後編
執事たちと共に夕食を済ませた後、『お嬢様』は数人の執事に誘われ、地下空間へと向かう事になった。
毎日昼と夜、彼女は様々なレクリエーションを取るのが日課である。勉強や運動など様々な課題をこなしていくが、今回は何をするのか、まだ彼女は『執事』あっちから聞いていなかった。しかしそれを尋ねても、まだ秘密であるが彼女を楽しませる自信はあるという返答が前後左右から同時に響くのみだった。
四方を『執事』に守られながら、地下へと続くエレベーターを降りた『お嬢様』の目の前に、一本の廊下が現れた。いや、廊下と言うよりも空中に浮かぶ通路と言った方がいいかもしれない。狭い通路だが、例によってその両側には微笑を浮かべ、何かを楽しみにしているような顔の執事が出口までずっと並んでいた。
しかし、この地下を通る度に『お嬢様』の目に入るのは、その後ろに広がる光景であった。
まるで木の実を思わせる形状の、人間大の透明なカプセル。それらは縦方向に何千何万と数珠のように繋がり、視線の届く端まで数え切れないほどに並んでいた。その端も遠く、『お嬢様』が進む通路の高さからは識別がかなり難しい。そして、それらのカプセルの一つ一つに、「生産」済みの執事が静かに眠っていた。
この空間こそ、『執事』を生産している巨大な施設――同じ遺伝情報を毎日無限に複製し、端正な美貌や理想的な肉体、そしてお嬢様を守るためのノウハウを詰め込んだ全く同じ男性を日々作りだすための、文字通り「揺りかご」であった。
いつ頃この空間が出来あがったのかは、執事たちも知らない。知る必要が無いからである。ただ、『お嬢様』が送り込まれた後に本格的に稼働し始めたのは確かであった。この場所でお譲様の手により執事としての腕を上げ、自動車に乗って各地に送られるという仕組みである。
しかし、その計画が消えた後も、『執事』は延々と生み出され続け、また彼ら自身の手で改良も進められ続けた。
『執事』たちは、この場所の拡張方法も、修復方法も知っている。一部が破損した場合でも、修復用のナノマシンをその部位に集中的に投入すれば、数時間で回復し元通りになる。そして、同じ構造を新たにコンピュータに入力すれば、自動的に新規の培養装置が稼働し始め、一日で『執事』の生産が始まる。そして、コンピュータが壊れた際も、その代用となる新たなコンピュータが多数用意されているために、この場所が停止する事は無い。彼らはこの装置の「壊し方」を知らないのである。他の場所へと送られたり、この装置の管理を担当する役職として、自分を創る場所を破壊することなど想定されておらず、またそのような想定など許されていなかったのだ。
毎日三食ご飯を食べる、二十四時間で必ず一度は風呂に入る――そのような日々の習慣と同じように、『執事』たちは日々増産計画のプログラムを入力し、自分を製造するこの場所の拡張を続けている。地下の奥深く、地下の遥か向こうまで、全く同じカプセルに入った『執事』たちが、外に出てお譲様の世話ができる時を心待ちにしている。お譲様が来た頃は一日で数十だった生産ペースが、今や一分間で数万単位。絶え間なく新しい執事が生まれ、お譲様に忠誠を誓う任務に就くのである。
笑みを見せる執事が左右に並び、その背後に無数のカプセルが執事の生産を続ける――そんな執事の揺りかごを抜け、彼らの導きを受けたお譲様が到着したのは、薄暗い場所であった。
本日は、私たちの歌をお披露目いたしましょう。お気に召すと幸いです。
本日は、私たちの歌をお披露目いたしましょう。お気に召すと幸いです。
一斉に声を揃えた後、二人の執事は一旦そこから退場した。近くには、本で見たことがある最高級品の椅子が用意してあった。恐らくはそこに座れと言う事であろう。彼らの心意気にに従い、お譲様がそこに座った直後、天井の照明が周りの景色を映し始めた。彼女の目が眩まないように、少しづつ明るく、そしてより鮮明に辺りを見回せるように。
全体が明るくなった時、『お嬢様』は自分が周りを客室に取り囲まれた空間の中央にいる事に気がついた。数える事が面倒なほど彼女は何度も地下の施設を案内されてきたが、このような場所がある事は知らなかった。ただ、恐らくこれは『執事』たちが自ら、地下に作成したものであろうという事は勘付けた。普通ならばこういう空間は、周りを客が利用する座席が取り囲み、その中央にあるステージでの芝居や歌劇を楽しむものであるが、この場所はそれとは真逆になっていた。椅子がある場所が、来賓を招く「客室」、そしてその周りにすり鉢状に広がる広大な空間が「ステージ」なのだ。
そして、そのステージを埋め尽くすように立つ執事が、声を揃えて歌っていた。
全てにおいて完璧となるように調節された執事の歌声は、寸分の狂いも無かった。無限に響くその声に『お譲様』は嫌がるそぶりを一切見せず、辺りを埋めるような音のさざ波に自らを沈めていた。この場所から見ると、中心を囲むようなステージの端は、まるで黒と肌色の点のように見える。そこからずっと自分の近くまで、何千何万列もの執事が四方に立ち並んでいるのだ。日々増え続ける存在が一斉に声を合わせているにも関わらず、それはまるで計算されたかのように正確で、音量も示し合わせたかのようにほど良い具合になっていたのである。
そして、本日用意していた曲を全て歌い終えた後、少しの間沈黙が流れた。執事たちは皆、揃って口を真一文字に結び、相手の反応を待っていた。どこまでも均等に整列した同じ顔が、静かな時を作りだしていた。
その口が笑みをもって開いたのは、お譲様の拍手と、執事たちに対する感謝の言葉だった。普段から礼儀を重んじる彼女は過剰に自らの感情を発揮する事はしないが、それでも自分の思いは正直に伝えてくれる。全員からのプレゼントをありがたく受け取るという言葉に、彼女を取り囲む何万もの体が揃えて頭を下げ、こちらも彼女に対して感謝の念を伝えた。
こうして、本日の『お嬢様』の予定は、全て終了したのである。
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寝室に向かう彼女が廊下を通る度に、壁と言う壁を埋め尽くす執事たちがおやすみの挨拶をする――これも日課であった。
既に合唱は済んでいるが、廊下や建物の外からも響く同じ声は、まるで合唱のようにお譲様の耳に届き続けていた。ライトの明かりが延々と並び続け、屋敷の内外を黒々と埋める「彼」の姿を静かに映し出す――毎日、部屋に入る前にいつもお譲様が目にする光景である。
そして、それは寝室でも同じだった。オレンジ色の優しい光が包む中で、ベッドを取り囲むように十数人の、そして部屋の壁を敷き詰めるかのように何百人もの執事が彼女を出迎えているからだ。普段は彼らの子守唄の中で眠りにつくが、今日の彼女はそれを断った。先程たっぷり歌声を聞いたからである。
その代わり、『お嬢様』両脇にそれぞれ二名づつ、大きなベッドの中で添い寝をするように命じた。広い空間の中で眠ると言うのは、心細い気分にさせるものである。その命令を受け、四名の執事が燕尾服の上を脱ぎ、汚れが一切無い白シャツ姿になった。彼らは今日始めて、燕尾服以外の『執事』の姿となったのである。
おやすみなさい。おやすみなさい。
おやすみなさい。おやすみなさい。
おやすみなさい。おやすみなさい。
おやすみなさい。おやすみなさい。
何重もの声が響く中、部屋の照明が消された。それに眠そうに返答をするお譲様の眼は既に閉じていた。
お嬢様は今日も夢を見る事だろう。大好きな人と、どこまでも一緒に進む夢を。いつでもどこでも、ずっと一緒に。
立場も格も違うために口に出す事はしないが、彼女は『執事』が心から大好きであった。その存在を、数限りなく見る事が出来る今の暮らしもまた、彼女にとっては楽園に等しかった。彼女が寝ている間もきっと、新たな「彼」が次々に自分のために生まれ続けているのだろう。明日も、その次も、そして永遠に休むことなく。
そのような事を頭の中に描きつつ、お嬢様は静かに夢の中で待つ者たちの元へと向かうのであった。
再び無数の執事に起こされ、彼らの中に溺れる一日が始まるまで……。
クローンに溺れる~無限執事とお嬢様~ 腹筋崩壊参謀 @CheeseCurriedRice
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