土中のテロル

 例えるなら青山さんはベビーピンクのマカロン。


 小さくて、ふわふわで、ちょっとだけはみ出したクリームの横にちょんちょんと銀色の粒がくっついてる。ああいうのなんて言うんだろう? お菓子なんか作らないからわからない。


 もし青山さんがマカロンだったら、白いお皿に、白い紙の紙レースを乗せて、その上にピラミッドみたいに積み上げてさ、猫の足みたいな脚の白いテーブルの上に置くんだ。きっとフェリシモのカタログに出てきそうな素敵な感じになると思う。

 ソフィア・コッポラの映画でマリー・アントワネットが食べてたみたいなさ。

 あの映画は観たことないけど。パステルでシュガーな感じになるの。

 

 校舎の玄関から滝口、吉野、泉を引き連れて出てきた青山さんが、私に気がついて手を振る。私も手を振り替えす。

 青山さんの侍女達が私と彼女とを不思議そうに見て、何かを彼女に耳打ちする。青山さんは上品に笑って「そんなことないよ、割といい子だよ」と答える。


「ばいばい、坂本さん」

 彼女がそう言ってもう一度手を振る。取り巻きの何人かが彼女の声に続いて私に「ばいばい」と言う。

 彼女がいなかったら絶対にあんなこと言わないってわかってる。

 彼女達はまたきゃあきゃあとうるさく騒ぎながら校門へと歩いていった。


 私はクラス花壇の草むしりを続ける。

 クラス花壇のお世話は生物係の担当だ。

 私は生物係じゃない。青山さんが生物係だ。


 青山さんが風邪を引いて休んだ日に、日直だった私が代わりに草むしりをした。

 彼女は次の日に学校にきたけど、まだ体調が悪そうだったから、また私が代わりにやった。

 彼女は「ごめんね、ありがとう」と言い、私は「ついでだから」と言った。なんのついでだか自分でもわからないけど。

 風邪が治った後、青山さんは花壇に行かなくなった。

 それで、そのまま私が花壇を世話してる。


 皆、本当はこれが彼女の仕事だって知ってる。彼女だって知ってる。先生だって勿論。

 でも誰もそんなの気にしない。気にかけたりなんか絶対にしない。


 だから何日か、花壇に行かなかった。だって私の仕事じゃないから。

 そしたら武田に「坂本さん。花壇、ダメになっちゃうんじゃないの」って言われた。あのブス、私が生物係じゃないって知ってるはずなのに。

 私は「だって、私、生物係じゃないし」って応えた。

 でも、武田は「なにそれ。超ジコチュウ。ついでだからやるって自分で言ってたのに。ちゃんとやりなよ」って言って黒板の横でおしゃべりしていた武田グループのところに戻っていった。

 何人かが私を見ていた。その中には青山さんもいて、彼女の取り巻きもいた。全員が、それは私がやることじゃないってわかってるはずなのに、誰も何も言わなかった。

「だって、私、生物係じゃないし」

 私はもう1回言ったけど、誰も聞いてなかった。青山さんは取り巻き達とゲームセンターに新しく入ったプリクラの話をしてた。目がすっごく大きく撮れるんだって。

 私がもう一度「だって」って言いかけた時、誰かが私の声を真似して「だって、私、生物係じゃないしぃ」って言った。小さな笑いが波紋みたいに広がった。

 だから私は椅子に座るしかなかった。

 それで、こうやって雑草をむしらなきゃならなくなった。

 どうせこんな花壇、飯盒炊爨の日まで誰も見ないくせに。


 ここに植えられているのはジャガイモ。あと2ヶ月くらいすれば朝のホームルームの時間にクラスみんなで収穫して、飯盒炊爨の授業でみんなで食べることになる。アルミホイルで一つ一つ包んでたき火の中に投げ込んで焼くんだ。


「自分たちで育てた野菜を、自分たちで調理して食べよう! 毎日の食事に感謝しようね」って先生は去年の飯盒炊爨の時に言っていたけど、育ててるのは私一人だけじゃないって思う。私が育てたのを、何にもしてない人達が食べるんだ。きっと、私にありがとうすら言わないくせに。

 それとも、ありがとうって言いさえすればチャラになるとでも思っているのかな。

 お礼を言ってあげたんだから、満足しなさいよって。


 花壇の草を大体毟り終えたので立ち上がる。ずっとしゃがんで、下を向いていたから立ち上がった時、ちょっとクラクラした。それに膝の裏が汗ばんでいて気持ち悪かった。


 周りを見回すと、グラウンドを占拠していたサッカー部と陸上部の後片付け組みがボールやコーンを校舎の横にある体育倉庫に運んでいく姿が小さく見えた。もう太陽はだいぶ沈んでいて、雲の横が桃色に染まっている。


 私はポケットからアルミの箱を取り出す。フリスクくらいの大きさで、振るとカチャカチャと音がする。元々は確か、外国のお菓子が入ってたやつだ。何が入っていたかは忘れてしまったけど。


 私は軽く屈伸をして足の疲れを取ってから、花壇の中の、割り箸が立てられた場所まで歩く。これは目印。今日はここから。


 私はスカートが土で汚れないように軽く巻き取ってから割り箸側のジャガイモの前にしゃがむ。根っこを傷つけたりしないように慎重に土を掘るとピンポン球くらいの大きさの、まだ小さなジャガイモが出てきた。


 私はアルミの箱の蓋を開ける。砕いたガラスが控えめに輝いていた。粗挽きされた塩みたいにみえる。


 私は土に刺さっていた割り箸を抜き取ると、それでガラスの欠片を1粒指先でつまみ、今掘り出した小さなジャガイモに押し付ける。ぐっと力を込めるとプツリ、スッという感触が伝わってきた。ガラスがジャガイモの中にちゃんと入ったのだ。


 私はまた1粒ガラスをつまみ、今度は最初の場所より離れたところに押し付ける。

 プツリ、スッ。

 もう1つ。

 プツリ、スッ。

 もう大体20個くらいのジャガイモにこうやってガラスを埋め込んできた。

 プツリ、スッ。

 だいぶ、慣れてきた。

 プツリ、スッ。

 あともう少しすればここにある全部のジャガイモにガラスを差し込めるだろう。

 プツリ、スッ。

 ジャガイモはガラスを宿して育つんだ。多分、そうなると思う。

 プツリ、スッ。外国の映画で見た。ガラスの欠片を食べると胃に小さな穴が沢山あいて、結構苦しんで死ぬんだって。

 プツリ、スッ。


 あの子がそうなればいいんだ。

 プツリ、スッ。

 みんながそうなればいいんだ。

 プツリ、スッ。

 ベビーピンクのマカロンに殴り掛かれ。

 プツリ、スッ。

 プツリ、スッ。

 育て、育て。私のジャガイモ。

 トトロに育てられたみたいに大きくなるんだ。


 そしてみんなを滅茶苦茶にしちまえよ。


 プツリ、スッ。


私、誰1人だって許す気ないから。



※自tumblerに掲載している「育て、ジャガイモ」の改題作です。

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