第6話 変化



 というわけで、気を取り直してグランドチェンジだ。

 とにかく場所を移そうと考えて、遊園地を後にして動物園に繰り出した。


 どこ行こうか適当に歩きながら考えてると、理沙が顔を寄せてきた。

 何でせう?


 俺は野獣なんで、そんな野獣に迂闊に近づいたら駄目なんじゃねーの。


「ねぇ、ちょっと。ちゃんと考えてるのよ?」

「何がだよ」


 つっけんどんに聞き返せば、足を軽く蹴られる。


「水菜を不安にさせるなんて駄目じゃない」

「お前はオカンか」


 オトンみたいだと思ったが、今度はオカンにジョブチェンジしたんか。

 こいつ、子供ができたら心配だとか言ってお使い出しても、隠れながらこっそり後ついていきそうだよな。


「せっかくこうやって外出する気になったんだから、もっと褒めて気分良くさせてあげないと、また外出てこなくなっちゃうじゃない。ちゃんと自身もたせてあげなきゃだめじゃないのよ。」

「お前はヒキニートの息子を持ったオカンか……って、その話」


 さっき当人から聞いた話なんだが。


「あの子は必要なこと以外しないから放っておくと訓練室と私室しか行き来しなくなるのよ」


 この二人って……。

 思わず天をあおいで、額を抑えた。


「仲良いなお前ら」


 焼けるくらいだよ。

 自分の事より、真っ先に仲間の事を心配しちゃうくらいだから、相当だ。


 そんな俺の反応に気づいていないらしい理沙は続きを離し続けている。


「あの子は自分にはエージェントとしての価値しかないって思ってる。毎日訓練ばっかりしてて、自分にはそうする事しかないって、思ってるみたいだから。私はそれを変えてあげたいの」

「……どうしてそんな考え方になったんだ。周りの奴は何も言わなかったのか」

「言ってたらこんな風にはならないわ」


 水菜に聞いた時とは違う情報を得られるかもと思って問えば、返答は非情な内容だった。


 ごもっともだな。

 誰かが手を差し伸べてくれていれば、今俺はこんな困ってたりしてないだろうし。


「上の連中は水奈の事を貴重な道具としか思ってない。そんな世界だけで生きてくなんて悲しすぎるじゃない」

「……確かにそうだ」


 視線の先。

 動物園の施設の一画で、檻の中に入っている動物達を見つめる。


 あいつらは、おそらく自由もなく外に出られず、一生同じ場所で生き続けるのだ。

 生まれた時から人生を決められて。そのまま。

 それをそいつらが、不幸だとかは分からない。


 俺が勝手に考えてる想像にしか過ぎないのかもしれないけど。

 外の世界を知ってる人間から見れば、考えずにはいられない事だよな。


 俺、回る場所……間違えたか?

 後悔してきた

 だけど。


「……可愛い」


 離れた所から、水奈の声が聞こえてきた。

 彼女はいつの間にか知らないが、後方で立ち止まってある檻を見ているようだった。

 ちょっと戻る。


 その視線の先を確かめれば、檻の中には生まれたばかりらしい赤ちゃんを抱いているコアラがいた。

 ゆっくりと動きながら、飼育員が置いていったらしい餌を食べようとしている。


 そして、その姿を見つめる水奈の表情にはかすかに微笑みが刻まれていた。


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