第6話「遊びに行こうよ!」


グラントとの戦いから2週間が過ぎた。

目をうっすら開けると、世界が眩しかった。




「ふああああ…」




良子はベットから身を起こし、うーんと伸びをした。

タンクトップ(ブラ無し)パンツだけという何ともラフな格好である。




「あれ・・・いない」




ベットの隣には誰もいない。

昨日、礼菜と一緒にいたのに…。

そう、ここは礼菜の部屋である。

良子と礼菜は昨日の晩、礼菜の部屋で一緒に寝たのだ。

最近の良子はほとんど礼菜の部屋に入り浸っている。

そして、夜になれば毎日必ず一緒に寝るようにしている。

礼菜もそれが嬉しいようだ。

良子は普段口には出さないが、彼女はとても寂しがり屋だ。

そんな彼女にとって、礼菜と一緒に寝るのは何よりも落ち着くのだ。

良子の親は蒸発していて、どこにいるのかもわからない。

幼き子供は親に甘えるのが普通だろう。

しかし、できなかった。

したくてもできなかった。

寂しくて、寂しくて、仕方がなかった。

だが、師匠である染井にも甘えたことはほとんどない。

だけど、その分、礼菜には甘えている。

だが、礼菜は自分から「一緒に寝よう」と誘うのが苦手なのを良子は知っている。

苦手というか、自分から何かを言い出したりすることが苦手なのだ。

女の子特有の積極的に行動する事ができないタイプだ。

でも、心の中ではいつも良子と一緒にいたいと願っている。

良子は全てわかった上で、自分から積極的に誘っているのだ。

故にどれだけ入り浸っても、礼菜は良子を鬱陶しく思っておらず、むしろ嬉しく思っている。




「・・・いい匂い」




温かくて、どこか懐かしい香りが漂ってくる。

これは・・・お味噌汁の香りだろうか。

ベットから出て寝室を抜けると、礼菜はキッチンにいた。

エプロンをつけ、料理本を見ながらあーだこーだと言いながら料理を作っている。




「…えーと、ここはこうして。で、これはこうするのね。ふむふむ」




家事が苦手な礼菜は、料理を作るのはあまり得意ではない。

だが、努力家な彼女はなんとか料理を上手くなろうと必死だ。

その為、部屋の本棚には料理本でいっぱいだ。

それも全て、良子を想っての事である。

良子は礼菜が行方不明になった時、彼女の部屋の本棚を調べた事を思い出す。

やっぱり熱心に頑張っているんだなと良子はしみじみ頷いた。

良子は礼菜に気づかれないようにそっと近づき、礼菜を背中から抱きしめた。




「きゃ!」




ビクッと反応する礼菜。

その反応が初々しくて可愛い。




「おはよ、礼菜」




「な、なんだ、良子か。もう、脅かさないでよ。心臓止まるかと思ったじゃない」




「あはは。ごめん、ごめん」




良子はそう言いながらも離れない。




「だってさ、礼菜が戻ってきてくれたんだもん。嬉しくてさ…」




良子は少し涙を流しながら話す。

そんな良子に礼菜も満更ではなく、寧ろ胸が熱くなるのを感じる。




「ありがと。…っていうか、そろそろ離して。料理できないんだけど」




「え~もうちょっとだけ。礼菜柔らかくてさ、気持ちいいから」




「あたしはぬいぐるみですか…」




たははと笑いながらも、礼菜は満更でもない様子だ。




「ねえ、キスしようよ」




「そういうことは言わなくてもいいの…もう」




良子は赤面する礼菜にキスをした。

心地良いと二人は感じていた。




「もうすぐ料理できるから、もうちょっと待っててね」




「わかったわ。楽しみに待ってる」




良子は笑顔で頷いてその場を離れた。

礼菜は鼻歌を歌いつつ、再び料理を再開した。










「どう?」




「うん、美味しい」




「でしょ?えへへ、良かった」




礼菜が作った朝ごはんのメニューはいわしのハンバーグ、カリフラワーのサラダだった。




「礼菜、腕上げたね。いつでもお嫁さんになれるんじゃない」




どれも味が香ばしく、なかなか美味しい。

以前食べた礼菜の料理と比べると段違いだ。




「…あはは。それはどうも」




礼菜は少し苦笑した。

それっていつかは他の…。



「でもさ、私が好きなのは良子だけだから」




「・・・・・」




予期せぬ礼菜の台詞に思わず赤面する良子。

言った礼菜も同じく赤面している。




「…ありがと。れ、礼菜も食べなよ。ごはん冷めちゃうよ」




「あ、う、うん。いただきます」




二人はちょっと気まずい雰囲気のまま、黙々と食べ続ける。

時計の針の音が聞こえるくらい、二人は無言だった。

でも不思議と居心地が悪い空気ではない。

なんというのか、恥ずかしくて、照れくさい感じだ。




「……」




「…あ、あのさ」




そんな無言に耐え切れなかったのか、礼菜が口を開く。




「良子、私を助けるために大金出したって…本当?」




「…誰から聞いたの?」




良子は少し真剣な表情になる。

礼菜に気を使わせたくない良子は、マコに堅く口止めしていた。

稲美にはそもそも教えていない。

どこからその情報を知ったのだろうか?




「…実は飯田さんから教えてもらったの。昨日、私の携帯に電話があってね。お友達に感謝しなさいよって言ってくれたの」




「…なるほどね」




良子は心の中で舌打ちした。

飯田さんにまで口止めしていなかった…。




「…いったい幾らしたの?飯田さん、金額までは教えてくれなくて」




「ナイショ」




「そんなのダメ、正直に話して。私だけが知らないなんて、そんなの良くないよ」




「いいよ、別に。お金なんて稼げば入って来るんだし。それに礼菜は今ここにいる。なら、それでいいの。別にそんな高くないし」




冗談っぽく笑って誤魔化す良子。

もちろん嘘だ。

350万払ったとはどうしても言いたくない。

責任感が強い彼女の事だ、仲間に迷惑をかけたと自分を責め、ひどく落ち込むだろう。




「嘘言わないで。私、知りたいの。何も知らずにのうのうと暮らすなんてできない。そんなの、腑に落ちないよ」




礼菜は俯いて呟く。

自分の為にどれだけお金がかかったのか?

真面目な彼女は、それをスルーする事はどうしてもできないのだろう。

恐らく、金額を知り、それを自分で払いたいはずだ。




「…2万ちょいだよ。そんな高い金額じゃない」




もちろん嘘だが、金額を言わないと礼菜は納得しないだろう。

だが、礼菜は首を横に振る。




「そんな安い訳ないでしょ?良子、正直に言って」




「礼菜、金額よりも礼菜がここにいる事が大事なのよ?礼菜がまた戻ってきてくれた。ウチにはそれだけで充分なの」




「…350万かかったんでしょ?」




「・・・・」




礼菜のぽつりとした呟きに良子は礼菜から目を逸らした。




「…飯田さんから無理言って聞きだしたの。私、それ聞いたとき、嬉しいとは思えなかった。ううん、そんな大金を出してくれた事は嬉しいよ。けれど、ショックな気持ちの方が大きかった」




「・・・・」




「私、みんなにお兄ちゃんや家族の事とか何も話してない。今回だって何も言わずに出かけて、みんなに心配かけた。おまけにそんな大金出して探してくれてたなんて…。良子やみんなには感謝しきれない。けれど、迷惑かけたんだなって思うと、すごく辛い…」




「誰も迷惑だなんて思ってない。礼菜が責任感じる必要は無いよ」




「けれど…350万なんて大金でしょ?そう簡単には稼げないわ。私、それを思うと…」




「元々そのお金は礼菜の為に使うつもりだったの」




「え?」




礼菜は首を傾げた。




「昔、礼菜が家庭の事情でウチの元から離れた時、すごく辛かった。なんか胸にぽっかり穴が開いた感じでさ。毎日毎日、何をしても楽しくなかった。思い出すのは、礼菜の事ばっかり。出会った時や、勝負した時、遊びに行った時とか…。そんな事ばっか思い出してた」




良子は少し遠い目をして、軽く笑った。




「良子…」




「ウチ、幼稚園も小学校も友達いなかったんだ。作る気なかったし、仲良くなれそうもなかったし。でもさ、友達が欲しくなかった訳じゃないんだ。クラスメートが友達同士で楽しそうに話しているのとか、少し羨ましかった。ウチもその会話に混ざれたらいいのになって思った」




「……」




良子はため息をついて、首を横に振る。




「けど、ウチは芸能人なんて、そんなに好きじゃない。好きなTVだって時代劇とかだし。異性の話や人の悪口なんかも興味ない。みんなとは好きな物が違いすぎる。第一、生まれた環境だって違う。だから、輪に入ろうとは思わなかった。入ったって、きっと会話についていけなかっただろうしね…」




目を瞑り、過去を振り返りながら話していく良子。

毎日つまんなくて、山で修行ばかりに明け暮れていた日々だったなと良子は改めて感じていた。今思うと空しいというか、寂しい時代だったんだなと客観的に振り返る。




「・・・・」




そんな良子の言葉を礼菜は一言一句聞き逃さないよう、じっと聞いている。




「そんなウチにとって、礼菜は始めての友達だったの。最初は暗い子だなって思ったけど、仲良くなって、二人の時間がどんどん増えていった。それがすごく嬉しくて、本当に幸せで…。毎日楽しかった。けど、その分、いなくなってから辛かった…」




「良子…」




「だからウチは考えた。いつかまた礼菜に会う。そして、高校卒業して、一緒に暮らしたいって思った。その為にお金を貯めようって考えたの。幸い、ウチはその時師匠の所を出て一人暮らししてたし。毎日毎日バイトしまくった。道路工事、コンビニ、喫茶店、郵便局、道場で剣を教えたり・・・。

24個掛け持ちしてたの」




「そんなにも?」




「そうだよ。ええと確か…」




良子は一旦礼菜の部屋を出て、またすぐに戻ってきた。

どうやら自分の部屋に行っていたらしい。

そして、テーブルの上に何かをどさっと置いた。

それは細長い紙の束だった。

かなりの厚さがある。




「これ、その時の給料明細書」




「・・・・・・」




礼菜はその中の一枚を手に取り、一つ一つ食い入るように見ていく。

コンビニ、飲食店、道路工事、郵便局、剣術道場の他、ファミレスやキャンペーンガール、ドラマのエキストラなどもある。それぞれの給料明細書には剣良子という名前と額面や手取りでの金額などがきちんと書かれている。




「それ全部足したら、350万になるわ。ウチ、どうしても礼菜が忘れられなかったからね。でも、礼菜が他に仲良しの友達作ってたらどうしようかなって不安にもなったけど」




でも、それは杞憂だったねと良子は笑った。




「・・・・っ」




礼菜は大粒の涙を流して、頭を抱え込んだ。

声をあげて泣きじゃくる。




「私の為に・・・こんなに・・・。でも、私のせいで、そのお金は全部・・・」




全部、無くなってしまった。

自分を探すために…。

礼菜は嬉しかった。

良子が影でそんなにも自分の為に必死になって働き、稼いでくれた事に。

だが、自分が行方不明になったせいで、そのお金は全て消えてしまった。

こんな大金、24個かけもちしてもすぐに稼げるものではない。

恐らく年越しで貯めた金額だろう。

きっと、正月や土日休日も返上して働いたに違いない。

しかし、良子がそんな苦労をしてまで貯めたお金は全て消えた。

失踪した自分の情報を得るために。

礼菜は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

良子は礼菜に近寄り、そっと抱きしめた。




「ウチね、後悔してない。礼菜の為にそのお金を使えてよかったって思えてる」




「うああああああああああああああん!」




礼菜はその一言で号泣した。

泣きながら良子の名前を何度も呼び、抱きつき、泣きじゃくった。

嬉しくて、申し訳なくて、辛くて、でも嬉しくて…。

涙が止まらない。

そんな礼菜を良子は優しく抱きしめてた…。











「・・・落ち着いた?」




「…うん」




-数時間後。

ようやく泣き止んだ礼菜はまだ目と鼻が赤かった。

良子は「よかった」と言って礼菜の頭を撫でた。




「…というわけで、お願いがあります」




良子は口調を明るく変え、おちゃらけて言う。




「なに?」




「ウチ、礼菜の事、大好き」




「・・・うん」




礼菜はその言葉にそのまま頷いた。




「だから、ウチ以外の誰も見ないで。他の誰とも付き合わないで。ウチは礼菜しか見ないから、礼菜もウチだけを見て。礼菜はウチの物で、ウチは礼菜の物だよ。他の誰の物にもならないで。ウチだけを見て」




良子は礼菜の肩を掴み、礼菜の瞳を見つめた。

絶対に目を逸らさないと決めた良子の瞳はとても力強く、礼菜はその真剣な瞳に思わず見惚れていた。礼菜はコクリと頷いた。




「…うん。私は良子しか見ない。良子も私だけを見て」




「うん。もちろんだよ」




「…良子、告白してくれてありがとう。すごく嬉しい」




「礼菜…」




礼菜はえへへと照れくさそうに笑う。




「…っ、なんか幸せすぎて、死にそう…。夢じゃないよね?」




良子はそっと礼菜の唇に自分の唇を重ねた。




「夢じゃないでしょ?」




「うん・・・」




二人はそのままキスを続けた。

何度も何度もキスを続け、良子はたまらず礼菜を押し倒した。




「礼菜・・その・・ええと・・」




「…いいよ」




迷い無く、ハッキリと言う礼菜。

そんな礼菜に良子は少し驚きを感じていた。




「…礼菜」




「良子、私の全てを焼き付けて。あなたの脳を私だけでいっぱいにして。顔も、胸も、大事な部分も…全部見て。その目に焼き付けて。そして、私を幸せにして…」




「責任重大だね」




「嫌?」




「まさか。つつしんで、お受けいたします」




「よろしい☆」




良子は礼菜のキャミを脱がしてから、ダンガリースカートを丁寧に脱がす。

乱暴にせず、優しく丁寧に脱がしていく。

まるで壊れ物を扱うような丁寧さで。

二人は無言になり、室内には服の布切れの音だけが響く。

良子は顔を赤く染めつつも、手を止めなかった。

意識せずにはいられないし、心臓がさっきから早鐘のようにうるさく鳴り響く。

それを無視してただ脱がすことだけを考え、脱がしていく事に没頭する。

どんどん生まれたままの姿に近づいていく礼菜。

露になっていく自分の姿に礼菜も恥ずかしさを感じていた。

だが、良子にされるがままだった。

自分の裸を良子の瞳に焼き付けてと心で願いながら…。

やがて、礼菜は下着姿となる。

ピンクのフロントホックブラとパンツ姿の礼菜。

良子は、礼菜とこういう事をするのは初めてではない。

だが、何故かいつも以上に緊張する。

きっと礼菜も緊張しているのだろう。

心臓は余計早く鳴っている。

呼吸をしてもどこか荒々しく、興奮は収まりそうもない。

それが多少もどかしくもあるが、無視するしかない。

良子は気を引き締め、礼菜のブラに手を伸ばそうとした。




「こんちは、良子。あのさー」




そこで扉が開かれ、マコは硬直した。




「・・・あ」




「・・・あ」




「・・・・」




礼菜も気づくが、何も言えない。

良子は礼菜を押し倒し、下着姿の礼菜を脱がそうとしている。

見ただけで何をしようとしているのか一発でわかる光景だ。

マコは顔を真っ赤に染め、俯いた。




「ご、ごめん…お、お邪魔だったわね。じゃ、じゃね」




マコは早口でそう言って脱兎の如く去って行った。




「・・・・」




「・・・・」




良子と礼菜はフリーズしたまま、数秒が経った。




「は!ちょ、マ、マコ!待って、誤解!誤解だよー!」




我に返った良子は慌ててマコを追いかけた。

一人ぼっちになった礼菜はため息をついた。




「…残念。今度はホテルでしようね、良子」




くすっと笑みを浮かべた礼菜。

残念に思いつつも着替えを済ませた。

しかし、マコの説得には2時間かかるのであった…。









「…まったく。アンタ達は本当に仲良しね」




マコは呆れた表情でため息をついた。

良子も礼菜もあははと苦笑いするしかない。

言い訳しても、意味がないだろう。

…あんな光景を見られた以上は。




「で、ど、どうしたのマコ。何か用事だったの?」




どもりつつも、良子は話題を変えようと促した。

マコは何か言いたそうにしていたが、諦めて、頷いた。




「ねえ、あんた達、この後暇?」




「うん、まあ暇だね。礼菜は?」




「私も。特に用事は無いかな」




二人の反応にマコはほっと胸を安堵させた。




「よかった。実はさ、稲美さんとさっき話してたんだけど、稲美さんパウンド1に行ったことが無いんだって」




「そうなんだ?」




「そう。で、よかったらみんなで一緒に行けないかな~って思ってさ。どう?」




パウンド1とは複合アミューズメント施設の事である。

ボウリング、カラオケ、バトミントン、ビリヤード、フットサル、釣り、ゲームセンター、バスケットボールなど様々な遊びの施設が揃っている。

全国展開していて、以前良子がいた大阪にも店が複数ある。

みんなで遊ぶ場所といえば必ず名前が上がるほど、代表的な遊び場として広く世間に知られている。




「良子はパウンド1行ったことある?」




「昔、何回か。師匠がカラオケ大好きで、よく付き合わされたわ。最近は全然行って事ないけど」




師匠は大のカラオケ好きなんだけど、オンチだったな~と苦笑いで回想する良子。




「CMでは見た事あるけど、行った事ないわ」




礼菜は首を傾げる。

その回答にマコはうーんと腕組しつつ唸る。




「じゃあ、私と良子だけね、経験者は」




「でも、結構小さい頃からだったからね。あんまり覚えてないかも」




「そ。じゃ、みんなまとめてパウンド1デビューしましょう。うん、それがいい」




マコは一人納得して頷く。




「マコは行った事があるんだ?」




「うん。実家知にいる時はよく友達と行ってたわ。東京に来てからも何回か行ったし。東京なら八王子に支店があったわね」




マコは友達が多いイメージがある。

その光景は容易に想像がつく。

きっと部活や道場の先輩や後輩達なんかと遊びに行ったんじゃないだろうか。




「で、その肝心の稲美ちゃんは?」




「行く気満々で着替え中。前からTVとかで気になってたみたいよ。んじゃ、二人ともOKね?」




「断る理由はないよ」




「私もあそびたーい」




「じゃ、10分後に寮の下に集合!」




「ラジャー☆」




良子と礼菜は軍人よろしく敬礼し、同時に声をあげた。








10分後。




「おまたせ」




「おまたせー」




良子と礼菜が階段を降りると、既に稲美とマコが待っていた。




「あら、二人ともなかなか可愛いじゃない」




「ありがと」




「えへへ」




マコはへえと関心して良子達の私服を見た。

良子は上が紺色のTシャツ、下がデニムクロッドパンツだ。

Tシャツには鯨が描かれ、クジラが「The sea is not made dirty」(海を汚さないでね)と笑顔で言っている。いわゆるエコTシャツという奴である。

デニムクロッドパンツはカラーがユーズドネイビー。

クロッドパンツは足が細く見え、しゃがんでも下着が見えない股上だ。

足が細く見え、思った以上にラインが綺麗が見えるので、良子は気に入っている。

良子はスカートよりも、パンツ系が大好きである。

本人曰く動きやすいということから、いつも好んで履いている。

スカートでいるのは学校に行く時くらいだ。

私生活ではズボン、家の中でもスウェットという格好である。




「礼菜様も素敵な格好ですわね」




「そう?ありがと、稲美さん」




礼菜は顔を赤くして照れ笑いした。

礼菜の服装は五文袖デニムボレロジャケット、イレギュラーヘムワンピースだ。

ジャケットのカラーはインディゴブルー、ワンピースのカラーはペパーミントとなっていて、良子とは対照的により女の子らしいと言える格好だ。




「礼菜はホント、スカートとかワンピース好きだよね。ズボン系履かないの?この前いくつかあげたのに」




「ん~ズボン系も好きなんだけど、やっぱりこっち着ちゃうんだよね。なんか可愛いデザインの服とか好きなんだ」




礼菜はファッションショーのノリでその場で一回転してみせた。

礼菜の私服はデザインブラウスやスカート、ワンピースといった物が多い。

どちらかというと可愛い系が好きなようである。




「なるほど。だから、消しゴムとかもクマの消しゴムとかラブリー系が多いのね。ペンケースもピンクだし」




「うん。可愛いのってなんか癒されるのよね~」




うっとりと和みながら話す礼菜。

ちなみに彼女は部屋の中でもスカート系でいることが多い。

彼女曰く、女の子なんだから女の子らしい服装が大好きなのだそうだ。

実は良子にとびっきり可愛い自分を見て欲しいというメッセージもあるが、それはナイショにしている。




「この中じゃ私が一番シンプルかしら。チュニックとパンツだし」




マコは自分の上下を見て言った。

彼女の服装はスタッズ付チュニック、カーゴチノパンツだ。

チュニックはオフワイト、パンツはダークブラウンカラーだ。

確かに良子や礼菜と比べると、シンプルではある。




「マコはシンプル系が好きなのね」




「まあね。動きやすい格好の服とか好きかな」




運動系のマコらしい台詞である。




「稲美ちゃんはパーカーとタンクトップにダンガリーロングスカートね。よく似合ってるわ」




「ふふ、ありがとうございます。さて、そろそろ行きましょうか」




「そだね、そろそろ行こうか。じゃ、八王子にしゅっぱーつ!」




「おー」




一向は意気揚々と声を上げ、駅に向かって歩き出した。








八王子。

駅についた良子達は電車を降り、改札を出た。




「パウンド1なら南口よ。サザンスカイタワー八王子からすぐ近く。案内するわね」




案内なら任せて胸を張るマコ。




「了解。ってか、八王子って始めてだわ」




良子は駅内をきょろきょろと辺りを見回している。




駅内は老若男女いるが、どちらかというと若者が多い気がする。




「若い人が多いんだね」




「まあ、元々学生が多い街だから。東京都の市の中では一番人口が多いのよ。ま、東京って言ってもここは結構田舎で土地が広いから、大学がたくさんあるの。いわゆる学生街って奴ね」




「へぇ~」




マコの言うとおり、八王子は学生の街として有名である。

60年代に北八王子工業団地や、多摩ニュータウンの大規模な住宅団地などが建設され、また、都心のキャンパスが手狭になった大学は八王子に相次いで移転した。

八王子は高尾山や陣馬山などもある自然豊かな地域である。

というか、ぶっちゃけ田舎である。

噂ではヤモリも出るんだとか。

土地が広いので、大学を作るにはもってこいだ。

11万人の学生と5千人の教員が八王子に通い、学園都市とも呼ばれている。

良子達は南口を出て、マコの案内通りに歩き進む。




「ねえ、コンビニ寄らない?あそこにセボンイレボンあるし」




良子の示す先には確かにコンビニのセボンイレボンがある。




「いいわよ。なんか買うの?」




「喉渇いちゃって。礼菜達は?」




良子が尋ねると、礼菜も稲美も頷く。




「そだね、何か飲もっか」




「私は新聞が欲しいですわね」




稲美の発言に「え」と固まる良子達。




「私、いつも軽産新聞を読んでいるんです。他にも経済関係の新聞や業界新聞なども日々チェックしてますの」




「そ、そうなんだ…」




経済新聞なんて普通、女子高生はまず読まないだろう。

経済を勉強している人なら話は別だが…。

業界新聞とかマイナーすぎる。

その手の業者でなければ、多分読んでも意味不明な気がするのだが。




「…そんなに珍しいですか?皆様は新聞読みませんの?」




稲美は驚いている良子達に言う。

良子達はお互い顔をあわせて、どうしたものかと考えた。




「う、う~ん、あんま読まないかな。TVのニュースとかでチェックできるし。最近は携帯でもニュース見れるからね」




「私も同じく」




良子もマコも同じ意見だった。

確かにニュースはTVとかでチェックできる。

携帯でも簡単に見れるので、わざわざ新聞を買う必要性は無いかもしれない。




「私もあんまり読まないかも。良子達と一緒かな」




礼菜も頷く。




「なるほど、そうなんですか。でも、たまには新聞を読むのも面白いですわよ」




「そ、そだね。たまにはいいかもね。今度読んでみるよ」




良子は苦笑いしつつ答えた。

稲美は気にしているのかいないのか、「はい」と頷き、一向はコンビニに入った。

コンビニ「セボンイレボン」は国内ではトップの売り上げを誇るコンビニとして有名だ。お弁当は非情に美味しく、中でもおにぎりの100円セールは特に人気が高い。

店内もとても綺麗で、従業員の接客レベルも非情に高い。

セボンは元々巨大グループ企業の傘下の会社であり、資本が他のコンビニとはかなり規模が違うことから、商品開発やサービスに強烈な額を出しているからだそうだ。

良子達の寮の近くにもセボンイレボンがあり、よく利用している。

さっそく店内に入ると、従業員の「いらっしゃいませ!」という明るく爽やかで尚且つ、元気な声が響いた。無駄に元気なのではなく、清涼感のある優しい言い方が素敵だと皆が思った。店内にはそこそこ人がいて、立ち読みしたり、携帯で話しながら商品を選んだり、コピー機を使ったりと様々な人々がいる。

最近は機械でコピーもFAXもできるし、ライブのチケットも帰るし、ATMもあるのでとても便利だ。お年寄りも多々いるが、やはり若者が多く目立つ。




「何飲む?」




「ウチはコーラかな。ベブシコーラが最高なんだよね~」




飲み物の中で一番好きなのはコーラだと豪語する良子。

彼女は牛乳も大好きだが、コーラも非情に大好きである。




「ああ、良子はコーラ好きだったよね。私は午前の紅茶かな」




実は礼菜は無類の紅茶好き。

特に午前の紅茶を愛飲していて、中でも一番好きなのはアップルティーだという。




「礼菜、ホントそれが好きだよね。ウチにはそれ甘すぎて、飲めないわ」




良子の嫌そうな顔に礼菜は「え~?」と不満を訴える。




「これ結構美味しいよ。甘くて爽やかで。私からしたら、コーラの方が飲めないわ」




「いやいやいやいや、コーラが最高だって!あ、牛乳もいいわよ。家では牛乳、外ではコーラの組み合わせが最高なんだよ!!コーラこそ若者の代表的な飲み物よ!ね、マコ!」




「いや、同意求められても困るんだけど」




バッサリ斬り捨てるマコ。

良子は「え~」としょんぼりした。




「私はこれ。ヘルシーすぎる緑茶で充分よ。身体にいいし」




「でも高くないそれ?189円もするんだよ?それに小さいし」




良子のコーラは150円、礼菜の紅茶は140円に対し、マコの選んだヘルシーすぎる緑茶は189円と200円近くもする。おまけにサイズが皆の飲み物より、一回り小さい。




「いいのよ、別に。ちょっと飲めたら、後は鞄に入れとけばいいし。携帯するには便利なのよ」




「なるほどねぇ…」




確かに小さいので、鞄に入れても目立ち難い。

また飲みたい時は便利だ。




「稲美さんは決まった?」




「私はこれを」




持ってきたのは「生々しいお茶」だった。




「あ~なんか予想通り」




「ウチも」




「私も」




確かに稲美にはお茶と言うイメージが強い。

コーラとかのイメージはあまりない。




「あ、みんなカゴに入れて。まとめてレジに出すから」




良子はカゴを持ち、みんなの飲み物を入れていく。




「あら、良子気が利くわね。じゃ、頼むわね」




「私のもお願い」




「お願いします」




「ん。じゃ、レジ行こうか」



レジに皆の飲み物を入れ、レジに向かう。

ちょうどお客は並んでいないので、タイミングがいい。

カゴをレジに置くと、顔は濃いが優しそうな男性店員が「いらっしゃいませ」と良子達を元気よく出迎える。すぐに慣れた手付きで商品をスキャンして袋詰めしていく。

どうやらそこそこの経験があるようだ。

入れていくのも丁寧で素早く、けれど乱暴ではない。

ストローも忘れておらず、その仕事ぶりはなかなか。

だが、すぐに飲むので袋はいらない。




「あ、袋なしで。そのまま飲むんで」




「はい、かしこまりました。お会計、689円です」




「割り勘しましょ」




「OK」



「ありがとうございました。またお越しくださいませ」




明るい声を背中で聞きつつ、店を後にする良子たち。

ちなみに稲美はきっちりと新聞を買ってバッグに入れていた。

みんなで一緒に新聞を読みたいなと思いつつも、バッグに入れておく。

そのまま、飲み物を飲みながらワイワイ歩きつつ、パウンドワンを目指す。






「ここがパウンドワンよ」




「おお~ここが」




「へぇ~」




「大きいですわね」




みんな、一様に建物を見上げる。

赤い10階建の建物。

それがパウンドワンだ。

平日の昼間だが、それでもそれなりに人は来ているようで、入り口からでも悲鳴に似たような歓声が聞こえてくる。




「早速入ろ」




「そーしょー」




入り口を通り、エスカレーターに上って2階へ。

ここでは2階が受付となっている。




「いらっしゃいませ」




優しそうな女性の受付嬢が笑顔で良子達を出迎える。

その笑顔はどこかホッと安堵感を感じさせる笑顔で、俗に言う営業スマイルとは違っていた。さすがに一流企業に入社している人は違うものである。




「すいません、高校生4人で」




「はい。それでは身分証の提示をお願いします」




良子達は学生証を提出した。

受付嬢は一枚一枚丁寧に拝見し、頷く。




「結構です。会員カードはお持ちですか?」




「良子達、カード持ってる?」




だが、マコ以外全員が首を横に振る。




「じゃ、この際だからカード作りなさい。また来る時にも必要だし、割引にもなるからね」




「どんなカードなの?」




「これよ」




マコは財布からカードを取り出し、堂々とみんなに見せた。

それは有名な国民的正義の大泥棒アニメ「パルン5世」が描かれたカードだ。




「へぇ~、いいね。ウチも欲しいかも」




「私も~」




「私もです」




皆、声を揃えて頷く。




「では、こちらの紙にお名前や住所等の必要事項を記入してください」




記入用紙とボールペンを人数分渡される。

早速記入をし、会員登録代300円と入場料を払う。

カードを貰い、しげしげと眺める良子達。




「カッコイイね~」




「…そんなにカードが珍しい?」




マコの質問に頷く良子。




「だってポイントカードなんてあんま持ってないし。礼菜は?」




「私もそんなには。よく行くお店のなら持ってるけど」




「私はポイントカード自体が初めてですわ」




マコは少し驚愕の表情をしていたが、やがてため息をついた。




「…やれやれ。カードは持っといたほうが徳よ。私の財布を見なさい!」




マコの財布にはポイントカードがぎっしりつまっていた。




「ふふふ、いっぱいあるのよ。これはセボンのポイントカードでしょ、これがタツヤのポイントカード、ネットカフェ「アマゾネス・カルテット」のカード、サトウ電機のポイントカード、餃子の玉将のポイントカード、ジュンクク堂のポイントカード、タワーレコードンのポイントカード。全部で30ぐらい持っているのよ」




と、自慢げに披露するマコ。




「遊びも買い物も賢くしないとね。ポイント貯めればお得だし、お金としても使えるわ。端数を引くこともできるしl。カード使えば割引にもなるし、ポイント交換で素敵な商品と交換だってできるし。とってもお得よ~。無料で作れるなら、どんなカードでも作ってやるわ!」




何故か必要の無い意気込みを見せるマコ。

別にそんな所に闘志を燃やさなくても。




「…でも、こんなにあったら財布から出しづらいんじゃ?」




「良子、それは気合と根性で何とかできる問題よ!」




言い切るマコ。

どうやら彼女は相当なポイントカードマニアらしい。

こりゃ、何言っても無駄だ。




「…で、まずどこ行く?」




「あ、ちょっと!まだ私のポイントカード講義は終わってないのよ!」




マコがぶーぶーとブーイングする。




「あーはいはい、今度ね。で、どうする?」




「ゲームセンターから行きましょ。近いし」




礼菜の言葉通り、受付のすぐ傍にゲームセンターがあり、多くの若者やカップルで賑わっている。ざっと見た感じ、対戦ゲーム、UFOキャッチャー、レースゲームなど様々なゲームがあるようだ。




「よし、遊ぶぞ~」




という訳で早速ゲームセンターで遊ぶ事に。

血沸き肉踊る良子はさっそく燃えていた。

一旦解散し、各々好きなゲームで各々遊ぶ事に。

良子は礼菜と組み、マコも稲美と組む。




「よし、まずはコレだ!」




良子がまっさきに向かったのはパンチングマシーン。

中央のグローブを殴る事でパンチ力を測るゲームだ。

ストレス解消ゲームとして有名で、女性にも愛好者が多いゲームである。

良子は早速スタートボタンを押し、ゲームを開始。

尚、パウンドワンのゲームはコインを入れる必要はなく、すべて無料で遊ぶことができる。これもパウンドワンの売りの一つだ。




「良子頑張って!」




「うらあああああああああああああ!!」




力を込めて、パンチンググローブを思いっきり殴る良子。

グローブが倒れて引っ込み、カウンター数字がカタカタと動き出す。




「9658424462456464521785624321…」




「ん?あれ、バグッた?」




何故かメチャクチャな数字が出ている。

一体どうしたんだ、故障か?




「なんか…こげ臭いけど?」




「良子、機械から煙が…」




「まさか…」




良子のパンチがあまりにも強力すぎて、機械が壊れた?




「し、しーらない」




「ほ、他のやろうか」




そそくさその場を離れる良子達。

他人のフリ、他人のフリと二人は平然としながらなるべく離れた位置まで移動すべく、怪しまれないように早歩きで向かった。後日、修理の為に莫大な費用がかかり、店員達が泣いた事を良子たちは知らない。良い子の読者のみんなは真似しないよう注意。




一方その頃…。

マコと稲美は「最強!太鼓伝説」を遊んでいた。

これは音楽にあわせ、画面に出てくる太鼓マーク通りに太鼓をバチで叩いて遊ぶゲーム。音楽はJ-POPから洋楽、アニメソングと幅広く取り扱っていて、大人も子供も遊べる有名なゲームである。一人プレイも可能だが、二人プレイも可能だ。

一人でも楽しめるが、友達と好きな曲で遊ぶともっと面白くなる。

稲美はあまり音楽を知らないので、マコの好きなビジュアル系の音楽を鳴らしながら二人はバチで太鼓を叩きまくる。




ドンドンドンドドドドドドドン!!




「よし、評価・太鼓の超達人・達成!」




マコがよっしゃっと歓声を上げる。




「なかなか面白いゲームですわね」




稲美も汗を拭きつつ、やったという笑顔をしている。

画面には「太鼓の超達人!」という評価が出ていて、評価の中では一番高いランキングだ。




「稲美さん、やるじゃん!太鼓上手だね」




「いえいえ。マコ様のを真似ただけですわ」




稲美は謙遜して言うが、真似だけで超達人のランクにいけるのはそうそうできるものではない。二人プレイはお互いの得点を合わせて評価を出すので、どちらか一方が上手いだけでは超・達人にはいけない。普通だとせいぜい、「太鼓修行中」ぐらいのレベルだ。レベルは幾つもあり、一番下から「太鼓見習い中」「太鼓修行中」と上がり、上位ランクになると「太鼓のプロ」「太鼓マスター」「太鼓の達人」最高ランクが「太鼓の超達人!」となる。「太鼓の超達人」はどちらもかなりハイスコアを出していないと取れない最高のランクである。

本当に始めてなのかと疑ってしまうが…。




「もちろん、始めてですわ。そもそも一人でこういう所に行かないですし」




「だとしたら才能あるかもね。しかし、汗かくわ、これ。疲れた~手が痛い」




マコは手をぶんぶん振るう。

バチを思いっきり力を込めて握ってたので、手が痛い。

ふふと稲美がそんなマコに微笑む。




「私もです。結構力んでしまいますわね」




「自分の好きな曲だと尚更燃えるしね。…さて、あのラブラブカップルは何してるのかしらね?」




思わず笑みを零すマコ。




「ああああああー!!!!!リラックスクマ野郎の新作「負けっぱなしの野球チームの株主総会で怒声をあげまくるクマ野郎が出てるー!!」




どこからか、大声が響いてきた。

言うまでもなく礼菜である。




「…探す手間が省けて助かるわ」




「行ってみましょうか」




二人は声のした方へ向かった。








クレーンゲーム前では礼菜が必死になってクマ野郎を取ろうとしていた。

だが、アームが掴むものの、途中で落ちてしまう。




「あーん!もうちょっとだったのに…。くっそー、アームの力が弱すぎなのよ!誰よ、こんな設定にした奴!もっとアームの力強くしときなさいよ、強く!!」




礼菜は文句を垂れつつ、500円を投入する。

UFOキャッチャーだけは有料で、お金が必要になってくる。




「まったく、よくやるわ…」




良子は呆れ顔でそんな礼菜の隣にいた。




「やっほ、お二人さん」




と二人に声をかけるマコ達だが、礼菜は集中していて返事をしなかった。




「おいっす。ねえ、二人ともコレなんとかしてよ」




良子はため息をついて礼菜を指で指した。

しかし、礼菜はマコたちの存在にも気づかないくらい集中して没頭している。

だが、やっぱり取れないので頭を悩ませて「うが~」とまるで怪獣みたいな声を出して頭を悩ませている。




「もう20回ぐらいやってるんだけど、なかなか取れなくてさ…」




「礼菜も相変わらずねぇ…」




「・・・ふむ」




稲美はじっとクレーンの中身を見ていた。

そして、何やら考えているようである。

その瞳はとても真剣だった。




「…稲美ちゃん?」




「お任せあれ、ですわ」




稲美は歩き出し、またも取れなくて落ち込む礼菜に声をかけた。




「礼菜様、ここは私に任せてくれませんか?」




「へ?あ、うん…でも無理じゃ」




「大丈夫ですわ」




「そう?じゃ、お願い」




礼菜は引き下がり、稲美に全てを託した。

バトンタッチを受けた稲美は100円を入れ、ゲームスタート。




「・・・・・」




稲美には考えがあった。

クマ野郎のぬいぐるみはそこそこ大きい。

重さも少しはあるように見える。

さっきまで礼菜が狙っていた何度も取ろうとしているせいで、なんとか穴近くまで来ており、尚且つ横に倒れた状態だ。アームでは長さが足りず、ぬいぐるみの首から足までを掴む事ができない。まず、稲美はアームをクマ野郎の足に掴むよう移動させる。アームは見事足を掴むが、少し進んだけで落ちてしまう。

やはり重量がそこそこある。




「・・・ふむ」




もう一度お金を入れ、次に身体の胴の部分をアームで掴む。




「おお?」




熊をつかんだアームはかなり移動するものの、穴まで後1センチ程度の所まで進むものの、そこでアームは力尽きてしまう。




「おお!これは来るかも…」




「仕上げに入ります」



もう一度お金を投入し、アームで首根っこを掴む。

すると熊は抵抗することをやめたのか、そのまま穴に投入成功!見事、ぬいぐるみをGETできた!稲美はそれを礼菜に手渡す。




「はい、礼菜様」




「やったー!!ありがとう、稲美さん!!」




感激のあまり、稲美に抱きついてしまう礼菜。

稲美は「ふふふ」と笑みを零しながらも、喜んでいる。




「よしゃ、だいぶ遊んだね。お次はボーリングだ!」




「おー」




ボーリング場は5階なので、エレベーターで向かう。

受付でエントリーを済ませ、席に案内された。

背もたれなしのソファに皆座る。

備え付けのモニターには




「リョウコ


 マコ


 イナミ


 レイナ」




とそれぞれの名前が表示され、スコアが出ている。

まだプレイしていないので、スコアは皆0のままだ。




「あの、私、ボーリング始めてなんですけど…」




不安げに言う稲美。




「よし、この良子様が教えてしんぜよ~」




「お願いします、良子様」




うふふと笑みを浮かべる稲美。

そんな稲美にがぜん張り切る良子。




「まず、ボールには重さがあるんだ。どの重さが自分に合うのか、実際持って確かめて見て。ボールは席の近く以外にも、入り口付近に重さ別に棚に置いてあるから」




「なるほど…」




「ボールが決まったら、ボールの穴の周りをよく拭く。でも、毎回拭く必要はないわ。で、この三つの穴に指を入れてボールを掴む」




良子は説明しながら、ボールを掴む。

稲美はふんふんと良子の言葉を聞き逃すまいと必死に覚えていく。




「まず、ウチがお手本見せるよ。ボールを握ったまま助走をつけて…とう!」




良子は助走し、ボールを勢いよく投げた。

ボールはほとんど一直線に進み、ピンを全て倒した。

TVに「ストライク!!」とボウリングが爆発する過剰なCGが映し出される。





「へえ、なかなか上手いのね良子」




「すごーい良子」




マコたちの拍手に笑顔でピースする良子。




「コツはどういった所ですか?」




「ん~、そうだね。まず、軽いボールより重いボールを使うの。女の子だと10~12ポンドくらい。んで、素直に親指が穴から抜けるボールを選ぶこと。

スタート位置は右から2番目のドットね、ここに右足のつま先を合わせる。

レーンの“▲”のど真ん中めがけて、脇をしめつつ、助走は四歩。スイングはボールの動きに合わせる…そんな感じかな」



「なるほど…了解です」




稲美はコクリと頷いた。

やる気十分のようである。




「次は私ね」




マコがボールを手に取り、布で優しくボールを拭く。





「それ、なんか他のボールと色違うね」




礼菜の指摘にマコは頷く。




「これは私のマイボールよ。パウンド来る時は必ずこれを使うのよ」




マイボールは有料で5000円はするのだが、それを持っているということはマコは相当ボーリングが好きらしい。




「行くわよ~、それ!」




マコは勢いをつけて助走し、一気にボールを投げた。

ボールは少しだけ左にずれたものの、ほとんどのピンを倒した。




「あら、ちょっと左にズレたわね。ん~結構久しぶりだからかな」




マコは腕をまわし、ん~と何やら考えている。

そして、ボールを布で磨きピンを見つめる。

ピンは右に2本残っている。

溝の近くなので、慎重にいかないとガーターとなってしまう。

かといって、左にしすぎればボールにピンが当たらない。

どうするべきか…。

そして、数秒程度、間を置くマコ。

そして、ボールを勢いよく投げた。

ボールはレールの右側を綺麗に一直線に走り、無駄な回転が一切かかっていないのと、絶妙なパワーバランスで左右どちらにもズレる事無く、そのままピンに向かう。

そして、マコの狙い通りボールは残った2本のピンを全て倒した。




「よっしゃ!」




掛声とほぼ同時に「スぺア!!」と少し控えめなCGがTVに映る。





「良子様、ストライクやスペアというのは?」




「ストライクは1投目で全てのピンを倒すこと。スペアは2回やって全てのピンを倒す事。点数的にはストライクが一番高いんだ。その次がスペアになるの」




「なるほど…」




「さ、次は稲美ちゃんの番だよ」




「はい」




稲美は良子に肩を叩かれ、しっかり頷いた。

稲美はまずボールを持ち比べ、自分に合うボールを探す。

一つのボールを選び、布でしっかりとボールを拭く。

拭きながら、今まで良子から聞いたことを頭で反芻させて実行していく。




「・・・・・・・・・・」




いつも以上に真剣な稲美に良子達はゴクリと唾を飲み込む。




「なんか集中してるね」




「うん」




礼菜の言葉に頷く良子。

もっと気楽にやればいいと思うのだが、それはあえて言わなかった。

真剣に頑張ろうとしているなら、それはそれでいいだろう。

何も間違ってはいない。

稲美は深呼吸を繰り返し、まっすぐピンだけを睨みつける。

そして、遂に助走をつけた。




「はああああああああああああああああああああ!」




あまりの掛声にギャラリーが驚くが、稲美は全く気にせずボールを投げた。

ボールはレールを一直線に走り、ピンをなぎ倒した。

TVには「ストライク!」と出た。




「やりましたわ!良子様~!」




「おめでとう~稲美ちゃん!」




きゃいきゃいと手を繋いでジャンプする二人。




「よし、このまま続けるよ!」




その後も何度もボーリングが続けられ、白熱していく良子達。

それから30分ぐらい経った頃だろうか。

ボーリングを続けていると、急に天井のライトが消え、世界が蒼くなる。

どうやら蒼いライトがついたらしく、そこへ照明がぐるぐると辺りを照らす。

まるでコンサート会場みたいな雰囲気だ。




「お待たせしました!ただいまより、ムーンライトスペシャルゲームを開始します!」




男性スタッフが意気揚々と早口で巻くしたてていく。




「ルールは簡単!次の投球で、男性はストライク、女性は9ピン以上を倒された方全員に記念撮影とお菓子をプレゼントします!このゲームでは全員揃って投げていただきますので、次の順番の方はレーンの前までお越し下さい」




「次は礼菜ね」




TVに出ている順番だと、確かに礼菜の番だ。




「うう、緊張するなぁ…」




「頑張って、礼菜!」




「礼菜様、ファイトですわ!」




マコや稲美が声援を送るが、逆に礼菜は岩のようにカチンコチンに固まる。

礼菜は意外とこういう場面では緊張しやすく、煽られるとプレッシャーに負けてしまいやすい。こういう時は…良子は礼菜の傍に行き、彼女の手をぎゅっと掴む。

柔らかく、小さな手だった。




「礼菜、大丈夫だよ。気楽に気楽に」




「・・・・うん」




礼菜は幾分落ち着いたようで、笑顔で頷いた。

そして、ボールを持ってレーンに並ぶ。




「それではいきます。GOと言ったら投げてくださいね。

 3、2、1、GO!」










レーンに並んだ全投球者がボールを投げた…。




「いや~いい物もらっちゃったね!」




良子はしげしげと先ほどもらった写真を見ていた。

礼菜は見事ストライクを達成し、スタッフが記念写真を撮ってくれた。

ポラロイドなので、写真はすぐ手渡され、お菓子も貰うことができた。

その後、一旦休憩する為に4階の休憩フロアへとやってきた。休憩フロアは各種ドリンク自販機や、お菓子、うどん・焼きおにぎりの自販機もある。

良子達は適当に飲み物を買い、イスに座ってお菓子を食べつつ休憩していた。




「いい思い出になったわね」




マコも嬉しそうに写真を眺める。

記念撮影では、みんなでピースした。

こういう形に残るのって何だか嬉しい。

よく物より思い出というが、思い出は時が経つにつれて美化される。

けれど、こういうものはその時の思い出をそのまま封じ込めている。

いつでもその時を思い出せるし、何より形に残ると言うことは絆の証でもある。

思い出も大事だが、物だって重要だと良子は思う。




「これ、思い出と共に生涯大事にしますわ」




「私も~」




稲美も礼菜もうんうんと頷く。




「さて…休憩したらどうしょっか?」




「ま、次はカラオケかしらね。バトミントンもあるけど、運動系は流石に疲れたし」




良子がちらっと時計を見ると、もうお昼過ぎだった。

なかなか時間が経ったらしい。

あと2つぐらい周れば、夕方になるだろう。




「よし、じゃカラオケでも行きますか」




「おー!!」




その後、良子達はカラオケ・バトミントンと周り、遊びつくした。

稲美は皆と遊べる事を非情に楽しく感じていた…。







午後6時。

パウンドワンから出ると、辺りはすっかりコバルトブルーの夜空になっていた。

寒くはないが、少し風も出てきている。




「あ~面白かった。いや~ハジケたね!」




「あんたの演歌は相変わらずだったわね」




マコの言うとおり、良子は時代劇の演歌オンリーだった。

恐らく女子高生はまず歌わないであろう、時代劇の演歌ばかりを良子は熱唱した。




「マコこそ、ビジュアル系とかマニアックじゃない」




「別にそんなマニアックでもないわよ。最近じゃ結構人気あるんだから」




マコは意外にもビジュアル系ロックバンドが大好きだった。




PVも流れたのだが、どれもこれもカッコイイ男性ばかりが映っていた。

歌より歌手の見た目で選んだ気がすると思うのは良子だけだろうか。




「私が童謡、礼菜様は失恋系でしたわね」




「うん。ああいう感じの大好きなんだ」




稲美は最近の歌をほとんど知らないので、童謡を歌うことにした。

童謡は小学校低学年で習った時の物がほとんどで、もちろん良子達も知っている。

ほのぼのな雰囲気で歌うことができ、尚且つみんなが知っているので盛り上がる。

礼菜はバラードや失恋系の歌を多く熱唱した。

失恋系が特に大好きなようだ。




「よく家でもCDで聴いてるんだよ。すごく歌詞が重くてさ。

ついつい聴きいっちゃうんだよね」




「礼菜、ウチは礼菜をフッたりしないよ?」




礼菜の手を取り、本気顔で礼菜を見つめる良子。

あははと礼菜は照れ笑った。




「わかってるって。ただ単に歌が好きなだけ。フラれるとか、そんな事考えてないから。つか、そんな気持ちだったらパウンドワンなんか来ないし」



あははと冗談っぽく笑う礼菜だが、良子はあくまで真剣な表情を崩さない。




「・・・・・」




良子はぎゅっと礼菜を抱きしめた。




「ウチは礼菜が大好き。命にかけても礼菜を守る、絶対幸せにする。礼菜大好き。愛してる…」




「り、良子…」




なんだか映画みたいだ。

生き別れになった恋人が再び再会した的な。

BGMは純愛の恋愛ソングが似合いそう。

マコはため息をついて呆れ、稲美は微笑ましく二人を見ている。

礼菜は驚いていたものの、優しく抱き返した。

頬を緩くして、薄く涙を浮かべながら。




「…ありがとう、良子。私、今すっごく幸せ」




「ウチも」




良子の真面目な想いに感化されたのか、礼菜は既に泣きそうになっている。

良子の想いは純粋でとてもまっすぐだ、そんな彼女の純粋さに礼菜は弱い。

礼菜は大人しいが、世間が優しくない世界だと言う事をわかっている。

その為、普通の人よりもどちらかというと否定的に取りがちだ。

そんな彼女にとって、良子のまっすぐ過ぎる純粋な思いは心に響いた。

礼菜が良子に惚れたのは、そんな純粋な気持ちだからだ。

嘘偽りが無く、バカがつくほどまじめで、まっすぐで、優しくて…。

礼菜にとって、良子は自分の心の闇を照らす太陽な存在なのである。




「ねえ、キスする?」




「うん…」




「ち、ちょっと待った。二人ともTPOを考えなさい。こんな街中でしないで。そーいうのは二人っきりの時にしなさいよ」




マコが慌てて二人を引き剥がす。

女性同士が抱き合うのはごくごく普通な光景だが、キスは流石に無い。

まあ、TPO以前にこっちが恥ずかしいからというのがマコの本音だが。




「ざーんねん。じゃ、続きはまた今度だね」




「お楽しみは後の方が楽しいわ、良子」




「それもそだね」




キスを止めた二人は手を繋いだ。

このラブラブさ加減、どうにかならないものだろうか。

マコは「はあ~」とため息をついた。

でもちょっと羨ましい気もする…。




「皆様、お腹すきません?」




「あ~確かに。結構動いたもんなぁ」




うーんとのびをする良子。

確かにお腹がすいたと言えば、すいた。




「どっかで食べよっか。マグナムにでも行く?」




「マコ、私ら最近マグナムばっか行ってない?」




よくよく考えると、マグナムばかり行っているような気がする。

別に嫌いではないが、何度も同じ場所と言うのはやっぱり飽きてくる。




「じゃあ、サイガゼリアにしましょ」




「サイガゼリアって、あの安いイタ飯の?」




マコは頷く。

サイガゼリアとは、イタリア料理がメインのファミリーレストランだ。

しかし、普通のファミレスよりも圧倒的に値段が安く、もちろん美味い。

学生の多い八王子では無くてはならない存在だと言えるだろう。




「そだよ。サイガゼリアならすぐ近くにあるし、行ってみる?」




「うん、行こう、行こう!」




「さんせー」




「行ってみましょう」




皆、賛成だった。

良子達はマコの案内のもと、さっそくサイガゼリアに向かった。






サイガゼリア 八王子店。

良子達は窓際の4人がけソファのテーブル席に座り、食事をしていた。

窓の外はコバルトブルーの夜空に街のネオンが輝き、とても綺麗だ。

そんな席で、良子達は早速食事を取っていた。良子はハンバーグステーキ、礼菜がカルボナーラ、マコが野菜ときのこピザ、稲美がパエリアである。




「へぇ~安いのに結構美味しいのね」




良子がハンバーグを食べつつ、感心する。




「ここのは安いけれど、だからといって味が悪いわけじゃないわ。素材の持つ甘みを最大限活かし、なおかつ安い値段で提供するがモットーよ。だから美味しいし、安いの。つか、良子は始めてなの?」




マコの言葉に良子は首を縦に振る。




「ウチの地元は無かったな~。たしか、大阪でも結構遠くの地方にしかなかったから。これからは毎日来れるんだね」




「いや、良子…毎日は流石に飽きるんじゃないかな」




礼菜があははと苦笑いしつつ、つっこむ。




「イタリア料理はよく食べますが、本当に美味しいですわね。なかなかのお味です」




「稲美さん、イタリア料理も食べるの?和食のイメージが強いんだけど」




ふふと笑みを浮かべつつ、稲美は頷く。




「和食も食べますが…礼儀作法の一環でイタリア料理やフランス料理を食べつつ、テーブルマナーを覚えましたわ。でも、ここの味も本場に負けず劣らずですね。いい仕事していると思います」




「まるで料理記者みたいなコメントね。重みがあるわ、その台詞」




稲美の台詞は良子達のそれとは違い、今まで数多くの料理を食してきた者だけが言えるセリフ。着飾らず、脚色せず、きちんとしたコメントは確かに料理評論家だといえる。故にそのコメントはとても力強さを持っていた。




「ふふ、私などまだまだ。世の中、上には上がいるものです」




「いや、稲美さんも充分スゴイと思うんだけど…。つか、稲美さんは普段どういうのを食べてるの?実家で」




マコは興味津々という様子で尋ねてみた。




「和食が中心ですね。ざるそば、てんぷら、御膳、寿司など様々な物を食べましたね。外食は料亭などで頂きました。イタリア料理やフランス料理などはテーブルマナーの時に頂きました。家族と食べた事はありませんけど」




「へぇー、すごいのね」




稲美は本当にお嬢様なんだなとマコは改めて思った。




「にしても、今日は遊んだね。いや~サイコーサイコー」




良子が食べ終わり、テーブルに頭を突っ伏しながら言う。




「こら、良子。行儀悪いわよ」




「あ、ゴメンゴメン」




マコに注意され、頭をすごすごと元に戻す。




「確かにたっぷり遊んだよね。なんか明日筋肉痛になってそう」




礼菜は言いながら、肩や首をまわす。

ボーリングは力を使うので、力仕事に慣れない礼菜にはキツかったかもしれない。




「礼菜、もんであげる」




「ありがと良子。ん・・・そこそこ。いい気持ち。あ・・・や・・ん・・」




色っぽい声を出す礼菜にマコも稲美も赤面する。

良子は慣れているのか、普通。

なんか、隣の席の男性グループがチラチラとこちらを見ているのだが。




「ちょっと、礼菜。声抑えなさい。ヤバイわ、その声は」




「ごめん、ごめん。なんか、良子のテクが良くってさ」




目を瞑り、リラックスしながら喋る礼菜。

その表情はまさに極楽、極楽と温泉にありがたく入っているおじいちゃんみたいだ。




「礼菜の凝る場所は大体わかるの。ツボを指圧すればかなりコリが取れるわよ。肩こりなら頚頂点とか、肩外愈、合谷とかのツボね。肉体疲労なら腎愈とかがいいわ」




「何それ。つか、どこよ、そのツボって」




「頚頂点は手の甲側で、人差し指と中指の股から手首の方へ2cmほど入った所にあるの。親指でそこをグルグルと回すといいわ。肩外愈は肩甲骨の内側の一番上の角。横向きに寝て押すといいわね」




実際にあるツボなので、肩こりの方はぜひやってみよう。




「無駄に色々知っているのねぇ、良子は」




「雑学は結構好きでね。ツボのは本見て学んだんだ。後は…」




と、良子が言いかけた時だった。

突如、けたたましい音が鳴り響いた。






ゴロゴロロ・・・ガシャアアアアアアン!!






音と共に突如、店内が暗闇に染まる。

突然の停電に客達もざわめいてるようだ。




「な、何!?」




「雷かしら?ってか、雨!」




外を見ると、物凄い大雨が降っている。

雨の威力は凄まじく、バケツをひっくり返したかのような大雨だ。

窓ガラスが揺れるほどのキツイ風も吹いている。

まるで台風だ。




「え、嘘…さっきまで晴れてたよね…?」




「みんな、コレ見て」




礼菜は自分の携帯を皆に見せた。

携帯にはTVの天気予報が映っている。

いわゆるワンセグという奴で、外にいながらにして携帯で地デジ放送を見ることが出来るのだ。画面ではアナウンサーが矢継ぎ早に喋っている。




「と、突如、関東地方に現れた台風16号は現在、関東地方をゆっくりと北上しています。最低気圧は870ヘクトパスカル、最大風速は140キロ、暴風域の最大半径はほぼ関東地方全域をすっぽりと覆うほどで、こ、これは1979年の台風197920号に匹敵するほどです。この台風197920号は観測至上最強の台風とも言われた台風で、気象庁は今回の台風はそれを上回るかもしれないと発表しています…」




「…観測至上最強の台風?関東全域をすっぽりと覆うだあ?いったいなんで、そんな台風が?」




良子は首を傾げた。




「昨日の天気予報では台風なんて、何も言ってなかったわ」




礼菜の言葉に皆、頷く。

台風なら日本列島に近づく前に気象庁が発表し、ニュースや新聞に出るはずだ。

しかもそんな巨大な台風なら尚更。

さっきまで晴れてたのに、何故こんな急に台風になるのだろう?

普通、何か前兆があってもいいはずなのに。




「では、ここで東京・渋谷駅から中継です。荒井さん」




ニュースキャスターの言葉で画面が切り替わり、東京・渋谷駅が映し出される。




「はい。現在、渋谷駅ではJR全線が運転を見合わせており、駅には会社帰りのサラリーマンや学生など、大勢の人々が駅構内で足止めを食らっている状態です」




「荒井さん、地下鉄や他の交通機関はどうですか?」




「えー、現在、地下鉄も落雷による電気トラブルの影響で全線運転を見合わせています。JNL等の空の便も国内便・海外便を含めて全て運転を見合わせている状態です」




地下鉄が使えない?

台風で空港が使えないのは仕方ないが、地下鉄が使えない?

普通、台風でも地下鉄は使えるのだが…電気トラブル?




「ちょ、ちょっと!どうやって帰るのよ!」




マコが少しヒステリック気味に騒ぐ。

JRや地下鉄も使えないとすると、どうやって帰ればいいのだろうか?

良子達の住んでいる場所は麻布になるので、八王子から歩きではとてもじゃないが帰れない。




「・・・困ったわね」




良子はうーんと考える。




「どうしましょうか・・・」




稲美も流石に不安そうな顔をする。

こういう場合は…。




「よし、まずここを出よう。で、コンビニで傘買ってタクシーに乗りましょう。お金はかかるけど、それしか方法はないわ」




確かに地下鉄もJRも使えないとなると、残りの移動手段はタクシーしかない。

コンビニ傘は値段は700円前後と高いものの、それなりに丈夫だ。

最強の台風相手に傘がどこまで通じるかわからないが、無いよりはマシだろう。

幸い、皆、お金は多めに持ってきている。



「じゃあ、急いでここを出ましょう!」




良子達は急いで会計を済ませ外に出た。






ビュオオオオオオオオオオオオオオ!!!







外に出ると、横殴りの雨とけたたましい音を上げる暴風が良子達を襲う。




「あーん、スカートなのにぃ!ズボンにすればよかった!!」




礼菜のスカートはモロに風で跳ね上がり、まるでマリリンモンローみたいである。




「だー、つめた!良子、ダッシュでコンビニ行くわよ!」




「合点承知!交差点の向こうのノーゾンに向かおう!」




赤信号を無視して、良子達はダッシュで信号を渡る。

そして、そのまま駆け込むようにコンビニ・ノーゾンへ入った。




「すいません、傘ください!!」




ひったくるように傘を取った良子達は殴りこみのようにレジに行き、千円札で強引に買った。他の客もほとんどが傘目当てで、良子達が買い終えるとコンビニ傘は既に1本も無くなっていた。ついでにタオルも買い、塗れた髪や服を拭き、トイレも済ませておいた。




「・・・・で、タクシーなんだけど」




コンビニ・ローゾン内。

良子達は降りしきる雨、一つの選択を迫られていた。

外で傘を差してみてわかったが、これだけキツイ雨になると傘が全く役に立たない。

傘を差しても必ず全身濡れネズミ化してしまう状況だ。

しかし、タクシーを呼ぶには誰かが外でタクシーを捕まえる必要がある。

電話でもタクシーは呼べるが、生憎、良子達はその番号を知らない。

店員に聞いてみたが、流石に知らないようだ。

つまり、誰か一人が外に出てタクシーを捕まえる必要があるというわけだ。

幸い、コンビニは道路側にあるので比較的捕まえやすいが…。




「・・・誰が行く?」




良子の言葉に、マコ、稲美、礼菜がじっと良子を見詰めた。

聞くまでもない様子。




「・・・・ウチ?」




マコ、稲美、礼菜が揃って頷く。




「なんでさ!?マコが行けばいいじゃない!」




「やーよ!誰がこんな雨の中、なんで外に出なきゃなんないのよ!」




「私はスカートだし・・ちょっと・・」




「・・流石の私もこれは」




皆、ギャーギャーと理由を並べては嫌がる。

要は誰もこれ以上濡れたくないし、外にも出たくないようである。




「ねえ、良子、お願い!なんとかタクシー捕まえて!」




礼菜が両手を合わせ、せがんでくる。




「うっ・・・」




流石の良子もやはり礼菜には弱い。

そうお願いされると、断るのは心苦しい。




「ほら、良子。あんたの大好きな礼菜がこんなにも頼んでるのよ?これでも断るの?」




マコがほらほらと礼菜をエサに脅してくる。

その姿はまるで悪代官みたいだ。




「・・礼菜、どうしてもウチじゃなきゃダメ?」




「・・・こんな事頼めるのは良子しかいないわ。お願い!」




「つか、マコでもいいんじゃないかな・・」




頭をポリポリ欠きつつ、良子はボソッと愚痴った。




「今日、八王子を案内したのは私でしょ。つか、ケンカ騒動もあったし…。そんな私にびしょ濡れになれっていうのかしら?良子」




「ったく、痛い所を…」




良子はため息をついた。

ちらっと稲美を見たが、稲美はまるでネコのように怯えている。




「・・・・」




ちょっと頼むのはしのびないかもしれない。

頼める雰囲気でもなさそうだ。




「じゃあ、礼菜。ウチのお願い事を聞いてくれたら、タクシー捕まえてくるわ」




「ええ、いいわよ。何でも言って」




「ここでキスして」




「わかったわ」




「ちょっ、ここ店内・・・」




マコの言葉など、どこ吹く風。

二人は赤面しながら、お互いを見つめ合っている。

ここ、ローゾン店内なのだが…。

店員もいるし、客だって大勢いる。

しかも、良子達が騒ぎ立てるもんだから何人かこっちを見ているし…。

なのに、キスだなんて・・・。

TPOをわきまえてないにも程がある!




「あー…、ここじゃ恥ずかしいから、トイレでしょ?」



「うん」



「すいません店員さん、トイレ借ります」



「あ、はい…」



二人は仲良くトイレの中に消えていった。

それから30分ぐらい戻ってこなかった…。




「よし、タクシー捕まえてくるよ」




「行ってらっしゃい、良子。頑張って!」




良子は頷き、傘を差して外に出た。

まるで新婚夫婦の朝の挨拶みたいだ。

頬を赤く染めた二人は事情を知らない人が見ても、恋人同士にしか見えない。

いや、実際恋人同士なのだが。




「あのさ・・トイレで何したの?」




「ひ・み・つ」




満面の笑顔で礼菜は一刺し指を立てて、口に当てた。




「…はあ。頭痛くなってきた。頭痛薬ってコンビニ売ってなかったっけ?」




「コンビニに薬系は置いてないわよマコ」




「そうなの・・・。胃もたれしてきたから、キャべ参でも買うわ…」



おなかいっぱいという感じで、マコは胃もたれがスッキリするドリンク剤を買った。

物凄くマズくて、ちっともスッキリしなかった。

そして、良子が外に出てから10分後。

ずぶ濡れの濡れ鼠で良子がローゾンに戻ってきた。




「タクシーは?」




「ダメ。さっぱり捕まらない。つか、タクシーがいないくて…」




良子はマコの言葉に首を横に振りつつ、ダメだ~と愚痴をもらした。





「多分、駅前のロータリーでみなさんタクシーを拾ってるんでしょう。ここは住宅街の少し外れでもありますし、ここに到達するまでに他の人にタクシーが取られているのかもしれません」




「…こうなると最悪、マンガ喫茶かネットカフェかな」




良子は礼菜にもらったタオルで頭を拭きつつ喋る。




「でも、ここら辺そんなのあったかしら…?」




マコは首を傾げる。




「ネットで調べたら出てくるんじゃない?八王子、ネットカフェで検索したら…」




しかし、良子の提案にマコは首を横に振る。




「それが携帯が雨のせいで調子悪くなってね。全然使えないわ」




「あ、それ私のも」




「私のもですわ」




「・・ウチのも」




みんなの携帯は雨に濡れ、そのせいでほとんど使えなくなっていた。

乾けばまた再起動できるだろうが、それまでには時間がかかる。

良子は通りを見てみるが、走るのは普通の車ばかりでタクシーのタの字もない。

あと1時間粘ってもタクシーは来そうもない。

というか、来る雰囲気が感じられない。




「…自力で探すしかないね。みんな、覚悟はいい?」




「濡れるのは嫌だけど、仕方ないわね…」




「死ぬ時はみんな一緒よ、良子!」




「礼菜様…ドラマの最終回じゃないんですから」




「いざ、出陣!敵は本能寺にあり!」




「あのね、明智光秀じゃないんだから…」




マコのツッコミを無視し、良子は皆雄たけびを上げてコンビニの外へ飛び出した。

それに続くマコ達。買い物客や通行人は首を傾げつつ、彼女たちを呆然と注目していた。




「だー冷たい!風キツイ!濡れる!」




「あーん!スカートなのに!マリリンモンローになった覚えはないわよ!つか、モロ見えるから!」




「か、かぜが・・・きつい・・ですわ・・・」




「頑張って!さ、さがす、のよ。マン喫か、ネッカフェを…」




雨にも負けず、風にも負けず。

凄まじい横殴りの暴風雨の中、良子達は傘を差しながら歩いていた。

いや、走ろうにも風がキツくて上手く走れない。

歩いて進むのがやっとなぐらいだ。




「くっそ~何か、何か、建物は…」




「あ、あれ見て良子!」




「え!?」




礼菜の指差した先にはなにやら明るいネオンの建物がある。




「マン喫発見!」




「急ぎましょう!」




良子達は雨にも負けず、風にも負けず、全速力で飛ばした。

飛ばしたはいいが…。




「・・・これって」




建物前まで来た良子達は絶句していた。

それはマンガ喫茶でもなければ、ネットカフェでもない。




「・・・ラブホ」




マコの呟きにみんな顔を赤く染める。

そう、その建物はラブホテルである。

よく少女マンガでは素敵ホテルとかファッションホテルとも言われている。

こういう建物は繁華街のごく隅の方にあるものである。




「・・・どうする?」




良子は皆の顔色を伺う。

礼菜やマコはもちろん、稲美ですら、この建物がどういう建物か知っている。

やはり、みんな顔を赤く染めている。




「…背に腹は変えられないわ。行きましょう、良子」




意外にもそう言い切ったのはマコだった。

既に傘はコウモリ傘となり、力尽きた。

だが、雨の勢いは減るどころか増すばかり。

風の勢いだってまだまだ収まりそうもない。

辺りの建物は民家ばかりで、ここ以外に特に目立った建物はなさそうだ。

これ以上歩きまわっても、マンガ喫茶やネットカフェが見つかる可能性は極めて低い。




「了解。ここしか手はないわね。みんな、行こう」




良子は意を決して、皆にそう言う。

その言葉に後押しされ、皆頷いた。

良子達は早速ラブホテルの中へと入っていった。




「さてと・・・」




ホテルの中に入った良子達。

ホテル内に人はおらず、外の雨音しか聞こえないほど、シンと静まり返っていた。




「ねえ、どうするの?私、何も知らないんだけど」




マコが首を傾げる。

どうやって部屋を取るのだろうか?




「簡単よ。ここの壁に出てる奴を押せばいいの」




良子が壁まで近づく。

タッチパネルの壁が点灯する。




「いらっしゃいませ、ご希望の部屋番号を押してください」




機械音声のアナウンスが流れた。




「で、部屋を選んで泊まりか休憩を選べばいいのよ。暗くなってる部屋は他の客が使ってるから無理だからね」




「・・・ヤケに詳しいのね、良子」




「あははは・・まあね」



「・・・・・」




苦笑いする良子と赤面する礼菜。

良子、実はラブホは初めてではない。

中学時代に何度も礼菜と一緒に来ている。

なので、それなりに知っているのだ。

だが、そんなことは流石に公言できない。

礼菜も思い出しているのか、黙って赤面している。

マコはあえて深く聞かないことにした。




「と、とにかく、泊まりで・・この部屋にしよう」




選んだのは「STAY 20000」の部屋だった。

部屋のボタンを押すと、下の受け取り口からルームキーが落ちてきた。

まるで自販機でジュースを買ったときみたいだ。

尚、STAYは泊まりを意味し、RESTが休憩を意味する。

もちろん泊まりの方が値段は高い。

この場合、泊まりで金額は2万円となる。

お金はチェックアウト時に払う事になっている。




「高くないですか?2万円というのは…」




「どうせならいい部屋にしましょ、お金は大丈夫だから。つか、この部屋広いし、ブラックライト付いてるし、最新ゲーム機も完備だって。濡れたままじゃ風邪ひくし、さっさと行こう」




「そ、そうね。行きましょ」




ルームキーは301となっており、3階にあるようだ。

良子達はエレベーターで3階に向かった。

エレベーターから出て少し歩いた所に「301」の部屋があった。

完全防音なので、他の部屋の声や音はほとんど何も聞こえない。

雨音がどこか遠くに聞こえるぐらいで、非情に静かだった。

早速部屋のドアを開ける。




「へぇ、こうなっているのね」




部屋は結構広く、2LDK程度の広さだ。

部屋にはTV(ゲーム機付き)ダブルベッド、ソファ、トイレ、バスルームとある。

他にはキッチンや乾燥機なんかもある。

壁紙は白で統一され、床は白と黒を組み合わせたオセロ模様。

ベットの周りは高そうな絨毯もひかれている。

あまりいやらしくない感じがいいなと良子は思った。




「あーもうびしょ濡れ。とっとと脱いで、服と下着をよくしぼってから乾燥機に放りこみましょう」




良子はさっさとTシャツを脱ぎ、風呂場でギューと絞る。




「良子、でも替えの服は?乾くまでどうするのよ」




「タンスになんか入ってるよ」




マコの指摘に礼菜が答えた。

タンスの中には幾つもの服が並んでいた。

お泊り用の寝巻きセットとプレートに書かれ、並んでいるのはパジャマのようだ。




「じゃ、これに着替えましょう。ようやくひと段落できるわね…。雨のせいで、髪の毛が痒いわ」




髪の毛を爪でかきつつ、ため息をつくマコ。




「え、雨で髪の毛痒くなるの?」




「私、敏感肌でね。雨に濡れると肌や髪の毛が超痒くなるの。さっさとお風呂に入ってさっぱりしたいわね」




服を脱ぎながら、良子の質問にけだるく答えるマコ。




「ではお風呂の準備をしてきます」




「あ、お願い稲美さん」




稲美はパタパタとバスルームへ向かった。

こういうとき、気が利くのが彼女である。




「さて・・TVではどうなってるかな」




礼菜もパジャマに着替え、服と下着をしぼってから乾燥機に放りこんでスイッチを押す。乾燥機が全員分の下着と服を乾かすために動き始めた。

皆、ノーブラ・ノーパンだが、女同士でもあるので、さほど恥ずかしくないようだ。

携帯を備え付けのタオルで拭き、同じく備え付けの充電器で充電させておく。

マコ、良子、礼菜はソファに座ってTVをつけた。




「関東地方の台風は依然として強い勢力を保ったまま、進路を北北東に変え…」





「この様子じゃ、まだ止みそうではないね。明日は晴れてくれるといいんだけど」




「台風でしょ?そんな簡単には止まらないわよ」




「他のチャンネルはどうかな?」




良子がリモコンでTVのチャンネルを変えた。




「あ・・ダメよ、新聞屋さん!こんな所で・・・」




「いいじゃないですか、奥さん…」




20代の若い女性を、30ぐらいの男性が押し倒している映像が流れた。

全員顔を真っ赤に染めた。

所謂、アダルトビデオである。

良子は一瞬でチャンネルを変え、さきほどのニュースに戻った。



「・・・・・」



全員顔を赤く染めたまま、なんとも言えない雰囲気になる。

しばらく気まずい沈黙が流れる…。





「お風呂沸きましたよー」




「よ、よし、みんなで入ろう!」




「さ、さんせー」




「お、OK」




という訳で、さっそく全員でバスルームに向かう。

空気を変えるために。




「はああ・・・極楽、極楽」




「いい湯ですわねぇ」




「ホント、ホント」




「気持ちいい・・」




お風呂は広く、4人で入っても普通に大丈夫なぐらい広かった。

良子は頭にタオルを載せ、両手を組み、その上に頭をのせて極楽気分を味わっている。稲美も目を閉じ、湯が身体の疲れを落とし、温まっていくのを心地よく感じている。マコも礼菜も稲美と同じく心地よかった。普通に風呂に入るのも気持ちいいが、雨などで冷えた身体を風呂で温めるのは、また違った気持ちよさがある。




「ってゆうかさ~」




「ん?」




良子はいきなり、マコの胸を揉んだ。




「マコって意外に大きいのね…」




「ちょっと、いきなり触らないでよ良子。そんなにないって」




マコは本気で怒っているわけではなく、冗談っぽく笑みを浮かべながら言う。




「良子もそこそこあるじゃん。都会にあるコンビニぐらいの規模の大きさね」




「どんな例えよ、それ…。礼菜のは可愛いよね。すっごい美乳!爆乳でもなく、貧乳でもなく、かぽっとしたキレイなお椀型で、あんまりにもキレイすぎて拝みたくなるっつーか!ホント、素敵!」




言いながら礼菜の胸を揉む良子。




「あ、ちょっ、良子!そんな揉みまくらないの!」




「いいじゃん、いいじゃん。よいではないか、よいではないか~」




「きゃ~★」




まるで悪代官みたいな良子。

つか、礼菜も嬉しそうだ。

そんな二人にマコはため息をつき、稲美はくすくすと笑みを零した。




「お二人は本当に仲がよろしいんですのね…。そういえば、どういうきっかけでお二人は仲良しになったんですか?」




「あー、稲美ちゃんには話してなかったけ?ウチと礼菜は同門。つまり、同じ師匠の下で教えを受けたのさ」




「なるほど、そうなのですか」




礼菜を抱きしめたまま、良子は続ける。




「元々、師匠がどっかから礼菜を連れてきたの。それで二人で師匠の下で剣を学んだの。でも、当時の礼菜は暗くてね~。今と大違い」




「…確かに暗かったわ」




礼菜が少し遠い目をして頷く。




「でも剣術だけは一生懸命なの。でも普段はホント暗くて、必要最低限しか喋らなかったのよ。ウチは腹が立って、師匠の留守の日に勝負を挑んだの。3日連続で戦って、でも決着はつかなくて。それから徐々に仲良くなってきたの。まあ、その後で二人とも師匠にかなり絞られたけどね…」




あははと苦笑いを浮かべる二人。





「…そうだったね。懐かしいな」




うんうんと頷く礼菜。

二人共、過去を振り返っているのだろう。




「でも、仲良くなったのも束の間。礼菜が東京に行くって言い出して。ウチ、寂しかった。だから、告白した。礼菜はウチを受け入れてくれて、ウチ達は晴れて両想いになった。そして、かけがえの無い存在になったのさ」




「ふふ、そうね。良子には本当、感謝してもし足りないぐらいだよ。ホント、ありがとね、良子」




「どういたしまして」




二人は再びぎゅっと抱き合い、キスをした。




「あー、熱い、熱い。さっさと洗って出ましょ。風呂の温度が高すぎるわ」




マコは先に湯船から出て、シャンプーで頭を洗い出した。




「ヤキモチかしら、マコ?」




「絶対違うから。つーか、あんた達も身体洗いなさいよ。あんまり入ってるとのぼせるわよ」




「はいはーい」




良子達はしばらくしてから湯船を出て、身体を洗う事にした。









「で、どうやって寝ようかしら?」




良子達はダブルベットを見ながら悩んでいた。

ダブルベットは普通、二人で寝るベットだからそういう名前なのだ。

4人ではちょっと狭いというか…。




「ま、結構広いからなんとかなるわよ。さ、早く寝ましょ」




「う、うん…」




良子の言われた通り、4人はベットに入る。

ちょっとせまいが、ベットは割りと広いので4人でもなんとかなった。

真ん中に良子と礼菜、良子の隣にマコ、礼菜の隣に稲美だ。

いわゆる川の字の状態である(一人多いが)




「礼菜、電気消してー」




「はーい」




リモコンのスイッチを押すと、天井のライトがゆっくりと消えていった。

青白い光りだけが部屋を優しく照らす。

照らすと言っても、寝る分には支障はない。

薄暗くて、尚且つ青色の光りなので、ゆっくりと眠れそうだ。




「んじゃ、おやすみー」




「おやすみ~」




「おやすみなさい」




「おやすみぃ・・・・」




一日中遊びまくったせいか、良子たちは随分疲れていたようだ。

彼女たちはそのまま夢も見ずにゆっくりと眠りについた。












次の日。




「ほんじゃ、帰るとしますか」




良子達は部屋にある自動精算機でお金を払い、ホテルの外に出ていた。

乾燥機に入れておいた服はすっかり乾き、違和感がない。




「いい天気だね。昨日の台風が嘘みたい」




礼菜は空を見上げていた。

空は雲ひとつない快晴で、青空が澄み渡っていた。

今朝の天気予報によると、台風はそのまま中国方面に向かい、日本列島にはもういないらしい。そして、台風は徐々に勢力を弱め、温帯低気圧に変わるだろうとの事だった。




「色々あったけど、なかなか楽しかったわね」




のびをしながら言うマコに稲美も頷く。




「また来たいですわね」




「だね。んじゃ、電車も復活したみたいだし、駅に向かってしゅっぱーつ!」




「おー!」




良子の掛け声と共に歩き出すみんな。

太陽の輝きと同じくらい、みんな輝いているなと良子は思った。

そんな輝く友人達が最高に眩しく、そして、最高の友人達だと。

良子はそんなみんなが微笑ましくもあり、自慢でもあった。




「ほら、良子。行くわよー」




「行きましょう良子様」




「良子、はやくー」




面白い連中だ、ホント。

いつまでもこんな日々が続けばいいのにな…。




「あ、待って、待って~」




良子はそんなかげがえのない新友たちの下へと駆け出した。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る