第15話 ②

 



「……で、おまえなんで灯乃を呼んだんだ? 本当にデートのつもりなら教える必要なかっただろ」


 二人が店から出た後、めずらしく不貞腐れた顔をしている春にそう言えば、春は私を一瞥してさっきまで寧羽が座っていた場所に視線を移した。


「もともと呼ぶつもりだったんだよ。デートって送ったのもからかってやろうと思っただけ。……けど、呼ばなかったらよかった」


 本音がこぼれ落ちるように吐露された一言に調子が崩される。今茶化す雰囲気ではないことくらい私にもわかる。春の邪魔をしたつもりはなかったけど、結果的に邪魔をしたことになるんだろうな。でもさ、あのまま寧羽をここに留めていたら頭パーンッしてたぞ絶対。目に見えて混乱していっぱいいっぱいになってる親友にしてやれることは、とりあえずここから離してやることだと思った。灯乃と出て行かせたのはそれが最善だと思った。丸く収まると思った。まさかもう一人の男がこんな姿を見せるとは想像していなかったんだ。


「おまえ寧羽のこと好きなの?」

「は? 別にそんなんじゃねぇ」


 まるで用意していたかのように返ってきた言葉に口元が緩むのを抑える。


「ふーん。ま、万が一おまえが寧羽を好きなら応援してやるよ」

「……」

「なんだよその信じられないって顔」

「藤和が俺の応援とか信じられないに決まってるだろ。何の罠だよ」


 いや失礼。

 罠も何も、寧羽絡みでこんな嘘つくわけないだろ。警戒心剥き出しのこの男を一発はたいてやろうかと思ったけど、ぐっと堪えた。ここは店だ。自分の家の店の評判を娘の私が落とすわけにはいかない。さっき胸ぐらを掴んだ件に関しては時効だ。忘れろ。

 私はふう、と息を吐いていまだに疑念の目を向けてくる友人に素直に気持ちを言葉にする。


「……いろいろあったけどさ、おまえには一応助けられたからな。おまえなら寧羽を任せてもいい。少しだけ、そう思わなくもない」


 疑念の目が大きく瞠られる。言外におまえは本当に藤和美鈴かと問われた気がしてふいと顔を背けた。

 もともと気持ちを言葉にするのは苦手だ。でも春と仲違いして寧羽と出会って過ごして、そして寧羽に言われた言葉がすとん、と胸に落ちた。気持ちは察することはできても、口にしなければ伝わらない。当たり前のことを私は当たり前にできていなかった。だからまあ、たまにはちゃんと伝えるのもいい。そう思ったのに……


「化け物を見るような目で見るんじゃねえよ。そのグラスの水、おまえの頭上でひっくり返すぞ」

「店員の台詞か?」


 春は溜め息をこぼすとがしがしと頭を掻いた。


「そもそも任せてもいいって何目線だよ。藤和にとって寧羽は子供かなんかなの?」

「は? 天使」

「は?」

「だから、私にとって寧羽は天使」

「は?」

「私が辛いとき、泣きそうな顔でハンカチ差し出して心配してくれた天使だよ」

「キッショ」

「おまえ……」


 まじで頭から水ぶっかけてやろうか。

 湧き上がる怒りを拳を握って堪えていると、春が額に手を当てて肩を震わせ出した。よく聞くと笑い声が漏れている。え? なにこいつ。キッショのあとは爆笑かよ。ついに我慢の限界に達しそうになったとき、顔を上げて「素直で単純で、ころっと騙されそうでほっとけねーよな」と性懲りもなく笑い続けるから私も「そうだな」と笑ってしまった。


「おまえやっぱり寧羽のこと好きなんじゃねーか」

「だからそんなんじゃねーって言ってんだろ」


 急に真顔を作って否定の言葉を口にするもその表情はどこか柔らかくて、初めて見た友人の青い春の予感に胸の奥がくすぐったい。


「仕方ない。やっぱり応援してやるよ。米粒くらいなら」

「偉そうに言ってる暇があんなら俺のデート相手連れ戻してこいや」

「ケーキ交換して食べただけで盛大に照れ倒したやつがデートデートうるさい。せめてあーん、くらいしてもらってから照れろ」

「い、今それ関係ないだろ」


 既に温くなっているであろう珈琲を飲み干して「おかわり」とだけ仏頂面に告げられる。


「おかわりの制度はない。新たに頼め」

「わかってるわ!」


 不器用で素直じゃない友人を微笑混じりに鼻で笑い、注文を伝えるべく席から離れる。これからどうキューピッドをしようか、春の恋敵の顔が浮かんできて私を諌めてくるけど結局は寧羽の気持ちが最優先なので、私にできることはそう多くはないかもしれない。

 でも、突き放した私を助けてくれた友人への恩返しにやっぱり少しくらいはキューピッドになってやろうと、湯気の立つ珈琲を運びながら口元に笑みが浮かぶのだった。





 

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