第1章 全焼事件
第1話 雨宮紅愛
「さぁ、どこからでもかかってきなさい」
「望むところです!」
私は現在、高校の球技大会の真っ最中。種目はドッジボール。
二日に分けて行われるトーナメントリーグで、私たち二年五組は初戦で一年五組と当たった。私は体力や腕力に自信はないというのに、初っ端から相手は女子バスケットボール部やバレーボール部所属の体育会系女子。だが負ける気はしなかった。昨年の球技大会でのドッジボールの対戦データを分析し、今年はほぼ優勝間違いなしのメンバー編成。その編成を組んだのは、二年五組女子室長の私なのだから、負けるはずがないのだ。この自信がどこから来るのか?
それは、見ていればわかる。相手の編成は女子バスケットボール部やバレーボール部、ソフトボール部、ハンドボール部といった主力メンバーが多い。攻撃重視のメンバー編成。恐らく、クラスの女子に体育会系女子が少ないのだろう。他の種目であるバスケットボールやバレーボールを真剣にプレイ出来るほど同じ部活同士のメンバーがおらず、仕方なくドッジボールに集結したという感じだ。
対するこちらの主力メンバーはたったの三人。ちなみにソフトボール部とハンドボール部だ。加えて、私を含む「避ける専門」の女子が六人。守備重視のメンバー編成。更に、昨年のデータを分析し何度もシミュレートして、行動パターンを把握。ついでに主力メンバーには様々な角度からボールをキャッチして向き直るというステップをマスターしてもらった。
今年の二年五組は一味違うわよ……!
相手の攻撃は人によって異なったが、大概が中央にいる主力メンバーを狙うボールと、外野に回すオーバーヘッドパス、そして「避ける専門」を狙うボールがちらほらと見受けられた。分析されたデータによく見かける攻撃パターンだったので、予定通りの対処法でくぐり抜ける。結果はこちらの勝利となった。相手が攻撃重視なだけに、全滅とまではいかないが半数以上を削ることに成功した。
「いやぁーさっすが室長! データに狂いがないね!」
第一試合終了後、私に声を掛けてきた人物は同じチームの主戦力、相葉マナミだった。
「もちろんよ。この日のために手間をかけて分析したんだから」
そう。「全力投球」とはまさにこのこと。ほとんどの生徒が「たかが球技大会」とタカをくくっていることを見越しての全力投球だった。体育祭ではほとんどのクラスが全力を出してしまうから、優勝を掴むことは極めて困難。それならば確実に優勝を狙い、確実に我がクラス二年五組に栄光を捧げよう。室長・雨宮紅愛の名にかけて。
幸い、初日にぶつかる相手はどのチームも予想通りのフォーメーションだった。三回連続で勝ち進み、明日には上位戦に参加出来るだろう。だけど油断してはならない。明日の相手は今日の試合を勝ち進んだ上位チーム。こちらと同じく対戦データを分析しているチームもあるかもしれないし、こちらと同じフォーメーションをとるかもしれない。もしも鏡のようなチームと戦ってしまったら、負ける可能性もある。作戦は綿密に練らないといけなさそうね……。
そんな風に考え事をしながら、同じチームメイトと一緒に明日当たるかもしれないチームの試合を観戦していた。
「強い、ね……あのチーム」
日陰で体育座りをしていると不意に、左隣のチームメイトに話しかけられる。彼女の名は美樹さゆり。私と同じく「避ける専門」のメンバーで、クラスでは口数が少なく滅多に目立つことがない。そんな彼女は私のクラスでの唯一の親友だ。もともと私も彼女も、コミュニケーションが苦手であった。
だが、彼女の励ましもあり、私は室長に立候補し、クラスメイトほぼ全員から強い信頼を持たれるほどにまで成長した。彼女もまた、未だ口数は少ないがクラスで省かれることもなくなり今は穏やかな生活を送っている。
「うん。強い。けど、負けないわよ」
「……うんっ!」
私が励ますと、彼女は安堵した表情で微笑んだ。
「なんか……
「そうか。それはよかったわ」
“あの頃”とはもう違うのだ。自分から信頼を築き、仲間として認めてもらい、来るべき将来のために、責任をもって人の上に立つ。私は、変われたのかな……。
「ねえ」
「?」
今度は私から、何の前触れもなく唐突に話し始めた。
「この空は……鮮やかな青になるかしら」
それは、私にとっても唐突に発せられた言葉だった。彼女に対して私は心を開いているということなのだろう。彼女が私を信頼してくれるように、私も彼女を信頼している。
「きっと……なるよ。紅愛ちゃんが、そうするんだよ」
「……!!」
どうやら、今度は私が励まされたみたいね。
曇りがかった空を見上げながら、神妙な面持ちで感慨にふける。
その日の放課後、自宅に直帰した私は家族とショッピングモールに出掛けた。
そこで私は、火事に巻き込まれた。
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