機甲駆動


「機甲ノ王!」

アンクルが咆哮する、恫喝しても何の問題は無い事を僕は知っている。このホテルは全室貸切だ。





ルミナは起きていた。部屋の壁には歪な大穴が開き、巨人の豪腕は細い喉元に届く寸前で停止する。


圧倒的威圧、異貌の躯の前で今日に萎縮したルミナはその場を動く事が出来ずにいる。僕はその光景を前に巨人を倒さねばと思い、僕が飛び出そうとすると、アンクルは左腕で進路を遮り横目に僕を見やる。


「お前が助けろ」

瞬間、位置が跳躍する。

瞬く間にアンクルの肉体は巨人の懐に存在した。後方からでもはっきりと、腕が常軌を逸して膨張し収縮しているのが見える。


流れる様な圧倒的速度から繰り出された拳を一撃、二撃、三撃とアンクルは叩き込む。連撃は火花と甲高い金属音を立てて、巨躯を後退させていく。

同時に僕はルミナの側に寄った。硬直した華奢な躰を抱え上げ、全力で外へと逃げ出す。右手に階段が設置されている事は知っている。外へと逃げればアンクルの仲間がいはずだ。


「させるかよ、小僧」


ノイズ混じりの低声がした後、それから間髪入れず後方で何かが破裂する音が耳に届く。

何かが砕け、崩落する。爆発音だ、最初に聞いた壁が壊される音と同じ。


「ガァァァァァァァア!」


アンクルの絶叫、それに反応し首を軽く捻って後ろを見振り返ると、僕の眼前には迸る赤の閃光が迫っていた。

死の予感と、壮絶な痛みは全くの同時。

背骨に巨砲と思える衝撃がして、前方へ吹き飛ばされた。


痛い、痛い、痛い。骨折か、違う。

僕の躰の中身が掻き混ぜられた。潰れた、このままでは死ぬ、俺がルミナが。


立つ、立たなければ。意識を送るが頭は痛みで満たされ、動けない。ルミナは何処だ。首から上を必死で動かすと、倒れた姿が見える。


どうすればいい。

巨人は僕の横にいた。目が合う、見下されている。赤い光は死に掛けの僕を眺め、だらんと伸びた力の入らない腕を捉えた。


機甲ノ王、王に相応しい残酷な緋の光を湛えていた。


第二脳展開、思考回転。認識を処理を意識を。

魔力をありったけ、脳に。生きるため、純粋に、本能的に魔術を使う。


視界が冴える。僕の頭は痛みを制限した、強いとか弱いとかだけが無く、痛みを感じている事だけが分かるように変質する。


即座に立ち上がり後退して、ルミナに目を合わせず怒号を放った。

「立て、逃げろ!」

「サヘルは」

「黙れ、早く」

「ごめんなさい」

どうにも早口になる。

ルミナは階段の方へ向かった。救うことに成功した。僕はニヤリと微かに口角を上げる。


僅かな油断。


僕は王を侮っていた。重鈍に思える躰からは乖離した高速。右横をすり抜けた巨躯、過ちだ。風が吹き抜け、瞬時に達成感は絶望に変換される


「逃がすと思うか 、小娘」

酷く落ち着いた声がする。先程見たアンクルの跳躍と同等の速度と圧倒的な重量、第二脳の効果でその軌道を瞬時に認識できる。しかし、


「ルミナッ!」

「死ぬがいい」


対応出来ない。強さ、速さ、威圧感。圧倒的。機甲ノ王、王の名を冠するるに相応しい、王たり得る力だった。

僕は振り返りながら、ルミナの方へがむしゃらに走る。けれど背中に受けた傷は想像以上に物理的に運動を制限し、そして機甲ノ王は、余りに速すぎる。


鉛色の衝撃が華奢なルミナの肉体を攫う。水平に放たれた力の本流により、ポキリと骨が折れる安い音が聞こえた。


衝撃で吹き飛ばされた体を僕は何とか、転がりながら受け止める。胸元に抱えながら仰向けにするとルミナは吐血していた、白のシャツが染まっている。内臓がやられているのは間違いない、だが息はある。


逃げ切れる速さでは無い。もう戦うしか無い、痛くても、動かなくても、負けを認める事だけは出来ない。


守ると決めたのだから。


立った、そして内側から湧く異物感。床に吐き出すと、それは赤い。


全てを賭す。負けてもいい、けれど一発、ルミナが受けた痛みを。拳を返してやらなきゃ気が済まない。


「オオオォォォォォォォォォッッ!」


咆哮する、言葉になっていないのは百も承知。振り被り、全てを賭けて拳を放つ。

勝ち負けに拘泥するつもりは、無い。

だから、一撃だけを。


偶然か機甲ノ王の慢心からか、答えなんて解らない。力無い拳が装甲に突き立てられる。


崩れ落ちた、僕が。

膝を着いた、機甲ノ王が。

僕は床に伏し、機甲ノ王は右膝と右手をついて持ちこたえる。この結果に、声を荒げて機甲ノ王は言った。


「そうか、貴様も。王」

僕が王。

「だが、息の根を止める程度ならできる」

動くな、頼む止まってくれ。

絶望が迫る、煙の様に足を床に突き立て進む。だがゆっくりとした足音は、一人の声に掻き消された。

「よくやった、サヘルイス」


機甲ノ王の背後から声がして、直後に甲高い金属がする。朦朧とした意識を手放す。僕は安堵感の海へと沈んだ。












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る