3
放課後の音楽室からは相変わらずこもったようなピアノの音が微かに漏れ続け、夕焼けに満たされた廊下を静かに濡らしていました。
二度目なのに、妙に前より緊張してしまいます。
ボクはピアノの音と人の目が途切れた隙を見計らって、音楽室に潜り込みました。
先生はボクに気付いて顔を上げました。
「もう一曲だけ待ってくれ」
ボクが頷くのも見ずに、次の曲を弾き始めました。たぶんクラシックの有名なやつだと思います。たぶん。
先生は放課後にピアノを弾くことを習慣にしているようです。その表情は授業中に見せたことのない真剣さでした。あるいは誰に聞かせるでもなくただ演奏されるだけの音を、ボクが少しもったいないと思ったせいかもしれません。
「先生は」
「話しかけるな、気が散る」
にべもありません。
しばらくしてその演奏は止まりました。終わったのではなく、止まりました。途中で。
「気が散った」
「……すいません」
ボクのせいだということなのでしょうけれど、どこか釈然としない物があります。
「それで?」
「先生はどうしてピアノを弾くんですか」
「弾いたらマズいのか」
「全然マズくないです」
どうしてこの男はこう無駄に好戦的な物言いをするんでしょうね。
「あの、先生」
「何だ」
「ピアノはもうおしまいなら」
ボクは放課後、彼と性交する約束でした。
だけどこうしてその機会を目前にして、言葉を失ってしまう。
「あの、ボクは雰囲気とかちゃんと大事にして欲しいんです」
呆れた顔が目に映り、ボクは恥に耐え切れずに目をつむりました。
「だから出来れば、最初の最初はキスとかから――」
言葉は途切れました。意外と優しい人なのかもしれないと、底知れない熱に酔いっぱなしな頭の片隅に思いました。老いた指が温めるように、ボクの身体の形を制服越しに描きます。
「骨が多いな」
「うるさいですよ」
彼の鎖骨は乾いた紙の匂いがしました。素肌で触れてみれば、その指先は固い皺の数を数え始めました。ブラウスのボタンを全部外されて、幼い下腹部を薄い唇が横切りました。
「先生の耳の形、結構好きかもです」
ボクは子供のように性器に顔を埋めた彼の耳殻の形を、潤んだ皮が赤くなるまで愛撫しました。先生は目を閉じて、その耳をボクの好きにさせてくれました。
「先生のも舐めましょうか?」
「その先生と呼ぶのをやめなさい」
照れ隠しかと思ったのですが、本当にその必要はなかったようでした。体格差が気になっていたのですが、思った以上に簡単に、彼はボクの中に入ってきました。
絶対に外に漏れるはずはないとわかっていながら、ボクの声はどうしても抑えられたものになりました。ボクの身体はあっさりと彼の腕の中に収まってしまい、手を伸ばしてようやく彼の頬を撫でることが出来ました。
「可哀想」
「しゃべりかけるな、気が散る」
ボクの指先は濡れていました。でもそれはきっと、ただそれだけのことなのです。
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