第7話「さくら」

とある春の満月の夜。

東京・新宿の裏通り。

そこには人は誰もいない。

ただ静寂のみが世界を支配している。

切れかけた電灯の頼りない光だけが闇を軽く照らしている。

掴んだ情報が正しければ、奴はもうすぐ現れるはずだ。

アタシは煙草に火を点け、煙を深く吸い込み、吐き出す。

感覚が研ぎ澄まされていく。

それは、ほんの一瞬の音も逃さない。

誰かの足音が響いた。

地面を叩く、硬い音。

恐らく、革靴だ。

スニーカーではこんなに響きはしない。




「…来たわね」




吸い終えてない煙草を手持ちの携帯灰皿に押し付け、もみ消す。

そして物陰に隠れた。

アタシの視線の先には店がある。

裏路地には相応しくない、妙に小奇麗な建物。

看板には「桃源郷」と書かれている。

ピンクのネオンがやたら眩しく、ハデハデに光り輝いている。

15にもなれば、それは風俗店という事が自然とわかる。

アタシは少し生理的な嫌悪感を感じていた。

こんなのを好む男の気が知れない。




「…出てきた」




若い女性に見送られ、男が出てきた。

男…というよりは中年オヤジと言ったほうが正しいだろう。

高そうなスーツに身を包み、ネクタイも靴も一流ブランドで身を固めている。

歳は50代半ばで、タヌキみたいな顔をしている。

タヌキ親父と呼ぶことに決定。

アタシの頭の中にある写真の顔とタヌキ親父の顔が一致する。

間違いない。




「ありがとうございましたー」




「おう。また来るわ」




タヌキ親父は赤い顔をして、風俗嬢の営業スマイルに見送られた。

風俗嬢は中年男性がいなくなると、営業スマイルを止めて、露骨に嫌そうな顔をしてから、さっさと店に戻っていった。どうやら、あんまり来て欲しくない客のようである。タヌキ親父は店を出て、フラフラと千鳥足で歩く。

かなり酒を飲んでいるらしく、足元がおぼつかない。

目はほとんど座っていて、焦点も定まっていない。

これじゃあ、いつ転んでもおかしくないだろう。

もちろん走る事もできないし、歩くのもままならない。

古典的な酔っぱらいだが、こちらには都合がいい。

アタシは奴のその背中を蹴り飛ばした。




「ぎゃふ!」




ごみ袋とキスするタヌキ親父。

奴は「痛たた…」と背中をさすりつつ、私を見上げ、赤い顔で睨みつけてきた。

かなり酒臭く、こっちにまで臭ってくる。

私は思わず鼻を手で塞いだ。




「な、なにをすんだ、この野郎!わわ、私を誰だと思っている!政財界の…」




「黒岩太郎さん…でしょ?衆議院議員・民自党幹事長の」




「な、し、知ってるのか。なら、何故…ん?」




タヌキ親父はアタシの制服をジロジロと観察している。

どうやら、流石に覚えがあるようね。

そして、表情をどんどん強張らせていく。

赤い顔はあっという間に青い顔になった。

その蒼さは絶望的に濃くて、完全に血の気が引いているようだ。




「ま、まさか、餓龍館がりゅうかんか!?ひ、た、助け…」




「じゃあね」



アタシは刀を振り上げ、タヌキ親父の心臓を一気に貫く。




「うぐあああああ!!」




それを引き抜き、身体全体をたたっ斬る。



「ぬ、ぬがあああああ!!!」




断末魔の悲鳴と共に血飛沫が周りを汚す。

アタシを汚す。

周囲はドス黒く染まり、タヌキ親父は膝を地面につく。




「ぬ…ぐ…う…」




そして、声もなく崩れ落ちた。

こんな裏通りに人などいない。

朝になるまで誰も気づかないだろう。

人間は日常生活においてほとんど無関心でいる事が多い。

アタシが人を殺めたことはあの満月しか知らないのだ。

任務完了。











「…はい、はい、完了です。はい、いつも通り私の口座に。はい、はい。では、失礼します」




アタシは携帯を切り、ポケットにしまった。




「これで300万なんて楽な商売だわ、ホント」




キシシと笑みを浮かべるアタシ。

楽だし、金はいいし、ああいう腐った大人は殺せるし、いい事づくめだ。

さて、コンビニで買い物してから家に帰ろかな。

潰れかけの空き家で着替えをしてから、アタシは街に出た。

こういう裏路地には放置されたまま、誰も住んでいない空家も多い。

空家の撤去・破壊には高額な費用が発生する。

その為、持ち主はどうすることもできず放っておくしかできないという。

でも、そのお陰で私は殺人を犯しても堂々と着替えができる。

流石に血まみれの服のまま、表通りには行けないからね。

どんな街のどんな裏通りにも、こういう空家や潰れた店は幾らでもある。

特に巨大な街になれば、なるほど…ね。

その気になれば、身を隠す場所などどこにでもあるのだ。

裏路地は街灯の明りしか無かったが、表通りまで出ると一気に眩しくなる。

夜だと言うのに、車のライトや建物の光、ネオンや街灯があって妙に明るい。

もしかしたら昼よりも明るいかもしれない。

その中で人々はそれぞれの目的や欲望の為にどこかへ向かっている。

ある者はスーツに身を包み、ケータイで丁寧な口調で何かを話しながら歩いている。

会社の上司とでも話をしているのだろうか。

見えない相手にお辞儀までして、ご苦労なことだ。

またある者は疲れた顔をして歩きながら、何かをブツブツ呟いている。

ああいうのは人生に疲れているのだろう。

あいつの周りだけ壁ができたかのように人がいない。

きっと家でもああいう風に避けられているに違いない。

ある者は友人達とバカ話に花を咲かせながら歩いてる。

ふん、くだらない…。

皆、明りに群がる蛾のように、摩天楼を我が物顔で歩き、どこかへ向かう。

くだらない人生、くだらない青春、くだらない世の中。

誰も彼もが他人に無関心の世の中だ。





こんな実話がある。

あるパーキングエリアで一人の男性が自分の車の中で自殺した。

だが、その時は誰一人気づかなかった。

明日になっても、明後日になっても、明々後日になっても…。

誰も気付かなかったそうだ。

結局、男の自殺から1ヶ月が過ぎた頃。

流石に不審に思った店員がその車を調べ、発覚したのだという。

それぐらい、他人には無関心なのが当たり前なこの社会だ。

そのくせ、見えない誰かを探している。

ホント、バカバカしい。

どいつもこいつもバカそうな面した奴らばかりだ。

みんな死ねばいいのに。

こんな夢も希望もない世界なんて滅んでしまえばいいのに。

政府にも、現実生活にも希望なんてない。

希望のない世界をフィクションでやってもヒットはしない。

だからドラマはクズ作品ばかりできては週刊誌で叩かれるのだ。

この世界に渦巻いているのは絶望だけだ。

深く暗い絶望と混沌が誰の心にも吹きすさんでいる。

そんな世の中ならいっそ滅べばいいのにと思う。

空を見上げると、星は見えなかった。




「どっかの国からミサイルでも飛んでこないかな…」




こんな国さっさと滅べばいいいのに。

そんな事を考えながらアタシは街を歩く。

アタシの考えは至って健全だ。

日本国憲法では思想の自由が認められている。

異常者ってのは、常識から外れ、誰かに迷惑な行動をする者を指す。

また、それを押し付る者も指す。

考えるだけなら、それは異常ではなく正常なのだ。




「あーーーー!!リラックス・クマ野郎の新作・あの有名選手をなんで放出した!とブチ切れるクマ野郎が出てる!!」




…なんか、物凄い声が聞こえてきた。

マグナムバーガー前に少女達の集団がいて、何やら騒いでいる。

制服から察するに女子高生だろう。

年はアタシと同じか上ぐらい。




「ねね、マグナム入ろう!この新作まだ手に入れてないんだよ~」




「まったく…礼菜のクマ野郎好きは筋金入りね」




「礼菜、今日はみんなでタツヤに寄りに来たのよ。稲美さんが借りたいDVDがあるって言うから。クマ野郎は今度良子に買ってもらいなさい」




「え、ちょ、マコ。ウチが買う事確定なの!?」




「何言ってるの、彼女の頼みを聞くのが彼氏の務めでしょ?」




「か、彼氏って…。あのね、ウチも女なんですケド?」




「ふふふ…」




「ちぇ~しょうがないか。じゃ、良子お願いね。明日の放課後行きましょう。デートしょ、デート♪」




「ま、いいけどね。で、何のDVD借りるの?」




「世界の中心の外れで愛を叫ぶという作品です。前から見たくて…」




「ウチは時代劇がいいな~」




「そりゃ、アンタの好みでしょ」




あはははと笑いつつ、女子高生達は夜の雑踏の中へ消えていった。

ったく、うるさいったらありゃしない。

ああいう高い声でキンキン話されたら、たまったもんじゃない。

周りの迷惑とか少しは考えないのかしら、ったく。

…なんかコンビニ行く気分でもなくなった。

アタシは結局どこにも寄らずにまっすぐ家に帰った。











アタシの家は渋谷にあるオートロック付のマンションで5LDK。

家賃は軽く100万を超える。

エントランスには常時警備員がおり、警戒態勢も抜群。

もちろん、家具にも寝具にも金をかけている。

ドイツ式の300万のシステムキッチン、超高級ソファー、世界一の羽毛を使用したベッド、地デジ対応の80型TV。

これも全て暗殺稼業で稼いだ金で購入したものだ。

このマンションに住めるのは主に政治家か会社の社長や重役などの大金持ちしか住めない。アタシのような一介の高校生女子では背伸びしたって無理だ。

なので、設定上は親が海外で仕事をしているから、親の金で生活とされている。

もちろん、全て払っているのはアタシだ。




「さ、今日はもー寝ようかな」




アタシが服や下着をそこら辺に脱ぎ捨てていると、不意に大音量で洋楽が流れる。

アタシの携帯電話の着メロだ。

こんな時間に電話してくる人物なんて限られている。




「はい」




十六夜いざよいさくら君…明日、朝一番で校長室に来たまえ」




歳のとった壮年の声が携帯越しに響く。




「わかりました」




そこで電話は切れた。

いつも通りの業務連絡だ。

誉めることもなければ、激励も慰めもない。

ただ事務的なだけの電話…。

携帯を切り、ベッドに放り投げる。




「さて、シャワーでも浴びるかな」




アタシは全裸のまま室内を歩き、バスルームに行く。

シャワーのコックを捻り、身体をお湯に染めていく。




「しっかし、毎日毎日退屈ねぇ…またイイ男でも呼ぼうかな?」




前の男は顔はよかったけど、テクは下手くそだった…。

今度はもっと上手な奴呼ばないとね。

テクが上手い奴は大概イケメンのはず。

じゃなかったら、女の子は落とせないわ。

まあ、特別イケメンじゃなくてもいい。

アタシを本当の意味で満足させてくれる男じゃないとね…ふふ。

明日はどんな仕事なんだろ。

ま、どうせ人殺しには変わらないけどね。

こうして、いつも通りの一日が終わりを告げた。














ー次の日。

餓龍館学園内・校長室前。

分厚い扉を軽くノックすると「入りたまえ」と声がした。

扉を開け、「失礼します」と言ってから中に入った。




十六夜いざよいさくら、お呼びにより参上致しました」




「うむ…。早速だが、仕事だ」




校長は机の上に何かを複数枚、置いた。

それは誰かの写真で全部で4枚ある。

写っているのはどれも若い女の子。

見た目からして、15~17歳程度。

制服姿からすると女子高生だろうか。

あれ、どっかで見た事があるような…。




「今回の任務はこの者達を始末しろ。特にこの女…剣良子には3000万出す。

最優先で殺害しろ。その他は1人100万だ。」




「この制服…荒覇吐学園ですね」




荒覇吐学園は明治時代に創立され、現在では都内でも有数のスポーツ高校だ。成績向上にも力を入れており、文武両道の学園として世間に広く知られている。

しかし、何故その一生徒を殺すのだろうか。

いつも殺すのは汚職に塗れた政治家か、ブラック企業の社長や重役のはずだけど…。




「…どういう奴らなんですか?」




「今回は聞かなくていい」




校長は早口で言い切った。

いつもならどういう人物かを詳細に話すはずだが。

何故、今回は話さないのだろうか?

疑問符がアタシの頭に浮かぶ。

ってゆーか、思い出した。

こいつら、昨日、街でクマ野郎とか騒いでた連中だ。

うーん、殺すに値する連中とは思えないけど。




「君は言われた事をそのまま実行すればいい。頼りにしているよ…十六夜さくら君」




「…わかりました」




写真の顔を瞬時に覚え、私は部屋を出た。

校長が何故言わないのか気になるが、まあいい。

言われた事をそのまま実行すればいいのだ。

シンプルイズベスト。

何も難しくない。

全ては金の為だ。

悪人を殺して何が悪い?

ゴキブリが出れば誰だって殺虫剤で殺すだろう?

それと同じだ。

人間の中にも害虫はいる。

アタシはそいつらを殺す。

そして、金を貰う。

殺戮はアタシの運命。

殺して殺して、殺し尽くす。

それで金が稼げて、いい暮らしができるならそれでいいじゃん。

悪い奴もいなくなるし、アタシは大金が手に入る。

めでたし、めでたしだ。

でも、ただ殺るんじゃ面白くない。

どうせなら、とびっきりのシナリオを考えようじゃないか。

アタシは早速行動を開始した。











ー昼休み・屋上。




良子達は荒覇吐学園・屋上に来ていた。

今の時間は教室では人口密度がかなり増す。

良子達はその為、屋上で食べるのを好んでいた。




「ん~久しぶりの屋上だね。つか、学校自体が久しぶり~」




良子は弁当を食べつつ、しみじみと腕組みをして言う。ちなみに弁当は礼菜のお手製である。




「一ヶ月は長かったわね。ま、反省文も認められたし。っていうか、私ら遊んでばっかだったような気がするんだけど…」




マコは少し首を傾げる。

行方不明の礼菜を探す以外はほとんど遊んでたような…。




「まあいいじゃない、マコ。時には遊びも必要よ。第一、学園長は何も言ってこなかったし」




「ま、それはそうなんだけどね」




良子の言うとおり、翡翠は何も言わなかった。

翡翠なら良子達が謹慎中どうしていたかを知ることぐらい、造作もないはずだ。

だが、今回は特に何も言われていない。

ひょっとして、大目に見てくれたのだろうか?




「あの…皆様」




「何、稲美ちゃん?」




稲美は言うべきかどうか迷ったが、やがて口を開く。




「妖魔たちは…何故私達を狙うのでしょうか?」




その言葉に考え込む良子達。




「私達たちが始めて会ったあの公園での事件といい、礼菜様の誘拐事件といい…どう考えても、敵は私達を狙っています。どうして私達なんでしょうか?」




「あの時の敵…俄瑠はウチらを殺しに来たって宣言してたね。グラントとかいう奴もハナっからウチら目当てで礼菜を誘拐した」




良子とマコが公園で仲直りしたあの日、攻めて来た妖魔・俄瑠。

彼は良子達を殺すと宣言し、反妖という種族の力で攻めてきた。

反妖は妖魔と人間のハーフを意味するが、俄瑠は人間が妖魔に魂を売った事で力を得た反妖だ。その力は凄まじく、他人をも操れ、高速移動することもできる。

良子達はその力に苦しめられながらも稲美の援護射撃もあり、見事、俄瑠を倒す事ができた。グラントも良子達を食らう為に礼菜を誘拐し、最終的に全員を食らおうと襲いかかってきた。しかし、良子達の活躍でグラントは闇に葬られた。

共通しているのは、どちらも最初からこちらを狙って動いている点だ。

恐らく、偶然ではないだろう。

第一、奴ら自身が良子達を殺すと宣言している。

つまり妖魔たちは良子達の事を知っており、尚且つ標的としている。

しかし、何が狙いなのかはわからない。




「あの黒スーツの女が怪しいわね。あいつがきっと妖魔に命令させてウチらを襲わせているのよ、きっと」




「でも、良子。妖魔たちは人間を嫌っているはずよ。どうして、あの女性の命令には従っているのかしら…」




マコの言うとおり、妖魔たちは人間を嫌っている。

人々は忘れているが、かつて人間と妖魔は何度も血で血を争う戦いを繰り返した。

人間達は勝利し、領土を拡大。妖魔たちは殺され、住処を奪われ、追い出された。

たとえ何百年経った今でもその遺恨はあるだろう。

妖魔たちはそんな人間を忌み嫌っているはずだ。

人間の命令を素直に聞くとは思えない。




「うーん、あの女も妖魔なのかな?半妖とか?」




「そんな風には見えなかったわ。何か別に理由があるのかも…」




「なによ、その理由って?」




「そこまではわからないわね…」




みな、再び考え込む。

少し場の空気が重くなるのを稲美は感じた。




「あの…関係ないかもしれませんが」




「いいよ、話して」




良子が許可し、稲美は少し安堵した。




「昨日、新宿で政治家が殺害されたニュース…ご存知でしょうか?」




「ああ、なんかTVでやってたね」




「私も見たわ。その政治家、裏では相当悪どいことをしていたみたいね。色々黒い噂が後を絶たなかったんだとか。何でも、政財界を陰で操る黒幕って言われてたみたい」




礼菜が詳しく補足する。




「でも、なんでそんな奴が逮捕されないのかしら?」




マコは府に落ちないといった様子で首を傾げる。

そんなあくどい議員はとっとと捕まるべきだ。

人の為、国の為に地道に頑張るのが政治家というものである。

それを無視して己の利益ばかりを貪るなど言語道断。




「賄賂なり権力なりを使ったんでしょ。最低だね」




良子が言葉の上でもバッサリと斬り捨てる。

マコもそれに頷く。




「問題はここからです。警察は殺人事件として捜査を開始しましたが、突然この件は事故だったと処理されて、捜査も打ち切られたそうです」




「そうなの?」




「何でも「餓龍館がりゅうかん」という名前が出た途端に捜査が打ち切られたらしいんです。その途端に警察もマスコミもノータッチ。裏に何があると思うのですが…」




警察はともかく、マスコミがノータッチというのは不思議だ。

叩けば埃の様に出る政治家のスキャンダル・不正は後を絶たない。

マスコミや週刊誌からすれば、それは格好の特ダネ。

それを元に面白おかしく記事を書けば、週刊誌は必ず売れる。マスコミは議員の不正についての大きく報道をすれば視聴率が取れる。そんな格好のエサを前に何故ノータッチなのだろう?




「餓龍館って?」




「渋谷にある有名なスポーツ高校よ。うちの学校とタメ張るぐらい強い強豪校なの。去年の剣道の大会ではウチを破って優勝しているわ」




マコの答えに良子はふ~んと頷いた。




「で、それが妖魔と関係あるの?」




「そこまではわかりませんが…場所が場所です。用心するに越した事はないでしょう。皆様、常に警戒心を怠る事ないようお願いします」




稲美の言葉と共にチャイムが鳴った。

そろそろ昼休みも終わる頃だ。




「そだね。よし、教室に戻ろうか」




「そうしましょう」




良子達は弁当を手早く片付け、屋上を後にした。

常に警戒という言葉を胸に秘めながら。

だが、それは一瞬で打ち砕かれることになる。











放課後、良子達はみんなで一緒に帰ることにした。

稲美の言葉通り、警戒を強めるために一緒に行動することにしたからだ。

まあ、普段からみんな一緒に帰っているが、念には念を入れてだ。

荒覇吐学園では1階に下駄箱があり、外靴を下駄箱に入れ、上履きで校内を歩く決まりとなっている。下駄箱で靴を履き替えている時、良子の携帯にメールが届いた。

良子は誰からだろうと思いつつ、携帯電話を確認する。




「知らないアドレスだ。誰だろ?」




メールには写真が添付されている。

何気なく添付されてる写真を見てみた。

良子はそれに言葉を失った。

写真には飯田京子が写っていた。

だが、普通の状態ではないのだ。

京子は身体と手と足を縄でキツく縛られ、猿轡さるぐつわまでされて、倒れている。目は閉じ、気を失っているようだ…。

京子の周囲はうす暗く、残念ながら場所まではわからない。

メールの本文にはこうあった。




「彼女の命が欲しければ晴美埠頭はるみふとうまで来い。今日中に来なければ彼女を殺す。 


餓龍館がりゅうかん十六夜いざよいさくら」




「…っ!!」




良子は下駄箱を思いっきり叩き潰す。

激しい破壊音と共に下駄箱の扉が外れ、地面に落ちた。

それを足で更に踏み潰し、扉はコナゴナの木屑と化した。

その物音に慌てて礼菜達が駆け出してきた。




「ど、どうしたの良子…」




「良子様、どうなされたのですか?」




「ちょっと、どうしたってのよ!」




「………」




良子は無言で携帯をマコに乱暴に手渡した。




「ちょっと何なのよ…」




「……」




だが、良子は答えない。

マコ達は仕方なく、良子の携帯を凝視する。

そして全てを理解した。




「まさかこれ…京子?」




「餓龍館って…そんな、まさか」




「マコ、晴美埠頭にはどうやったら行けるの?」




皆の動揺に良子だけが冷静に尋ねる。

だが、言葉の端々に怒気が混ざっている。

相当、腹を立てているのだろう。




「バスかタクシーね。でも、ここからだとタクシーが早いわ」




「時間がない。タクシーで行くわよ!」




[ok」




京子の身を案じながら、1分1秒でも早く着きたいと願いつつ、少女達は駆け出した。













晴美埠頭(はるみふとう)。

東京港にある埠頭の一つ。

国内、海外の船舶はもちろん、外国の艦船なども寄港する事がある海の玄関口だ。

かつては東京モーターショーなどを行った東京国際見本市で有名な所である。

他にも、日本最大級の豪華客船「飛鳥」や南極観測船として有名な「しらせ」もこの埠頭から出港する。最近では、コスプレや同人誌即売会のイベントで使われることも多く、知名度は非情に高い。 夕焼けが海の底に染まっていく景色はとても美しい。

しかし、良子達はそんなものを見ている余裕は無かった。

埠頭を見渡すが、かなり広く、しかも閑散としている。




「あまり人気がないね?」




「客船の往来が少ないからね。普段はこんなもんよ。TV撮影とかイベントなら人も多いでしょうけど」




そこへピリリリと着信音が鳴る。

良子はすぐ携帯を開ける。

メールが1通あった。

あのアドレスからだ。

マコ達も横から除く。




「よく来たね。次は晴美埠頭公園まで来てちょうだい…か。マコ、案内して」




「了解!」




マコの案内の元、一向は晴美埠頭公園まで向かった。








晴美埠頭公園は客船ターミナルがシンボルの港の公園である。

噴水、木々が茂る緑の小道が続くエリアと、世界の港からやってきた豪華客船、貨物船のすぐ脇をぞろ歩きできるポートサイドのプロムナートがある。自然の楽しみやエトランゼ気分を味わえ、レインボーブリッジや都心を一望できる小さな展望台もある。ドラマや映画などの撮影場所としても使われ、有名人と遭遇する事もある人気スポットだ。生憎、良子達が来た時は有名人はおろか、人っ子一人いない。




「景色が綺麗だと思わない?絶景かな、絶景かな~」




そういいながら、少女が現れた。

濃紺のブレザーに胸元にはネクタイ。

下はプリーツスカート。

顔立ちは幼いが、整っている。

美人というよりかは、可愛いという言葉が似合いそうだ。

両耳にピアスがそれぞれ3つずつつけられている。

また、下唇にも小さなピアスが4つけられている。

髪型はボリューミーミディ。

前髪を目ギリギリの長さで厚めにカットし、強めのパーマをあてている。

カラーはアッシュブラウン。

身長は小さく、150程度だろうか。

見た感じ、イケイケのお嬢様という雰囲気だ。

少女は瞳を空に向け、まるでダンスのターンのようにクルクルと一回転した。

良子達は目を細め、少女を凝視した。

だが、少女は臆する事無くターンをピタッと止め、うふふと不気味に微笑んだ。




「ようこそ、剣良子さん達。お会いできて光栄だわ。

十六夜さくらよ。以後、お見知りおきを」




恭しく執事よろしくなポーズで挨拶をするさくら。




「…京子は?」




「そこにいるよ」




すぐ傍の自販機に京子は倒れていた。

腕と足を身体を縄で縛られ、倒れている。




「京子!」




「慌てなさんな、別に死んじゃいないよ。ただ眠ってるだけさ」




「…なんでこんな事するのよ?ウチが狙いなら、ウチだけを狙いなさいよ!彼女は関係ないじゃない!」




「ちっちっちっ。それじゃあ面白くないじゃん。一回きりの人生、楽しまなくちゃ。演劇と人生は似ている。面白くするには、最高のシナリオと演出が必要だよね」




あはははは!!と高笑いする少女。

その笑い方はどこか狂っていて、タガが外れたかのように大声で死ぬほど笑っている。まるで壊れた玩具のようだ。

良子は表情を嫌悪に染めていく。




「そんな事の為に京子を…?」




「ええ」




良子の言葉に少女は頷く。




「ふざけないで!餓龍館だか何だか知んないけど、関係ない人を巻き込むなんて。許せない!」




良子は獲物を抜刀した。

礼菜も抜刀し、マコも稲美も戦闘体制に構える。

少女はそれに笑みを浮かべた。




「アンタも剣士みたいだね。それもとびっきりの凄腕。流派は夜叉神桜刃流やしゃがみおうばりゅう…。1対複数の剣術で、多くの人間を殺す事だけを目的とした殺人剣術らしいわね」




「…へえ、よく知ってるじゃない」




「まあね。強い奴と殺し合えるのは楽しみの一つ。あのタヌキ親父みたいな奴なんか何人殺してもつまんないしね」




少女は「あれはつまんなかったわ~」と言って、目を瞑って首を何度も横に振る。




「…ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと来たら?」




「あはは、怒った怒った?短気だね~オイ。でも、そういうのは嫌いじゃないよ。んじゃ、バトル開始といきますか!」




少女はそこで指を鳴らす。

どこからか現れたのか、妖魔達が周囲にウジャウジャと湧き出てきた。

正確な数はわからないが、埠頭を埋め尽くさんばかりの数である。




「お前達、そこのお嬢さん達をたっぷり可愛がってあげな。剣良子はアタシが殺る」




妖魔たちは雄たけびを上げ、マコ達に襲い掛かる。




「マコ、みんな!」




良子は慌てて皆の援護に回ろうとしたが、そこを十六夜さくらが先回りで妨害する。




「剣良子!お前の相手はこの私、十六夜さくらだ!余所見してないで、私と戦え!」




「…っ!!」




良子は舌打ちし、さくらに向かった。




「さあ、カーニバルの始まりだ!」




良子とさくらはほぼ同時に駆け出し、刀を振るう。

二人の刀がぶつかり合い、耳に悪い金属音が響く。

良子が刀を振るうが、さくらは踊るように奇妙にかつ、確実にかわしていく。

さくらも刀を振るうが、良子も絶妙なタイミングでかわしていく。

両者共に実力はほぼ互角だと言っていい。




「うあああああああああああああ!」




「はああああああああああああ!!」




お互いの刀が再びぶつかり、押し合いになる。

いわゆる、鍔迫り合いが起こる。




「はあ!」




良子が力押しでさくらを押し負かし、刀を振るう。

だが、さくらはそれをしゃがんで回避し、バックステップで素早く後方に移動した。

見かけによらず素早く、運動神経も抜群のようだ。




「なかなかやるじゃん。ここまで歯ごたえがあるなんてね。こいつぁ面白いわ」




汗をかきながらも不気味な笑みを浮かべるさくら。

まるで薬物で快楽を得ている時のような、非情に不気味かつ奇妙な笑顔だ。




「アンタこそ。それなりにできるみたいね」




対する良子は汗一つかいていない。

だが、さくらを睨みつける瞳は冷たい。

その瞳は細く、虫けらを見るかのような醒めた瞳だった。7




「フフフ、そろそろ本気だしちゃおうかな~」




さくらの瞳が急に金色に輝きだす。

辺りにはさっきまで無かった風が吹き荒れる。

やがて空に雲が集まり始め、一瞬で空は暗黒の世界となる。




「天気が変わっていく…?」




その時、どこかで雷の音が聞こえた。

遠くではない、かなり近くだ。

音は立て続けに響き、雷光すらも見えるようになる。




「剣良子…悪いけど死んでもらうよ。アタシの生活の為にね」




「…何言ってるの?」




良子の疑問を無視し、さくらは剣を天に掲げる。

すると、それに反応したかのように、雷鳴がさくらの剣に轟く。

凄まじい轟音と共に光が世界の全てを光が支配する。




「う!」




良子はあまりの眩しさに反射的に瞳を閉じた。

やがて、光は収まり元に戻っていく。

だが、さくらの刀に電磁波のようなものが通っている。




「剣が雷を吸収した…?」




「そう。アタシはね、雷を操る力があるのさ。天にアタシの願いが届いた時、雷は落ち、剣は雷鳴剣へと生まれ変わるの」




アハハハと高笑いし、さくらは続ける。




「落雷時の電圧は200万~10億ボルト、電流は1000~20万、時に50万アンペアにも達するんだ。一般家庭で使えるアンペアは最初から電力会社が設定してるから、30~40Aしかない。身近な物で言うとドライヤーは10A、炊飯器で8A程度さ。50万アンペアがどれぐらい途方もない数字かわかるっしょ?」




「……」




「いくらアンタでも、これ喰らえば一瞬で黒コゲ。つーか即死。ドゥユゥアンダスタンド?」




「だから?」




「え?」




「だから何?そんな脅しでウチを殺そうって訳?バカバカしいわね」




「な、なんだと!アタシが嘘ついてるとでも言うのか!」




さくらは怒鳴るが、良子は平然としている。




「別にそんな事言っちゃいないさ。いちいち、んな説明なんか聞きたくないっての。何でもいいから、さっさと来な。ノロすぎて欠伸が出るわ」




良子は本当に欠伸をし、目を擦る。




「バ、バカにするのも大概にしろ!そんなに死に急ぎたいわけ?なら、望み通り、殺してやる!」




さくらは雷鳴剣を手に駆け出し、一直線に良子の下へ向かう。

そして、跳躍した。




「これで終わりだ!」




さくらは刀を振るう。

激しい稲光が落ち、世界が再び光に支配される。

…が、剣に感触がない。

人を斬ったという感触が。




「あまーい」




「な…!?」




さくらは良子に蹴り飛ばされた。

その時、刀がさくらの手から滑り落ちた。

主のいなくなった刀は普通の刀に戻る。




「うぐ…くっそ!」




さくらは慌てて刀を拾おうとするが、良子は先にそれを回収。

大海原へと投げ捨てた。

投げ飛ばされた刀はポチャンと音を立て、海に沈んだ。




「ア、アタシの刀が…」




「獲物を奪われちゃ、戦うことはできないね」




「くっ…」




さくらは海を見渡した。

しかし、どこに刀があるのかさっぱりわからない。

ましてや夜だ、視界も悪く、泳ぐにしても範囲が広すぎる。

今から探し出しても、見つかる可能性は低い。

そこへ物音がした。

さくらが振り向くと、地面に刺さった刀があった。




「それ使いなよ」




「・・は?」




さくらは良子と刀を見比べる。




「あんな雷剣じゃ、フェアじゃない。剣士なら、お互い正々堂々と戦おうじゃん」




「…余裕ね、剣良子。まるで雷剣以外なら負ける自信がないみたいじゃない」




「別に雷鳴剣でもウチは勝てるさ。それとも愛用の剣じゃなきゃ自信がないのかな?」




良子はわざと嘲笑する。

だが、さくらは怒りも何もしなかった。




「アタシを怒らせて倒そうっての?まるで巌流島の決闘みたいだね…」




「流石、餓龍館の剣士様。詳しいじゃない。さながら、ウチらは武蔵と小次郎という訳ね」




巌流島の決闘はあの剣豪・宮本武蔵と佐々木小次郎の試合の事だ。

だが試合当日、宮本武蔵は約束した時間に2時間遅れるという大遅刻をしてしまう。

佐々木小次郎は怒り狂ったが、実はそれは武蔵の作戦。

武蔵は船の檜を削って木刀を事前に作り、それで戦うのだが、(物干し竿と呼ばれている)長刀使いとして名高い小次郎は、自分の剣より長い木刀に非常に動揺した。

結果、武蔵は見事、佐々木小次郎を倒したのだ。




「試合時間には遅れるわ、佐々木小次郎の剣より長い木刀で戦うわ…奇想天外ね。でも勝ちは勝ちだし、心理戦で相手を負かせた武蔵も賢いわ。けれど、アタシが勝つ!」




「いい自信だ。結構、結構。んじゃ、やりますか」




お互い、構える。

その瞳は真剣そのものだ。

相手を見逃すまいと二人は互いを睨み合う。

一瞬、風が流れた。

その風と共に一枚の葉が二人の下へひらりと落ちた。

それを合図に二人は駆け出した。

二人は刀をほぼ同時に振るう。

さくらの刀が良子の服をかするものの、致命傷には至らない。

良子の刀もさくらの頬を少し切っただけだ。




「はあ!」




良子は再び刀を振るうが、さくらは跳躍でかわす。

だが、良子はさくらの跳躍とほぼ同じタイミングで跳躍し、剣の鍔で叩き落とす。




「ぐっ!」




地面に不時着したさくらは良子の追撃をかわし、距離を取って体勢を整える。

不時着した衝撃で顎と歯が痛いが、泣くほどの痛みではない。

呼吸を整え、どう攻めるべきかをさくらは考える。

だが、良子はすぐに駆け出す。その素早さは尋常ではなく、ほんの1~2秒で良子とさくらの距離は互いの手を握れるぐらいの近さになる。

短距離走なら間違いなく世界新記録が出るだろう。




「な…なんだと!?」




さくらは応戦しようと刀を振るうが、突然の出来事に振り方が甘い。

良子はさくらの刀を弾き、刀は再び宙を舞う。

そのまま良子は刀を振るい、さくらを切り裂いた。




「うあああああああああ!」




全身を斬り裂かれるさくら。

続いて二撃、三撃と胸と腹を斬られ、血が噴水のように舞う。

その血は良子をドス黒く染めていく。

斬り裂かれたさくらはそのまま声もなく、倒れた。

だが、死んではおらず息はある。




「うっあ…く…ぐ…」




「気絶してないとは驚きだね。流石、餓流館の剣士様だ」




急所を外しているとはいえ、常人なら間違いなく気を失っている。

気を抜けば、意識だってすぐになくなるはずだ。

それを彼女は根性で保っているのだ。

だが、動くことはできない。

今は良子を睨みつけるだけで精一杯だろう。



「ふん。まあ、こんなもんかな」




「…殺りな」




「え?」




「アタシは餓流館として大勢の人間を殺してきた。法律で裁けない悪党どもを大勢殺し、高額の報酬を貰いながら生活していたんだ。でも、どっかで終わるだろうなって薄々感じてた。いつか、どっかでアタシよりも強い奴に負けるだろうなってね…」




か細く自虐的に笑うさくら。

彼女の顔は清々しく、瞳には力強さが宿っていた。

嘘ではなく、純粋に死ぬ覚悟を決めているのだ。

それを悟った良子は黙って無言を貫く。




「死ぬ前に教えて。なんで・・アタシ負けたの?修行も積んで、実戦経験も積めるだけ積んだ。なのに・・・なんで?」




それだけがわからないと彼女は疑問を口に告げる。




「アンタはなんで刀を握った?何で悪党達を殺しまくったの?」




良子は逆にさくらに質問した。

さくらはフッと軽く微笑む。




「宿命だからさ」




「宿命?」




小さく頷くさくら。




「アタシは剣術を学び、金を稼ぐ方法を知ったんだ。剣術で金を稼ぐには、今も昔も人に教えるか、人を殺すかだ。アタシは大勢の悪人を殺す道を選んだんだ、自分で」




「それで?」




「殺せば殺すほど、館長には褒められた。物凄い大金が手に入った。高校生じゃ絶対に稼げないぐ、大人でも稼げない大金さ。金さえあれば欲しいものは何でも手に入る。美味いご飯も、流行のファッションも、美容や整形だってできる。いい男も好きなだけ抱ける。だから、アタシは殺しまくったんだ。殺して、殺して、殺しまくった…」




「金か…。寂しい人生ね」




「寂しくなんかない」




「嘘つけ、強がるなって。アンタは寂しがりやだ。すっげー寂しがりや」




「何でそういい切れる?」




「ウチもそうだから」




良子はふふと微笑んだ。

何故微笑んだのか、さくらにはわからなかった。




「良子様、お怪我は?」




そこへ稲美達がやってきた。

後ろには心配そうにしているマコらの姿もある。




「良子、大丈夫?」




「こっちは片付けたわよ」




「ん。稲美ちゃん、こいつ回復させてあげて」




「え、ですが・・・」




稲美はじっとさくらを見つめる。

二人のやりとりを知らない稲美には良子の考えがわからなかった。




「大丈夫、そいつはもう戦う気力はないよ」




「はあ・・・。わかりました」




不承不承と言った様子で、稲美はさくらを回復させた。

出血がみるみる内に引いていく。

良子はそこでマコを抱きしめた。




「きゃ!ちょ、ちょっと良子!いきなり何!」




「お金じゃ男は抱けても、友達は買えないよ?」




さくらに向けて良子はウインクを零す。

マコから身を離し、次は礼菜とキスをする。




「ひゃう!りょ、良子!」




真っ赤な顔になっていく礼菜。

まるでリンゴみたいである。




「それに金だけの奴なんて長続きしないって。一晩だけか、割り切りの関係か…そんなものにしかならない。でも、ウチと礼菜は恋人同士。ウチ達の絆はそんな弱い物じゃない」




「・・・・・」




「でも、アンタの気持ちもわかる。ウチも昔はヤクザの事務所荒らしたり、道場破りとかもいっぱいした。けど、それって今思えば寂しかったからなんだよね」




「・・・え?」




良子は「あはは」と少し照れ笑いしながらも続ける。

夜の月がそんな良子を照らしていた。




「ウチ、本当は友達欲しかった。けど、団体行動とか苦手だったし大嫌い。

みんながいつも話す話題もつまんなかった。TVの話、異性の話、人の悪口…。そんなんばっか。ウチは時代劇とか刑事物とかの話がしたかったんだけどね」




ま、そんな小学生ウチだけかなと良子は苦笑いする。




「けど、礼菜やマコや稲美ちゃんと会って、最近毎日楽しいんだ。一人は寂しいけど、みんなといるとすっごく楽しい。お金なんか無くても、楽しい事はいっぱいあるんだよ」




「・・・そう。でも、私には友達なんかいない」




友などいない。

望んだ事もない。

人を殺して金を貰う日々が当たり前だった。

金さえあれば、友情などいらない。

さくらはいつもそう考えていた。




「んじゃあさ・・・」




良子はさくらを優しく抱きしめた。




「え、あ、ちょっ…」




突然抱きしめられ、びっくりするさくら。

どうしていいのかわからず、あたふたともがく。

だが、良子はまるで子を抱く母親のように優しくさくらを抱きしめる。




「ウチが友達になってあげる」




「え・・・」




いきなりの言葉にさくらはまたもドキっとした。

その言葉はさくらにとって衝撃的だった。




「お金の楽しみってのは所詮一時的な喜びでしかない。

寂しい気持ちを埋めるために、お金や男に走ったって一緒。

そんなに長続きしないし、その内飽きてくるよ。

お金よりもっと大事で楽しいものは友達だとウチは思うのさ」




「・・・・」




さくらは言葉こそ発しないが、良子の言葉に聞き入っていた。

一言一句逃すまいと耳を集中させていた。




「さくら、あんたが負けた敗因は二つある。一つは修行が足らない事。

もう一つは金や欲望を満たすって事だけで剣を振るっていたということ」




「……」




「そんな剣じゃ、雑魚は倒せても、ウチは倒せないよ。

ウチにはみんながいる。友情ほどかけがえのない物は無いよ。

ウチはそれをみんなから教わったんだ。みんなには本当に感謝してる…」




良子はじっとマコたちを見つめる。

そこには自慢の仲間たちが少し頬を赤く染めて、照れくさそうにしていた。




「アタシには仲間なんていない…。家族も友人も恋人もいない。ずっと一人…」




「だからさ、友達になろうよ。今まで色々辛かっただろうけど、それも今日限り。そして、絶対にこれからの人生を楽しくさせてあげる。生きてて良かったって絶対思わせてあげる」




「・・・ホント?」




「約束する」




そして、一旦抱きしめるのをやめて小指をだした。




「ゆびきりしよう」




「…ゆびきりって?」




「なんだ、知らないの?こうやって小指と小指を合わせて…」




良子は自分の小指とさくらの小指を重ねた。

良子よりもか細く、小さな小指だ。

可愛いなと良子は思った。




「ゆーびきりーげんまん、うそついたら、はりせんぼんのーます。ゆびきった!」




「・・・・」




さくらは何が起きたのかわからず、呆然としている。

けれど、自分の小指をじっと見つめていた。




「さくら、ウチを信じて」




良子はさくらの肩を持ち、自分を見るよう訴える。

その瞳に迷いは無く、とてもまっすぐな瞳をしていた。

さくらは嬉しさと恥ずかしさから、背けてしまう。

顔を赤く染めながら。




「…もひとつ追加していい?」




「いいよ。何?」




「剣を教えて欲しい…」




「OK。じゃあ、ウチの一番弟子にしてあげる」




さくらは微笑むと良子の所に飛びついた。

良子はそれを受けとめ、優しく抱きしめる。




「いつかアンタより強くなって、絶対勝ってやるんだから…」




憎まれ口を言うが、優しい言い方のさくら。




「そん時が楽しみだね」




そんなさくらに良子は微笑んだ。




「これから…よろしくお願いします。良子先パイ」





「よろしくね、さくら」




満月の下、二人は抱き合った。

いつまでもいつまでも、離れることなく抱きしめあった…。



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