マンドリン・マデリーン

 マンドリン・マデリーンは17才になったある日、私のお父さんに誘拐されて、私の家に連れてこられた。

 身代金目当てとかじゃない。お父さんはマンドリン・マデリーンがとても欲しくなっただけだ。


 マンドリン・マデリーンの若い頃の写真をお父さんに見せてもらった事がある。古いモノクロのブロマイドだ。下手糞な英語でマンドリン・マデリーンのサインが書かれていた。

 写真に写ったマンドリン・マデリーンは、控えめに微笑んでその長い睫毛に囲まれた瞳をこちらに向けて細めている。黒い髪は奇麗に結い上げて、真珠の髪留めを何個も挿している。

 私は今、マンドリン・マデリーンが誘拐された年と同じ17才だけど、この写真の中の美しい人と私が同い年だなんてとても思えない。マンドリン・マデリーンはどんな映画女優だって敵わない程奇麗だ。


 けど、それは顔の話。

 マンドリン・マデリーンは確かにすごい美人だけど、まともな美人って訳じゃない。

 彼女がなんでマンドリンなんて言われているかっていうと、要するに彼女の体がマンドリンそっくりだからなのだ。


 彼女は両手と両足を生まれつき持っていない。彼女が持っているのは2つの大きな胸とくびれた腰、丸いお尻、それと細くて長い首と奇麗な顔だけだ。

 だからマンドリン・マデリーンは、お父さんに誘拐されるまでずっと見世物小屋のスターだったのだ。


 見世物小屋、なんていうと髭女とか蛇男とかシャム双生児とかが檻の中に入っているのを想像するだろうけど、マンドリン・マデリーンがいた見世物小屋はもう少し進んでた。

 お金さえ払えば、見世物小屋の住人達を何でも好きなように出来たんだから。


 マンドリン・マデリーンは大人気だった。

 男達は皆、マンドリン・マデリーンを抱きたいと思った。抵抗する手足を持たない美女を「好きなように」したがった。

 私のお父さんもそんな中の1人。

 だけど違っていたのは、マンドリン・マデリーンを本気で愛していたって事だ。


 お父さんはマンドリン・マデリーンをギターケースに押し込んで誘拐した。

 そのまま鉄道に飛び乗って、国境を越えて、逃げて逃げて逃げて逃げて、この北国の山小屋に住み着いた。

 追っ手はこなかった。お父さんは、上手い事やってのけたのだ。


 お父さんはこれから自分の好きな時間に好きな用にマンドリン・マデリーンを弄りまわせるって喜んでいたけど、マンドリン・マデリーンは泣いてばかりいた。

 お父さんは知らなかったんだけど、マンドリン・マデリーンは見世物小屋の小人と恋仲だったのだ。

 彼女はいつも、その小人を思って泣いた。体を芋虫みたいにくねらせて、山から降りようとした事もあったみたい。


 お父さん、ヤキモチ焼きだから凄く怒った。

 凄く怒ったまま、マンドリン・マデリーンを好きなようにした。

 やがてマンドリン・マデリーンは子供を産んだ。つまり、この私を。


 私はお父さんに似ていない。マンドリン・マデリーンにもだ。

 私はたぶん、その小人に似ているはずだ。

 だってマンドリン・マデリーンは、時々私の事を恋人でも見るような目で見つめるんだもの。


 お父さんは先週、崖から落ちて死んだ。

 落ちて、というか、私が突き落としたんだけど。

 ざまぁ。


 お父さんには辟易してた。

 お父さんは私の顔が気に喰わなかったみたいで――そりゃそうか、私はマンドリン・マデリーンの恋人に似てるんだから――いつも私を殴った。

 私の顔の左半分が、オペラ座に住んでるいじけたストーカじじぃみたいになっちゃったのはお父さんのせいだ。

 だから私は、お父さんがマンドリン・マデリーンや私に対して、いつもしたい事をしたのと同じように、お父さんにしたい事をしたのだ。 ざまぁ。

 親殺しにはなんないだろう。私の本当の親はマンドリン・マデリーンと見世物小屋の小人だ。


 私は今、マンドリン・マデリーンと一緒に見世物小屋に来ている。

 マンドリン・マデリーンは毛布に包んで赤ちゃん用の乳母車に乗せている。外からマンドリン・マデリーンの姿が見られないように、レースのカーテンを下ろしたままだ。


 「さぁ、よってらっしゃい、みてらっしゃい! これを見逃したら死んでも死にきれない! 世界中探してもここにしかいない! 正真正銘、本物の人魚姫だよ!」

 自分の身長の5倍はあるだろう高台に上って、大声を張り上げている小人がいた。

 乳母車の中でマンドリン・マデリーンが体を弾ませたのがわかった。

 私は両足がくっついた畸形の少女を指差して呼び込みを続ける小人の真正面に向ってあるいた。

 なるほど、あの小人は私によく似ている。とくに、男の子にあんまり評判のよろしくない豚鼻なんかがそっくりだ。


 私は小人の前に立って、じっと彼を見つめた。この潰れた寸胴なおチビが私の本当のお父さんだと思うと、なんだか笑えてきた。

「うっへへ、うっへへ」

私が堪えきれず笑い出すと、小人は呼び込みをやめて私を訝しげに見つめた。

「どちら様ですか?」

小人がそう尋ねた途端、マンドリン・マデリーンが乳母車のカーテンからひょっこりと頭を出した。

「リトル・ティム! 私よ! マデリーンよ!」

マンドリン・マデリーンはぼろぼろと涙を流しながら叫んだ。

 突然乳母車から飛び出した美しい婦人の首に、見世物小屋にきていた客達がざわめいた。小人は硬直したまま動かない。

 私は乳母車からマンドリン・マデリーンを取り出して、抱き抱えて小人の側によった。


 小人のリトル・ティムの小さな黄土色の瞳が涙でゆらりと揺れた。

 彼はその赤ちゃんのような手をゆっくりと伸ばしてマンドリン・マデリーンの涙に濡れた頬に触れた。

 彼のたらこ唇がわなわなと震えて、音にならない声が溢れた。

「うっ……っ……マ、マデー……マデリーン……マデリーンッ!」

リトル・ティムはマンドリン・マデリーンと同じように涙で顔を濡らしながら叫び、マンドリン・マデリーンを抱きしめるように両手を伸ばした。


 だが、その瞬間、横から飛び出してきた男が私の手からマンドリン・マデリーンをもぎ取って、すごい勢いで走り去った。

 「やった! やった! 本物だ! 本物のマデリーンだ! 通い続けたかいがあった! 今度こそ彼女は俺のものだ! 17年前は先を越されたけど! 今度こそ俺のものだ!」

 その男はそう叫びながら人ごみを掻き分けて走り、ぐんぐん小さくなってゆく。


 私はあっけにとられて硬直しているリトル・ティムをひっつかんで乳母車に乗せ、その泥棒男に向って走り出した。男の足は結構遅い。全力で追い掛ければきっとすぐに追いつけるだろう。


 とりあえず、取っ捕まえて崖から突き落としてやるつもりだ。

 うへっ。




※自tumblerに掲載している同名タイトルの調整作です。

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