日々これ百景
千葉まりお
スーサイド in 我が家
「結局さあ。自分の家じゃないからこういうことするわけよ」
警察に電話をかけながら娘は言う。
「どうせ死んじゃうんだから好き勝手やってやるぅーってさ。いいよね、そういう死に方。楽で」
俺は門の上にある防犯カメラとライトを確認する。
やはりコードが切られていた。
「設置費用ケチるから。無線のやつにすれば良かったのよ。そしたらちゃんとアラーム鳴ってセコム来てくれたのに」
ブルーシートを手に妻がやってきた。
「あのなあ。設置費だけじゃすまないんだぞ。光熱費だってかかるし」
「なんだっていいわよ。ほら、そっち側持って」
俺は言われるがままブルーシートを手に持つ。妻と二人でシートの両端を持って広げ、それを庭に転がっている女の死体にかけた。
「ケンジさん、もうこっちに向かってるってさ」
娘が言う。
ケンジがこの町のお巡りさんになってから7年が過ぎた。毎年毎年この時期……というかこの日になるとうちの庭で人が死ぬので、対応には慣れている。
最初の頃はチャーリー由井の命日が近付くと熱心に家の周りを自殺志願者がいないかと見回ってくれていたのだが、一昨年、「ロマンチックナイトを貴女に! 格安ヘリで夜景を見よう」ツアーを利用してうちの庭にパラシュートなしで飛び降りてグチャッとなった女子高生をみて、色々諦めたらしい。
最近はうちから電話をしても「ブルーシートかけといて。よろしく」でがちゃん、ツーツーだ。
「そこまでしてうちの庭で死ななくてもいいのにさあ。あ、やっぱりシェーしてる」
娘はブルーシートをめくって中を見ている。
チャーリー由井がうちの庭で死んだのは今から20年前。
朝起きたら彼の全裸死体が庭に転がっていた。
なぜか頭の上に両手を持ち上げたバレリーナみたいなポーズだった。局部が丸出しで、ひどく間抜けだった。
その時はまだ存命だった母が「これじゃあ仏さんか可哀想よ」といって死体の手を下げて局部を隠そうとしたところで、警察を呼んでいた妻が「お義母さん! 勝手にいじっちゃだめよ! げんじょーいじ!」と叫び、母は局部を隠すのを断念した。
その結果。
死体はシェーのポーズで週刊誌の一面を飾り——流石にモザイクはかかっていた——、うちの庭にはシェーポーズで死ぬ人が絶えない。
本当にやめて欲しい。
うちはチャーリー由井とは全く関係がないのだ。
テレビで時々見かけるなぁ程度の相手でしかないのだ。
なぜうちの庭で死んでいたのか全くわからない。
縁もゆかりもないのに。
「今更言い出しにくいわよね。本当はシェーはしてなかったんですって。ちょっと悪いことしちゃったかしら。真由美、先にごはん食べて学校行きなさい」
「……豊嶋さんはご家庭の都合で今日はお休みです」
「だめよ。行きなさい」
えー! と娘が叫ぶ。
「死体見たんだよ! せーしんてきなショックで学校なんかいけないってば」
「あなたは生まれた時からこういうの見てるから慣れてるじゃないのよ。お母さんやお父さんの方が慣れるの大変だったくらいよ。早く学校に行きなさい」
その時、塀を何か黒い影がとびこえ、庭へと落ちてきた。
全裸の若い男。
手には長い棒。
なるほど。棒高跳びの要領で越えてきたか。
「止まらない程アイラビュー! 燃え尽きないで、トゥナイトゥライッ!」
チャーリー由井、メジャーデビューシングル<メアリー・愛して・タイト>のB面、<ランドリーラブ>のCメロだ。中々渋い。
男は棒の先端に括り付けていたナイフで自分の喉を突き刺した。
そしてシェーのポーズで倒れる。晴れやかな顔だ。
ちょっとイラっとする。俺ん家の庭だぞ。ローン残ってるし、お前らのせいで売ることもできないのに。
「あのさぁ。本当はシェーじゃないんだよ! 死んだ時のポーズ! こうだよ、こう!」
娘がバレリーナのポーズをする。
男は飼い主に山に捨てられた犬が50キロの道程を歩いて家に帰ったら、新しい子犬と飼い主がキャッキャウフフしているのを見せつけられた時の顔をした。そんなシーンはみたことないが、多分こんなだろう。
「ちょっと、真由美。余計なこと言わないの。可哀想でしょ」
「だって、間違ってる方が可哀想じゃん!」
「……ブルースカイ、マイ、チョコレート、ガール」
男はプルプルと体を震わせながらポーズを変える。
「この曲なんだっけ?」
「君はスイーティ。ベスト盤に入ってただろ。初回のやつ」
「お父さん、結構ファンなんじゃん」
「ファンじゃない。時々聞くだけだ」
「ミントグリーンな君のキッス!」
「あ、ちゃんとポーズ変えたわよ。良かった。ほら、満足そうよ。いい顔ねー」
「まあ、この世が憎いですって顔で死なれるよりはいいけど、迷惑は迷惑だぞ」
「あれ! 多い!」
ケンジが自転車を押して庭に入ってきた。
「1人じゃないんだ。いつ増えたの?」
「今さっきですよ。今さっき」
「参ったなあ。1体だけだと思って連絡しちゃったよ。まあ、いいけど。じゃあこれから立ち入り禁止のロープ張ってくんで。ちょっと騒がしくなるけどよろしく」
この後、俺が会社に行っている間に追加で2人死んだそうだ。
帰宅するなり妻に愚痴られた。娘は「でも最後の人、ちょっと可愛かったよ」と、何が「でも」なのかわからないことを言った。
「別に理由なんかどうでもいいのよ。あの人たちはただ生きるのがだるくて、できるだけカッコよく死にたくて、それでうちにきてるだけ。もっと別の、もっとカッコいい人が、もっと綺麗な庭で死んだらそっちに流れるから」
欠伸をしながら妻がいう。
「だといいけどな」
俺は電気を消して妻の隣に体を横たわらせる。妻が体を寄せる。パジャマの布越しに妻の乳首が立っているのを感じる。誰かが死んだ日の妻はギラギラしている。それに気がついたのは何人めシェーの時だったろう?
俺は妻の腕を掴み、乱暴に服を脱がせる。
「ゆっくん、知ってる? 今日みたいな日、ゆっくん凄いよ」
妻が大学の頃のあだ名で俺を呼ぶ。
「知ってるよ、みこりん」
俺も妻をあの頃のように呼ぶ。 窓の外が明るくなる。セコムのライトがついたのだ。
誰かがチャーリー由井の歌を歌っている。センスのない奴だ。あんなメジャーな歌を選ぶなんて。
「ゆっくん、誰かが死んじゃう」
「ああ」
そんなの知ったことか。
「死んじゃったのかな、今から死ぬのかな」
妻は興奮している。俺もそうだ。
精々、ロマンチックに死ぬがいい。クソみたいな自己憐憫でいっぱいの、クソみたいなガキ共。お前らの「特別な自殺」は俺たちのありふれた日常なんだ。バカ共め。
チャーリー由井の歌はインディーズ時代が最高なんだよ。
※自tumblerに掲載している「親が互いをあだ名で呼ぶのを見るとちょっとしたトラウマになるよねって話」の改題作です。
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