暇する北川

 北川は暇していた。

 とにかく暇していた。

 なんにもする事がなかったし、したい事もなかった。

 北川は暇していた。


 北川は何となく、兄の部屋に入ってみた。

 年の離れた北川の兄は受験戦争で頭がおかしくなり、数年前から精神病院に入院している。


 北川の兄の部屋は、兄が病院に連れていかれた日から誰も入っていない。

 扉を開けた瞬間、腐ったポテトチップスと万年床に染み込んだ汗の臭いがもわっと這い出して来た。

 ハンカチで口元を覆いながら兄の部屋に入った北川は、兄の机や本棚、押し入れを物色し、ペットボトルの中に入った液体と、兄の日記を見つけた。


 兄の日記には北川や北川の母親や父親を刺し殺し、自分が落ちた大学に受かった同級生を刺し殺し、兎に角皆を刺し殺して、飼い犬のトモロウと一緒に旅に出るといった電波びんびんの妄想がびっしり書き込まれていた。

 ちなみにトモロウはもういない。兄が殺したのである。包丁で刺し殺していた。それがきっかけになって兄は病院に措置入院する事になったのだ。


 兄の日記には、数々の物騒な殺人予告の他に「魔法の薬」の事が書かれていた。

 それはペットボトルの中にある液体の事で、飲むとジキル博士がミスターハイドに変身したように、別の自分になれるのだと書かれていた。

 兄はトイレの芳香剤と、花火の火薬と、コンソメスープと、ホイップクリームと、メンソレータムと、その他色々な物を混ぜてこの「魔法の薬」を作ったらしい。


 北川はその「魔法の薬」を持って自分の部屋に戻り、小学校の時に図工の時間に作った竹の水鉄砲にそれを流し入れた。


 北川は「魔法の薬」が入った水鉄砲をジャンバーのポケットに入れたまま、近所のファミレスに行った。

 店内には北川の通っていた中学の制服をきた少年達の集団と、子連れの主婦達がいた。

 少年達は靴のままテーブルに足を乗せて、可愛いウェイトレスにしつこく絡んでいる。

 主婦達は大声で他人の悪口を捲し立て、店中を走り回る子供を注意しようともしない。


 北川は冷たいトマトスープと温泉卵乗せペペロンチーノ、それとドリンクバーを頼んだ。

 北川はドリンクバーでファンタをグラスに注ぐと、周囲に誰もいないのを確認してからドリンクバー用の氷が入った冷凍ボックスの中に、ぴゅっぴゅと水鉄砲を放った。

 「魔法の薬」は氷にかかり、そして直ぐに凍結した。

 北川はそれから食事には手を付けず、料金だけ払ってファミレスを後にした。


 翌日、北川は朝のニュースで、ファミレスにいた客達が突然暴徒と化して殺し合いを始めたという事件を知った。

 中学生達も、主婦達も、彼女達の子供も、皆殺し合って全員死んだそうだ。


 北川はその日、残っていた「魔法の薬」を持って夏休みで人がごったがえしている市民プールへと向った。

 流れるプールに魔法をかけにいくのである。


 いぃぃぃぃぃぃやっほぉぉぉぉぉぉぉぉぅ!



※自tumblerに掲載している同名タイトルの調整作です。

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