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 ボクたちは教室の隅で弁当を広げてました。ボクらのようなクラスで浮いてしまう子が上手く学校をやり過ごしたいなら、ひっそりと固まって生きるのがコツです。誰かの悪口程度の話題でしか盛り上がれないボクたちは、担任を貶し、男子を貶し、芸能人を貶し、その場にいない女子を貶しながらお昼を食べます。つまらない子ばかりが集まったその机に近寄る人はいません。ボクは作り笑いで退屈な昼休みの終わりを待っていました。

「あ」

 ふと視線を逸らした先の廊下に面白いものを見つけました。一緒だった女の子たちに断って、席を立ちます。

 廊下の少し先に高倉先生の背中がありました。廊下の真ん中を歩くのに、誰にも気にかけられることのないその様子は一層に彼の惨めさを引き立たせます。

「先生」

 人のいない所まで待ってから、ボクは隣に並んで声をかけました。彼はボクを見て、苦虫を噛み潰したような顔になりました。嬉しいです。それってボクを意識してもらえてるってことですよね。

「ボクを抱いてくれる気になりましたか」

 はい、舌打ちいただきましたー。

 先日の放課後は結局、歯牙にもかけられずにボクは追い返されました。男の人はもっと下半身で物事を考えるのだと思ってましたから正直びっくりでした。若い子が抱かれたいって言ってるんだからラッキーって思って抱いちゃえばいいと思うんですけどね。

 冗談ですが。

「ボクは絶対に誰にも言いませんし、それに例えバレたってもうすぐ定年じゃないですか」

 もしかして勃たないとか男の方が良いとかなのかな。いやいやまさか。というか無視されすぎじゃありません?

「理事長先生を一度くらい裏切ってみたくないですか」

 その言葉で、ようやく足を止めてボクに向き直ってくれました。

「俺のことはどうでもいいけれど、俺の姉を一緒に侮辱するのはやめなさい」

 音楽の高倉ってあの理事長と姉弟らしいよ。

 それはどんな気持ちなのでしょう。権力も地位も手に入れた実の姉にお情けで雇われて、ただその場所に誇りもなくしがみつく音楽家崩れの一生って。

 ほらね、面白いでしょう。

 でもボクはそんな先生を可哀想だと思います。

「ごめんなさい」

 あっさりとボクが退いたことに訝しげな顔をしながら、彼はまた歩き出しました。ボクもそのあとに続きます。

「付いて来るな」

「処女は苦手ですか?」

 唸るようなため息を吐かれました。思ったより動揺させることに成功しているのかもしれません。

「ラッキーですね先生。ボクは処女じゃないので、面倒くさくないですよ」

「いい加減にしろ」

 彼はボクを振り返りました。本当に頭に来たようでした。

「何が処女だ、嬉々として教師に不純交友報告しやがって。俺をからかってないで、その男とヤればいいだろう」

 その時、ボクはどんな表情をしていたのでしょう。

 先生の声が途切れるくらいに、怪訝なそれに変わるくらいにスゴい顔をしてたに違いありません。

「おい」

「彼氏は」

 ボクはにへらと笑ったつもりでした。それがますます彼を困らせてしまったようです。

「いません。いたこともありません」

 そこは純粋なんですよ、ボク。

 こんなの卑怯だと思いながら、先生の悲しげな困惑につけ込みました。

「先生、お願いだから。ボクを抱いてくれませんか」

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