中編

 屋敷の外へ向かうための準備を整えた『お嬢様』は、数名の執事――同じ姿形をした男性を伴い屋敷の建物を出た。


 この建物には庭を囲むように大きな壁が存在し、外部と繋がる巨大な門があり、そこまで一本の道が直線状に通っていた。しかし、それ以外の場所は常に同じ姿形の『執事』によって満たされていた。道に沿って何十何百列と整列し、端正な美貌が一面に広がり、遠出をするお譲様に向けて挨拶を交わす――この屋敷は、建物内外関係なく、至る所が『執事』に満たされ、溢れかえっていたのである。

 そして、『執事』の数は留まる事を知らず、屋敷の壁を越えてさらに増え続けていた。


 『お嬢様』が所有している土地はこの大きな建物のみならず、地平線の向こうまで続く土地の全て。灰色の空が毎日佇む窓を開け、視界に入る場所全てが彼女の場所なのだ。そして、それは同時に彼女に尽き従う存在――『執事』に与えられる場所でもあった。


 壁の外から見えた黒々とした大地を、『お嬢様』は楽しそうに歩いた。彼女の横には執事の大群がずらりと並び、彼女の視界には同じ美貌を持ち、同じ衣装を着こなす男性で覆われた大地や山肌が常に入っていた。皆口々に彼女に声をかけたり、微笑を浮かべたり、様々な形でお譲様を元気づけていた。しかし同じ言葉、同じ声による励ましが流石にしつこいと思った時はしっかりと大丈夫だと告げ、『お嬢様』は辺りに響く声を黙らせていた。



 そんな彼女がどこまで歩いても、周りはずっと同じ景色――全く同じ執事によって埋め尽くされた状態を保ち続けていた。

 一度始まった「生産」は今もなお続き、より短時間で大量の執事が増え続けている。屋敷から溢れるほどの数になった彼が行きついた先は、外に広がる広大な大地であった。今やその面積は地平線の向こうまで広がり、お嬢様でも把握できないほどだ。

 ただ、彼女はそれに関して異常であるという意識は無い。自分の世話をし、自分を喜ばせてくれる存在がいくらでもいる事を、何故嫌うのだろうか。


 一本道を歩き続けて数時間が経過した時、目の前に大きな空間が見えてきた。周辺を隙間なく美貌の男性が埋め尽くしているのとは対照的に、その一角だけぽっかりと空間があり、木のベンチまで用意されていた。『お嬢様』が本日の目的地として選んだ場所である。

 その黒服に似合わないリュックサックを『執事』はベンチに降ろし、そこから今日の昼食であるお握りを取り出した。彼女と共に歩いてきた執事たちも、同じ外見のリュックサックから昼食を用意し、皆で共に食べる事とした。


 一方で、延々と土地を隙間なく囲む『執事』たちは、お譲様からの昼食の誘いを断った。より改良を進められた執事たちは、ほんの僅かな食事だけでも十分働けるようになっていたのだ。

 目の前には、いくつもの山が並ぶ『お嬢様』の持つ土地が延々と見える。そこを覆いつくすのは、ある意味「製品」としては最高の価値がある者たちばかりである。だが、彼らは決して製品ではない。たった一人のお嬢様が所有する『執事』なのだ。


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 灰色の空が暗くなり始めた頃、一行は屋敷へと戻ってきた。長距離を歩いたからか、それとも無限に広がる黒い波に埋もれる事への興奮か、『お嬢様』の体は汗で濡れていた。しかし、『執事』たちはそういう可能性もしっかりと考慮し、事前に準備を整えていた。彼の完璧な執事となると、お譲様が帰って来た時点ですでに風呂が用意されていうと言う事など当たり前なのだ。


 風呂場へ向かう廊下には、相変わらず左右に延々と同じ執事が並び続けていた。勿論全員とも全く同じ姿形、同じ声の持ち主である。だがそれに加えてもう一列、同じ方向を目指す別の『執事』の行列が出来あがっていた。毎日ずっと存在し続けるこの列の向かう先と同じ方角を『お嬢様』も目指していた。一様に声をかける彼らに軽く挨拶をし続けた後、お譲様は目的地へとたどり着いた。男性用の風呂の横にある、小ぢんまりとした女性専用の風呂である。


 西洋風の巨大な屋敷や外壁とは対照的に、毎日『お嬢様』が利用している風呂は非常に近代的、そして庶民的なものであった。豪華絢爛な他の場所とは対照的に、この一角のみ一般の家にある「ユニットバス」と呼ばれる構造となっており、まるでショールームのようなのだ。そしてここは、よほどの事が無い限り無数の『執事』たちの立ち入りがお譲様から許されていない神聖な場所――そして彼女が無数の執事から離れて過ごす事の出来る数少ない場所でもあった。



 暖かいお湯に浸かりながら、今日も『お嬢様』は様々な事を考えた。自分の事、明日の予定の事、そして『執事』の事である。

 この小さな風呂の隣に、途轍もなく大きいもう一つの風呂がある事は既に彼女も把握していた。服を脱ぎ、生まれたばかりの姿になった執事たちが何千何万、いや何億と押し寄せても十分に対応が出来るほどの巨大な空間だ。勿論彼女の方も、そんな執事たちの「男湯」の状況はむやみに覗かない事を誓っている。だがやはり異性故に色々と頭の中で思い描いてしまう事はあった。そんな破廉恥な事をつい考えてしまった時、いつも彼女は口元まで風呂に浸かり、自分の中の照れを隠そうとするのが癖であった。


 そして、今の暮らしはとても楽しいものだ、と彼女は思った。

 どこへ行っても同じ端正な姿が並び、そしてそれは現在進行形で生産を続けている。それを見届け、養うという自分の存在を、彼女は自分自身で誇りに思った。仮に自分の存在自体が何かによって仕組まれたものであっても……。

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