【お題:800字以内】卒業式の朝【先生×生徒】

実和

卒業式の朝

「今日は何時に行くんですか?」

 社会科教師の大野が二人のいる視聴覚室の時計を

首を捻ってチラッと見ると、また教卓の向かいの席に座るさやかと向き直った。

 「式の準備抜け出してるから、八時には戻るよ。」


 八時まで、あと十分ー。


 「私も八時に体育館集合で、打ち合わせがあります。」

 「生徒会長さんは、卒業式の朝まで忙しいねぇ。」

 大野がにやりと意地悪く口の端を上げた。

柔らかそうな少し茶色い前髪の隙間から、

目を細め、少し色っぽくも見える視線に、

さやかは、思わず赤くなって俯く。

 「今日でここで会うのも最後だな。」

 柔らかな声色に、ハッと顔を上げると、大野と目が合った。

大野は、さっきの表情とは違い、

優しく愛おしむ様な目で、さやかを見つめていた。

その優しい笑顔に思わず涙が溢れる。

 「…まだ泣くには早すぎるだろ。」

 大野は、教卓から体を離し、さやかの頭に手を伸ばす。

 「だって…先生と…もう毎日……会えないと思うと…。」

 さやかは両手で涙が止まらない目を覆った。

大野がさらさらと、そんなさやかの黒髪を撫でる。 

 「そうだな、毎日会ってたんだもんな。」

 耳元に降ってくる大野の少し低めの優しい声。

 「毎朝、さやかと話せて本当に楽しかった。」

 普段口数の少ない大野から、思いがけない言葉に、

さやかは思わず大野の背中に手を回してギュッと抱きしめた。

 「さやか、まだ教師と生徒だということを忘れずに…。」

 大野は優しく、さやかから体を離した。

ちょうどその時、大野を呼ぶ校内放送が流れる。

 「準備サボってたのばれたかー。」

 肩をすくめながら、まだ、顔を覆い、

しゃくりあげているさやかを悪戯っぽく見る。

 「さやか、顔見せて?」

 と、そっとさやかの両手を顔から離した。

涙で光る頬と、真っ赤になった垂れ気味の大きな目が

一生懸命こちらを見つめる。

そのあまりの純粋でいじらしい表情に、大野はフッと笑みがこぼれた。

 

 ふいに、さやかの唇に、自分の唇を重ねる。

 

 「卒業おめでとう。」

 

 丸く見開いたさやかの目を覗き込みながら、

そう告げると、大野は扉へと素早く歩き出した。

 「先に出るから。顔洗ってから行けよ。」

 背中を向けたまま、大野は手を振りながら教室を後にした。

 

 急に訪れた初めてのキスに、さやかは、

ただ呆然と、大野が出て行った扉を見つめていた。

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