第4話 聖女様との邂逅

 今までの僕ろうさま、ってところか。


「何よ、朝っぱらからやにやして。気持ち悪い」


 微妙に言葉の棘が突き刺さったが、現在の僕は非常に気分が良い。何せこの繰り返しを抜ける手がかりを見つけたのだ。あと一度か二度……いや、もしかしたら今回で僕はこの呪いにも似た奇跡から解放されるのかも知れない。


「まあ見ててくれ、サラ。僕は五十九度目の初陣を華やかに飾ってみせる!」


「はいはい。もうすぐご飯、出来るから」


 いつもと同じ、いつもより豪華な朝食を食べ、僕は家を出た。






 ◇






「……しまった」


 帝国軍ではあるけどあくまでも領主様直々の部隊であり、領主様のお金次第で僕たち兵士の装備は変わる。そして戦争に於いて馬は装備の一部で、残念ながら領主様に馬を買うようなお金は無かった。普段戦争を行わないのはお金が無いからで、他国を占領しても維持費が……となるわけなのだ。


 そんな世界で余分な馬を買う余裕などあろうか。少なくともここ本陣には一頭も……いや、領主様の馬ただ一頭を除けば、子馬すら存在していなかった。


 無論敵も同様だ。一応隠密部隊という事もあるし、木々を走り抜けての奇襲は困難だという事もあるだろう。それでもお金が無い事に変わりは無く、襲ってきた王国兵は馬に乗っていなかった。黒いのは乗っていたがまあ例外とする。


 そしてそのおかげで聖女様は一旦戦場から逃げる事が出来たのだろう。誰かが領主様に馬を借り、聖女様を乗せて逃走すれば逃げ切るのはそう難しくない。問題は追っ手の数とか、味方があっという間に瓦解してしまう事か。そして個人的には逃げた方向もよろしくない。


 つまり僕は敵がやって来たら味方を斬り捨てて聖女様を強奪、ついでに敵に逃げた先が分かるようにかつ見失われないように走らなければならない。……凄く面倒だ。これは予想していなかったというか、何も考えていなかった。目先の利益に走るなんて……それで何回も死んだのに、成長していないとか笑えない。




「くそ、報告はまだか!?」




 だらだらと思考の渦に呑まれていても時は進む。それも悪い方向に。


 だったらもう、取り敢えずやってみるしかない。味方を斬り捨ててしまえば後々問題になるかも知れないけど、どうせ領主様の近くに居るような人たちは皆殺しだろう。遊撃隊みたいな下っ端なら逃げて生き残る可能性はあるけどね。


「敵襲ッ!!」


 領主様の天幕付近に居た僕はその言葉にびくりと肩を震わせた。周りの人も似たような反応をしたが、僕のそれとは大きく意味合いが変わる。


「聖女様、こちらです!」


 天幕から一人の優男と、ローブに身を包んだ影が出て来た。


 目深に被ったフードからは僅かに銀色の髪が覗いている。恐らくあの方が聖女様なのだろう。


 男は聖女様を馬に乗せると、自分も馬に乗ろうとした。だから僕はそいつを後ろから斬り捨て、代わりに馬に飛び乗った。


「フィルマン!?」


 聖女様が何やら喚いているが、構わず手綱を握った。一応村には共有資産として馬が二頭だけいるため、乗馬に自信はあった。


 訓練された軍馬は、突如凶行を働いた乗り手に逆らう事なく戦場を駆け抜ける。もちろん僕は村とは逆方向に馬を走らせた。


「……わ、私をどうするつもりですか……?」


 速度を上げすぎないように後ろを気にしていると、不意に腕の中の聖女様が言葉を発した。ようやく頭の中で整理が付いたのだろうか。だとしたら、所詮聖女様は象徴に過ぎないのだろう。


「どうするも何も、無事帝都まで届けるつもりですけど」


 その言葉を聞いてか聖女様はこちらを振り向く。白い肌に意思の感じさせる瞳は、何故かサラを想起させた。


 今までは縮こまっていたため僕の腕の中に居たが、背筋を伸ばすと身長は僕とそんなに変わらない。つまり視界が遮られて邪魔だった。


「帝都に……? だ、だったら何故貴方はフィルマンを!?」


 それこそ邪魔だったから、と言っても聖女様は理解してくれないだろう。何せ僕の行動は全て過去の死に起因するからだ。僕も一番最初は誰も殺さなかったし、誰も殺せなかった。


 まあ黙っているのは簡単だけど、ある程度は意味を持たせないとね。僕に従順に従っていれば無事帝都に辿り着ける、くらいの認識をさせないと睡眠中に逃げられでもすれば面倒だ。


「フィルマンって人? が僕に斬られた人だったら、まあ彼が悪いとしか言いようが無いね。何せ逃げようとした方向がまずい」


 理不尽な事を言っている自覚はある。でも聖女様は口を挟まなかった。聡明なのは良い事だと思う。


「彼の逃げた方向には何があると思う? ――――森だよ。そして点在する村々。隠れるには打って付けだ。食料も確保出来る」


 だったら何故? 瞳はそう語っている。でも変わらず口は挟まなかった。


「だったら、じゃない。だから、だよ。王国軍の身になって考えてみてよ。逃げた聖女様はどこに居ると思う? どこかの村が匿っていると思わない? ――――だったら、炙り出すしかないよね。無関係な住民を嬲り殺しにして、火でも放てば見付かるだろう……って、僕なら思うな」


 こちらを見る聖女様の目は焦点が合ってなかった。左右にゆらゆらと動いている。


 さあ、考えろ。考えるのは悪い事じゃない。でも良い事とも限らない。考えた結果あり得ると思った時点で僕の勝ちだ。いや、もう勝敗は決まっている。僕が言った事がまるっきり嘘だったら話も変わるが、僕の言葉はさぞ現実的だろう。だってそれは、僕の現実だったのだから。


「……そう、かも知れません」


――――勝った!


 僕は心の中でぐっと拳を握った。


「……しかし! かと言ってフィルマンを……こ、殺す必要は……」


 そりゃ当然だ。『正論とは正しく論じるために非ず。正しく 論詰するためにある』とは、何の本の一節だったか。


 だけど完全に僕に非がある場合とそうでない場合ではかなり違う。僕が王国の利益のためにフィルマンとやらを斬ったのならまだしも、帝国民のための行動となれば聖女様も現実を受け入れざるを得ないだろう。僕にとって大事なのは聖女様に良く思われる事じゃなく、聖女様を村から遠ざける事だ。村に危険が無いなら、聖女様が死のうとどうでもいい。


 ……そう言えば一回目の僕は勇者になりたかったんだっけ? もう忘れてしまった……といえば嘘になる。僕は生きたい。それが何よりの希望だ。もちろん生きるのはサラと共にだ。


 だから聖女様を殺してでも僕は正しい運命を掴み取る。……それでも、許されるならば勇者になりたい。それは幼い頃の願望で、サラの願いでもあった。そして僕は律儀にそれを目指している。




『クレールが勇者でね、私が姫なの。二人はね、結ばれるんだよ?』




 そんな幼い頃の会話で生まれた僕の夢。でも現実はそうはいかない。


「時間が無かったんです。だから――――」


 諦めて下さい、と言おうとして口が動かなかった。仮に僕が聖女様だったら諦めないだろう。僕を殺してでもフィルマンを救うだろう。


「だから……いや、もう過ぎた事です。聖女様があの場所に居た時から、運命は決まっていたんですよ」


 僕最大の皮肉だが、きっと聖女様には通じないだろう。






 ◇






「……少し、休憩しません?」


 数時間振りに聖女様が口を開いた。


 僕としてはまだ距離を稼ぎたいというか、今からが本番のつもりだった。これまではある程度速度を落として、しかも移動の痕跡も残したままにしていた。それは全て村に火の粉が降りかかるのを防ぐためで、今から偽装をするとなると休憩まであと数時間はかかるだろう。


 だけどわざわざ僕に声をかけたという事は相当に辛いのだろう。僕も気が回っていなく今思ったわけだが、聖女様は旅に慣れていない。特に乗馬なんかは慣れないうちはお尻の皮が破れて大変な事になったりする。僕も経験があるからよく分かるが、あれはかなり痛い。


「気持ちは分かりますが、逃げ方にも作法があります。もう少し我慢出来ません?」


「しかし……」


 聖女様は引かない。今も苦しそうに顔をしかめている。


 ……仕方がない、と溜息が漏れるのも隠さず、僕はゆっくりと速度を落とした。


「あ、ありがとうございます……」


 聖女様が礼を言う。




 そしてそれを待っていたとばかりに、一本の矢が僕の肩に突き刺さった。




「……ぁ」


 衝撃で、僕は自分が落馬した事を悟った。


 身体が動かない。奥……身体の芯から冷気が出て来る。風邪を引いたみたいに外は熱くて、中は寒い。何度も経験した『死』が近くまで迫っていた。


 ガチャガチャと音が聞こえる。僕に弓矢を放った王国兵が近付いていた。他に仲間は居ないようだ。斥候だったのか、それとも聖女様に逃げられないよう特別隊でも作ったのか……どうでもいいけど、絶好の機会だった。


 敵は一人。一人しか居なかった。これは運命なのだろうか。




 僕は近付いて来た敵の足に短剣を突き立てた。




 そこからの記憶は無い。








「クレール、そろそろ支度しないと遅れるわよ!」


 ばしん、と胸に衝撃が走り、僕は飛び起きた。

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