二部 騙られし王

休日 武器

本来、騎士は季節において春に仮入団する。 基礎的な腕力、脚力、知力の有無を上官の主観に判断されるテストの結果、その合否が伝えられるのは1ヶ月後だ。


けれどもこの試験を兼ねた仮入団には一つ隠された意図があるとアンクルはジョークの様に語る。

第一より第五まで連なる師団は、血統と年齢が重視される。だから命令を遵守し、それでいて己の手抜かりをカバーする事の出来る者を望む。

嗜みが無く、欲求のみを押し通そうとする騎士が存在し、また奴らが求める様な人材が存在してしまう事には憤懣するしかない。

 

アンクルはぼくとルミナの訓練の際、休憩時に訓練所の水飲み場で話をする。無能と呼ぶ幹部たちに皮肉を込めた悪口。

 きっとアンクルが特務機関、宰相の勅命で働いているのを知らない幹部たちが聞いたら激昂する様な悪口の内容が被らないという事には慄くしかない。

 

「とはいえ私もいずれはそうなるのかもな」

 これが来ると話の終わりの合図だ、僕らは立て掛けた安物のロングソードを掴み訓練に戻る。

  1ヶ月も掛からずに貧弱だった僕の肉体は変質し、全能感、とまではいかないが己の内部に自身が湧いた。

 最近、ルミナは足が太くなるのを気にしているが、私見としては全く問題無い。それでも異性の意識をとやかく言うのは責任を感じるので今回は口を噤んでおく。入団まであと少し。


騎士団本部は当然王都に存在し、騎士として認められていない現在は仕事が無い。


昨日と違い、訓練の無い土曜日は騎士団宿舎に併設された食堂では無く、街で食事を取るのが当たり前になっていた。

王都中心部は環の様な3つの大通りが存在し、王国の中枢機関を囲んでいる。大通りの脇は簡易の商店がびっしりとが並んでいる。


通る馬車の種類は交易、駅馬車だが、 時たまに貴族らしき黄金の装飾品を付けた馬車に乗る者を見た事がある。

 

 話は変わるが金がある、死亡保険金1億エドの大金を等分割し、それぞれ銀行に預けておいた。

 と言う事で、現在自称騎士の僕らは豪勢な食事をとる事が可能である。ちなみに最近のお気に入りは酒場、当然庶民の食事。

 

 僕らが学園寮に住む前に自宅での朝食に一段劣る盛り付け、味は好みの方向性に依るだろうがピザ、ジャンクフードが好みであるならまあ、うまいんじゃないかと思う。

 酒場にの壁には賞金付きの罪人の似顔絵が貼られていて、顔に傷がある者が多い。 揃って全員厳つい顔の造形で、イメージと、現実がぴったりと合っているのもどうかと思う程だ。僕はテーブルの上の、僅かにアルコールの入った黒色の液体で口に水分をやる。

 「どれか見た事ないか?」

 ルミナは顔を上げ、俺の向いている左を向いて、「無いわね。というか誇張してるから、捕まらないのよきっと」と言う。左端の男の似顔絵に注目してみる。

 

そういわれればその通りだ、現実として想像すると陰影は深すぎて谷みたいになっている。

第一こんな特徴のある奴が描かれている紙が、焼けたままなのがおかしい。

 

 「でももしかしたらその顔は本物で、あまりの分かりやすいから、逃亡に耐え切れず諦め海にでも沈んだかもしれないじゃないか」

 

我ながら頭のおかしい事を言っている自覚はある。そう、これはジョークだ。アンクルに影響を無自覚で受けているのだろう。

ルミナもそれに上手く乗ってくる。

 

「それを言ったら捕まえる気が無いのかもしれないし、捕まっているのかもしれないじゃない」

黒い液体は光に翳すと褐色に見える、それの最後の一滴をピザとともに飲み込んで僕らは酒場を出た。

先程の話の続きをする程、僕らは捻くれてない。


今日は予定通り、武器を買う。

というのもアンクルの話では、師団と違い、機関は入団時の支給品はスーツと黄金の証のみ。

自身の力に合った物を買えと言われたのだが、そう言われても戦い方がわからないのだから、力もくそもあるか。


当然、訓練はロングソードを振り、強化魔術を習得する事だけで無く、王の力の発動条件を調べもした。


衰亡ノ王、射程範囲、掌が触れた場所の半径1メートル内であれば範囲を指定して発動可能。万物の能力を一時的に減衰させ、また劣化させる。


確かに能力は高性能だ、床とか柱とかを崩したりもできるし、魔術を無効化したり、触れば誰でも倒れるくらい。


当初、僕はこの能力を過信して、アンクルに模擬戦を挑んだ。


結果は敗北、戦闘時間2秒、開始直後、黙視して敗北。第二脳発動前に背後に回り込まれて軌道もわからず、頸に剣を突きつけられた。


根本としては身体能力が足りない。衰亡の力は触れればほぼ確実に勝てる。でも、アンクルも王以外なら触れれば勝てる。


ルミナの力が羨ましい。万物灰化、射程半径100メートルの閃光。一度試しに訓練場の床に発動してしまった時がある。

本人によるとほんの少しのつもりだったらしいが、結果としては大穴が穿たれてしまいアンクルが畏怖していたのは記憶に新しい。

「サヘル、サヘル!」


肩を揺さぶられて前を見る。木が散漫していたようだ。さて、世辞が悪態になりそうなので正直に言うと、眼前にあるのは掘っ建て小屋だ。

看板付きの小屋、そもそも来た道を覚えていないのだが、今いるのは大通りなどでは無く暗い路地裏。

どうしたものか、小屋だ。襤褸小屋とまで行かなくとも、塗装が剥がれ、赤錆のある屋根が不安を煽る。


とにかく中に入ってからだ、判断はそれからでも遅くない。ささくれが立っている木の扉の鉄製の取っ手を掴んで開ける。


中は外観の裏返しだった。

篝火が天井から下げられていて、9つの机全てにガラスの箱が存在する。

そして最も近い机の上の薄い空色がかった箱、その内部に閉じ込められているのは光を幾何学的に反射し、光を帯びた一振りのロングソード。


その姿に僕ら二人は魅入った、物欲に駆られた。薄くしなやかなその刀身は華奢だ、鋼、高潔を体現した飾り気の無い姿。


「おや、お客様のようで」

はっとして前を見ると、背丈の縮んだであろう白髪の老人が一人、何処にいたのか全く気づかなかった。他に気配は無い、つまりこの老人がこの店の店主だろう。


そして僕が尋ねる前にルミナが珍しく他人に話かける。

「この剣はお幾らですか」

老人はルミナの問いかけに悩む。顎を押さえて、ちらりと剣を見やる。その視線には商売人にあるまじき、躊躇いがあった。


「100万エドですね。傑作なので。予算がなければもう少し安価な物を紹介しますが?」

「買います、今すぐお金を持って来ますから」

「はい?」


好々爺のようなとぼけた表情、発言からして100万の品を即決するとは思ってなかったらしい。等分した死亡保険金の50分の1、安くは無いものの今の貯金なら買えない筈が無い。


困惑した老人がなにかを言おうとするが、ルミナはもはや盲目で走って外へ出て行く。

老人は言葉を向ける対象を僕に変える。


「まさか、即決とは。お二人とも学生でしょう、先程の方は彼女さんですか?」

「いえ、妹です。双子の」

「それは失礼しました、それでお客様は何を買われますか?」


本当はルミナと同じ物が欲しいのだが、だがあの舞い上がり方だ。相当に惚れている様なので他の品を見たいと老人に伝える。


「どのような物が?」

「剣であれば何でも」


ふむ、と老人は背中を向けて小屋の再奥へ歩き出す、狭いと思った小屋だが再奥の端にあるカウンターの後ろには扉があった、どうやら小屋はハリボテの様なものかもしれない。


老人は直ぐに立ち止まった。そっと箱を持ち上げ、その中身の姿を僕に晒す。


対の剣、その容姿は僕の記憶のどこにも存在していなかった。

柄は白の布を外套を羽織る様にしている。すらりと伸びる黒の刀身は片刃でロングソードより一回り短い。明らかにガデンタール王国の技術で生まれた物ではない事はわかる。

「これは?」

「双刀です、銘を二装単ニソウヒトエ。辺境の東国を訪れた時に持ち帰った品です」


妖しげな姿形、東国の技術品。名も知らぬ地で生み出された品、そういう子供じみた要素に惹かれる僕がいた。僕は相当の馬鹿らしい、使い方も知らぬ武器を買おうとしているのだから。悩む、僕はこの願望を抑えるべきだろうか。









—–––買ってしまった。150万エドが二装単の対価に消える。僕らは品を貰った鞘に収めて両手の手汗が噴出するぐらいに握り締める、周囲に怪しげなものは居ないか。奪われまいと早足に宿舎へ向かった。




 

 

 




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