第3話 決められた運命
「……敵強すぎだろ」
「何の話? それより早く支度しなさいよね。ご飯ももうすぐ出来るんだからっ」
五十……何度目の死だっけ。確か……前回がごめんな死にすぎで、だから今回が五十八回目か。……うーん、何かいい語呂は無いだろうか。繰り返しすぎて何回目かも分からなくなってきた。取り敢えず語呂考えるの嫌になってきた、でいいや。
しかしあれだ。黒いの。あの千人隊長とかいう化け物、本当化け物。確実に人間止めてる。五十七回も死んで経験値を蓄えている僕が一向に勝てる気がしないんだけど。なんだろう……気合いが足りないのかな? 割と精神論の重要性に気付き始めてきた。死兵ほど面倒な相手も居ないし。
多分あれは相手にしてはいけない分類の存在なんだろう。一応人間の形をしているし、殺せば死ぬのだろうけど……まあ現状厳しいものがある。実は戦わない事が正解なのかも知れない。
「というわけでサラ。強そうな敵が来たら真っ先に逃げるね」
「……いきなり何よ。昨日は初陣で敵をばっさばっさ薙ぎ倒して勇者になる! とか言ってたじゃない」
それはもう遠い過去の事なのです、なんて言えず僕は黙った。
「挙げ句姫様と結ばれてどうたら言ってたじゃない」
「姫はサラだけどね!」
焼き餅焼いているのが可愛くて、ついそんな事を言った。脛を蹴られた。理不尽な。
◇
「クレールです、二等兵です、よろしくです」
ささっと挨拶を済ませ、僕は遊撃隊に入隊した。
今までは剣の腕というか、強そうな雰囲気を中尉に買われて第一分隊に居たわけだが、いかにも新人っぽく頼り無い過去の自分を演じていたら見事ここに来られた。
多分僕は途中から自分に酔っていたのだろう。やはり勇者という響きは気持ちが良い。でも目指すものは名声より生還で、
「敵襲ッ!!」
いつも通りの時間に敵がやって来る。最早僕にとっては日常だ。
「うああああ!」
叫びながら剣を振り回す敵を軽くいなし、敵を避けるように逃走する。なるべく一人になるのを避け、味方を盾にして後退した。敵も逃げる兵に用は無いのか、僕はあっさりと死地から抜け出す。何とも言えない幕締めだ。
しかしそう上手くいかないのか、僕は村とは反対方向に駆けていた。取り敢えずここらの土地勘はあるため、木々に身を隠しながら迂回する形で村へ戻る事にする。幸い森の奥深くとまでは言えないものの、結構樹木が連なって隠れ蓑にはなる。
日が落ちてきたのも都合が良い。帝国は下っ端にまで金属の鎧を配備するような余裕は無いのか、皮のちゃちい鎧が僕の唯一の防具だ。その反面、王国兵は顔以外の全身を金属の鎧に包まれている。あっちはガチャガチャと音を立てるが、反対に僕が音を立てる事は無い。暗闇の所為でうっかり鉢合わせにならない限り安全に逃げ延びる事が出来そうだ。
「……ん?」
遠くに光りが見えた。焚き火でもしているのだろうか。愚かなやつだ。
敵なら奇襲をかける……いや、近くに兵が潜んでいると思われても厄介だ。しかしそれより問題なのは味方の場合で、敵を誘き寄せられても困る。万が一味方だったら危険性を説いて……だけど反論されたらどうする? 多少なりとも学があればその程度の事は分かるはずで、そうでないという事はこっちが危険性を示唆しても逆にキレる可能性もある。
味方が少数なら、亡き者にした方が早いかも。
そんな事を思いながら光源に近付く。
「……だよ!」
「……! ……って!」
やはり光は焚き火のものだった。ぱちぱちと木が爆ぜる音が聞こえてくる。
焚き火にあたっているのは帝国のちゃちい鎧を着た二人組だ。排除するなら友好的に近づいて……待てよ、あれが罠の可能性は? 談笑していると見せかけ、釣られた帝国軍を……なんて可能性もある。ここは闇に乗じて近付き、話の内容から判断するべきだ。
もしもこんな状態で談笑していたり、これ見よがしに王国の事を語っていたら逃げよう。
しかし罠だとしたら判断がしにくい。ここは敵だろうと味方だろうと、素通りするのが最善じゃないか?
自身に問うが答えは出ない。取り敢えず話が聞こえる距離まで移動する。
「――――だから、俺たちの運命は最初っから決まっていたんだよ!」
ドキリ、と心臓が跳ねた。まるで僕の現状を言われているようで心が落ち着かない。
「つってもなー……何で王国軍はいきなりこんな田舎を攻めたんだ? とんだ外れクジだぜ」
「……ここだけの話、聖女様が視察に来られていた、って噂があるんだ」
「聖女……って
「そうそう。王国は聖女様の求心力にびびってるって話だ」
「つー事は……」
「そう! 聖女様が居る時点でこうなるのは決まってたんだよ!」
堪らず僕は飛び出した。
「うぉ!? 敵――――って、何だお味方かよ」
男は安堵の表情を浮かべ、胸を撫で下ろした。
驚かせて悪いけど、今の僕にそれを配慮するような余裕は無かった。
「今の話、詳しく聞かせて下さい!」
「お、おぅ。別に構わないけど、今のって聖女様の事か?」
首肯する。早くその情報を知りたかった。運命が決まっていた、なんて聞いて黙って居られるわけがない。僕は運命を変えられる存在でありながら、運命とは何かすら知らなかったのだ。そして僕の運命はきっと、聖女様に深く関わりがある。
「しかし詳しくって言われてもな……何か領主様の近くに聖女様は居たらしい、そのくらいしか知らねえなぁ。あとはまあ、未だ敵さんは聖女様を捜しているって事くらいか」
情報を吟味する。領主様の近くに聖女様が居たとするのなら、確かに敵の突然の襲来に説明はつく。そして未だに聖女様が見付かっていないとなると、聖女様はどこかに隠れている……僕が敵だったらどうする? 考えるんだ。思考を止めたら、僕は物言わぬ死体と同じだ。
「……どこかの村が、聖女様を匿っている?」
「あーそうかもな。こんなところにおなごが居れば目立つし、すぐ捕まるだろうからなぁ。捕まってないとなると、誰かが匿っているって考えるのが普通だよな」
……嗚呼、だからか。だから僕の村は焼かれたんだ。聖女様を炙り出すために!
「ぐぁ!?」
僕が事実に気が付いた瞬間、飛来した矢が隣の男に突き刺さった。
咄嗟に身を隠すが、既に包囲されているようだ。せめて火を消しておきたかったが、勢いの強くなった焚き火はそう簡単に消せない。……それにもう、時期的に遅い。村は手遅れだろう。この世界のサラも、僕は救う事が出来なかった。
だけれども、ここで五十八回目の生を投げ出すわけにはいかない。せめて聖女様が誰であるかを知らないと。仮に聖女様が殺されたとしても、行き場さえ知っていれば五十九回目の僕が助けられるかも知れない。
「悪いけど、押し通るよ」
僕の剣に型は無い。生き残ればそれでいいから敵に砂を引っかけるし……平気で味方を囮に使う。僕の年齢もこの場では上手く作用しているのか、敵は残ったもう一人の味方を見ている。僕はいつでも殺れると思っているのだろう。全く愚かな事だ。
「ちょ、おい!」
平然と味方を置いていき村の方へ走る。数人が僕の進路を阻んだが、そんなものは生い茂る雑草と変わらない。斬り合う事もせずにただ首を撫で、僕は先を急いだ。慌てて僕を追いかける足音が聞こえたが生憎地の利は僕にある。
敵も味方も全て置き去りにし、僕はただ走った。そして真っ赤になった村を目にする事になったが、既に諦めていた僕は打ち拉がれる事なく村を見回す事が出来た。だけど流石に自分の家とサラの家を見る事は出来なかった。
「こっちだ! 魔女を見つけたぞ!」
男の声が聞こえた。それに続き、数人の足音が僕の鼓膜を叩く。
魔女とは恐らく聖女様の事だろう。確かに帝国にとって聖女は、王国にとっての魔女だ。
僕は足音を追い、走る王国兵の後ろについた。走っている敵兵は四人。分隊単位で分散されているのか、人数は少ない。だから僕は隠れる事もせずに一番後ろを走る男の首を薙いだ。それにより多少の音が漏れたが、ぱちぱちと家屋が燃える音でそれは掻き消された。まさか王国兵も、自分の所行により全滅する事になるとは思わなかっただろう。
気が付いたら僕は一人で走っていた。誰一人後ろを気にしていなかった。ただの阿呆か、統率が取れていたと言うべきか。……まあ、目的達成目前でいろいろと注意が散漫していたのだろう。僕にとっては有り難い話だ。
「な!? 貴様どこから!?」
声が聞こえた所に到着すると、王国の青い鎧が一つ。そして――――黒い鎧が一つ。
僕は斬りかかってきた青を斬り捨てると、黒と向かい合った。
「見逃しては、くれないよね」
黒の後ろには聖女様が倒れていた。……死んでいるのか? そう思うも、僕だったら首を切って持ち帰る。気絶しているだけだろう。
ただどちらにせよ五十八回目に興味は無いため、聖女様が生きていようと死んでいようとどうでも良かった。僕の村に居たのはびっくりしたけど……取り敢えず逃避先が分かっただけでも良しとしよう。
「……子供を斬るのは趣味じゃないが、仕方あるまい」
敵が剣を構えた。
「子供でも女なら喜んで斬るって? 変態じゃないか」
聖女様を見ながら言うが、男はぴくりと眉を動かすだけで挑発には乗らなかった。僕も剣を構える。
敵さんは聖女様から放たれたくないのかその場を動かない。僕としても逃げる理由も無いし、かと言って動かない理由も無いため自分から一気に近付く。
小手調べに牽制を交えつつ短く横に薙ぐ。当然防がれるも、それは予想の範疇。下がると見せかけて砂を蹴り上げる! ……が、これも軽くあしらわれる。正攻法も搦め手も聞かないのであれば、やはり僕に勝ち目は無い。
今度は逆に男から斬りかかってきた。避けたいが避けられず仕方無しに受け止める。身長の差が僕を苦しめていた。
「くっ……!」
腕力勝負になれば僕から勝機が消える。元々の力はもちろん、上背の相手とは基本的に下手となる。力を出そうにも十全に出せない。先ほどは僕の年齢が味方となってくれたが、こうして一対一で戦うとなると途端に僕の首を絞める。
繰り返しの日々で僕が技術的に進歩しても肉体は何の進化も後退もしない。それは即ち、一生目前の敵には勝てないという事を意味する。
「ちっくしょう……!!」
捨て身の一撃を放つ。防御も次の手も考えない、繰り返せる僕だから出来る芸当。
――――だけどそれでも一歩届かず、僕の剣より一瞬早く敵の剣が僕を切り裂いた。こちらが振るった剣先は手の平数個分届かず、僕は五十八回目の生を手放した。
「クレール、そろそろ支度しないと遅れるわよ!」
ばしん、と胸に衝撃が走り、僕は飛び起きた。
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