第3話 待ち人



 とりあえず、途中で何度か駄目になりそうだったが、気合で乗り越えた。


 ここんところの平日はずっとこんな感じだが、数えたら負けだ。

 そんなこんなで、一日の学校のスケジュールを消化して下校時。


 長い長い授業が終わった後、俺はため息を吐きながら校舎を出た。

 普通の学生だったら、これで憂鬱な時間は終わりだろうが、俺はそうじゃない。

 この後も、エージェントとしての特訓がみっちりしっかり詰まっているのだ。


「はぁぁぁぁー」


 嘘じゃない。幻じゃない。気のせいじゃない。後悔しかけてるのかもしれない。


 俺、ひょっとして普通の人間に戻りたいって思ってるのか。

 思ってたのと違うって、思って。

 思うようにならない現実見たからって……。


 勝を入れようにも、気弱な方へと傾いていく心の向きは容易には変えられない。

 だが、そんな俺の思考なんざ知った事かと言わんばかりに、周囲が騒がしくなる。


「おい、あれ」

「めっちゃ可愛いじゃん」

「誰かの彼女?」

「鏡なんて見ちゃって、彼氏でも待ってるのかな」

「他所の生徒が、何であんな所にいるの?」


 校門付近に差し掛かった時、何故かいつもよりその周辺騒がしくなっている事に気が付いた。

 いつも待ち合わせや暇な連中が、待ちぼうけ喰らっていたりお喋りしているその場所には、ちょっとした人だかりができている。


「何だ?」


 近づきながら疑問に思ってよく見てみると、集まった生徒達が一人の少女に話しかけていた。

 携帯で写メってるやつすらいる。

 有名人でもいんの?


「ねぇ、どこの学校の子?」

「彼氏でも待ってるの」

「ひょとして、友達とか?」

「可愛いじゃん、これから一緒に遊ばねぇ」


 話の内容からすると美人さんらしい。

 心なしか、集まっている人間の割合は男が多そうに見えた。

 わざわざ足を向けるだけの美人がこんな所にでもいるのだろうかと、集団の中心にいる人物へと視線を向けていくと……。


「げっ」


 思わず、洩れた。

 今の俺の心情に最適な表現は、「げ」しかない。

 学生服を着た、どこかの学校からの下校中らしい少女。


 理沙。


 なんでアイツがここにいるんだ。

 驚きのあまり固まっていると、視線を感じたのか不満げなまま口をへの字にしていた理沙がこちらを見た。


 途端、眉根を釣り上げて、肩を怒らせる。

 口をへの字にしながら、カツカツという効果音がなりそうな様子で人垣を割ってこちらに突進。


 こちらへとやってきた。


「ちょっと、遅いじゃないの!」

「うわぁ、それはこっちのセリフだよ。ちょっとお前ちょっと!」


 理沙は怒り心頭といった様子で、俺の前に立つがそれはこちらの方も同じだった。


「何でお前出待ちしてんの!? 意味分かんねぇんだけど、どういう事だよ」

「どういう事って、用事ができたからに決まってるでしょ、理由もなくアンタの事待ってたわけじゃないの、勘違いしないでくれる。そういうの自意識過剰っていうのよ」

「ああ、くそ、本物だ。可愛くねぇ! とにかく、ここを離れるぞ」


 出会いがしらから、ケンカ腰になってしまう。眼の前にいるのは、紛れもない理沙だった。


 長時間持続する幻影などではない事がはっきりと分かった後の行動は限られる。

 とにかく俺達は格好の注目の的だっ。


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