グノーマリル、グノーマリル、お前を取り返しのつかない樣にしてやろう

 ティギーのことが僕は嫌いだ。みんなはそうじゃないけど。


 ティギーは絵描きで、結構有名。らしい。僕はよく知らないけど。


 そしてあの人はカヌーチと言って、ティギーのファンで、時々絵を見せにくる。


 僕には絵がわからない。

 ティギーの描く絵も、ティギーの描く絵のモノマネみたいなカヌーチの絵も、どっちもただ色と線が重なっただけに見える。

 どっちかと言えばティギーの絵は嫌いだ。見ているとイライラする。カヌーチの絵はイライラはしない。


 前に2人きりになった時、ティギーは「俺の絵とカヌーチの絵をどう思う」と聞いてきたから、正直に思ったことを言った。

 するとティギーはヒヒヒって笑った。

 ティギーが言うにはカヌーチには才能なんて全然ないんだって。誰か偉大な人に拍手をするためだけに作られた生き物なんだって。

 「時間と紙とホルベインのムダ」ってティギーはカヌーチを馬鹿にした。

 僕がティギーを嫌いなのは、ティギーがこういうことを言うのは僕と2人きりの時だけで、カヌーチ本人には絶対にそんなことを言わない所なんだ。


 ティギーはカヌーチを褒めて、褒めて、褒めて、気持ちよくする。蜂蜜みたいな言葉をカヌーチの耳に垂らして、彼の脳みそをたぷたぷにしてしまう。

 誰かがカヌーチに「働いたら?」とか「絵は趣味にしたら?」って言っても、カヌーチの耳にはティギーの甘い言葉が詰まっていて、ちゃんと脳まで届かないんだ。


 ティギーは「貧しさの中で芽生える才能がある」って言う。

 カヌーチはお金を全部捨ててしまう。

 ティギーは「困難を芸術の女神は愛する」って言う。

 カヌーチは目の手術を拒否して片目を失う。

 母親が「お前が心配だよ」と言いのこして死んでしまうとカヌーチは悲しくなって、やっと絵を描くのを止める。

 パン屋で働こうと決める。


 ティギーはお金持ちの友達にさも心を痛めているみたいに言う。


「可哀想な僕の友達。彼に足りないのは自信だけなんだ。君、僕がお金を出すから、ちょっといってあの人の絵を高く買ってやってくれないか。きっとやる気を取り戻して、また絵を描くようになるだろう」


 そして、ティギーの言った通りになる。


 カヌーチはまた絵を描く。自信に満ちてる。

 だって見ず知らずの人が自分の絵を認めてくれたんだから。

 カヌーチはその見ず知らずの人が彼の絵を早々に焼き捨てたのを知らない。

 ティギーは彼を煽てる。

 彼を気持ちよくして、心地よくして、ドロドロにしてしまう。


 カヌーチは次第に怒りっぽくなる。

 だって、彼には才能があるし、努力もしているのに、ティギー以外は誰も彼を気持ちよくしてくれないから。

 ティギー曰く、稀代の天才を無視するから。

 ティギー曰く、絵画史の新たな夜明けを笑うから。

 ティギー曰く、ティギー曰く、ティギー曰く、ティギー曰く。


 カヌーチは自分の目で見る自分の姿よりも、ティギーの言う自分の姿がお気に召してしまったんだ。そんなのティギーにだって見えてないのに。


 「どうしてこんなに上手くいかないんだろう」ってカヌーチが言うと、ティギーは言うんだ。

「この世界が間違っているんだよ、可哀想なカヌーチ」


 だからカヌーチは世界の間違っている連中に思い知らせに行った。


 カヌーチが町の駅前広場で電車から降りてきた間違った人達を刺して回ったのは20分くらいで、刺されたのは10人。何人かは死んだし、何人かは死んだ方がよかった状態になった。

 ティギーは「2分に1人だから中々じゃないか。あの馬鹿、こっちの才能はあったんだな」ってテレビを見ながら笑ってた。


 ティギーは目を銀河みたいにキラキラさせて言う。

「凄いぞ、あの馬鹿、まだ生きてる! なあ、面会に行こう! ああ、あの馬鹿になんて言ってやろうかな! なあ、俺、あの馬鹿になんて言ってやれるかな? 『すまない、カヌーチ。君に言ったのは全部嘘なんだ。君があんまり可哀想だったから、気を使ってつい煽ててしまったんだ』って? それとも『なんて馬鹿な奴なんだ! リップサービスって言葉を知らないのか? 君は僕が青酸カリを薬だよと言って差し出したらそれを飲むのか? 自分で自分の身の程も知れないのに、画家になんかなれるわけない!』って? さあさあ、胸が早鐘だ! 俺はあいつを思う様、滅茶苦茶にしてやるぞ! なんたってあいつは、そのために生まれたんだからな!」


 僕は言った。

「そういうことばかりしているといつかやり返されるよ」

 ティギーは言った。

「だからやり返す力すら持たない馬鹿でやるのさ」

 僕は言った。

「そんなことをしても得しないだろう」

 ティギーは言った。

「得ならするさ。釣りやゲートボールよりずっと楽しい」

 僕は言った。

「天罰が落ちるよ」

 ティギーは大笑いするばかりだった。

 僕の言うことをティギーは全部笑う。あんまりにも彼が笑うから僕は僕の方が正しいはずなのに、僕の言っていることがくだらないことのように思えてくる。

「もういい。君は好きにすりゃいいよ。僕はもう金輪際、君のとこになんかきやしないから」

 僕がティギーの部屋から出て行こうとすると、ティギーは笑うのを止めた。

「ああ! 出ていけばいいさ! そして他の間抜け共みたいに豚みたいな人生を送ればいい! けど覚えておけよ、グノーマリル! お前が俺から離れてみろ! 俺はもっと沢山のカヌーチを作って遊んでやる! お前がいなくて寂しいからだぞ! この世界をカヌーチでいっぱいにしてやる! 世界の縁から溢れたカヌーチが宇宙に落ちるまで! 全部全部お前のせいだぞ! 全部お前のせいだぞ! それでもいいなら、さあ! 出ていけよ! 俺はとめやしないから!」

 僕は仕方なく、ティギーの隣に戻る。ティギーがほっとするのがわかる。

「なんで僕なんだ。僕は君が嫌いだし、君のすることは大嫌いだ。君といてもちっとも楽しかない。君は君みたいなのを好きでいてくれるお似合いなのと仲良くすりゃいいのに」

 ティギーは顔を顰める。

「俺を好きな奴なんてまともな奴じゃないじゃないか! さあ、一緒に面会の言葉を考えてくれ! あの馬鹿をぐちゃぐちゃにしてやるんだから!」


 僕はティギーを見つめながら、自分もまた、もしかしたら、カヌーチがぐちゃぐちゃになるところを見たがっているのかも知れないと思った。

 胸が早鐘になって、少しも収まらない。


  


  


 俺はそっとグノーマリルを見つめる。

 だいぶ、取り返しのつかない様になってきた。

 こいつをどんな風にしてやろう。


 もちろん。


 俺の思うがままに!


※自tumblerに掲載している「こうしてグノーマリルは取り返しのつかないことになった」の調整作です。

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