第3話 誕生秘話・Ⅱ「別れ…そして出会い」

 一発の銃声が山中に轟いた。謙蔵が仰向けに倒れていった。

泰治郎「謙蔵―ッ!」

悪 鬼「もたもたするな!」

 泰治郎が振り向くと、謙蔵を撃った悪鬼の銃口が泰治郎に向けられた。泰治郎はギョッとした。

悪 鬼「やつらを逃がしたら、次はおまえがこうなる」

 悪鬼は謙蔵の前に銃を投げた。

悪 鬼「トドメを刺せ! おまえが選んだ運命だ。おまえの手でけじめをつけろ」

 そう言うと悪鬼の姿は消えた。泰治郎は謙蔵に走り寄って抱き起こした。

泰治郎「謙蔵!」

謙 蔵「アンチャ…オレだば…寂れでも…この町が好ぎだ…」

泰治郎「謙蔵!」

謙 蔵「オレの命…アンチャにやるよ…おめの子供のためだ…」

 謙蔵は自ら舌を噛み切った。

泰治郎「謙蔵、謙蔵ーッ!」

 謙蔵は哀しげに泰治郎を見つめたまま絶命した。

泰治郎「謙蔵…なしてだ…なして、こんちくたら町ば好ぎだ! この村の連中は…このままだば村がもうどうにもならねっていうのが分がらねったもの! 一回、めちゃくちゃにならねば分がらねったもの! 頭の堅いバカどもど、もうすぐ寝たきりになる腰曲がった年寄りで、どうやって村ば起ごひるえった! 教ぇでけれ、謙蔵! こんちくたら村…ぶっ潰して目え覚ましてやる! うろちょろ邪魔な奴らは皆殺しだ! 逃げた二人…あいつらだって生かしておげね…追えーッ!」

 特殊部隊員のシカリとアキラ追跡が再開した。


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 シカリとアキラは、雑草の絡む山中を滝の方向に逃走していた。

シカリ「もうすぐ滝だんて!」

 クマゲラが飛んで来た。

シカリ「助かった! クマゲラだ! 道っこ教えでける! 後付いてげばええった!」

 クマゲラの誘導のままに、二人黙々と山中を進んだ。

シカリが止まった。

アキラ「どうがしたしか、シカリ?」

シカリ「聞こえるが…」

 アキラはシカリに倣って叢で耳を澄ました。

シカリ「滝だべ…助かった!」

 二人は滝の落下口に出た。

シカリ「こごまで来こえば何とがなる!」

 その時…特徴的な鈍い音がシカリの言葉を遮った。

シカリ「何だ、今の音は…」

アキラ「シカリ!」

 シカリの右頬に一本の鋭いかすり傷が走っていた。

アキラ「近ぐにもう敵が!」

シカリ「随分、シツコえったな。あじましぐねもんだ。アキラ、こごから飛び降りれ!」

アキラ「こごがら? シカリは!」

シカリ「兎に角、先に飛び降りれ!」

 数撃の鈍い音が木や岩肌を射抜いた。

シカリ「タツがやられだ武器ど同じやぢだ! 当たれば殺さえるど、アキラ! 今すぐこっから飛び降りれ!」

 さらに連続して射抜いてきた。

シカリ「急げでば!」

 シカリはアキラを強引に滝の上に連れ出した。攻撃が激しくなる。シカリは滝の上でアキラを庇って立ち塞がり、銃弾を浴びながらアキラを滝に突き落とした。アキラは滝しぶきに叩き付けられながら落下していった。


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 水量豊富な安の滝全景が現れる。


N「安の滝…奥阿仁8キロに渡る中ノ又渓谷の上流に位置する落差90メートルの二段滝である。大仏にも見える険しい大岩を秀麗なすだれ状に流れ落ちる滝は、観光で訪れる人々の心を洗う。江戸・享保にこの地の金山でおこったという悲恋伝説…見崎小町と呼ばれた17歳の安と、腕のいい金堀の久太郎の悲しい恋の物語が今に伝えられている」


 滝つぼから瀕死の態でアキラが浮かび上がってきた。

アキラ「シカリ…」

 アキラはそのまま気を失い、下流に流されていった。


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 クマゲラの羽音でアキラは気が付いた。忍び寄る気配にとっさに起き上がり、山に潜んだ。ゾクギ団戦闘員たちが滝つぼ周辺に駆け寄ってきた。次の瞬間、戦闘員たちは青ざめた。巨大な熊が仁王立ちになっている。アキラは草叢に潜んでその様子を伺っていた。

アキラ「ありがどよ、久太郎」

 その隙にアキラは山に消えた。


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 アキラは数日間、追っ手を巻きながら山を彷徨っていた。非常食も尽き、さらに水だけで何日間か彷徨った。やっとのことで闇に紛れ、山を下り、自宅の裏に現れた。

アキラ「・・・!」

 村のあちこちに潜み、家の前でも網を張っている戦闘員の警戒を潜り抜けて、アキラは自宅に入った。


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 屋内は人の気配を消して、闇と静寂に縛られていた。

アキラ「(声を押し殺して)百合! 百合!」

 天井裏からささやかな灯りが点滅した。

百 合「こご…」

アキラ「百合だが! 大丈夫だったが!」

百 合「外に何人も変なのが隠れでるんて…」

アキラ「んだな…愛は寝でるが?」

百 合「起ぎでるども、この子だばなんも騒がね。たいしたもんだ」

アキラ「下りで来い、逃げるべし!」

百 合「大丈夫だべが…」

アキラ「(飼い犬の)ジョンどシロに囮になってもらうんて」

 赤子の愛をおぶった百合が、天井裏から下りて来た。

百 合「何があったえたが?」

アキラ「おめごぞ、よぐやぢらの危険ば見抜いだな」

百 合「ジョンどシロが普通でねがたもの…あの人だぢ、何?」

アキラ「話は後で…殺さえる前に早ぐ逃げるべし! ジョン! シロ! 神社さ走れ!」

 土間から勢い飛び出した飼い犬の秋田犬・ジョンとシロが、囮になって飛び出した。物陰からそれを確認したアキラと百合は、犬達とは反対の闇の農道を走った。

アキラ「よし、今だ! 百合、こっちだ!」

 国道105号に出ると、鬼ノ子村駅に内陸線の上り始発が近付いてきた。

アキラ「あれさ乗るべし!」

百 合「大丈夫だべが!」

アキラ「一か八かだべ!」

 警戒しながら車両に近付き、敵の戦闘員がいない事を確認して乗り込んだ。


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 内陸線車内にはたったひとりの乗客・根岸が四人掛けの席にだらしなく座って爆睡していた。電車を発車させた運転士がゆっくりとアキラたちに振り向いた。

運転士「逃げらえねべ、アキラ…」

アキラ「おまえ、稔!」

百 合「同級生の?」

アキラ「んだ!」

運転士「窓がら見えねように伏せで!」

 アキラたちは客席に伏せた。

運転士「何あったが知らねども、前の駅にも国道沿いにも、黒いのがウロウロしてだど」

アキラ「命を狙われで…」

運転士「命…この村も何だが恐ろしい事が始まって来たみでだな」

アキラ「仲間が山で皆殺しに遭った…」

運転士・百合「なして!」

アキラ「分がらね!」

運転士「隣の駅にも黒いのが居るがもしれねな」

百 合「稔さん、何とがなねしべが!」

運転士「任ひでけれ!」


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 稔の運転する内陸線が走る。

 「各駅」の表示板が回転して「急行」に変った。停車するはずの岩野目・笑内・萱草・荒瀬を通過した。各ホームを警戒していた黒い悪鬼の戦闘員らが通過電車を不審に見送った。


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 荒瀬駅ホームで行商の荷物を背負って待つ老婆が、通過する電車を見送った。

戦闘員C「何故停まらない…」

老 婆「急行だものな。急行だばこの駅、停まらねものな」

戦闘員C「ばあさんはこの次の電車に乗るのか?」

老 婆「なーんも、今の電車っこだども、今日は停まらねがったものな。急行だんて仕方ねどもな」

戦闘員C「今の電車、いつもは停まるのか!」

老 婆「んだしな」

戦闘員C「急行だと次は何駅に止まる?」

老 婆「阿仁合だしな」

戦闘員C「電車が怪しい! 次は阿仁合に停まる! くそ、車だ!」

 ゾクギ団戦闘員らが乗り込んだ護送ワゴンが、鬼ノ子村駅を急発進した。


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 稔の運転する内陸線が走る。

 阿仁合駅に電車が入ってきた。戦闘員らが車内になだれ込んだ。戦闘員が稔を問い詰めた。

戦闘員B「おまえひとりか!」

運転士「今日はお客さんひとりだしども…」

戦闘員C「どこにいる!」

運転士「後ろの4人掛けの席で熟睡なさってるみでだども…」

 根岸が戦闘員に叩き起こされた。

戦闘員C「起きろ!」

根 岸「もう着きましたか?」

戦闘員C「こいつじゃねえ」

根 岸「あっ、阿仁合だ! 伝承館はここだ! あぶねー…寝過すとこだった」

 根岸は戦闘員たちにお礼を言って改札に向かって飛び出していった。

戦闘員B「この電車は各駅のはずじゃねえのか!」

運転士「ああ、次の臨時便が増便されたんで、鬼ノ子駅からは急行だしが…何が?」


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 アキラと百合は、阿仁合駅手前の線路から逸れていた。

アキラ「西根さんどごで車借りるべし!」

 国道に出たアキラの頬を銃弾がかすめた。

百 合「あんた!」

アキラ「百合! とにかく山さ逃げれ! オレが引き付けておぐんて早ぐ逃げれ!」

百 合「あんたは!」

アキラ「後で小沢鉱山跡で落ち合うべし!」

百 合「分がった!」

 愛をおぶった百合は、国道から逸れ、山に消えて行った。アキラはゾクギ団の囮になって銃撃をかわしながら、百合と反対方向に誘って逃走した。


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 アキラの視野に西根オート商会の看板が見えてきた。アキラは人気のない作業場の中に入っていった。

アキラ「…西根さん…居るしか…」

 修理中の車の下から足が出ている。

アキラ「西根さん、どれでもえんて車貸してもらえるべが! …西根さん?」

 台車に乗った西根の両足を引き摺りだすと、西根は息絶えていた。

アキラ「・・・!」

 間髪入れずにアキラを追うゾクギ団が近付いて来る。


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 寂れた境内の御堂の戸が半開きになっている。アキラを追って来た数名の戦闘員が、御堂を囲んだ。仲間の合図で、戦闘員Aが半開きの戸から御堂に入ったが、間もなく出て来た。

戦闘員B「いないのか…どこへ逃げた…」

 境内の周囲に潜んでいた他の戦闘員らも出て来た。突然、戦闘員Aが倒れた。

戦闘員B「どうした!」

 倒れたはずの戦闘員Aが、素早い動きで腰のナガサを捌き、戦闘員全員をあっという間に片付けてマスクを取った。アキラだった。アキラはすぐに廃坑の小沢鉱山跡に走った。


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 小沢鉱山跡には、既に別働隊の戦闘員らが駈け付けていた。別働隊は、戦闘員Cの指示で三方から山林に入って行った。


 山林の中。

 足の速い百合が山の傾斜をものともせず、駆け上がって行った。草の濃い林に出た百合は、急いで足元の草を結び始めた。

百 合「愛ちゃん、いい子だね。このまま泣がねでえでけれな!」

 百合は手際よく草の輪をいくつも結んでいった。追っ手の気配に気付き、百合は背中の愛を抱き抱えて走りだした。

 戦闘員Cの照準が走る百合に搾られていた。百合は一発目の銃声で倒れた。

戦闘員C「とどめだ! 急げ!」

 戦闘員らが近付いて来る。百合は愛を片手に抱いたまま、必死に這って進んだ。追っ手の戦闘員らが草に足を絡めて次々に倒れていった。這っていた百合が、突然、穴に落ちて消えた。戦闘員らは百合を見失った。


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 山林が押し寄せる鬼ノ子村診療所の裏で、看護師の吉田絹子がタオルやシーツを干していた。その背後の草むらでガサガサと音がするので振り向くと…

吉 田「ギャ~~~~ッ!」

 絹子は腰を抜かしてしゃがみこんだ。愛を抱えた百合が、血まみれで這って来ていた。

吉 田「許してけんひ、許してけんひ! 私は悪い事だば何もしてねんて! 許してけんひでば~…」

百 合「助けて…下…さい…」

吉 田「ギャ~~~~ッ! ナンミョウホウレン、ナミアミアミダブ~!」

 百合は、しゃがみこんでいる吉田の足元に手を差し出して、倒れ込んだ。

吉 田「ギャ~~~~~~~~ッ!」

 吉田のただならぬ悲鳴に、森川医師が駆け込んで来た。

森 川「どうしたんだ、吉田さん!」

 森川を見て吉田はもう一回驚いた。

吉 田「ギャ~~~~~~~~ッ!」

森 川「私だべ!」

吉 田「出だ、出だ、出だもんだ…まんじは、祟って出だもの!」

百 合「助けて…」

吉 田「ギャ~~~~~~~~ッ!」

 百合は半ば気を失っていた。

森 川「これは大変だ! 吉田さん、急患!」

吉 田「はい!」

 吉田は、“急患”の言葉に条件反射でしゃきっと立ち上がり、テキパキと作業を始めた。


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 瀕死の百合が、鬼ノ子村診療所・処置室で赤子を抱いたまま離さずに、森川の手当てを受けていた。

百 合「先生、私達は誰かに命を狙われています。どうか、この子と私は…二人とも死んだ事にして…この子をアキラに…」

森 川「アキラさん? アキラさんというのは、この子のお父さんですね!」

百 合「はい…」

森 川「この子の名前は?」

 もう声も出せない百合の唇が “ア・イ” と動いた。

森 川「ア…イ…あいちゃんて言うんですね!」

 百合は微かに頷いた。さらに唇が “イ・ト・シ・イ” と動いた。

森 川「イ…ト…シ…イ…いとしい…愛しいという字なんですね!」

 百合は抱きしめている愛に力なく頬ずりをした。そして僅かに唇が動いた。

百 合「(モノローグ)あんだ…私…死んでも、あんだど愛ば…守るがら…」

森 川「何だしか、奥さん! 何てしゃべったんだしか!」

 百合は静かに息を引取った。森川は、あどけない赤子の愛を見つめながら、震える声で看護師の吉田絹子を呼んだ。

森 川「吉田さん!」

吉 田「はい、先生…」

 物凄い表情の吉田が、涙を堪えて真後ろに立っていた。森川は驚いて涙が引いた。

森 川「…いつから居たんだ!」

吉 田「ずっと居ました…陰が薄くてすみません」

森 川「あのね、すぐに…」

吉 田「病院、臨時休診にしました」

森 川「いつ?」

吉 田「たった今です」

森 川「…あ、そう…手回しがいいね。それじゃ…」

吉 田「これ、死亡診断の書類です」

森 川「…あ、これこれ…そしたら…」

吉 田「火葬技師の平川さんには連絡しておきました…すぐに来てけるって…」

森 川「…あ、そうなんだ…そりゃ良かった」

吉 田「痛ましな~…」

 吉田は堪え切れずに泣き崩れた。


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N「六年の歳月が流れた」


 森川医師は小学生になる愛を連れて、鬼ノ子山の頂上に向かって登っていた。

森 川「大丈夫が、愛? 少し休むが? 無理するな」

愛  「大丈夫! お父さんこそバテたんじゃないの!」

森 川「お父さんは大丈夫に決まってるべ…」

 森川は実際のところ、愛よりバテていた。


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 陽昇を連れたアキラは山菜取りを終えて、いつものように鬼ノ子山の御堂にお参りしようとして、その歩を止めた。お堂の前では、登頂した森川父子が巨大な熊に出くわしているところだった。

アキラ「…陽昇…こごさ居ろ」

 陽昇は静かに頷いた。アキラは、森川父子と睨み合っている熊の前にゆっくりと現れた

アキラ「…二人とも、そのまま、動ぐなよ…」

 アキラは熊を見据えながら、ゆっくり森川父子の前に出て熊と対峙した。

アキラ「まだ会いに来てけだが、久太郎…この人だぢはオレの友だぢだ…仲良ぐしてけれな」

 じっとアキラを見ていた熊は、おとなしく山に戻っていった。

アキラ「怪我はねしか?」

森 川「はい、助かりました。私は森川と申します。阿仁合の医者です。危ないところをありがとうございました。これは娘の愛です」

アキラ「なもなも、怪我ねばよがったな。娘さんも泣がねで偉がったしな。大したもんだ、ははは…陽昇、出で来い!」

 陽昇がもじもじと現れた。

森 川「息子さんですか? 何才ですか?」

陽 昇「・・・」

アキラ「こごでは滅多に人さ会わねもんで…」

森 川「え?」

アキラ「親しい知り合いといえば、さっきの熊の久太郎ぐらいのもので…」

森 川「久太郎?」

アキラ「この一帯をなわばりにしている熊です。やづのねぐらは打当うっとうの奥の安の滝周辺で、昔、命ば救われだごともあるやづなんで」

森 川「あの熊に?」

アキラ「久太郎は命の恩人です」

森 川「あ…そうでしたか…お知り合いでしたか…」

アキラ「ははは、まあ、大事なお知り合いだしな」

陽 昇「八つ…」

森 川「え?」

陽 昇「ぼく…八つです」

森 川「ああ、さっきの私の質問に答えてくれたんですね! そうですか、じゃ小学2年生ですね。うちの愛より一つ下です」

アキラ「小学校には行ってねし…」

森 川「え?」

アキラ「こごで私らに会った事は…どうが内密にしてでもらいたい」

森 川「何かご事情がおありのようですね…」

アキラ「・・・」

森 川「子供さんの事で何かお困りの事でもあるのでは…」


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 アキラの回想。

 アキラは鬼ノ子山御堂で両腕に抱いた男児を見つめていた。折りしも東の空が熱く焼け、陽が昇るところだった。

アキラ「おめは今がら陽昇だ。あの太陽が昇るみでに強い子になるべな!」

 アキラは赤子を高く太陽にかざした。

アキラ「おめは陽昇だ!」

 朝陽が燦燦と陽昇を照らした。

アキラ「(モノローグ) 百合…どうしてる…」


N「男の子は太陽が昇る子…陽昇ひたちと名付けられた。鬼ノ子山の御堂が陽昇の校舎であり、アキラが全ての先生となってすくすくと育っていった。


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 元の鬼ノ子山御堂。

 四人は焚き火を囲んでいた。

森 川「そういう事でしたか…この町も随分と行方不明者が出ています。もしかしたらその事と何か関係があるかもしれませんね」

アキラ「今のところはこの山はまだ安全だしども、いづまでもというわげにも…」

森 川「松橋さん、さっきから聞こうかどうしようか迷っていたんですが…」

アキラ「何だしか? 何でも聞いでくなんひ」

森 川「そうですか…では、お話します。もしやあなたの奥様は百合さんと仰る方じゃありませんか?」

アキラ「え! …なしてそれを!」

森 川「松橋さんはアキラさんとおっしゃいますよね」

アキラ「そうですが…」

森 川「そうでしたか…ご縁とは不思議なもんですね、松橋さん。どうやら、私にもあなたに話さなければならない事があるようです」

アキラ「話さねばならね事? …何だしか?」

森 川「実は…愛は白血病なんです」

アキラ「・・・」

森 川「この子がどうしても元気なうちにこの山に登りたいというもので…」


N「愛は森川医師の養女だった。かつて愛の母はゾクギ団の戦闘員に襲われ、瀕死の重傷で鬼ノ子村診療所に辿り着いた。その腕にはしっかりと赤子の愛が守られていた」


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 森川医師の回想。

 阿仁合病院処置室で、瀕死の百合が赤子を抱いたまま離さずに、森川の手当てを受けている。

百 合「先生、私達は誰かに命を狙われています。どうか、この子と私は…二人とも死んだ事にして…この子をアキラに…」

 抱きしめている愛に頬ずりしようとしながら、百合は静かに息を引取った。百合の腕に包まれたあどけない赤子の愛が哀しかった。


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 元の鬼ノ子山御堂。

 焚き火に染まる愛の顔を、アキラは愛しく見つめていた。実の娘に会えた喜びと、妻の死を知ったショックが交錯して心が曇った。

森 川「奥様の事はお察しします…」

アキラ「先生、百合の事…ありがとうございました」

森 川「お力になれませんで…設備が整ってさえいれば、或いはと…」

アキラ「ご自分を責めないで下さい、先生」

森 川「愛…この人は…」

愛  「愛の本当のお父さんなのね」

森 川「…そうだよ…良かったね」

愛  「この山に登りたかった理由が分かって良かった」

 陽昇がそっと立ち上がって、アキラの背中に寄り添った。

アキラ「先生…」

森 川「はい」

アキラ「これからも油断は出来ません。この子たちを守らねば…」

森 川「そうですね!」

 焚き火が優しく燃える。

森 川「当時、私は…許されないことですが、愛の死亡届けを出し、火葬技師の平川さんという方の協力を得て完全偽装をしました」

アキラ「そうでしたか…先生を巻き込んでしまって申し訳ねごどを…」

森 川「いえ、松橋さん、これはあなたや私らだけの問題ではありません。この村全体が大変な事になっているんです!」

 愛が静かに気を失った。真っ先に気付いた陽昇が叫んだ。

陽 昇「愛ちゃん!」

森 川「松橋さん! あなたが愛の実の父親である事が分かった以上、のぞみがあります! 愛の命は助かるかもしれません」

アキラ「…助けでやって下さい…なんとが…助けで下さい、先生!」

森 川「こちらこそお願いします、松橋さん! とにかくすぐに山を降りましょう! 下に救急車を手配します!」

アキラ「待って下さい! それはダメです!」

森 川「しかし、急いで病院に運ばないと!」

アキラ「ここはもうゾクギ団の警戒域になってるがもしれません。少しでも仰々しい動きをすれば敵に何かを勘付かれます。そしたら元も子もねし」

森 川「じゃ、どうしたら…」

アキラ「陽昇!」

陽 昇「はい!」

アキラ「先に降りで稔おじさんさ連絡しろ!」

 陽昇は俊敏に山を降りて行った。

森 川「この暗闇なのに明かりがなくて大丈夫なんですか!」

アキラ「あいつなら目を瞑っても大丈夫。じゃ、先生、おれだぢも!」

森 川「はい!」

 アキラが焚き火を消すと全てが闇に包まれた。森川はヘルメットのライトを点灯し、愛を抱かかえるが、山の急峻な降り口に体がすくんだ。

アキラ「先生、わだしに背負わせでください!」

森 川「そうですね、お願いします!」

 早いペースで降りるアキラの後を、森川は必死で追った。


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 鬼ノ子山の登山口に辿り着いたアキラたちが、暗闇から警戒して現われた。その後方に森川のヘルメットのライトがちらついた。

アキラ「(声を殺し)先生、ライトを消してください!」

 森川はライトを消し、ふらふらでアキラに追い付いた。

アキラ「先生、大丈夫のようです、急ぎましょう!」

 アキラは、内陸線・鬼ノ子村駅に向かって走り出した。森川は再び必死になって追った。


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 駅舎の前で待っていた陽昇がアキラに駆け寄った。

陽 昇「稔おじさんが待ってる」

アキラ「よくやった、陽昇!」

 アキラたちは電車に乗り込んだ。アキラは運転席の稔と目が合った。

アキラ「済まん」

稔  「この駅がら運転代わってもらった。したら出るど!」

アキラ「頼む!」

稔  「臨時急行発車!」

 二人だけの乗客が若干どよめいた。

乗客1「あれ?」

乗客2「どした?」

乗客1「この電車、急行だっけが?」

乗客2「運転手が急行ってしゃべってるがら急行だべ」

乗客1「したども途中で降りる人は困るべ」

乗客2「おめ、どごまでだ?」

乗客1「阿仁合」

乗客2「おれも阿仁合だ。乗客はおれだぢばりだんて別にえんでねが?」

乗客1「あ、んだな」

 内陸線が萱草鉄橋を猛スピードで通過した。


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 アキラは診療所で森川医師から検査結果を聞いていた。

森 川「愛ちゃんは助かります! 松橋さんのHLAが適合しました」

 看護師の吉田絹子が駆け込んで来た。

吉 田「先生、愛ちゃんが意識を取り戻しました!」


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 薄暗い廊下の物陰で、看護師の畠山弥生が注射器を隠し持って立っていた。


N「看護師・畠山弥生…この女は一体何者なのか…愛はやっと出会えた実の父・アキラから命の炎を受け継ぐことができるのか…」




( 第4話 誕生秘話 ・Ⅲ「御守りのマーク」 につづく )

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