第4話 こういう逃避行は好きや子とやりたかった



 人がどんどん集まって来るのを、教師に見られたら今度はどんな事になるか分からない。


 一度目は濡れ衣だったが信じてもらえなかった。

 二度目は、理沙がいるので言い訳は聞いてもらえるが、目をつけられてしまうのは確実だろう。


 このままでは、校舎裏でカツアゲに精を出す先輩たちとの仲間入りを果たしてしまう。

 そういう面倒なのは御免だった。

 こういう時は、てっとりばやく注目の的がいなくなるに限った。


「ほら、行くぞ」

「ちょ、痛いってば」


 慌てて、理沙の腕を掴んでその場から逃走。

 学校から十分な距離、離れた所で立ち止まった。


「何でいるんだよお前」

「だから用事だって言ったでしょ、それより手を離してよ。痛いのよ馬鹿」

「あ、悪い」


 いくら急いでいたからと言って、ついでに性格が悪いからと言っても、女子に暴力を振るうのは気が引けた。


 つい最近まで女子と長時間話した事なかったから、なおさら。

 慌てて手をはなすと、俺に握られたところをこれみよがしにさすられた。


 性格悪っ。


 いつもなら言い返すところだが、それに関しては俺の不注意だと思うので口がまわらなかった。


「もう、そういう所だけ、良い奴よね。心配しなくたって跡になってたりしてないから。ほら……」


 長袖をまくって見せる理沙。

 少し皮膚が赤くなている様にも見えなくもないが、怪我とかの大事にはなっていないようだった。


 顔に出ていた様だ。

 そういうの、水菜もそうだったが、エージェントは察するのがうまいんだろうか。


「あんたが分かりやすすぎるだけよ。上にのし上がろうとするのは無理ね。権謀術数とか苦手そう」

「権力に興味はねぇな。腹黒い人間になにかなりたくねぇよ。そっちの方は目指してねぇから安心しろ、で、用事って言ったけど今日は特訓じゃないのか?」

「ああ、それだけど」


 理沙は鞄の中から、紙切れの様なものを取り出す。

 そこに書かれたいたのは、組織に入ってしばらくした時に見た購入品リスト。


「あんた、予備の運動着とか靴とか持ってないでしょ。今までは学校のやつあてて使ってたけど、それをずっと使っていくのもあれだし。サイズが合ってないのも調整しとこうと思って」


 つまり、訓練に必要な物品の予備を購入しようというわけらしい。

 確かにそれはいつかしなければと思っていた事だ。

 毎日訓練で潰れるから、ずっと後回しにしていた。


「あーまあ、毎回毎回持って帰ったりするの面倒だし、忘れて裸足とかも、他の奴の借りるのも嫌だしな。けど俺、お金なんてそんなに持ってないぞ」

「安心しなさい、経費で落ちるからそういうのは」

「経費、まじか……組織ってすげぇな」


 人生で今まで一度もお世話になった事がない経費と言う単語を聞いて思わず目を向く、

 まさか、学生の内にそんな物に関わる事になろうとは思ってもみなかった。

 入った時にお世話になっただろうが、その時は実感持たなかったのだ。


「ちょっと会社みたいだな」


 世界の平和を担うといっても、この前のテーマパークの件といい、所々に企業っぽさと言う者が窺えてちょっと、非日常感が薄れていくのを感じる。


「当たり前でしょう、人間社会の中にいるんだから。抗体組織をちゃんと回していくためには、他の一般市民との繋がりだって必要不可欠なのよ」


 まあ、考えてみればそれは当たり前の事だろう。

 何かをするにはお金がかかるし、誰かの助けがいる。

 それだけでやってくなんて、無理な話なのだから。

 たとえそれが、多くの人間を助ける正義の味方の組織でも。






 ??? どこかの建物の一室。


 女性は資料を片手に持ちそこに目を通しながら、携帯で電話をかけていた。

 その口調は感情の一切を配した、事務的な口調だ。


「ええ、受取先は事前に打ち合わせした通りで。そう……、これが成功すれば、貴方の地位は保証します。長年の潜入ご苦労様」


 誰かへの労いの言葉を一通り述べた後に、女性は受話器を置いた。

 そして、資料を置いた女性が新たに手に取るのは、近くに飾ってあった一枚の写真だった。

 そこには小さな赤ん坊の姿がある。


「ようやく芽吹いた果実を収穫する事が出来るわ。私の娘……水菜、ありがとう。そして、名前も知らないナイト、契約書の通りに水菜を守ってくれてありがとう」


 感慨深げに吐き出された言葉は一瞬で、すぐに元の事務的な口調へと戻っていく。


「貴方達の役目は、もう終わりね」


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