第2話 組織の頭
そんなこんなで蹴ったりけられたりしていると、訓練室に見慣れない人物がやってきた。
そいつは、他のエージェントとは明らかに雰囲気の違う人間だ。
いけすかない金髪の若い男で、見ているだけで息苦しくなりそうな堅苦しいスーツを着ている。
胸に付けてるのはあれか、勲章ってやつだろうか。
そんなん歴史の人物とかテレビでしか見たことねぇよ。
神経質そうな雰囲気を纏った、良く言えばクールすな、悪く言えば冷酷そうな表情をした人物はこっちまでやってきて、水奈に話しかけた。
「どこで油を売っているかと思えば、こんなところにいたのか」
その口調は、話慣れたものだが、かなり相手を下に見たものだった。
「
話しかけられた水菜もなれた様に応答するが、二人の間にある雰囲気はどこか他人行儀で寒々しい。
「データを取る時間だ。忘れていたというのなら、誰がお前の面倒を見ていると思っている。お前はこの組織に世話になっている実だろう。今回の遅刻はとんだ失態だな。ここから放り出されたくなかったら、二度と同じ過ちはするな」
未踏鳥、組織長。
組織のトップが来た事にまず驚き、次いでその口の悪さに驚いた。
おめでとう。
長く持たない方だと自認していた堪忍袋の緒が最速で切れた。新記録達成だ。
「おい、てめぇ、何だよその言い方」
胸の内の苛立ちを抑えることなく、そのまま言葉にして相手へとぶつけるが、向こうは眼中にもないと言った様子で去ろうとする。
無視か。
そうはさせじと、俺は素早くその人物の前へと回り込んだ。
理沙と水菜が何かを言いかけたが、光の速さでいどうしてやったぜ。
真正面から進路をふさがれる状態になったその男は、表情を不機嫌そうにする。
「一般人が何の用だ」
「一般人じゃねぇ、エージェントだ」
「見習い風情が、口の利き方に気を付けろ。私はこの組織でどんな地位にいるのか知らないのか」
おい見習いって、一般人じゃねぇって知ってんじゃねぇじゃねぇか
低い声で言葉をかけられ、内心ビビらなかったと言えば嘘になるが、それでも引けなかった。
何も悪い事をやっていない相手が虐げられるのを、ただ黙って見過ごすようなそんな野郎にはなりたくないのだ。
「お前が誰かとか、どんだけ偉いとか知るかよそんなん。俺が仲間を大事に思う気持ちにそんなもん関係ねぇし、関係させてなんてやるかよ。水奈に謝れ」
「研究道具に命令こそすれ謝罪するなど、馬鹿か貴様は」
「な……っ」
罵られた事よりも、水奈についての言葉が許せなかった。
未踏鳥は視線を動かす。
こちらを見つめるその目に、感情の色は伺えない。
まるで、物でも見ている様だった。
そうだ、眼の前のこいつは水菜を人ではなく、物だとしか見ていないのだろう。
意思が通った一人のれっきとした人間だとは見ていないのだ。
「誰が道具なんだよ。撤回しろ。あいつは道具なんかじゃねぇ。
「言葉を借りるようだが、お前の考えは私には関係ない。その偽善も、思いやりも、私には関係ない」
「何だと、テメェ」
一歩踏み出す。
どうしても目の前の人間を一発殴ってやらねば気が済まなかったからだ。
だが、相手はその場から一歩下がって、冷徹と形容して良い様な氷の様な笑みを浮かべた。
「……私に挑むか。良いだろう、その減らず口、聞けないようにしてやる」
一触即発の空気が辺りに満ちる中、間に割って入るのは状況を傍観していた理沙と水菜だ。
「ちょ、ちょっと、牙! あんた何やってんのよ」
「組織長」
俺を押しとどめようとする理沙とは逆に、こっちに背を向ける様に割り込んだ水奈は未踏鳥へと頭を下げた。
「どうか彼を許してください。データ収集にはすぐに行きます」
「やめろ、そんな奴に頭を下げる必要なんてないだろっ」
我ながら頭に血が上りすぎていると言う事も理解していた。
水菜に頭を下げさせてしまった自分のふがいなさも。
だが、だからこそその時の怒りは、今までのものとは比べ物にならないほどのものだった。
のちに我慢ができなくなるくらいに。
そんな俺を見る事もなく、水菜は相手へと淡々と言葉をかけていった。
「貴方は、こんな些事にかかり患っている日まではないはずです」
「……すっかりそこの青臭いガキに感化されて、生き汚くなっているかと思えば、最低限の恩は忘れていないようだな。良いだろう。今回の事は特別に不問にしてやる」
「ありがとうございます」
会話は切られ、それで終わりだった。
「おい、待てよっ」
引き留めようと叫ぶが、未踏鳥は振り返らない。
今度こそ男は部屋の外へと出ていってしまった。
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