第2話 東雲蓮
◆◆◆
「やっぱ部活終わりはスポーツドリンク一気飲みだよなぁ!」
「そうだな! 早く飲もうぜ!」
いつものように男子バスケットボール部の部室で、友人の高坂英治と2リットルのスポーツドリンクをあけて乾杯する。ごくごくごく……と2リットルなど大したことないみたいに一気飲みし、「ぷはーっ!」と飲み干した合図を発した。
「うっ……ゲップ出そう」
「出せば? どーせ誰も見てないんだしさ」
「お言葉に甘えぉえぉぇ」
「そのタイミングで!?」
まったく、英治はオモシロキャラだな。
「ところでー、今日もたくさんお前の固定客が来てたみたいだけど?」
「ふーん」
「ふーん、てなんだよ、ふーんて。嬉しー、とか興味ねー、とかねーの?」
「じゃあ『興味ねー』」
「ったく蓮は相変わらず女に興味ねぇよなぁー。あんなにファンが多いってのに」
「バスケやってる姿が見たいだけだろ。それに、女なんて皆外面重視のバカばっか」
「うぉーひっでぇ。ひっでー固定観念だー。ったく、どんなトラウマがあったんだか」
トラウマなら、あったさ。俺が今まで唯一本気で好きになって、付き合って、裏切られて。女なんて、最低だ。
「お前にゃ関係ねーよ」
そう言って立ち上がり、飲み終わった2リットルのペットボトルをゴミ箱にシュートして、自分のスポーツバッグを肩にかけた。
「ちょっ、待てって! 置いてきぼりにする気かよ~」
英治が俺の後を追うように帰り支度を済ませてついてきた。部室の戸締りをして職員室まで鍵を返しに行き、土間に向かう。
「東雲蓮――お前のことなんて、最初から信用していなかったよ」
ああっ! また思い出しちまったじゃねぇか。俺が女に興味を持たなくなった全ての元凶、中学時代の同級生、雨宮紅愛。あれからもう4年が経つ。
「なぜなら、お前に利用価値はないからな―――」
ふざけるな! ふざけるな!! ふざけるな!!!
お前のせいで、俺がどれだけ辛い思いをしたか……お前にはわからねぇよ……!!
俺は、本気だったのに……。あの頃の、女をはべらして遊んでいた俺を目覚めさせて、俺に本気の恋をしろと言って――
俺はあいつを、本気で好きになったんだ。
それなのに! それなのに!! それなのに!!!
俺を裏切り、捨て、転校して……あいつの通う学校も住所もわからない。だが、あの時俺は決めたんだ。次にあいつに会った時、必ず復讐をすると。
「……い! ……おい! 聞いてんのか蓮!」
「っえ?」
どうやら土間でスニーカーに履き替えたままボーッとつっ立っていたらしい。それにも構わず、英治は楽しそうに話しだした。
「あそこのショッピングモール、火事が起きてる! 行ってみようぜ!」
行ってみようぜ、って……小学生かよ。
「……。……しょうがねぇな」
まだ時間に余裕があったので、英治の野次馬に付き合ってやることにした。暫くしてから消防車のサイレンも聴こえるようになり、その数分後には俺たちもショッピングモール前に到着していた。そこには既に大勢の野次馬やカメラマンが群がっていて、とても目の前まで近づけるような雰囲気ではなかった。……にしてもショッピングモールで火事なんて、放火魔の仕業だろうか。
「ウッ……!!」
急に目眩がした。そして、右鎖骨下に異様な痛みが走った。痛みを堪えられず、その場でしゃがみこんでしまう。
「ど、どうした蓮!?」
英治が心配して俺と目線を合わせてくれる。
「急に……痛みが……」
「痛み!?」
右鎖骨下なんて、痛むような要因があっただろうか。焼けるように痛むその部位を服の上から掴み、呼吸を荒げた。
「救急車来てるし……乗ってくか?」
英治がそう言った瞬間だった。――何事もなかったかのように、痛みがスーッと消えていったのだ。
「大丈夫、今痛くなくなった」
「それならいいけど……無理はするなよ?」
「ああ……悪い」
何が起きたのだろうか……。そう思って痛んだ部位を襟の隙間からそっと確認した。
「……!!」
これは……紋章?
痛みが消えた右鎖骨下には、奇妙な青い紋章が浮かび上がっていた。最初は何かの痣かとも疑ったが、この奇天烈な模様から、紋章だろうと推測した。なんなんだ、一体……。流石にこれをいま英治に伝えるわけにもいかず、その場で立ち上がった。その時。
「え……?」
立ち上がって見えた景色は、異様な光景だった。
「嘘だろ……?」
ついさっきまで形を残しながら燃えていたショッピングモールは、面影すら残さずに炎を上げて燃えていた。ただ燃えていた。ちょっと待てよ。なぜだ? 消防団はもう到着していて、とっくに消火活動に励んでいたはずだぞ?
なのに、なぜまだ燃えているんだ? おかしくないか……?
そこから連想される真相は一つ。放火魔がまだ近くにいる。警察は何やってんだよ!!
「おいっ、蓮!?」
俺は無意識に足を動かしていた。好奇心と正義感が混ざり合ったような感覚。これだけ大騒ぎになっていて、パトカーだってたくさん停まっていたし、普通なら放火魔を逃さないためにショッピングモールを包囲するはず。それなのに警察はおろか、誰も俺に見向きもせず、止めもしない。なぜだ?
元・ショッピングモールの外周を走りながら、またふと考えついた。
いや、でも……放火魔がまだいるとしてもおかしい。消防団が撒いた水で、すでに火が点くような状況ではないはずだ。爆発したわけでもない。だからこの矛盾に頭を抱えて警察も動けないでいる。何がどうなっている?
と、そこで足を止めた。炎で道を塞がれている。これ以上進んだら危険だ。だけど、俺は見てしまった。
この炎の奥に、雨宮紅愛がいるところを。
「雨、宮……!?」
“次にあいつに会った時、必ず復讐をすると。”
俺は迷わずに炎に飛び込んだ。その瞬間、俺の意識は途切れた。
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