第5話 復讐の灯

 「私の力は雷。炎を起こすことは不可能ね」

 「つまり、その力で俺を気絶させた、と」

 「ええ。スタンガン程度の力にしたから無傷だと思うけど。あの時お前をそのままにしていたら、私を放火魔として差し出していたでしょう?」

 「……うん……」

 「残念ながら本当の放火魔は逃げてしまったわ。顔は見えなかったけど、確かに炎の「力」を持っている」


 そうか……。ずっと登場人物を俺と雨宮とその他大勢で考えていたから、謎が深まったわけだ。第三者がいるとは考えていなかった。そしてその第三者も、まさか紋章の力を持っている、なんてな。


 「身長は私より少し上ぐらいだったわ。紅色のフードを被っていた。足の筋肉から見て、男性ね。しかも同年代くらいの」


 雨宮は変わってなかった。物事を見極めるときにはよく注意して見ている。中学のときも、学校で些細な事件が起きたときには探偵ばりの名推理で的確に犯人を探し当てていた。更に、その犯人に反省させ、被害者へ謝らせるというトンデモおせっかい野郎だった。


 「ちゃんと聞いてる?」

 「え?」


 また考え事にふけって人の話を聞いていなかった。いや、今回は相手が雨宮なので反省はしないが。


 「まあ、そういうわけだから、次の事件が予想される笹倉マンションには一緒についてきてもらうわよ。連絡先が必要だから、赤外線通信するわよ」


 雨宮はそう言うと鞄からケータイを取り出して俺にも同様にやれと命じてきた。どういうわけだか、勝手に話が進められて俺と雨宮は形だけの仲間となってしまったようだ。それでも、自分は紋章という力の宿った人間。全焼事件の犯人である炎の力を持つ者を捕まえられるのは、同じ紋章を持つ者である俺らだけだろう。そう悪くない話だ。……雨宮と一緒というのが腑に落ちないけど。というか…さっき「次の事件」って言ってたか?なぜそんなことがわかる?


 つっても、話を聞いてなかったからその根拠を聞き逃したかもしれないし、こいつに対してパードゥン? なんて頼みたくない。自分で調べる必要がありそうだな。


 赤外線通信を終えて、さて帰ろうかと背を向けたとき。


 「あれ、帰るの?」


 背後から雨宮に声を掛けられて立ち止まる。


 「私に復讐するんじゃないの?」

 「……」


 なんでお前がそんなことを知ってるんだ……いや、裏切ってるんだから普通か。そういえば、俺も復讐復讐と連呼していたけど具体的にどうやって復讐するかは考えていなかったな。


 「まさか…何も考えてなかったの?」

 「……ッ」


 無性に腹が立ってきた。畜生、語尾にクエスチョンつければ返答がくるのはメールだけの話だぜ。リアルな話、「質問責め」はイライラするんだ。そう、子供が親に対して「どうして? どうして? どうして?」って質問をして親はイライラするけど、質問した当の本人に苛つかせている自覚は皆無なのだ。


 よって、俺は冷めました。復讐熱が一気に冷めました。


 「復讐なんて……子供のすることだよ」


 そして思ってもいないことを口にして再び背を向ける。だが。


 「ふむ。お前が大人だと言うのならば、いちいち嫌いな人間にあからさまな態度はとらないはずよね」


 ぎくっ。この野郎……!!!


 まさか自分の返答が仇になろうとは思っていなかった。流石雨宮。敵(?)ながら見事な誘導尋問……!


 これには反論することが出来なかった。俺は雨宮に嵌められて、しばらく行動を共にすることに。……とはいっても、雨宮にも葬儀や通夜の準備があるから午後には解散するのだが。こいつは両親の死についてどう感じているのだろうか。『お前に気遣われる義理はない』とは言っていたけど、これは思い出したくないということなのだろうか。


 雨宮は全焼事件の犯人ではなかった。だから、雨宮の両親は事件の被害者で、雨宮自身も被害者といえる。そのせいで心に傷を負っているなら「普通」と呼べる。しかしまだこいつが「普通」かどうかは断定できない。両親が亡くなった翌日だというのに、取り乱しもせずに俺に会いに来ている。これは果たして「普通」なのだろうか? それとも「異常」なのだろうか?


 それを判断することは、俺には不可能だと感じた。だって俺は……母親が死んだことに対して何も疑問を感じなかったし、むしろせいせいしたとすら感じていたのだから――


 「ここの近くに公園がある。そこで落ち着こう」

 「お、おう」


 流されるままに雨宮の後をついていく。同じ歩幅で歩いているのか、それとも俺が合わせているのか、自然に俺は雨宮の隣を歩いていた。


 そのまま何分歩いたのかはわからないが、途中で雨宮が無言で手を繋ごうと触れてくる。唐突のことで最初は何が起きたのかわからなかった。だけどもちろん、俺がそれを受け入れることはなく、何が起きたのか把握したところでそっと雨宮の手を離した。そのときの雨宮は、少し寂しそうな顔をしていたかもしれない。俺たちはもう恋人じゃないんだ。受け入れるわけないだろう……。それに、いくら大人でも嫌いな人と行事ごと以外で手を繋ぐことは許容範囲ではないはずだ。


 沈黙が続いた。白い息を吐きながら、ふと空を見上げると、これが全焼事件の翌日とは思えないほど晴れ晴れとしていた。――絶好の、球技大会日和だった。

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