第4話 白と青の紋章


     ◆◆◆


 翌日、俺は仮病を使って学校を休んだ。昨日の一件もあってか、担任も英治も納得してくれた。私服に着替えて家を出る。三日月高校に行くために。学校を休んで学校に行くというのもおかしな話だけどな。


 三日月高校は、ここから電車で三駅の場所だ。ご親切に「三日月高校前駅」という駅名なのでとても分かり易い。午前十時頃校門に到着し、インターホンを鳴らした。スピーカーからは「どのようなご用件でしょうか」と優しそうな男の声が聞こえてくる。


 「えっと……昨日の全焼事件でそちらの生徒の雨宮紅愛さんに助けられて……出来ればお礼がしたいと思って」


 適当にそれらしいことを言って門のキーを開錠してもらった。念のため、家のお菓子置き場から引っ張り出してきたお土産のお菓子を用意した。憎んでいる相手にお土産を渡すというのもおかしな話だが、これも復讐をするためだ、仕方ない。


 校門をくぐって引率の教師に従い面会室へと案内してもらう。恐らくさっきのインターホンの応答をした人だろう。見るからに穏やかそうな人だ。

今日は体育祭か何かなのだろうか。先ほどからすれ違う生徒は全員体操服を着ている。いや、時期的にも球技大会か何かと考えるのが妥当だろう…。私服を着た同年代が珍しいのか、ちらちらと見られている気がする。その途中、前方から他の教師が走ってきた。ジャージ服を着ている。体育教師だろうか。うーん、球技大会っぽいし、それを決め付けることは難しいな。


 「すみません! 雨宮は今日は欠席みたいで……」

 「欠席……? 雨宮が?あんなに張り切っていたのに」


 なんだなんだ? 雨宮が欠席? まさか警察に目をつけられて逃亡……ってことはないよな……。


 「欠席、ですか……」


 俺がぽそっと呟くと、引率の教師が反応する。


 「今日は球技大会で、彼女もとても張り切っていたからてっきり来ているだろうと思ってね。担任に確認をとらずに連れてきちゃいましたよ」


 引率の教師はフフッと笑うが、もう一人の教師は神妙な面持ちで話を続けた。


 「一週間は休むと思いますよ。理由が忌引……なんですよ」


 忌引……? もしかして、雨宮は被害者側で……生存者の一人だということか?


 「なんでも、両親が昨日の全焼事件に巻き込まれたとかで……」

 「そうですか……。すいませんね、君がお礼をしに来たことはこちらから雨宮に伝えておきますので」

 「わかりました……。失礼します」


 俺はその場で一礼し、教師2人に背を向けて来た道を辿った。ますます状況がわからなくなる。でもこれで、雨宮が紋章を持っていることはほぼ確信へと変わった。負傷者よりも死者のほうが圧倒的に多かった今回の事件。そこで雨宮の両親は亡くなっている。雨宮紅愛は数少ない生存者。あいつがなんらかの力を使ってその場を凌いだ。……凌いだ?


 待て待て待て待て……。雨宮は被害者? 加害者? それとも両方?


 いや、両方っていうのは考えにくい。だって普通……両親が犠牲になることがわかっていて事件を起こすか?


 普通は……。普通?


 普通ってなんだ。あいつは普通じゃないんだ。俺は馬鹿か。自分基準で――違うな、一般的な基準で物事を見ていたら、真実には辿り着けない。自分のためなら友人も恋人も裏切る……そんな奴は普通ではない。異常だ。異常だからこそ、この事件は起こされた。異常者が起こした、異常な事件……。


 雨宮紅愛を、捕まえる。


 警察には不可能だ。彼らには「力」がない。あいつを捕まえることが可能なのは、雨宮と同等の「力」を持つ俺だけだ。しかし……どうやってあいつに会う? 流石に一週間も気長に待つわけにはいかない。忌引を利用して他の事件を起こす可能性だってあるしな。ここは、警察を使うしかないのか……。彼らは放火魔の仕業として捜査してるって書いてあったし。俺はあの事件で気を失って倒れたんだ。そしてその前に雨宮紅愛を見かけている。これは他でもない有益な「目撃証言」になるだろう。


 よし、警察署に行こう。今日は時間に余裕がある。校門をくぐって、警察署への道を歩き出した。


 「警察署に行く必要はないわよ」

 「え? どうして? ……!!」


 俺が言われていることだと思い、思わず普通に返答してしまい振り向いたら、そこには雨宮が立っていた。


 「私を捜していたのでしょう?」

 「……」

 「絶対、ここに来ると思ったわ。でも、私は入れないからね」


 まさか、待ち伏せされていた? 俺が校内にいる間に……。


 「流石に校門の前では防犯カメラに映ってしまうわ。少し移動しましょう」


 雨宮に促されるまま、校門の前から少し移動した。丁度学校の防犯カメラの死角となる場所だ。それもあって人通りも少ない。それにしたって、日陰でかなり寒いんだが。とりあえず無言でいられるのも腹が立つのでこちらから話しかけることにした。


 「両親が亡くなったそうだな。ご愁傷様」

 「お前に気遣われる義理はない」


 はあ。社交辞令も撥ね飛ばすのかよ。だったら、問答無用で問い詰めるだけだ。


 「なぜ俺を助けた?」


 まずはこの質問からだろう。英治によると、俺が気絶してから病室に運ぶのを手伝ったみたいだしな。しかし、雨宮の口からは予想外の言葉が飛び出た。


 「助けた……? 馬鹿言わないで。お前を気絶させたのは私。事件を隠蔽するためにね」

 「……! ケッ。自分から自白するなんてな」

 「どうして? 今から仲間となる人に自白してはいけないの?」

 「仲間だぁ? ナメたこと言ってんじゃねぇよ…誰が俺を裏切ったと……え!?」


 おいおいおい! どうしてこの流れでいきなり脱ぎ始める!?


 雨宮は上着のボタンを外し、さらには中に着ているブラウスのボタンも外し始めた。俺は思わず両手で自分の顔を覆う。……正しくは、覆った手の指の隙間からその光景を眺めていた。


 「時と場所を考えろよ! あ、あと相手も!!」

 「は? 見たいんじゃないの?」

 「見たいって……おま……」


 そこまで言って、ようやく気付いた。そうだった。俺はこいつに確認しなきゃいけないことがあったんだ。それを見れば、一発で――


 「白……」


 それは、決して下着の感想とかではない。断じて。雨宮の右鎖骨下に刻まれている紋章の色は、白だった。この紋章では、炎を操れるかどうかも怪しい。


 「お前の紋章は青だったわね」

 「ああ……って、俺が気絶してる間に勝手に!?」

 「そんなことどうだっていいじゃない」

 「よくねぇよくねぇ!」


 俺を気絶させて勝手に服脱がして確認したってことだろ!? やめろよマジで! 鳥肌立つから!


 「知りたくないの? あの一瞬で炎が消えた理由」

 「それは、俺が水の力を持ってたから……」

 「なんだ、ちゃんと覚えてるじゃない」


 ああ、やっぱりそうだったのか。俺の推測はほとんど合っていたわけだ。だが雨宮の紋章が白ってのは……。

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