第5話 イジワル



 電車で半時。


 待ち合わせ場所から移動してついたのは、都内にあるテーマパークだ。

 近くに住んでる人はほとんど来た事のあるだろう、知らない人を探す方が難しいというようなとこだ。


 俺自身も過去に何度も訪れたことのあるマイナーな場所だった。

 そんな園内に入って……。


「く、届かない」


 さっそく訪れた場所で里沙が背伸びをしていた。


「ぷっ」

「な、何笑ってんのよサイテー」


 なぜそんな事をやっているかと言うと……。

 デート場所の代名詞、遊園地を訪れた俺達だったが、里沙がマスコットのヌイグルミにもらった風船を飛ばしてしまったのだ。


 桃色のそれはふわふわと風に揺れながら、木の枝に引っかかっている。

 水菜と出かけているはずなのに、なんでこいつとばっかり俺話してんだろう。

 こいつ主役食ってない?


「お前って、ツンデレでプライド高いのにお子ちゃまなんだな」

「な、何よ。こんなところに来たんだから、風船の一つや二つくらい欲しくなるのが普通でしょ」

「俺達くらいの年齢になって、一回り小さいガキ共に混ざってぬいぐるみに玩具を催促する奴なんていねーよ」

「くぅぅぅ……」


 そこまで言うと、理沙は真っ赤になって俯き肩を震わせ始めた。

 少し言いすぎたか、


「理沙、私が」

「あー、いいよ」


 動こうとした水奈を制して、俺は木に登って風船をとってくる。

 理沙はそれを躊躇いながらも、やはり手に戻したかったのか、渋々不機嫌不本意そうに、そっとゆっくり受け取った。

 敵の情けは受けない。だが、それとこれとは別だし、いいよね。みたいな、そんな感じで。


「ほれ、今度は飛ばさないようにしっかりもってろよ」

「あ、あ、あり……」

「んー? 何か言ったか。さ、次行こうぜ」

「っぅ~~~っ!」


 風船を手にもごもごと何事かを喋るが、あえて聞こえないふりをして場所を移動していく。


 普段きつい事言われてる分、からかってやるのが面白くてたまらない。

 遊んでると、隣にいた水菜が、俺ビジョンで少しむっとした無表情になった。

 むっとした無表情ってのも、想像しづらい文で申し訳ないが、なんか無なのにむっとしてるように見えんだよ。


「理沙は遊園地連れてきてもらった事、無いって言ってたわ」

「え?」

「理沙は遊園地……」


 いや、聞き取れなかったわけじゃないよ。俺が聞き返したのはその内容の方。


「さっきのはちょっと信じられないの『え?』だから。来た事ないの? 遊園地だよ? あいつが? ここに?」

「そう」

「マジかよ!」


 開いた口がふさがらないとはこの事だ。

 北海道にも遊園地くらいあるだろうに。


 まさかの初テーマパークだったとは、だとしたらさっきは少し悪い事をしてしまったかもしれない。


 何でそんななんだ。

 今どきの子供って、外の出ず家のなかでゲームばっかりやってるみたいな話聞くけど、あいつもそうなの?


「私も、来た事ないわ」

「ええっ!?」


 なに?

 ひょっとして脱テーマパーク世代とかそんな?

 最近の若い子って、じゃあ外出ていったら何してんの?


「いやいや、意外性を追求したら、もしかして引きこもりとかそういう線もあったりなかったり?」


 混乱しつつも、いつ版無難な可能性に思い付き言葉に出すが、水菜は首を振る。


「違うわ。理沙は家庭の事情で、私は興味がなかったから」

「ええと、それ、俺聞いていい話?」

「聞いてほしかったから話してる」

「ですよね!」


 ちょっと気まずい。

 別になじっているような口調ではないのが余計に。


 察しが悪くてほんとごめんね。

 なんせ俺、ほら性格こんなだから。


「抗体組織で、ずっと最良のエージェントとしての価値を求められてきて、それに答える事が私のやるべき事だと思っていたから、それに答える事ぐらいしか興味がなかったから」


 なら、どうじて、水菜は今回こんな外出を提案したのだろう。

 不思議でたまらなかった。

 何が彼女の意識を変えたと言うのか。 


「でも、貴方のくれた言葉が嬉しかったから。だから、もう少しだけ違う場所へ踏み出そうと、最近は思うようになったわ」

「そ、そうか……」


 俺の言った言葉って、そんな大した事言った覚えはないんだけどな。


 だけど、俺の隣でほんの少しだけ表情を動かして、嬉しそうにする水菜に面と向かって、違うも言いきれず何というか……凄く反応に困った。


 そんな風に、青春みたいな思い出作ってると、しばらくの間放っておかれたらしい理沙が、不機嫌状態を継続させて会話に交ざって来る。


「水菜を照れさせるなんて、どんな変態発言してたのよ、野獣」

「はぁー……」


 俺は重いため息をついた。

 せっかくもうちょっと、日ごろの鬱憤は忘れて優しくしてやるかみたいな事考えてたのに。


 何お前、水菜の父ちゃんかなんかなの?

 お前は、ほんとそればっかだな。

 




 それで思わぬエピソードを聞いたり、理沙に不審がられたりをしながらも、一通り遊園地内を回って行って、乗り物を巡った後は、敷地内の店で昼飯を食べる事になった。


 開放的な野外にある、こじんまりとした白いテーブル席にそこらの露店で売っていた食べ物を並べて、味わう。


 今まで巡って来たコースとか、見て来たもの、乗って来たものを回想しながら、俺はさっそく感想の言葉を述べた。


「何つーか、思ったのと違くね?」

「違うの?」


 水奈の問いに頷く。

 まあ、まるっきり予想できなかったというわけではないのだが、あまりにも予想通りすぎるというか、もう少し予想外な事があってもいいはずなのだが。

 楽しんでる気配がよく分からんかった。


 水菜は、お化け屋敷に入っても、絶叫系の乗り物にのっても全然動じないし反応を大きく変えない。メリーゴーランドとかメルヘン系の乗り物はただ乗ってるだけって感じだし、ティーカップとかにのせると鍛えた腕力で凄いスピードで回してくれるが、回すだけだし。


 もう少し、泣き叫んで悲鳴を上げる理沙とか、無邪気にはじゃぐ理沙とか、目を回してぐたったりする理沙とか、そんな風にに反応してくれてもいいんじゃないかと思う。


 何だか、今日は理沙の性格に親しみとか可愛げを感じまくってる。

 おかしい。今日はそんな日じゃないよね!?

 俺と水菜のデートで、理沙はオマケじゃなかった?

 何存在感、主張しちゃってんの?


 ホントお前っているだけで周囲の存在食うな。

 文句を言ってやろうと思ったが、食べ物の乗った遊園地らしいカラフルなプレートを興味深そうに眺めている姿を見ると、そんな気も起きなくなる。


 何でこの人選なんだ。

 改めて思った。

 俺の負担大きすぎねぇか。

 すると淡々と食べ物を口に運んでいた方の美女が声をかけてくる。


「私といるのはつまらない?」

「そんな事ねぇよ。美女と言われて超天国だし、ウハウハハーレムって感じだ」


 だけど、そういう時に限って水菜は少しだけ不安そうにするんだよな。

 こんな事なら、見知ったところだからといって油断してないでもうちょっと調べてくれば良かった。


「きっと、場所が悪いだけだ。すべては場所のせいだな、うん。とっとと、次行こう次」


 幸いにもこのテーマパークは遊園地と動物園がセットになっているお得な場所だ。

 場所を変えれば何か違うこと起きるはず。


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