第2話 果たせない約束

 首を撫でるがちゃんと付いている。


「 お、おはよう、サラ 」


「 おはよう。もうすぐご飯出来るから、早くしてよねっ 」


 また僕に奇跡が起きたようだが、こんな奇跡は要らなかった。繰り返しなのか生き返りなのか判断出来ない。どうでもよかった。


「 クレール? どこに―――― 」


 サラを置いて走った。支度も何もしていない。取り敢えずこの場から逃げようと思った。二度の死と一度の殺しに、僕の頭は内側から破裂してしまいそうだった。


 目的地はとくに決めていなかった。走り、疲れたら歩く。たまに小川で水分補給をする。


 取り敢えず戦場から離れれば離れるほど、僕の身はより安全になる。殺される事も殺す事もなくなる。だから走った。


 隣の村に着いた時、ようやく僕はお金すら無い事に気が付いた。これが都市だったら中に入る事すら叶わない。そうやって外に出来たスラムには居られるが、そんな治安の悪い所で寝泊まりはしたくない。


 幸いにして、隣村には知り合いが何人も居る。少し迷惑そうではあったけど、僕は寝床を得た。


 そうして二日が過ぎた。農作業を手伝えばご飯も出して貰えたが、そろそろ頃合いだと思った。帰らねば。


「 はよう帰れ。サラちゃんに心配をかけるな 」


 知り合いは言った。僕も頷いた。きっと僕を弾糾する役目の人は死んでいるだろう。


 他の人間……例えば王都から来た騎士様に何があったかと問われても、僕は事実をそのまま話せばいい。軍は瓦解して、僕は這々の体で逃げましたと。


 二度現場を見たのだから、三度目まで見る必要は無い。我ながら良い考えだ。




 ほくそ笑みながら帰った僕の家は燃えていた。




 村は全焼・全滅。誰一人として生きていなかった。僕は耐えきれず、落ちていた短剣で自分の首を掻き切った。








「 クレール、そろそろ支度しないと遅れるわよ! 」


 ばしん、と胸に衝撃が走り、僕は飛び起きた。


 目の前の幼馴染みを視界に収め、こみ上げるものを抑えながら全力で抱き締めた。


「 ちょと何!? 何なの!? 」


 腕の中でサラが暴れるが、それはすぐに収まった。


「 どうかしたの? 」


 どうもこうも、死んだんだよ。


「 誰が? 」


 君だよ、サラ。そしてみんなだ。僕も死んだ。


「 悪夢を見たのね? 」


 ああ、悪夢だ。しかもそいつは覚めても覚めても繰り返される。僕はどうすればいい?


「 ……よしよし 」


 答えは無かった。ただサラは、弟たちにするように僕の頭を撫でた。ここは安全だよ、怖くはないよ、と。だから僕は騙された。


 四度目は、二人で仲良く燃えた。







「 クレール、そろそろ支度しないと遅れるわよ! 」


 ばしん、と胸に衝撃が走り、僕は飛び起きた。


「 ……三十三度目のおはよう 」


「 寝ぼけてないでさっさと準備しなさいっ 」


 サラはそう言うと去って行った。いつものスープを作るのだろう。


 僕は手慣れたどころか習慣となった支度を終わらせ、テーブルに座った。そこから料理をするサラをぽけーと眺める。


 今だけが唯一の心安らぐ時間だった。しかしそんな時間はすぐに終わる。僕はいつも通り豪華な食事を終えると、直ぐさま家を出なければならない。無論逃げるという選択肢は無かった。そうすれば死ぬのは、僕じゃ無くサラになる。だったら生きていたところで意味は無い。


「 今日は早いのね 」


 準備の事だろう。僕は一言そう? と返した。


「 いつもこんなに早ければいいのにね。……帰ってくるのも 」


 ぼそりと呟かれた言葉も、これで幾度目か。聞き逃す事は無かった。


「 帰ってくるよ、すぐにね 」


 聞かれるとは思っていなかったのか、彼女は僅かに目を見開いた。次いで、口を開く。


「 生きて、帰って来てよね? 」


 僕はその言葉に返答はしなかった。既に三十二度、死んで帰ったからだ。






 ◇






「 君は……そうだね、うちの隊に入って貰おうかな 」


 おや? と首を傾げる。


 いつもなら色々な隊をたらい回しにされた挙げ句無駄に日々を消化し、結局遊撃隊に入隊するのが常だったからだ。


 そんな繰り返しの中で、いきなり第一分隊に入る事になるとは予想もしていなかった。どのくらい凄いところかは僕自身もあまり理解は出来ていないけど、少なくともエリートの集まりである事くらいは知っていた。何せ僕以外は全員『職業・兵士』なのだから。


「 所詮分隊だから大規模な動きとかはないけど、その分連携が大事になってくるからね。頼んだよ新人君 」


 取り敢えず頷いておく。殺される恐怖も薄まってきたし、殺す抵抗感も無い。とっくに戦場でのは捨てている。


「 ああ、あと自分はアラン中尉だ。よろしく、クレール一等兵 」


「 は、はぁ 」


 差し出された手を握る。どうやら僕は一等兵扱いになるらしい。帝国では二年兵とも呼ばれるこの階級はその名の通り二年以上戦場、もしくは兵士として活動をした者に与えられる階級だ。もちろん戦争の活躍次第ではすぐにでもその上の階級になれたりもするが、僕みたいになんの成果も挙げていない人間が名乗れる階級じゃない。


 流石はエリート部隊、っていう判断でいいのだろうか。アラン中尉も、普通はこんな前線に居るような人では無い。少なくとも小隊長以上を指揮するような階級の持ち主だ。


「 くそ、報告はまだか!? 」


 いつものが始まった。そろそろ敵の部隊が強襲して来る頃合いだ。


「 ……斥候が戻ってこないようだね。クレール一等兵、君はこの現状をどう見る? 」


 問われ、おざなりに返しておく。


「 敵が近いんでしょうね。もうじき敵が見えるかと 」


 信じて貰えるとは思っていないので、あまり適当とは言えない答えを返す。僕としては答えを知っているからそう言えるだけで、誰がこんな前線とは言え本陣に敵が来ると思うのだろうか。


 しかし僕のそんな考えは呆気なく覆された。


「 自分もそう思うよ。……総員抜剣! 敵は近いぞ!! 」


 シャンッ、と分隊六名が剣を抜いた。その動きに付いて来られなかったのは僕だけである。


「 どうした? 敵が近いと言ったのは君だぞ? 」


「 え……あ、はい! 」


 慌てて剣を抜く。敵襲! という誰かの悲鳴はその動きと殆ど同時だった。


 この場に騎兵は居ない。敵は隠密部隊として強襲するために。味方は最前線に居るが故に。


 ここは本陣だが、残っている兵は後詰めとして待機している数百の兵のみ。冷静に見ると敵の二倍近い数の兵が居るが、その数の利は勢いでひっくり返されていた。兵はそれぞれ抜剣し戦っているものの、僕たちの分隊みたいに上手く纏まっていない。


「 クレール、来るよ! 」


 言われるまでも無い。三十二度の死の中で学んだ経験は、確実に今の僕に引き継がれている。


 正面の敵に向かって上段から斬りかかる……と見せかけ、一歩退く。敵は切り結ぶために振るった剣により僅かに体勢を崩し、僕はそれを見逃さずに剣を横に薙いだ。


 突く事をしないのは、最初の方で剣が抜けずに殺されたからだ。


「 いい動きだ! 」


 僕の隣で中尉が二人を相手取り、見事切り伏せた。他の隊員も誰一人欠ける事なく敵を屠っていく。


 皆が皆示し合わせたように互いの死角を確保している。それは訓練の賜というよりも、玄人故の動きに見えた。皆は自分の役割をこなしているのに過ぎない。


 一対一の強さで言えば、きっと僕は中尉より強いだろう。でも部隊同士の戦いだとまた変わる。僕は常に一人で、味方を壁にする形で多対一を一対一にしていた。だからこうやって味方の死角を消したり、二人を相手取ったりは出来ない。そういう細かなところで、やはり僕は新人だった。


「 一旦下がるぞ! 」


 完全に混戦状態で、最早生き残るには運が必要になっていた。だけど一部の人間は偶然を必然に変え、上手い具合に戦っている。こうやって動けるのも指揮官である中尉のおかげで、僕みたいに正面の敵しか見ていなかったら、後ろからだったり横からの一撃で呆気なく絶命する。


 だけどそういう部隊は敵に厄介な存在だと思われるのか、じわりと敵の密度が高くなる。周りからどんどん味方が消えていた。


「 ……まずいな 」


 中尉がぼそりと呟いた。敵の方が一枚上手なのか、僕たちはどんどん孤立していった。敵の数は減少しているが、味方はそれ以上に減っている。数の利まで無くなれば勝ち目は無い。


「 どうします? 中尉 」


 取り敢えず指示を仰いでみる。三十二度の死を経験してなお新人の僕には、一体何が最良の選択か分からなかった。


「 ……進むぞ、前進だ。どうせ死ぬなら敵の頭を取ってから、だ 」


 中尉は笑いながら言った。そこに悲壮感は無い。何故だろうか。僕と違って死ねば終わりなのに、何故そうも笑えるのだろうか。……もしかすると実はみんな繰り返しの日々を生きていて、それぞれがそれぞれ都合の良い夢を見ているのではないか。不意にそんな事を思った。


「 行くぞ! 我々第一分隊はこれより! 決死隊となる!! 」


 進むとなれば、それこそ死角とかそんなものは関係なくなる。厚い敵の層を通るのだから、剣を振り回す敵の真横を無理矢理通らなければならない。先頭を切る人はそもそも全ての敵と当たるのだから致死率は上がり、最後尾は阻む味方が居ないため常に後ろから敵に狙われる事となる。


 そんな中、僕は中心だった。先頭は中尉で、後ろは分からない。振り返っている余裕なんか無かった。


「 あいつだ! あいつを殺れ! 」


 誰が言ったかは分からない。中尉か、もしかすると僕だったかも知れない。行く先には青い鎧の王国軍の中で、唯一黒い鎧を身に纏った男が居た。仲間に伝えようとして振り返ると、敵が僕に斬りかかるところだった。無様に転がって身体を汚しながら敵の一撃を避け、僕はお返しとばかりに敵の足を切り払った。


 一名が倒れ伏し、それを救うためにもう一人が欠けた。この場では安易に殺すよりも、敵に重傷を負わせた方がより適当だった。


 後ろの味方は全滅していたため、僕は後ろを気にしつつも中尉を補佐するために前を向いた。その必要は無かった。


「 ……ぁ 」


 後ろも前も全滅していた。周囲数十メートルに渡って敵しか見えない。今度の僕も死んだのだ。


 せめて敵の大将くらい……と思うも、三合と打ち合う事なく僕は引き裂かれた。





「クレール、そろそろ支度しないと遅れるわよ!」


 ばしん、と胸に衝撃が走り、僕は飛び起きた。

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