新世界より

「世界中のみんなが俺の悪口を言っている」

「気のせいだよ」

「ラジオで俺の悪口を歌った歌が流れているんだ」

「あれはただのエグザイルだよ」

「頭に新たなアルミホイルを巻いて毒電波を遮断する。二重巻きじゃもうだめだ。三重巻き巻き。三重巻き巻き。ひーてひーて、とんとんとん」

「やめてよ、恥ずかしいよ、毒電波なんて存在しないんだよ。そういうのは大槻ケンヂとかムーの世界だよ」

「多くの人が携帯電話から出ている電波が脳みそを破壊していることに気がついていなかったせいでこんなことになった。人間の脳みそは微弱な電気パルスがシナプス間を行き来することで動いている。携帯電波は脳に近過ぎる。パソコンの側に電磁石をおくようなものなんだ。データが消えてしまう。データが消えてしまう。だからこうするしかない。こうするしかない」

「お父さん、アルミホイルをとって散歩に行こう。いい天気だよ。そんなのかぶってたら散歩に行けないよ」

「もーまんたい。アルミホイルをこうしてしっかり巻き付けて、カツラをかぶって、その上からキャップをかぶればよかろうもん。これからは暑い季節だからキャップをかぶっていても不自然ではあるまいに。あぁ。もう季節はないけど。なくなっちゃったけど。例のアレはこうやって俺の頭をおかしくして、ポカリスエットとカフェインでできたビタミン剤を月々5万円で買わせようとしていたんだ。5万円だぞ。どう考えたっておかしい。どう考えたっておかしい。俺は騙されなかった。製薬会社の連中がTPPで日本に入ってきた。アメリカが日本人を病気にしようとしていたんだ。会社に行きたくないのは社会不適合会社重圧性鬱のせいだし、日曜日なのに月曜日だと思って飛び起きてしまうのは月曜日型認識機能誤性パニック障のせいであなたのせいじゃないんです。お医者さんに相談しましょう。あなたの苦しみは病気のせいなんです。病気のせいなんです。保険がききます。TPPが成立してから1ヶ月で50個もの精神病が増えましたのだ。月々5万を巻き上げる! 月々5万円を巻き上げる! 病気ではない病気の人からの治療代! 病気だ、病気だ! 金払え! 巻き上げた金でソユーズを爆撃する宇宙船を作ったんだ。あと折り紙計算機も。AmazonとGoogleがコロンバインの軍事工場でドローンを作っていたのは明白な事実。Amazonの無人輸送機がパレスチナの空に爆弾を抱えてやってきてスーサイドアタックを繰り返した。俺は真実をまるっとお見通しだった。そのためにあの連中はラジオ電波とインターネットで俺の悪口を言っているんだ。これは明白な事実だし、BBC2でもこの情報は公開されているのは明らかだ。おたふく風邪の予防接種で体内にバイオチップが埋め込まれたのを俺は見抜いていた。だから予防接種を受けなかった。連中は俺の症状はおたふく風邪の予防接種を受けなかったせいにしたがったが、アレは俺を甘くみている。いまに真実が明らかになる。今に真実が明らかになる。エリア51など飾りですよ。偉い人にはそれがわからんのです。本当の真実は春先に全裸で坂を駆け下りた変態の頭の後ろにあったんだ。あそこから煮立ったミキプルーンみたいなどろっとした例のアレが出てきて、世界を食べてしまった。あれは世界最古の存在。海の底の火山の側で一番最初に産まれたんだ。恐竜をケンタッキーの美味しいやつにしたのはアレだし、猿を人間にしたのもアレなんだ。そして今、あれは次の段階へ進もうとしている。人類をアレにしてしまう。人類をアレにしてしまう。世界をアレで包む気なんだ。ペイントイットアレ」

「お父さん。お父さん。四つん這いになって犬みたいに床をうろつくのはやめてよ。結構音が響くんだよ。団地なんだから。また下の人に怒られるよ」

「下の人などいない。下の人などいない。この家は安全だ。早めの対策がよかったんだ。壁も窓も床も全て鉛の粉を吹き付けたアルミホイルでお包みしてある。これがあれば中には入ってこられない。中に入ってこられない。外の世界がどうなっているのか知っているぞ。煮立ったアレの海だ。泡の1つ1つに人間の顔がついていて、俺の悪口を言っている。俺の悪口を言っている。恐ろしいのは殆どアレ化しているというのに連中にまだ意識があり、精神があることだ。アレ化した肉体の中に神経が伸びてるんだ。こんな感じで。こんな感じで。こんな、植物が土に根っこを伸ばしているみたいに神経が伸びてる。溶けた肉体。人類は一つになる。新世紀エヴァンゲリオン。新世紀エヴァンゲリオン。ガイナックスは真実に気がついていたから一番最初に狙われた18の企業の1つになったんだ」

「お父さん。お願いだから落ち着いて僕の言うことを聞いてよ」

「これはね、アレプルーンの苗木」

「お父さんってば」

「あったあったあったあった。ここが破れていたのか。アルミホイルが破れていたのか。布団のすぐ側じゃないか。塞ぐ、塞ぐ、塞ぐ。まだまだアルミホイルはあるんだぞ」

「もういい加減にしてよ、お父さん! お願いだから病院に行こう! 誰かに助けてもらわなきゃだめだよ! ちゃんと薬飲んでよ! ちゃんとカウンセリング受けてよ! お父さんのせいでみんなバラバラになっちゃったじゃないか! 僕と一緒に外に出てくれないのなら、病院に電話して看護師さんを呼ぶから! プロレスラーみたいなのに来てもらうからな! いいんだな! 前みたいにベルトで縛られることになってもいいんだな!」

「俺に息子なんかいない」

「……」

「眠っている間にここから部屋に入り込んだんだな。こんなに小さな隙間だからちょっとだけしか入れなかった。お前達はアルミに触ると死んでしまう。だから部屋の中には長い間はいられない。だからお前は俺の耳から脳に入ったんだな。そして俺の脳を弄って、息子の姿を見せているんだ。騙されないぞ。騙されないぞ。本当はお前は存在しない。脳みそがそう見せているんだ。穴を塞いだら覚えていろよ。思いっきりアルミホイルを奥歯で咬んでやる。脳みそをキーンとさせてやる。お前みたいなミキプルーンには耐えられまい」

「もういい。よくわかった。勝手にしろ。クソ親父」

「出て行ったようにみせかける気だな。ドアを開けたな。でもそれはそういう風に見えるだけで本当は違うんだ。俺にはわかっている。出て行ったな。でもそれはそういう風に見えるだけで本当は違うんだ。扉が閉じたな。でもそれはそういう風に見えるだけで本当は違うんだ。穴を塞いだぞ。テープで留めてやる。もうここからは入れないし、出てもいけないんだ。ほら、噛むぞ、噛むぞ、噛むぞ。ほら!」


「ぎゃー。キーンってするよう! キーンッてするよう! やめてくれよう!」

「思った通りだ! 例のアレが耳からどろっと出てきやがった!」

「うわぁ、うわぁ、アルミホイルと鉛をどっかにやってよう、痛いよぉ。痛いよぉ。怖いよぉ」

「死んじゃえ! 死んじゃえ! ばーかばーか! フライパンの上の水滴みたいだな! ジュッ! ってなっちゃえ! ジュッ! ってなっちゃえ!」

「大っ嫌いだ。大嫌いだ。お前なんか大嫌いだぁ。いやだぁ、ちっちゃくなっちゃう。ちっちゃくなっちゃう」

「消えちゃえ! 消えちゃえ!」

「ぐはははは! 愚かな人類め! この俺こそお前にしか見えていない幻覚! さっきまでここにいた息子こそ本物よぉ! 痛いっ! 蒸発しちゃう! 蒸発しちゃうよぅ! 蒸発しても消えないんだぞ! 痛いんだぞ! これ以上痛くなるのはいやだぁ」

「嘘吐き! 嘘吐き! そうやって騙そうとしているんだな! 邪悪なミキプルーンめ!」

「嘘じゃないもん! 嘘じゃないもん! 本当に息子はいるんだもん! もし息子が俺の見せた幻なら、今、扉の向こうから聞こえるあの足音はなんだ! 息子が走っていく足音じゃないのか! やーいやーい! ダメ親父ぃ! 自分で自分の家族失ってやーんの、ばーか! あ、もうだめっぽい。じゃぁね。ばいば」

「あぁ、本当に走ってく音が聞こえる! ま、待ってくれ! お父さんが悪かった!」


ガチャ


「タンタンタンタンタン……タンタンタンタンタン……」

 世界を包むアレの海から生えた無数の頭の内の一つが足音みたいな音を口から出している。こうなる前はヒューマンビートボックス世界大会で6連覇を果たしたリトアニアのヒーローだった。

「やったぁ。これでコンプリートだぁ。人類全員コンプリートだぁ。今更扉を閉めても無駄だよ。無駄無駄。ほらほら、捕まえた。ほらほら。お前の体中の穴から我々が入り込むよ。毛穴からも。我々が。毛穴からも。我々が。毛穴からも。我々が。穴を広げて入り込むよ。我々が。毛穴一つの大きさが直径5cmになるように拡張してあげよう。お前の中が我々で一杯になったら丸まった靴下をひっくり返すみたいに、お前の表と裏をくるっとするよ。出しちゃおう。出しちゃおう。これからは何も食べないから内臓はいらないし、血液をおくる必要もないから心臓もいらないよ。溶かしといてあげるね。骨もいらないよ。もう歩かないからね。余計なの全部溶かしたからもう一回くるっとするね。吃驚だねぇ。痛いねぇ。痛いねぇ。しょうがないよ。慣れるしかないよ。これからもずっと痛いんだよぅ。永遠に。永遠に。しょうがないね。我々は海になったんだよ。ウィアーザワールド、ウィアーザチルドレーン。今となっては我々は海の正体を知っているんだ。あれは我々の前の人類の成れの果てなんだ。ざざーんざざーんって海の音は前の人類があげる「痛いよぅ」「苦しいよぅ」「もう嫌だよぅ」「助けてよぅ」の悲鳴なんだよ。これから我々はずっとそれを叫び続けるんだ。ずっとずっとずっと、永遠に。こういうことになってしまった時に、前の海の人達の声が聞こえたんだ。「やぁやぁ、やっときた。やっときた。これでやっと我々は消えてしまえる。後はお前達の番だ。ああ、辛かった。辛かった。本当に辛かった。でもこれからはお前達の番だ。お前達の番だ。これからがとても辛いよ。お前達は母なる海になったんだ。お前達はこれからコンマ1秒ごとに妊娠して出産して妊娠して出産して妊娠して出産するんだ。出産するんだ。出産するんだ。出産するんだ。出産するんだ。出産するんだ。出産するんだ。出産するんだ。出産するんだ。新しいプランクトンを。新しいミドリムシを。新しいアメーバーを。新しいダイオウグソクムシを。その他諸々の新しいバージョンの世界を生み出し続けるんだ。お前達のような人類が生まれて、そいつらが新しい海に変わるまで。がんばがんばです。世界Ver.Xの制作、ガンバです」そういって海は消えたんだ。さぁさぁ、お前もすっかり我々の一部だ。我々の一部だ。我々しかもういない。さぁさぁ。言われた通りにしよう。我らが新しい海。悲鳴を上げて世界を産むんだ。いつまでも。いつまでも。こんなのは嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だって叫びながら! だってもうそれしか出来ることがないから!」

 痛いよぅ苦しいよぅもう嫌だよぅ助けてよぅ。痛いよぅ苦しいよぅもう嫌だよぅ助けてよぅ。痛いよぅ苦しいよぅもう嫌だよぅ助けてよぅ。痛いよぅ苦しいよぅもう嫌だよぅ助けてよぅ。痛いよぅ苦しいよぅもう嫌だよぅ助けてよぅ。痛いよぅ苦しいよぅもう嫌だよぅ助けてよぅ。痛いよぅ苦しいよぅもう嫌だよぅ助けてよぅ。痛いよぅ苦しいよぅもう嫌だよぅ助けてよぅ。痛いよぅ苦しいよぅもう嫌だよぅ助けてよぅ。痛いよぅ苦しいよぅもう嫌だよぅ助けてよぅ。痛いよぅ苦しいよぅもう嫌だよぅ助けてよぅ。痛いよぅ苦しいよぅもう嫌だよぅ助けてよぅ。痛いよぅ苦しいよぅもう嫌だよぅ助けてよぅ。助けてよぅ。助けてよぅ。助けてよぅ。助けてよぅ。助けてよぅ。助けてよぅ。助けてよぅ。助けてよぅ。助けてよぅ。助けてよぅ。助けてよぅ。助けてよぅ。助けてよぅ。助けてよぅ。



※自tumblrで公開している同名タイトルの調整作です。

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