第2話 アニアイザー誕生秘話・Ⅰ「目撃」

N「奥羽山脈・森吉山の開発に乗り出した桜庭土建の一行。桜庭土建社長の桜庭泰治郎はマタギの弟・謙蔵の案内で山に入っていた」


謙 蔵「アンチャ(兄さん)、こごだば開発さねほうがええど思うばってな」

泰治郎「なんも、調べに来ただげだ」

謙 蔵「んだばえんども…この辺りは昔、森吉の守護神さまが悪鬼を封印した場所だたえに、絶対に手を入れでは駄目なんだ」

泰治郎「おめだば、わらし(童)のじぎがらの心配性が、なんも治ってねな」

謙 蔵「アンチャはわらし生まれだばりだし、バジ(罰)当だりなごどだばさえねべ」

泰治郎「わらし生まれだんて余計稼がねばならねべ。カッチャ(妻)に酒っこ減らされでも困るしな」

 泰治郎が笑った弾みに何かに躓いて転んだかと思うと、悲痛な呻き声をあげた。

社 員「社長!」

謙 蔵「どした、アンチャ?」

泰治郎「うう…目ば…目ば突いだ…」

 右目を抑えて苦しみもがく泰治郎の手の隙間から血が漏れ出した。

謙 蔵「アンチャ!」

泰治郎「足が…足がからんで取れね!」

 泰治郎の足が縄のようなものに絡んでいる。必死に外そうとするが解けないまま、泰治郎は少しづつ縄に引き摺られて行った。

謙 蔵「…注連縄? ま、まさがこんな山奥にそんなものが!」

 必死に縄を切ろうとする測量の社員たちに、謙蔵が叫んだ。

謙 蔵「駄目だ! それ切ったら駄目だ!」

 謙蔵の叫びが届かず、社員たちの手で縄が切られ、泰治郎は助け出された。

社 員「しゃ、社長…目は?」

 泰治郎の目は元どおりになっている。

泰治郎「ど、どういう事だ?」

謙 蔵「アンチャ…胸騒ぎする。すぐに山下りるべ!」

泰治郎「なして? も少しで現場さ着ぐべ。調べるだげだんて、なんも心配ねってば」

謙 蔵「おれだばこれ以上協力でぎね。帰ろう、アンチャ!」

泰治郎「謙蔵、こごまで来ていい加減にしねが!」

謙 蔵「んだば、おれ帰るんてな」

 謙蔵は泰治郎が山を下りてくれることを願いつつ、帰途に就いた。

泰治郎「まったぐ勝手なヤロウだな。さ、したらオレだぢだげで先さ行くべし! こごっからだば謙蔵居ねくても大丈夫だ」

 一行は泰治郎に続いた。しばらく歩いてから異変に気付いた。

泰治郎「おがしいな…こご、確かさっきも通らねがったが?」

 誰の反応もないので、泰治郎はふと後ろを振り返ると、社員たちが独り残らず消えていた。

泰治郎「あれ? …おーいっ!」

 泰治郎が何度叫んでも返事がない。突然、また泰治郎の足に縄が絡まり、強力な力で山中を引き摺り回され、苔生した石の前で止まった。

声  「解け…」

 誰かの声に、辺りをキョロキョロするが誰もいない。

声  「おまえの前にある石の封印を解け…」

 声のままに見ると、すぐ目前の藪の中に、石に腐って張り付いた注連縄が、今にも千切れそうに垂れていた。

声  「早く解け!」

 泰治郎の右目に激痛が走り、再び血まみれに変化していった。泰治郎は痛みに呻いて目を押さえながら、慌ててその縄を解くと、閃光が走り、地鳴りが轟いた。


N「奥羽山脈・森吉の山に封印されていた悪鬼の目が覚めた」


悪 鬼「おまえに永遠の富を与える。北秋田市一体の開発をおまえに独占させてやる。オレに従え!」

桜 庭「・・・」

悪 鬼「オレに従え!」

桜 庭「は、はい!」

 桜庭は激痛に耐えかねて返事をするしかなかった。


×     ×     ×    ×    ×    ×    ×


 森吉の山に工事車両が続々と入って行った。物凄い勢いで樹木が切り倒されて行く。次々に積まれて行く札束を前に桜庭は高笑いした。


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 森吉山頂。

 御堂の中に祀られている御神体が輝く。

声  「このままでは、いつか山が死ぬ…」

 森吉の守護神である大権現が姿を現した。

大権現「封印が解かれた…悪鬼を再び封印するための戦士を探さねばならぬ」


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N「大権現は、ある男を戦士に選んだ。男の名は松橋 アキラ。マタギのアキラを略して、通称・マタギラーと呼ばれ、昔から地元でも一目置かれていた男だ。マタギラーは世俗を捨て、鬼ノ子山を棲家に猟をしながら暮らしていた」


 日の出の鬼ノ子山・山頂。

 アキラは猟を終え、いつものように参拝して帰ろうと立ち寄った御堂の前で、蹲っている母子連れに出くわした。

アキラ「誰だ!」

女  「お願いです…」

 赤子を抱いて命からがら鬼ノ子山に登って来た八重が、山頂の御堂に辿り着いて倒れた。そこに、猟を終えたアキラが、いつもの参拝のためにお堂に寄って、うずくまっている八重を発見したのだ。

八 重「この土地が大変な事になります。自然破壊を許してはなりません。森吉山に悪魔が支配する恐ろしい基地が建設されています。夫は魂を売ってしまいました」

アキラ「夫?」

八 重「私は桜庭建設を経営する桜庭泰治郎の妻です」

アキラ「あんた、泰治郎さんの…そうだったしか…」

八 重「このままではこの子の未来も…」

 八重の視線が定まらなくなった。

アキラ「あの基地を見でしまった事で、私の仲間も全員殺されました。私も命を狙われて家族とも離れ離れです」

八 重「…許して下さい…ごめんなさい…」

アキラ「あんだのせいでだばねえがら…それより病院さ…」

八 重「どうか、この子を…」

 八重の最期の言葉は声にならなかった。八重はマタギラーに赤子の男児を託し、そのままアキラの腕で息絶えてしまった。固く握られた八重の手が開き、赤子の出生の鍵となる御守りが現われた。アキラは、御守りのマークに見入った。

アキラ「…これは」


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 一年前…

 森吉山中に八重が握っている御守りと同じマークの旗がたなびいている。


N「森吉山に狩りに出たアキラたちマタギの一行6人は、一定期間のみ許されたマタギ猟で、偶然得体の知れない巨大な建設基地を発見した。一行が沢に入って間もなく…」

シカリ「待て! 妙な音するな…タツ!」


N「タツとはマタギのおさであるシカリの腹心的役割の『ムカイマッテ』を担っている辰三という男だ。マタギ猟は、シカリと、全体に合図を送るムカイマッテと熊を尾根方向に追い詰める『セコ』と、追い詰めた先で待ち伏せて鉄砲でトドメを刺す『ブッパ』と呼ばれる撃ち手で構成されている」


 尾根の反対斜面を覗いた辰三から、ただならぬ合図が返って来た。一隊は音を立てないように辰三の覗く場所に辿り着いた。旗がたなびいている。

辰 三「なんだべ、あれ…」

シカリ「随分大きた建物だな…」

和 夫「まるで何がの要塞みでだな…」

シカリ「んでね、要塞そのものだべしゃ…誰が…なんして…」

 突然、辰三が仰け反って倒れた。

シカリ「どうした、タツ!」

 辰三の眉間に空いた痕跡から鮮血が噴出した。

シカリ「伏せれ!」

金治「タツッ!」

 金治は辰三の眉間から噴出す血を押さえながら、打ち抜かれた後頭部を見た。

金治「おがしいな…これだば銃で撃だれだもんでねな。なんだべ…」

 辰三はほぼ即死状態だった。

和夫「シカリ!」

シカリ「落ぢ着げ!」

金治「最悪の事態に備えるしかねな、シカリ」

和夫「最悪って?」

金治「皆殺しになる…」

和夫「み、皆殺しって! 大袈裟でねが? なんぼなんでも、そごまで行くべが?」

金治「はんか臭えごど、こぐな和夫! マダギの勘、働がひろ!」

 最高齢の金治が、緊急事態である事を最年少の和夫に諭した。

シカリ「んだな…最悪、誰がを生がして帰し、この事実を麓の仲間さ伝えねばならね」

金 治「誰ば帰すべ…」

 シカリは考えた。

シカリ「アキラだ。アキラだばまだ若いのにマタギの全てを習得した男だ。最悪の事態に備えでアキラを帰す退却を始めるべ! 文句があるやづは今のうぢに出れ!」


N「マタギ猟に於けるシカリの指示は絶対の権限を持ており、誰も異議を唱える者はいなかった」


一 同「異議なし!」

 一隊は早速、行動を開始して退却陣形を取りつつ、見る見る森に吸われるように消えていった。

 静寂の中…

 敵の特殊部隊要員が警戒しながら現れた。『セコ』の重松がスッと後ろに現れ、特殊要員の首を折った瞬間、自爆の犠牲になってしまった。

シカリ「シゲッ!」

 辰三に続き、重松が命を落とした。残るは4名だ。

シカリ「飛び道具ば使え! こういうじぎ、滝次郎さんが居でければな…」

 金治が囮になってフッと現れ、敵を誘い出した。金治は、老練ながら消音銃を交わす機敏さで2名の敵を誘い出した。草叢から飛ぶ鋭い獣用ナイフが敵のひとりを倒し、同時に枯葉の下から槍仕様のフクロナガサで特殊要因を貫いた。

 マタギ一帯は、姿を見せずに風の流れの如く山を退却して行く。悲鳴と共に『セコ』のひとり、一番若い和夫が、忍んでいた特殊要員の罠に掛かって宙吊りになった。枝から下りて来た敵兵に金治がナガサで応戦し、宙吊りのロープを切断して和夫を助けた。そこをアキラが、槍状のフクロナガサで特殊要員にトドメを刺した。三人は即座に雑木に伏せて敵の自爆を免れた。命を落とした重松に代わって、金治が殿しんがりを務め、一同は姿を消しながら少しづつ山を下りていった。

シカリ「滝だ! もう少しだ!」

 その時、生き残った一隊の前に、リーダー格の男・桜庭泰治郎が率いる小部隊が現れ、行く手を阻んだ。

シカリ「おまえ、桜庭でねが! なんだってこんちくたら事を!」

泰治郎「あぎらめれ! 基地を見られだがらには、永久に無言になってもらうしかねった!」

金 治「おめら何企んでるえた!」

泰治郎「若え者みんな居ねぐなった、こんちくたらボロ村ば、いづまで守る気だ。おめの倅もこの村ば捨てで都会さ逃げでえったべしゃ」

金 治「なんも働ぐどごねんだもの、仕方ねべ。村捨てだわげでね。親ば少しでも楽さひでために働ぎにえったえた」

泰治郎「村ばりでね。おめえも捨てられだんだ」

金 治「何この桜庭! おめに何が分かる! 自分で何やってるが分がってるえたが! おめのやってる事は、村をぶっ壊してる事だど!」

シカリ「欲に目がくらんだな、泰治郎…おめの目には、この村がボロ村にしか見えねが? 山ば壊したら元には戻らねど。子供にも孫にも恨まれるど。そえでもええったが、泰治郎!」

泰治郎「やれッ! ひとりも逃がすな!」

シカリ「んだが…したら殺ひ! 森吉の神様の天罰下るど!」

 シカリが仁王立ちになって立ち塞がった。集中砲火の一瞬先に、シカリの前に和夫が立った。

和 夫「シカリーッ、逃げでけれーッ! 迷惑ばり掛けで根性なしのオレば許してけれーッ!」

シカリ「バガワラシ!」

 和夫はシカリを庇ったまま、集中砲火でボロボロに被弾していった。崩れそうな和夫を庇って金治が抱きかかえ集中砲火の的になった。

シカリ「金治! おめまで!」

金 治「シカリ! 早ぐ逃げでけれ…もう持だねでば!」

声  「シカリ、早ぐアキラば!」

 バッタリと倒れる金治の陰から、帰ったはずの泰治郎の弟・謙蔵が現れた。散弾銃で応戦しながら、シカリを岩陰まで退避させた。

シカリ「謙蔵、おめ、来てけだえったが!」

謙 蔵「今のうぢに早く逃げでけれ!」

シカリ「謙蔵、一緒に…」

謙 蔵「みんなの命っこば無駄にさねでけれ…」

シカリ「わがった! 謙蔵、おめも死ぬなよ!」

謙 蔵「さ、早ぐ!」

シカリ「したば!」

 シカリとアキラは謙蔵の援護で山中に消えていった。

泰治郎「(攻撃)やめろ! 謙蔵、おめ…」

謙 蔵「アンチャ、おめえ魂まで売ったな…」

泰治郎「謙蔵…何馬鹿くしゃえ事して…殺さえねうぢにどげれ!」

謙 蔵「断る!」

泰治郎「オレの言う事聞け!」

謙 蔵「アンチャ! 目覚ましてけれ!」

 発砲音がして謙蔵の肩が射抜かれた。その反動で引き金に指が掛かった謙蔵の銃からも弾が発砲され、桜庭の肩を貫通した。

謙 蔵「アンチャ!」

泰治郎「謙蔵…」

 泰治郎はゆっくりと味方の特殊部隊に振り向いた。

泰治郎「誰だ…謙蔵ば撃ったやづは誰だ?」

 特殊部隊は皆無言だった。

泰治郎「謙蔵ば撃ったやづは誰だ!」

声  「オレだ…」

 森吉の悪鬼が現れた。

泰治郎「何だってオレの弟まで…オレの弟までなんで撃づ!」

悪 鬼「おまえが撃たないからだ」

泰治郎「なんだと!」

悪 鬼「おまえも死にたいか?」

 悪鬼が泰治郎に手をかざすと、泰治郎の右目が見る見る腐り出した。泰治郎は悲鳴を上げて悶絶した。

悪 鬼「おまえなど、いつでも抹殺できる。何不自由のない生活がしたければ、おまえがする事はひとつしかない。もう一度だけチャンスをやる。その男を撃て!」

泰治郎「お、弟を…」

謙 蔵「アンチャ…撃ってもええよ…アンチャには、えっちも助けでもらって来たんて撃だれだたて恨まね!」

泰治郎「ケン…」

謙 蔵「さ、早ぐ撃で!」

 泰治郎が銃を構えた。

泰治郎「謙蔵…」


N「森吉の悪鬼の残虐な命令に兄・泰治郎はどうするのか…弟・謙蔵はどうなってしまうのか!」


 一発の銃声が山中に轟いた。



( 第3話 誕生秘話・Ⅱ「別れ…そして出会い」 につづく )

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