ソファーが出されていた。


 いや、変えられたというよりおそらくこちらが本来の状態なのだろう。それに昨日は気付かなかったが冷蔵庫や備え付けの水道やキッチンがあった。一体ここは元々何の部屋だったのだろうか。


 そしてそんな中で昨日と変わらず隅にある机、で昨日と変わらず実験をしている少女に目を向ける。ただ延々と、薬品の中に何かを入れては観察し、ノートにペンを走らせていく。鷹谷の事など眼中に無いようだった。


「一体何なんだこいつ……」


 半分無意識に呟いたが実際他に反応のしようが無かった。


 そもそも何で「情報部」にこんな科学者というか実験マニアみたいな奴がいるのだろう。他にもっと相応しい部活は無かったんだろうか、等という事を考えていると同じような映像が繰り返されていた鷹谷の視界に変化が表れた。


 物体を入れては書き留めるを繰り返していた少女がノートを閉じ、薬品を片付け始めたのだ。


 どうやら実験が一段落したようだった。薬品の入った器や試験管を棚に入れ、ノートを鞄にしまい、ようやくこちらに目を向ける―――と同時に少女が固まった。何故か鷹谷の事を視界に捉えた(であろう)瞬間僅かに驚いたような表情を作り、そのまま目だけを動かし気まずそうに視線をそらす


「………………でした……」


「………?」



「何というか……その…本当にすいませんでした……」


…………いきなり謝られた、これまたさっぱり意味が分からなかった



/(^o^)\/(^o^)\/(^o^)\/(^o^)\/(^o^)\/(^o^)\



「………えーと?つまり、お前の言ったことをまとめると………?」


「はい……『誰かが入ってきたということは分かりましたが実験に没頭してて時間的に考えると早すぎるということにも気づかず花岸先輩バカ伊佐先輩アホだと勘違いしたままで中等部1年のくせにかなり失礼な事を言ってしまいました』本当にすいませんでした」


 と小柄な体で手本として紹介しても何ら恥ずかしくないほどに綺麗な土下座をしながら詳しい状況説明と謝罪を述べる少女―――――朝桐泉菜あさぎりせんなに対して鷹谷はどんな反応をするべきなのかいまいち分からずにいた。


 快く許すべきかツッコミをいれるべきか。香と鏡への認識は自分と同じらしいのでスルーで、こいつとは将来うまい酒が飲める気がする


「……えー………うん、とりあえず頭上げろ」


 とりあえず鷹谷は土下座をやめるように促す。高2男子が中1女子に土下座させているというこの状況、誰かに見つかったらまずいだろう、何かの事案が発生するような気がする。補導はおろか注意さえ殆ど受けたことの無い経歴に傷がつくのは御免だった


「……はい」


 と大人しく顔を上げた泉菜だったが何というかこちらに目を向けようとしない。気まずそうに目だけを横に向けている。


 あんな発言をした手前こちらの顔を見たくないのか、それともそんなに自分の面構えは恐ろしいのかとそんな事を考えた鷹谷だったがふと泉菜に目を向けるとまた頭が床に向けて下がり始めている


「あ、おい、顔上げろよ」


「………すいません」


 よく見ると肩のあたりが震えている。間違いない、何故というか勝手にというか鷹谷は泉菜にビビられている。どうしてこうなった


「ちょっと?何がすいません?もういいから。許してるから」


「…………………申し訳ございませんでした」


「いやほんとにいいから!俺の顔そんなに怖いか!?」


「違います、違いますから許してください」


「なら顔上げろよ!ちょっ、もう、謝るから!顔あげて!」


 謎の謝罪を叫びながら鷹谷は泉菜を床から剥がしにかかる、もしこの様子を見られたら完全に変質者扱い、事案発生ものである。


 そしてちょうどその時――ガラリと音を立てて扉が開いた


「…………」


「…………」


「…………」


 その向こうには、鏡が見てはいけないものを見たような顔で立っていた。


「……………」


「………………」


「…………………」


 たった一瞬の、重苦しい沈黙。その沈黙の後


「私、今何か見たっすか?」


「「多分何も」」


 3人全て忘れることにした。この間わずか5秒足らずである学園

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