lonely×lonely
かぐら祭
第1話喧嘩は好きの証拠
何かを憂うような、そんな表情が気になった。
それがはじまり。それ以前でもそれ以後でもなく、きっとその瞬間に私は彼を心に住まわせてしまったのだろう。何回後悔しただろう、何度泣いたことだろう。それでも、私は彼が好きになってしまったのだ。残念なことに、相当深く。
「…ヒヨ。」
じとっとにらみながら目の前の彼を呼ぶと、体をピクリと揺らして、大あくびをしながら起き上がった。なんの悪びれもないその態度に、宮は不機嫌が隠せない。いや、隠さない。
「探したんだけど?ヒヨくーん?」
「……やっべ」
「コラァ!」
寝起きの顔で、ほけっとこちらを見上げるヒヨのほほをつねりあげる。こうでもしてやらないと気が済まない、手加減は無しだ。イタタタ!と声をあげるヒヨに皮肉を込めて時間の確認をさせると、現在の時刻午後七時。
「約束は六時!スマホにも出ないし探し回ったんだからね…!」
「わりー、寝てた」
「てへじゃない!」
ごまかすように舌を出すヒヨに、宮は再びほほつねりの刑を実行する。流石に痛いのか涙目で解放を訴えるヒヨに仕方なく手を放した。今日の午後六時に正門ね、そう約束したのは数時間前である。宮が講義を終えるのを待って、二人で食事に出かける予定だったのだ。待ってくれたのは嬉しい。しかしヒヨは正門には来なかったのである。連絡しても音沙汰無しという状況に、もしかしたら何かあったのだろうかと不安を覚えながら探し回った。
ようやくたどり着いたのは一つの空き教室。そこにコイツは一人で寝ていたのだ。心配して損した、なんてことは言ってやらない。
「…そんなに寝ていたいならずっと家で寝てればいいじゃない」
「なに拗ねてんだよ、悪かったって」
「別に。」
待ってくれてありがとう、眠いのにごめんね。そんな言葉はこの口からは出てくれない。いつもヒヨは遅刻したり寝坊したり。宮との約束を反故にすることは日ごろから多かった。そんなに面倒なら、約束しないでよ。かわいくない言葉が口から洩れる。その言葉を聞いて、ヒヨが眉をひそめた。
「んな言い方ねーだろ」
「いつもそうじゃない、寝坊ばっかり!私の気持ちも考えなさいよ!」
「眠いんだから仕方ねーだろ!」
「…っだいっきらい!」
売り言葉に買い言葉、これもいつも。なんでこうなってしまうんだろう?それはお互いに素直じゃないから。宮の言葉に、ヒヨが表情を固まらせた。その顔を見て、罪悪感から顔をそらす。そのとたん、手が伸びてきた。
「っ!」
「宮、」
ヒヨの指は暖かかった。突如頬を触られて驚くと同時、頬を片手で包まれ引き寄せられる。バランスを崩して机に手をつくと、ヒヨの顔が至近距離に迫っていた。緑と青が混ざった瞳が近い。その中にはヒヨが珍しくも真剣さと羞恥を交えていた。
「…ソレ、本気でいってんの?」
「……っ!」
ぷいと顔を背けようとすると今度は反対側のほほも手で覆われ、正面を向かされてしまう。ヒヨの両目と視線がかち合う。その視線の強さは、眼をそらすことすら許してはくれなかった。
「……本気なわけ、ないでしょばかっ!!」
唇をぎゅっと結ぶ。ああだめだ、一気に顔が熱くなってくる。宮が羞恥に肩を震わせると、ヒヨがぷっと噴出した。そして盛大に笑い始める。
「っはは!……おまえ、ほんとかわいいな!」
「なっ、かわっ!?」
「あっ」
かわいい?! ヒヨが普段言いそうもないセリフを言ったことに驚いて、動揺してしまう。ヒヨはヒヨで口走ってしまったのか、自分が信じられないとでもいったような表情をしていた。
「……そりゃどうもありがとう」
「……冗談だよ冗談」
「仮にも彼女なんだけどどうなのそれって」
苦し紛れに冗談といわれた、ひどい。ふっと笑いながらヒヨに言うと、ヒヨは頬を若干赤らめて視線をそらしていた。さっきまでの私のようだ、と宮は思う。二人の間の雰囲気は一転して和やかなものに戻っていた。先ほどまでの険悪な空気は完全に払しょくされている。そのことに安心して宮は息を吐いた。
「……よかった」
「んだよ」
「なーんでもない。……ほらっさっさと行くよ!夜ご飯!」
「?……へーへー。ちょっと準備するからお待ちを」
そういうヒヨの支度を少し待って、教室の出入り口へと向かう。春といってもまだ夕方は少し寒い。右手を無言で差し出すと、あちらもまた無言でその手をつかんだ。あったかい、ほわほわした体温だ。
今日は何食べる?ラーメン、そば、ファストフードいろいろあるよ。今日は麺の気分だ、いやいやご飯だ。
「「………」」
意見の相違。しばらくにらみ合って、どちらからともなく笑ってしまった。
ラーメン?うどん?海鮮丼?牛丼?これから二人の熾烈な戦い(ジャンケン)がはじまる。
今日も二人は喧嘩ばっかり、それでも大好き。
lonely×lonely かぐら祭 @namahage_03
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