第5話「想い」

荒覇吐学園・学園長室。

良子は恭しくノックをしてから、扉を開けた。



「失礼します」




扉を開けた先には学園長の翡翠がいた。

執務机で煙草を吸っていたが、良子の姿を見てそれを灰皿の上に潰した。




「朝早くにごめんなさいね」




「いえ…」




学園長は口調こそ丁寧だが、言葉の端々に怒気を含んでいた。

良子は今朝早くに学園長にメールで呼び出された。

呼び出された理由はわかっている。

今日は平日。

みんなはまだ寮で眠っているため、良子は誰にも言わずにここに来た。

剃刀のような鋭い瞳で学園長は良子を睨みつける。

しかし、良子は物怖じせず堂々としていた。

仕方ないと心の奥底で感じながら。




「良子さん、あなたは昨日いつもの仲良しメンバーと一緒に府中の森公園にいたようね」



「はい」



「そこで妖魔と遭遇し、戦闘となった」




「はい」




「妖魔は一般人を操りあなた達を襲った。その際、一般住民を攻撃して気絶させた。そこまではいいけれど…」




学園長は少し間を空けた。




「良子さん、あなたは戦闘中、操られた一般人を複数殺害した。

その中にはウチの生徒も含まれている。間違いないわね?」




「…はい」




良子は迷う事も言い訳もせず、堂々と答えた。




「よろしい。良子さん、みなまで言わなくても分かると思うけど、

 妖魔に操られても、彼らは一般人よ」




「……」




「それを殺害したのはマズかったわね。お陰で内閣府はカンカンよ。

 朝から桜ちゃんのドヤかましい抗議の電話があったんだから。

 あ~まだ耳鳴りがするわ、あのヒス女め…」




翡翠は耳を指で抑えて、辛い表情をする。

どうやら相当五月蝿く言われたようだ。




「…すいません」




「謝って済む問題じゃないわ。内閣府は妖魔退治の痕跡を消すのが仕事よ。

 殺人のもみ消しには莫大な費用がかかる…わかるわね?」




「はい」




「あなたには処分を受けてもらいます」




「…はい」




良子はやっぱりかと心で思いつつも頷いた。

仕方のない話だ。

良子は不良生徒のみならず、マコを刺した一般人をも殺害した。

いや、一般人という言い方は表現としておかしい。

一般人は懐にナイフなど懐に持っていないはずだ。

それに不良生徒は死んだとしても構わないだろう。

良子的にはそうも言いたかったが、それは大きな問題ではない。

悪人であれ善人であれ、人間を殺すことは殺人罪となる。

本来なら、裁判を受け、罪を償わなければならない。

それがこの国のルールだ。

それは良子にもわかっていた。

けれど、あの時は体がそう動いてしまった。

マコを刺したあいつらを許すことができなかった…。

だが、起きた事は決して変える事ができない。

例え、1秒前でも変える術はないのだ。

処分とは何だろう。

停学?

もしくは退学?

いや、それ以上だろうか…。

しかし、どんな処分が出てもそれを受け止めるしか選択肢は存在しない。

幸いなのはみんなに処分が出ない事だろうか…。




「失礼します!」




その時、バタバタと複数の足音が中に入ってきた。

その人物達は、良子がよく知る者達だった。




「みんな…?」




良子は驚きを隠せなかった。

そこにはマコ、礼菜、稲美がいた。




「学園長、良子だけが悪い訳じゃありません。あの場にいた私達にも責任があります。私達にも処分をお願いします!」




マコは頭を下げて懇願した。




「お願いします!」




「お願いします!」




礼菜や稲美も同様だった。




「みんな、どうして?なんで…」




良子は二の句が出なかった。




「アンタの行動ぐらいお見通しよ、良子。みんなで責任を取りましょう」




マコはウインクして意気揚々と言った。




「バカ!処分を受けるのはウチだけでいいんだよ。みんなが受ける必要ないじゃん!悪いのはウチだけなんだから…」




殺したのは自分だ。みんなは悪くないと良子は言おうとしたが…。




「バカはアンタよ、良子」




マコは真っ直ぐ良子の瞳を見た。

彼女の瞳は濁りの無い真っ直ぐな瞳をしていた。

そんな真っ直ぐの瞳に良子は全てを見透かされた気がして、目を背けた。




「アンタは優しいから全て自分の責任にして私達に処分を受けさせないようにしたいんだろうけど、それは間違いよ」




「え…」




「アンタが私達を心配するように、私達もアンタが心配なのよ。

第一、アンタ一人に責任押し付けて、自分達はのほほんなんて友達のする事じゃないわ」




マコの言葉に良子は泣きそうになった。

けれど、それを堪えて口を滑らせる。




「で、でも、ウチは…」




「良子様」




そこで今まで黙っていた稲美が口を開けた。




「我々は仲間であり、友です。喜びも悲しみも分かち合うのが友です。

私はまだ出会ったばかりですが…良子様だけの罪ではありませんわ

あなただけを悪者にはしません」




「稲美ちゃん…みんな…」




良子は泣き崩れた。

みんなの自分を想う気持ちが嬉しかった。

嬉しくて嬉しくて、仕方がなかった。

お礼を言いたい。

物凄くお礼が言いたい。

けれど、言葉が浮かんでこない。

嬉し過ぎて、頭が冷静になれなくて、ただただ涙だけが溢れてくる。




「みんな……ありがとう」




結局、言えた言葉はどこにでもあるありふれた言葉だった。

けれど、その言葉はどんなに洗練された言葉よりも仲間達に伝わった。

みんな、そんな良子が大好きだった。

マコが良子をぎゅっと優しく抱き締めた。




「…学園長、お聞きの通りです。良子様だけではなく、我々にも処分を与え下さい」




稲美が頭を下げた。稲美だけではない。

マコも、礼菜も、みんな頭を下げた。




「…わかりました。ではあなた達全員に処分を下します」




皆、固唾を飲んだ。

重苦しい空気が漂う。

今すぐにでもその場から逃げたくなるような、非常に居心地の悪い空気だ。

けれど、誰も逃げなかった。




「あなた達を今日から1ヶ月間の謹慎処分とします」




良子達はその言葉の意味が理解できず、呆然とした。

1ヶ月間の謹慎?

これだけ大事を起こしたのに、たったそれだけの処分だと言うのか?




「それと反省文100枚ね。もちろん全員書くこと。謹慎が明けたら提出しなさい。以上」




「あ、あの学園長」




「不満かしら?」




悪戯っぽい笑顔を浮かべる学園長。




「あの、停学とか退学とかではないんですか…?」




良子の質問に翡翠は首を横に振る。




「アンタ達は妖魔退治の為に選ばれたメンバーよ。そんな簡単に退学になんかできないわ。妖魔退治ができなくなるからね」




「でも、抗議の電話やお金の問題が…」




学園長はその台詞を聞くと、不敵な笑みを浮かべた。




「お金なら払ったわ。一般人には高額でも、私立の学校なら払えない金額じゃないからね」




「え……」




良子達は目を見合わせた。

さっき、莫大な金額だと言ってなかったか?




「うちが私立なのは妖魔退治の為に何かとお金が必要になるからよ。

予算は十分にあるわ。安心なさい」




「…そうなんですか」



どれぐらいかかったかは分からないが、恐ろしすぎて良子達は聞けなかった。

100万か、それとも1000万?それ以上?

考えるのが怖い…。

そんな金額払えなんて言われたら絶体無理だろう…。




「妖魔退治の事は一般生徒には秘密だから、アンタ達はSPコースの課外研修という事にしておくわ」




「…わかりました」




「全く外に出るなとは言わないけど、外出はなるべく控えなさい。反省文100枚も忘れずにね」




ウインク一つ溢して言う翡翠。




「はい」




「あ、そうそう。ちなみに金額だけどね…」



「…はい?」




「アンタ達が正社員で30年働いても払えない金額だって言っておくわ」




「………」




皆、絶句した。










「いや~一時はどうなるかと思ったよ」




良子達は学園長室を出て、正門に続く並木通りを歩いていた。

並木通りの桜は良子達を歓迎するかのように満開だった。




「全くね。にしても謹慎と反省文か。1ヶ月暇ね…」




マコがのびをしながら言う。




「外出もなるべく禁止と言われてましたね。食事などはどうしましょう?買い出しなんかは…」




稲美が不安そうに言う。




「ネットスーパーやればいいと思うよ。あれ便利だし」




「ねっと…すぅぱぁ?」




良子の答えに稲美が辿々しく言う。




「オンラインでスーパーの買い物ができるんだ。その日の内に来てくれるよ」




良子の言う通り、ネットスーパーとはオンラインでスーパーの買い物ができるシステムだ。PCで買いたい物を選び、注文する。

後は従業員が自宅まで商品を届けに来てくれるので、その時にお金を払えばいい。

わざわざ家から出なくてもスーパーの買い物ができるのだと良子は補足した。




「家に居ながら買い物ですか。スゴいですね…近代の技術は」




稲美は非常に驚いたらしく、まだ顔が驚愕に張り付いたままだ。




「例えば、旦那さんが仕事で家居なくて、奥さんが買い物行こうとしたら赤ちゃんが寝てて、行くに行けない…。そんな人にネットスーパーは人気だね」




全てのスーパーがやっている訳ではないが、現在大手のスーパー各社がネットスーパーをやっている(本当)買い物に行く時間のない主婦にとっては有難い存在だ。




「稲美さんはパソコン持ってないの?」




マコの尋ねに稲美は首を縦に振る。




「はい。近代の文明機器はよくわからないので…」




「き、近代って…。け、携帯とかは?」




礼菜は火星人でも見るように驚き、好奇心で尋ねてみる。




「持ってはいますが、電話しか使ってません。めぇる…とかはよくわからないですね」




「…………」




稲美を除き、良子達は呆然とした。




「…今時珍しいね」




礼菜が苦笑しながら言う。

パソコンを詳しく知らないのは仕方ないが、携帯電話も詳しくないのは少々珍しい。

携帯電話は今時の女子高生には必須アイテムであり、必需品だ。

女子高生のみならず現代人のほとんどが持っているアイテムだと言える。

今や小学生やお年寄りでも持ってる代物だ。

仕事、プライベート…今や持っているのが当たり前くらいの普及率を誇る。

それをあまり知らないのはなかなか珍しい。




「私、そういうの苦手なんですよね。今時の物っていうのがどうも…」




稲美はう~んと首を捻って答える。

どうやら相当苦手らしい。




「今時の物って、ケータイ以外にも?」




良子の言葉に稲美は頷く。




「ふぁすとふうど…とか、そういうのもですね。行った事が無いんです」




ファーストフードと言いたいらしいが、言い慣れてないのか、辿々しく発音する稲美。




「マグナムバーガーとかミドスドーナッツとかも?」




礼菜の質問に頷く稲美。




「家族と外食したりとか、友達とかと行ったりしないの?」




女子高生にもなれば、家族や友達同士で外食するのはよくある事だ。

ファーストフードはそんなに高くないし、どこにでもある。

誰でも1~2度くらいは行った事があると思うが…。




「いいえ。厳しい家なので。昔から外食の時は料亭がほとんどでした。それ以外は蕎麦屋さんとかお寿司屋さんでしたね」




「…お寿司屋さんって、回らない方の?」




マコの質問に「はい」と頷く稲美。

良子達は信じられないと目を見合わせた。




「ほぼ毎日、習い事や勉強の日々でしたからね。門限も厳しくて。

友達を作ったり、遊んだりもできませんでした…。

今思うと、少々しんどい時期でしたわね」



少し疲れた顔で微笑む稲美。




「何の習い事に行ってたの?」




「弓道の道場で稽古をしたり、日舞や礼儀作法の教室、英会話スクール…。

他にもバレエやピアノなどを」




「……」




良子達は絶句した。

家族と外食は料亭や回らない寿司屋…。

幾つもの習い事、厳しい門限。

それは息つく暇も無さそうだ。

稲美はどうも、そこらの女子高生よりもよっぽど苦労してきたようである。




「唯一、安らげたのは日曜礼拝ぐらいですわね」




「稲美さんはクリスチャンなの?」




マコの問いに頷く稲美。




「ええ。姉が元々クリスチャンで、私もその影響で」




稲美は嬉しそうに答えた。




「そういえば、なんか呪文みたいなの唱えてマコの傷を治してたね。あれは何?」




良子の質問に稲美は微笑した。




「今は内緒ですわ。あまり公にできない話なので。皆様には時期を改めてお話します」




それでは仕方ない。

良子達もそれ以上は聞かなかった。




「ねぇ、稲美さんの歓迎会やらない?マグナムで」




礼菜が思いつきで言ってみた。




「それいい!」




「…よろしいのですか?」




目を丸くして尋ねる稲美。思ってなかった事を言われたのか、ポカンとしている。




「いいって、いいって。どーせ授業にも出らんないし。寮に帰ってもやることないし」




良子は頷きながら言う。

謹慎処分は今日からなので、授業には出られない。

寮に帰っても、二度寝するか反省文を書くぐらいだ。

それなら稲美の歓迎会をしたほうが楽しいだろう。

稲美のファーストフードデビューもできるし、一石二鳥だ。

外出は控えるように言われているが、少しぐらいなら大目に見てくれるだろう。




「私も賛成。稲美さんさえ良かったら。どう?マグナムなら近いし」




マグナムはここから徒歩で5分程度だ。

稲美は顔を輝かせて頷いた。




「はい。喜んで」









マグナムバーガー内。




「いらっしゃいませ。ようこそ、マグナムバーガーへ」




女性店員が明るく元気な声でやってきた良子達を歓迎するかのように挨拶をする。




「稲美ちゃん何にする?」




「ええと…」




稲美はどうすればいいのかわからず、混乱している。




「メニューはここから選ぶの。で、飲み物がコレ」




良子が稲美の隣についてメニュー表を指で指し、優しくレクチャーする。




「ふむふむ…なるほど」




頷きつつ、考える稲美。




「では、このトマトレタスバーガーのセットで烏龍茶をお願いします」




「はい。かしこまりました」




店員は優しく言い、レジに入力する。




「あーーー!!」




礼菜が急に大声をあげた。




「…ど、どうしたの礼菜」




良子達は耳を指で押さえた。

関係のない客や従業員達もびっくりしている。




「リラックス・クマ野郎の新作「野球で好きなチームが最下位のチームに3回連続で負けてしまい、ブチ切れるクマ野郎」が出てる!」




「………」




良子達は絶句した。

そういえば前にマグナム来た時も礼菜はリラックスクマ野郎がどうのこうと叫んでいたような…。つか、タイトル長いし。可愛さの欠片も全く存在しないのだが。




「すいません!ダブルチーズバーガーセットリラックスクマ野郎付きとコーラで!!」




「は、はい。かしこまりました」




今にもレジを乗り越えそうな礼菜に店員は少し引きつつも、営業スマイルを浮かべて応答した。苦笑いが混じっていたのは良子の気のせいではないだろう。




「こら、礼菜。店員さん驚いてるでしょ。興奮しないの」




良子はポコと礼菜の頭を軽く叩いた。




「いた~い。ごめん、ごめん」




礼菜は苦笑いしつつ、軽く謝った。




「全く、あんたはクマ野郎の事になると見境いが無くなるんだから…」




良子はハァとため息をついた。




「えへへ。だって好きなんだもん♪」




何の悪びれもなく言う礼菜。

全く反省してないな、こりゃ。




「あ、ウチはてり焼きマグナムバーガーセット。飲み物はコーラ」



「私はフィレオバーガーのセットとジンジャーエール」




「はい、かしこまりました」




良子とマコも注文を終えた。




「では、お会計2400円です」




「お金どうする、割り勘?」




「いや、マコ。うちがみんなの分出すよ」




「え、でも…」




友達同士で食事の場合は割り勘が基本だ。オゴリは何か特別な時とかだが…。




「今回は稲美ちゃんの歓迎会でしょ?稲美ちゃんまで払うのは変じゃない?

それにマコや礼菜は昨日私を助けてくれたし…」




特にマコは良子を庇ってナイフに刺されてしまった。

稲美がいなければ死んでいたかもしれない。




「それにウチらケンカしてたじゃん?マコには結構酷い事しちゃったしね…」




「良子…」




マコは良子を思って心配してくれたのに、良子にはその心配が単なるお節介と誤解した。酷い言葉を浴びせ、平手打ちまでしてしまった。

反省した良子はマコに謝る機会をずっと考えていた。

言葉だけではなく、誠意でそれを示したかった。




「だからウチにオゴらせて。お願い」




「…うん、わかったわ」




「ありがとう。マコ、こんなウチだけど…改めてよろしくね。マコ大好き!」




良子はそう言ってマコを抱き締めた。




「ふふ、私こそよろしく。私も良子が大好きよ」




二人はぎゅっとしばらく抱き合った。




「マコだけずる~い。良子、私も抱いてよ~」




「いや、礼菜とは毎日してるじゃない」




良子の言葉に首を横に振る礼菜。




「今日はまだだもーん」




「はいはい、後でね」




「うわ、何それヒド!マコだけ態度違わなくない?」




「んなことないって」




「んな事あるー!」




ギャーギャー喚き騒ぐ良子達。




「あの皆様…店員さんがお会計を待ってますが」




稲美の言葉に良子達はハッと我に帰った。




「あ、そ、そうだった。ええと、2400円ちょうどっと…」




「はい、ありがとうございます。ちょうど頂きます」



お金を支払い、ハンバーガーと飲み物がトレーの上に並べられる。

それを持って2階へと向かった。





良子達は2階の窓側の席に座った。

朝方のこの時間、あまり客はおらず、とても空いていた。

制服姿では怪しまれるかと思ったが、特に何も言われなかった。

大方、サボりの女子高生程度に見られたぐらいだろう。




「…………」




稲美はトレーの上にあるハンバーガーとポテトをじっと見つめていた。

まるで品定めをする鑑定人みたいだ。

良子達はお宝を鑑定する某番組を思い出していた。




「いや、そんなに見つめなくても…」




「す、すみません。はんばぁがぁとはこういう物なのかと」




良子のノリツッコミに慌てる稲美。




「本当に始めてなんだね…」




礼菜が苦笑した。




「と、とにかく食べようか」




「ええと…どう食べればいいのでしょうか?」




「ウチのを見てて」




良子は自分のハンバーガーをガブリと一口かじった。

それを見て稲美も同じように食べてみる。

ガブリ。




「…もぐもぐ」




「どう?」




「……美味しい!」




「でしょ?」




稲美はスピードを上げてガツガツと食べまくり、ポテトや烏龍茶も飲む。

マコ達もそれを見つつ、のんびり食べ始めた。




「すごく美味しいです!私、こんな美味しい物生まれて初めてもですわ!」




稲美は非常に感激したらしく、大声でハンバーガーを絶賛する。




「…んなオーバーな。ウチらからしたら、料亭とかのいいと思うけど」




「いいえ!」




稲美はいきなり席を立ち上がった。

良子達はびっくりした。




「料亭なんかより、みんなで…友達と一緒に食べる"はんばぁがぁ"の方が世界一美味しいです。いや、宇宙一美味しいです!」




まるで街頭演説する候補よろしく、力説する稲美。

言い終えると、再び席に座った。




「そ、それは良かった」




苦笑する良子達。

まあ、喜んでくれてよかった。




「皆様は普段からこんなに美味しい物を食べているんですね…羨ましいですわ」




稲美はさぞかし残念そうな顔をして言う。




「いや、マグナムなんて全国どこにでもあるから。つかさ、これからいつでも来れるじゃん」




「…え?」




稲美は目を丸くする。




「またみんなで一緒に来ようよ。ね?同じ妖魔退治メンバーなんだし」




良子は笑顔で答えた。




「良子様…」




稲美はその言葉に胸が熱くなるのを感じた。




「…いいのですか?私とでも」




「当たり前じゃん、友達だし。嫌な奴とマグナムなんか来ないって。ね、みんな」




「うん」




「良子にしては珍しく良いこと言うじゃない」




礼菜やマコも頷く。




「マコ、良子にしては余計だよ。失礼しちゃうわ」




「あら、それは悪かったわね。本当の事だからつい言っちゃった」




舌をペロッと出して茶目っ気たっぷりに言うマコ。




「うわ、ヒド!ウチの微妙で繊細な心が2センチはヒビ入ったよ!」




「そのまま砕けろ~」




良子もマコもあははと笑いあった。





「皆様。本当に、本当にありがとうございます…」




稲美は深々と頭を下げた。

目尻をハンカチで押さえ、溢れる感動を心の内に感じていた。




「も~稲美ちゃんは大ゲサだなぁ」




良子達はあははと笑顔を浮かべて笑った。

だが、そんな彼女の素直な感謝の気持ちが良子達には嬉しかった。

連れてきて良かった。

良子達はそれからも楽しく談笑しながら、楽しい一時を過ごした…。






蛍寮に戻ってきた良子たち。




「いや~お腹いっぱいだわ」




お腹をさするマコ。

マコのみならず、皆もお腹いっぱいである。




「んじゃまたね」




「ん。またね、良子」




「皆様、今日は本当にありがとうございました。では失礼します」




マコと稲美はそう挨拶すると、それぞれの部屋に帰っていった。




「礼菜、お邪魔してもいい?」




「いいよ」




「やったあ★」




良子は笑みを浮かべるが、つられるように礼菜も笑顔を返す。

礼菜も嬉しいようだ。

良子は早速、礼菜の部屋にお邪魔する事になった。

蛍荘は2階建てになっている。

1階の101がマコの部屋となっている。

1階にはマコの部屋だけが使用され、残りは空き部屋になっている。

他のSPコースのメンバーは地方遠征でこちらには帰ってこないので、新たな入寮者の為に空けてあるのだ。2階の一番左端の201が稲美の部屋で、続いてその隣の202が礼菜の部屋。その隣の203が良子の部屋となっている。

ちなみに1階と2階を繋ぐのは階段のみで、エレベーターなどはない。

蛍荘は築20年で、少々外見はくだびれているものの、半年に一度、補強工事も行っているので建物自体はしっかりしている。また、何か寮でトラブルがあれば学園長に言えばすぐ解決してもらうことができる。




「ふわぁ…」




良子は居間に座るなり、大きな欠伸をした。

そんな良子にくすっと笑みを浮かべる礼菜。




「眠そうだね、良子」




「朝早かったからね…学園長の呼び出しだから緊張もしたし…」




伸びをしながらストレッチもする良子。




「私も緊張したよ~。あ、TVつけていいよ」




「ん」




良子はTVをつけてチャンネルを一通り回してみる。

しかし、あまり面白そうな番組はやってなかった。

どの局もニュースやワイドショー、昼ドラばかりだ。

昼ドラは興味なし。




「ん~、あんまり面白いのやってないなぁ」




「はい、お茶どうぞ」




「あんがと」




礼菜が入れてくれたお茶を飲み、ほっと一息つく良子達。

こういう平和なのが一番いいなと良子は思った。




「ん~そろそろ寝ようかな。ちょっと疲れたし…」




良子は伸びをしながら、大の字に横になる。




「私も寝ようかな。今日はバイトもないし」




「礼菜、バイトしてるの?」




それは初耳だ。

何のバイトをしているのだろうか。

礼菜なら容姿は可愛いので、何でも似合いそうだ。

ウェイトレス、巫女さん、コンビニ店員、メイドさん…。

ぜひ、見てみたい。

ぜひ、写メに撮りたい。

そんな良子の邪な気持ちを知ってか知らずか、良子の尋ねに頷く礼菜。




「うん、学童保育のバイトしてるんだ」




答えは予想したものとは随分違っていた。




「…学童保育って、子供と遊んだり、世話したりする奴?」




「そだよ。子供可愛いくってさ、大変な時もあるけど、結構楽しいんだ」




礼菜の笑顔は明るくイキイキとしている。

その笑顔を見る限り、どうやら本当に楽しいようだ。

嫌な仕事なら笑顔はまず出ないだろう。




「なるほどね~。そいえば、昔から子供好きだったけ」




「うん。ところで、良子は何かバイトしないの?」




良子はまだ横になりながら、腕組みをしつつ、う~んと唸った。




「…バイトねぇ。大阪にいた時はコンビニ店員やってたけど、今は何もしてないなぁ。ウチも何かしようかな?」




「それがいいと思うよ。蛍荘は家賃はタダだけど、公共料金とかは払わないといけないからさ」




「げ、そうなんだ。また考えとくわ。とりあえず寝る」




「良子、一緒に寝よ♪」




「いいよ」




「やったあ★」




礼菜は笑みを溢した。

良子も彼女の笑顔につられて笑顔になる。

二人は早速パジャマに着替えることにした。




「ねぇ、礼菜」




「ん?」




着替え中、良子は礼菜の下着を見ながら言う。




「何か礼菜の下着…高級そだね?」




「ああ、これ?ラ・ペルラだよ♪」




「何それ?」




「良子知らないの?「ラ・ペルラ」と言えばセレブの勝負下着NO1と言われるイタリアの高級下着ブランドよ!」




力説する礼菜。よっぽどお気に入りらしい。



「へぇ…」




「日本でも知名度は高く、セレブ達はみんなこぞって愛用しているのよ。紺碧の海に生まれる神秘の雫、真珠が由来なの」




「ふ~ん」




「六本木、表参道、福岡にショップがあるわ。後は通販になっちゃうけど」




「…結構高いんじゃないの?」




「4~5万ぐらいかな。今つけてるのもそうだし」




「4、5万!?」




下着に4~5万はかなりするぞ、オイ。




「私ね、下着とクマ野郎には妥協したくないの。女って下着を変えるだけでも気分が変わるって言うでしょ?」




「そなの?ウチはワコールの安物だからよくわかんないな…」




「んじゃ着けてみたら?そしたらわかるかも」




礼菜はタンスからラ・ペルラの下着を出し、良子に渡した。




下着をつけて、Tシャツとデニムを履いてみる。




「お、なんか普段と違う!内側から自信がみなぎってくる感じ!」




「でしょ?姿勢も動きも良くなるし、美意識が高まった時に出るオーラこそが美しさの秘訣!」




「な、なるほど」




確かに言わんとする事は良子にもわかる気がする。




「ま、寝る時はノーブラだけどね。良子もたまにはオシャレしたら?」




「…あんま興味ないんだよね、そういうの。ウチよりも礼菜がするのがいいんじゃないかな。可愛いし」




「ふふ、ありがと。そう言ってくれると嬉しいわ」




礼菜は嬉しそうに微笑む。

良子は礼菜の手をぎゅっと掴んだ。




「可愛いすぎてさ…キスしたくなるんだよね」




「…なら、すればいいよ」




二人はキスを交わす。

互いの唇が優しく触れ合い、幸せな気分にしてくれる。

良子はたまらず抱き締める。




「…礼菜、大好き」




「私も良子、大好き」




お互い微笑み、再び互いの唇が優しく触れ合う。

それは徐々に激しくなり、触れ合う時間も長くなっていく。

息が続かず、二人は一旦唇を離す。

二人とも荒い息を吐き、顔を赤らめている。

酸素をいくら供給しても全然足りないほど、二人の心臓は早鐘のように鳴っていた。

見つめ合う二人。

頭が火照ったように熱くなり、何も考えられなくなる。

それはどこか風邪のようにも似ているが、心の中は幸せでいっぱいで。

誰かに分けてあげたいくらい、幸せで、嬉しくて、嬉しくて…。

二人はどちらからともなく、ゆっくりとくちづけを交わした。

何度も何度も、キスを交わす二人。

やがて舌が絡み合い、キスは官能的になっていく。

が、礼菜の方から一旦唇を離す。




「…良子。続きはベットにしない?」




「いいよ」




良子は二つ返事で頷く。

二人は下着のまま、ベッドへ向かう。

仲良く手を繋ぎながら……。








ある屋敷の和室。

私は自分の刀を布で拭き取っていた。

そんな時、控えめなノックが響いた。




「先生…」




声でわかるターシャだ。

部屋には入らず、その場で待機している。




「入りなさい」




「失礼します」




「どうかしたの?」




「…妖魔達が怒りをあらわにしています。大勢の妖魔が殺され、良子達が未だに健在なのが気に喰わないそうです」




「そう」




私は他人事のように頷く。




「先生、我々は妖魔の代表と取引し、妖魔を傭兵としてレンタルしています。しかし、このままでは、それすら危ぶまれる可能性が…」




「放っておきなさい」




「…は?」




ターシャは我が耳を疑うような驚愕の表情をするが、気にしない。




「妖魔などハナから当てにしてないわ」




「し、しかし…」




「奴らはプライドが高い。私の命令などなくても自分達から良子ちゃんに戦いを挑むはずよ」




元々、それが狙いだ。

恐らく、躍起になって殺しに行くに違いない。

だが、あんな雑魚共で良子ちゃん達に勝てると思うのが間違いだ。

妖魔達は自分達をこの世の覇者だと信じ、己を絶対の存在だと思っている。

故にプライドが高いのだが…それ自体が負けの因を積んでいるのだ。

それに気づきもしない奴らは瞬間湯沸かし機のように沸騰しているだろう。

自分達を絶滅寸前にまで追い詰め、毛嫌いしている人間に負けているなら尚更だ。




「先生…」





「事は全て順調よ。ただ、妖魔達の監視だけは続行しなさい。

刃向かうなら八つ裂きにしても構わないわ」




「は、はい」




「…お楽しみはこれからよ」




私の微笑にターシャは不安そうな表情でこちらを見つめる。

先はまだまだ長い。

だが、運命の歯車は確実に回っているのを私は感じていた…。












「ん~…」




良子はうっすらと目を開けた。

寝ぼけ眼を擦り、ベットの側にある時計を確認する。

時計は午後1時を示していた。




「結構寝たなぁ…。あれ、礼菜は?」




隣にいたはずの礼菜がいない。

先に起きたのだろうか。




「れいな~?」




しかし、反応はない。それどころか、室内に人気を感じない。




「おかしいな、トイレかな?」




良子はジャージに着替えてから、トイレをノックしてみた。

反応はなく、開けても誰もいない。




「ん~どこ行ったんだろう?」




辺りをキョロキョロしていると、ある物に目が留まった。




「ん?」




TVの前にある折りたたみ机に何かある。

机の上には小さなメモ紙がテープで貼られていた。




「良子へ。ちょっと留守にします。お昼ご飯を冷蔵庫に入れて置いたので、

 電子レンジで温めて食べてね。夕方には戻ります。


 いつもありがとう。良子大好き★   礼菜より」




紙にはそう書かれていた。




「そっか、出かけてるんだ。しゃーない。とりあえずご飯でも食べるか」




早速、冷蔵庫を開けてみる。

かぼちゃの煮物がラップされてあった。

それにはメモ用紙が貼られ、「良子のお昼ご飯だよ★」と書かれている。




「ご丁寧にまぁ…。ありがと礼菜」




良子はそう言って微笑すると、早速取り出してレンジでチンする。

TVをつけて、居間で食べる事にする。




「午後のニュースです。本日、安倍之総理は…」




TVは今日も総理の批判や事件・事故のニュースばかりだ。

ニュースキャスターはそれを、まるで世界の終わりのような絶望的な口調で伝える。

ニュースは見続けていると気分が滅入ってくる。

本当にこの日本は大丈夫なのか不安になってくる。

良子は毎日ニュースをチェックしているが、見すぎないよう気をつけている。

マスコミは人々の不安を煽るような取材や編集をし、視聴率や販売部数を上げるのが狙いだ。情報は大切だが、情報に踊らせれるなと良子の師である染井はいつも言っていた。マスコミは記事を安易に誇張、脚色せず、もっと客観的な立場で事実のみを報道すべきではないだろうか。いたずらに不安を煽る報道は控えるべきである。

報道のあり方に関してマスコミは今一度、じっくり考えなければならないだろう。




「むむ、なかなか美味しいじゃない。家事苦手のくせに、結構上手になってきたようね」




モグモグ食べながら感想を言う良子。

食感も後味もあっさりしていい感じだ。

リモコンでチャンネルを変え、バラエティにする。




「あ、笑えるなコラエロ!の再放送じゃん。これ見よう」




「笑えるなコラエロ!」は良子の好きな人気バラエティ番組である。




この番組は日本列島の模型にダーツを投げて、当たった先の町に実際行き、住民と触れ合ったり、町の郷土料理をご馳走してもらうという番組だ。普段はTVなど来ない田舎な場所に行く事が多く、名物や有名な物などを知る事ができる。

また住民の新鮮な反応も面白い。




「あははは!このおじいちゃん面白すぎ!」




床をバンバン叩いて笑いまくる良子。

良子はこの番組を見るたびに爆笑している。

受け狙いではなく、正直な反応だからこそ笑えるのである。

そんな時、ノックが響いた。




「はーい」




「よっす」




ドアを開けるとマコがいた。




「どしたのマコ?」




「暇だから遊びに来たの。つか、礼菜は?」




マコはキョロキョロと室内を見回す。




「なんか出かけたみたい。一緒に寝てたんだけど、起きたらいなくて…」




「やっぱりアンタ達だったのね…」




マコは深くため息をついた。




「え、どゆ事?」




マコは少々呆れたようにため息をついた。




「声が聞こえたのよ。あんた達の…その…声が」




マコは顔を赤く染めながら、少々言い辛そうに話す。




「あ…」




マコも良子も顔を赤く染めた。

微妙に気まずい雰囲気になる二人。




「仲いいのはいいけど、寮では自粛しなさい。結構響くんだから…」




「…ごめんなさい」




これはもう謝るしかない。




「と、とにかくあがりなよ」




良子は気まずい沈黙を早くなくしたくて、やや早口で言った。




「はいはい。っても、あんたの部屋じゃないんだけどね」




「あははは…」




苦笑いする良子。

二人は居間まで移動した。




「さて、遊びに来たのはいいけど、礼菜の部屋って何もないのね…」




マコは部屋を見渡す。

部屋は必要最低限のものしかなく、片付いている。




「寝室はクマ野郎で埋まっているけどね」




「マジ?どれどれ」




マコは興味津々で部屋をのぞいてみようとしたが…。




「…や、やっぱいいわ。な、なんかTVでも見ましょ」




「え?なん…」




そこで気づいた。

二人は数時間前に"したばかり”なのだ。

だったら、想像してしまうだろう。

というか、ベッドが乱れている。

部屋の感想なんか言えたもんじゃない。




「そ、そだね。テ、テレビでも見よう」




だが、一通りチャンネルを回しても面白い番組はやってない。

先ほどの笑えるなコラエロ!はもうすぐエンディングだった。




「どーすっかなぁ。ゲーム機も何もないし…」




良子は何して遊ぼうか考えていた。




「ねえ、良子」




「ん?」




「この間の曲、聴かせてよ。ほら、公園でひいてたやつ」




「ああ、あれね」




良子は以前の出来事を思い出した。

良子とマコがケンカしている時、良子は公園でストレス解消の為にギターを弾いていたのだ。マコは良子を探して公園を探していたのだが、その時良子のギターを聴いたのだ。




「あの曲、よかったからさ。また聴きたいな」




「いいよ。んじゃ、稲美ちゃんも呼んで演奏しようか」




「さんせー」




5分後。

良子はギター持参で登場した。

稲美もマコも楽しみにしている。




「ちょっと待ってね。チューニングするから」




良子はピックでギターを弾いて、弦を調整していく。

ギターは弦を鳴らすと音が出るのだが、弦の張りによって音が違ってくる。

いい音色を出す為には弦を調整しなければならない。




「良子、チューナーは使わないの?」




その弦の音の強弱のバランスを測るにはチューナーを使うのが一般的だが、良子はそれをつかっていない。




「大体音聴けばわかるよ。ええと、これがこうで…」




良子はギターを弾いて耳で感じながら、弦の強弱を調整する。




「絶対音感なのですね、良子様は」




「絶対音感って?」




マコは首を捻った。




「ある音を単独に聞いたときに、その音の高さについて音楽で決められた名前を、他の音と比較せずに即座に言い当てることができる感覚です」




「へぇ…」




「絶対音感の人は、雨音や人の声もドレミに聴こえるそうです。良子様はギターを弾いただけで、音の違いや強弱を耳でわかることができるんですね」




稲美は尊敬の眼差しで良子を見つめる。




「そんな大層なもんでもないよ。生まれつきだし」




「さり気に自慢ね、良子」




マコはちょっぴり冗談で嫌味を言った。




「まさか。耳がそう聞こえるだけで、こういうことしか役に立たないし。それに…」




「それに?」




「マコみたいに友達思いの奴がウチはいいと思う。ギターなんて弾けなくても生きていけるし。一番大切なのは、才能とかより、友達だと思うよ」




「…良子」




マコは少し照れ笑いした。




「そんな友達の為に、曲をひきたいと思います。二人ともじっくり聴いてね」




良子はウインクをひとつ零すと、ギターを弾き始めた。

その音色は派手だが、荒々しさの中に優しさも漂う。

荒々しく、でも綺麗でいて、それでいて優しさも感じる。

良子のテクニックや技術もなかなかのもので、独学とはとても思えない。

稲美は知らないが、マコにはわかっていた。

良子が今弾いているのは、あの時、公園で弾いていた曲だ。

マコは嬉しかった。

自分達を思って演奏してくれる良子が。

紆余曲折だったかもしれないが、良子と仲良くなれて良かったと感じていた。

ただ一つの不満は、礼菜がこの場にいないことである。

礼菜にも良子の曲を聴かせてあげたかったなと思った。

小さな演奏会はそれからも続いた…。






演奏会が終わると、マコも稲美も拍手した。




「すごく良かったよ、良子」




「私も同感です。感動しましたわ」




「いや~それほどでも」




良子はあははと照れ笑いした。




「ホント、凄かったわ良子。礼菜にも聞かせてあげたかったわね」




マコは少しだけ残念そうな顔をして呟く。




「そういえばもう夕方なのに、礼菜まだ戻ってこないね?」




時計は午後17時を示している。

茜空ももうすぐ終わり、コバルトブルーの闇が空を覆う頃だろう。

少し心配だ。




「帰ってきたらうんと自慢しないといけませんわね」




稲美の言葉にマコも頷く。




「ふふ、そうね。うんと自慢してやりましょ。悔しがるわよ、

きっと」




「かもね。マコたちだけずるい~とか言ってね」




礼菜の真似をして言う良子に二人は笑った。

しかし、その日、礼菜は戻ってこなかった…。








「…連絡はなしか」




次の日の朝。

良子は携帯を操作しながら不満げに呟いた。

あれからマコ達は一旦自分の部屋に戻ったが、良子は礼菜の部屋にいた。

しかし、礼菜は帰ってこなかった。

メールや電話も反応がなく、何度電話しても留守電。

一応、留守電にもメッセージを入れたが、返事はない。

センターに問い合わせても、新着メールはなし。

そんな時、ノック音が響いて、誰かが中に入ってきた。




「おはよ、良子」




「おはようございます、良子様」




マコと稲美だった。




「…礼菜、まだ戻ってないの?」




「うん…。ま、入って」




「うん…」




マコ達は居間に座り、どうしたものかと考えた。




「何かあったんでしょうか?用事が長引いているとか…」




「でも、それなら返事あるはずだけど…反応あった?」




マコの言葉に良子は首を横に振る。




「メールも電話も反応なし。留守電も入れたけどね…ホントどうしたんだろう」




ため息混じりに言う良子。

その場で横になって大の字になる。




「良子様、お茶をどうぞ」




稲美は良子とマコにウーロン茶を湯飲みに入れ、テーブルに置く。

こういう気遣いができるのが稲美のいい所だ。




「ありがとう、稲美さん」




マコは笑顔でお礼を言う。




「ありがと…」




だが、良子はお礼を言うのもダルいのか、言葉少なだ。




「ってゆうかさ、礼菜の用事って何だろう?二人とも知ってる?」



「…わかんないわ」




「…私もです」




「礼菜は優しいし、良い奴だけど、あんま自分の事話さないからね」




「…そだね。ま、そのうち戻ってくればいいんだけど」




良子はそう言いながらも心配そうだ。




「バイトか何かの都合で遅くなっているのでしょうか?」




「それはないわ。礼菜のバイトって学童でしょ?学童で一日経つことはないだろうし、あってもそれなら私達に言うだろうし」




良子は稲美の意見をキッパリと否定した。




「良子、心配しなくても、礼菜はきっと帰ってくるわよ。それまで待ちましょう。きっと、何か事情があるのよ」




「…うん」




良子はそう言うものの、まだ納得できない様子だ。




「私もそう思いますわ。きっと大丈夫ですわよ」




「…うん」




頷くものの、良子の心は不安でいっぱいだった。

用事で遅れているだけならいいのだが…。

しかし、良子たちの願いも虚しく、その日も礼菜は戻ってこなかった。

次の日も、その次の日も、戻ってこなかった。

そして、礼菜が帰ってこないまま、1週間が過ぎた…。







「あれから1週間。何の連絡も反応もなし…か」




午後1時。

良子、マコ、稲美は再び礼菜の部屋にいた。




「こう遅いと流石に心配ね…」




「ええ…」




マコも稲美も不安を隠せなかった。

何かトラブルでも起きたのだろうか?

事故や災害とか?それとも・・・。

そんな悪い考えばかりが頭に浮かぶ。




「今まで長期間、何の連絡も無しだったことってあった?」




良子の質問にマコは首を横に振る。




「特になかったと思う」




「…そう」




良子はため息をついた。




「だー、もう待ってらんない!探しに行こう!」




良子は髪の毛をかきむしり、居ても経ってもいられず、立ち上がった。

今すぐにでも駆け出しそうな雰囲気だ。




「っても、どこを探すのよ?」




「それは…その…」




マコの言葉に二の句が出ない良子。

探しに行こうにも、場所が思いつかない。

我に帰った良子は立ち上がるのをやめて、再び座りだした。




「クマ野郎のショップとかはどうでしょう?」




「昨日行ったけど、収穫はなかったよ。店員さんも知らないって言うし…」




良子はため息をついた。

良子は昨日、近場で礼菜の行きそうな場所を一通り調べたのだが、収穫は無かった。




「せめて、何か手がかりでもあればいいのですけれど…」




「…手がかりねぇ」




「あ、そういえば」




マコが何か思いついたように声をあげた。




「何?」




「礼菜は日記を書いてたはずよ」




「日記?」




オウム返しに聞く良子にマコは頷く。




「うん。確か前、そんな事言ってたわ。あの子ノートに日記書いているって」




「よし、探してみよう」




良子は早速寝室に向かう。




「待って、良子。人のプライベートを盗み見るのは…」




「…確かにその通りね。でもさ、礼菜がこのままずっと戻ってこなかったらどうするの?」



「そ、それは…」




良子から目を逸らし、何も言い返せないマコ。

そんなマコをしっかりと見つめる良子。




「怒られても構わない。怒鳴られても、絶交されてもいい。ウチはただ礼菜が無事ならそれでいいの。このまま何もしないで待つだけなんて、絶対嫌だから!」




良子はそういい切ると、寝室に入り、ドアを乱暴に閉めた。

寝室はクマ野郎のぬいぐるみばかりが置かれていた。

ベッドの傍に綺麗に並べられ、

特に大きなぬいぐるみは窓の傍に置かれている。

クマ野郎以外にも、ペンギンやブタやウサギといったぬいぐるみが所狭しと並べられている。主のいないぬいぐるみ達はどこか寂しそうに見えた。




「・・・・」




良子は本棚を探した。

本棚には料理の本やダイエットの本、恋愛小説などが置かれている。

特に料理の本は日本、フランス、ドイツ、イタリアと幅広く置いてある。

他にも初心者レシピや簡単手料理の本などもある。

どうやら礼菜は料理の練習を頑張っていたようだ。

その中の一冊を取ってみる。メモや自分なりにやり方を書いた付箋などが貼ってあり、努力していたことが手に取るようにわかる。その中の一口メモと書かれた付箋には「良子においしいものを食べさせてあげる為にがんばるぞー(^O^)」とボールペンで書かれている。




「礼菜…」




胸が熱くなるのを感じた良子。

涙を袖で拭き、その本を本棚の元の位置にそっと戻した。

そのまま本棚を探し続けていると、一冊のノートがあった。




「あった…」




そのノートには「日記帳」と書かれていた。




「それが日記帳?」




マコ達は恐る恐る部屋に入ってきた。

人のプライベートを見るのは反対の二人は、決めあぐねていたようだが、部屋に来たということは決心したのだろう。




「…ウチが読むよ。大事な部分があったら教える」




「わかったわ」




「お願いします」




二人の言葉に、良子は首を縦に降った。

こうすれば、怒られるのは良子だけで済む。

礼菜が怒るのは考えにくいが、もしもの時の保険だ。

良子も後ろめたい気持ちがない訳ではないが、少しでも手がかりを掴みたいのが本音だ。意を決してノートを開く。




3月30日(火) 天気 晴れ




理事長の話によると、4月になれば、良子と会うことができるみたいだ。

すごく楽しみである。

今でもあの京都の山奥で先生や良子と修行した日々を思い出す。

あったら何を話そう?

いっぱい、いっぱい、遊びたいし、出かけたい。おしゃべりしたい。

そして、またぎゅって抱きしめてもらいたい。

良子に抱きしめられ、髪を撫でられている時が私は一番好き。

すごく安心できるから。明日が待ち遠しい。




4月5日 晴れ




ホワイトドックでのカラオケは楽しかった。

私、良子、マコの三人でのカラオケは本当に楽しくて、思わずはしゃいでしまった。

妖魔と戦闘になったりもしたけど、それでも楽しかった。

クマ野郎のぬいぐるみも手に入ったし、よかった×2

明日はもっと良い日になるといいな。




4月6日 くもり




良子とマコがケンカした。何となく予想できたことだけど、やっぱりケンカしてしまう二人。良子は基本、一匹狼だ。けれど、仲良しな相手には情熱的な所もある。私みたいに極端な人下手ではなく、信頼を置いた相手にしか気を許さない。マコは決して悪い子じゃないけど、お節介な所もたまにある。良子にはそれが嫌なのかもしれない。でも、何故か嫌いになれない子だ。気遣いも面倒見もいいし。

私もマコとケンカした事があるけど、今では友達だ。

二人が仲直りしてくれる事を切に願う。




4月9日 晴れ



マコと喫茶店にてお話。

マコはまた学校のトイレの壁を壊したらしい。

腹が立つと物に当たるのがマコの悪い癖だ。

けれど、二人は仲直りできたみたい。

でも、マコに私と良子の関係がバレてしまった…。

それだけは本当、消したい。

タイムマシンが早くできることを切に願う。




日記には今までの事や、近況が綴られていた。

鉛筆で丁寧に書かれた字は彼女らしくて、素敵だなとすら感じる。

良子は日記を読み進め、最後のページに行き着いた。

良子は特に集中して文章を目で追った。








理事長から、兄についての情報を知ることができた。

明治神宮で似た人物を目撃したという情報があったらしい。

さっそく明日、探しに行くつもり。

いつものように空振りに終わるかもしれない。

けど、可能性が0でない限り、頑張るつもりだ。

兄だけが私の唯一の家族。

私はどうしても兄を見つけたい。

それが私の生きる目的なのだから。

良子達には話さない。

あまり心配をかけたくない。

自分の事は自分でケリをつけたい。

その代わり、帰ってきたら、みんなには腕を奮ってご馳走を作ろうと思う。

みんなの感想が楽しみだ。

特に良子の「美味しかったよ」という言葉が聞けたら、泣いちゃうほど嬉しい。つか、絶対泣く(笑)

兄は果たして明治神宮にいるのだろうか。

何か手がかりは掴めるだろうか…。




日記はそこで終わっていた。

良子は読み終えた日記を静かに本棚に戻した。




「礼菜は明治神宮に行ったみたい」




「明治神宮…ですか?」




稲美の言葉に頷く良子。




「自分のお兄さんを探しているみたい。どうして探してるかはわからないけど…」




日記にはそこまで書いて無かった。

だが、場所がわかった以上やる事は一つだ。




「ウチは明治神宮まで行こうと思う。みんなはどうする?」




「どうするって探しに行くに決まってるじゃない」




マコはさも当たり前でしょと言わんばかりに言う。




「マコ、うちらは謹慎中だよ?外出は控えるように言われているけど?」




「バカね、良子。仲間が行方不明だってのに大人しく謹慎してるアホがどこにいるのよ?謹慎上等!ルールは破る為にあるのよ!」




「流石、マコ!よくわかってるじゃん」




2人はきゃいきゃいとはしゃぐ。




「…あの、私は連絡番で残ります」




稲美はおずおずと控えめに発言した。




「もしかしたら、礼菜様が戻ってくるかもしれませんし…」




「わかった。じゃあ留守は任せるね」




「はい」




良子の言葉に頷く稲美。

良子とマコは何やら相談しながら部屋を出ていった。




「……無力ですわね」




稲美は少し気落ちした。

今、自分にできる事は何もない。

良子とマコのように、稲美は礼菜を知らない。

知らなければ、探す気力などすぐ失せてしまうだろう。

そんな人間がついて行っても意味がない。

返って足手まといだ。

葬式だって、死者が関係した人間が集まるものだ。

その人を全く知らない一般人を葬式には呼ばない。

稲美にはそれがわかっていた。

だから、あえて留守番を立候補した。

誰かに気をつかってもらうのも、留守番を推薦されるのも嫌だからだ。

お似合いのポジションだ。適材適所。

けれど、この虚しさは何だろう。

できる事なら稲美も礼菜を追いかけたい。

だが、稲美と良子達の間には時間という壁が邪魔をする。

良子達のコミュニティに入るための時間はまだまだ足りない。

気持ちの上では友達同士でも、実際は時間が必要なのだ。

新しい友達よりも、長い付き合いの古い友人の方が会話が和むのはそういった理由だからだ。私も仲良くなりたい。

みんなと仲良くなりたい。

とびっきりの、誰かに自慢できるぐらいの親友を作りたい。

けれど、それはそう簡単にはいかないものなんだと稲美は悟った。

友情とは、信頼と長い時間、相手の情報、思い出、相手への思いやりや気遣い…。

そういった様々な要素が作用して絆ができるのだと。

友達は簡単に作れる。

だが、親友は簡単に作れない。




「……寂しくなっている場合ではないですわね」




稲美はため息をついたが、一人頷いた。




「礼菜さんがいつでも帰ってきていいように部屋を掃除しましょう!」




役割分担、適材適所…。

自分は留守番を任されたのだ。

なら、その仕事を全力で頑張ればいい。

それが自分のできる、一番確かな絆の深め方だ。

稲美はタオルを頭に巻いて「ヨシ!」と気合いを入れると、早速掃除を開始した。








明治神宮。




明治天皇と昭憲皇太后を祀る、日本では非常に有名な神社だ。

初詣に来る人の数は日本で一番の神社であり、木造の明神鳥居は日本一の大きさとしても知られる。また、明治天皇の誕生(文化の日)に行われる「例題祭」も有名だ。

場所はJR原宿駅・表参道口から徒歩1分。

境内は森に囲まれ、都会とは思えないほどだ。

しかも、東京ドームの約15倍という広さを誇る。

名前で勘違いされやすいが、大正9年11月1日に創建された。

最近では「運気があがる」とテレビで某占い師が紹介して以来、訪れる人があとを絶たない「清正井」という井戸が人気だ。この井戸の写真を携帯電話の待ち受け画面にすると運気が上がるらしい。だが、良子達にはそんな観光に老ける気はさらさらなかった。




「良子、神宮はある時間になると閉まっちゃうから気をつけてね」




「何時に閉まるの?」




「うーん、月によって開閉時間が違うけど、4月なら5時10分開園、17時50分に閉園ね」




良子は携帯で時間を見た。

時刻は14:50と出ていた。

あと3時間しかない。




「手分けして探そう。何かあったら携帯に連絡して」




「了解!」




二人は駆け出した。








良子は予め、礼菜の写真を2枚持ってきていて、その一枚をマコに渡していた。

その写真を使って、境内の様々な人に聞き込みをしてみる。




「いや、知らないな」


「知らないです」


「知りません」




しかし、そんな答えばかりが返ってくる。挙句の果てには…。




「ねぇねぇ、それより俺と遊びに行かない?」




と逆ナンパしてくるクソ男もいる。

特にマコはナンパ率が高かった。




「…人が真剣になって探してるってのに。流星昇りゅうせいしょう!」




「どわああああああ!!!」




マコは怒りのアッパーでナンパ野郎を天高くぶっ飛ばした。

男は既に気を失っているが、マコは気にせずそのまま聞き込みを続けるため、駆け出した。









1時間後。

良子とマコは一旦合流した。




「お疲れ様。何か手がかりは?」




「無いわ。良子は?」




「ウチも無し…」




はぁとため息をつく二人。




「神宮じゃないとすると、外苑かしら?」




「がいえん?」




良子の言葉にマコは頷く。




「神宮とともに創建された洋風庭園よ。銀杏並木が綺麗で、よくドラマのロケ地にもなったりするわ。でも神宮からは少し離れてるわね」




明治神宮は渋谷区だが、外苑は港区になる。

大体徒歩で20分、自転車で2分程度だ。




「でも日記に外苑って書いてなかったけど…」




良子はポツリと小さく呟く。

マコは腕組みをしてどうすればいいか考えていた。




「…そうね。とりあえず、休憩してから、もう少し探しましょう」




「そんな悠長な事言ってる暇ないよ!今すぐ探さないと閉まっちゃうよ!?」




「落ち着きなさい、良子。焦っても何も解決しないわ」




マコは良子の両肩を掴み、先生のように諭す。




「そ、それはそうだけど…」




「近くに美味しいお店があるの、そこに行きましょう。腹が減っては戦ができぬよ」




腹が減っては、いい動きができないという、ことわざだ。




「武士は食わねど高楊枝だよ、マコ!」




武士は貧しくて食事ができなくても、あたかも食べたかのように楊枝を使って見せる。武士の清貧や対面を重んじる気風を言う。また、やせ我慢することにもいう、ことわざだ。




「…やせ我慢してどうするのよ。ホラ、さっさと行くわよ」




「ちょ、ちょっと~」




良子はマコに半ば引っ張られるようにして神社を出た。

その後、休憩を済ませた良子達は再び明治神宮を走り回る。

聞き込みを続け、似たような人がいないかも探す。

知らないと言われようが、ナンパされようが、無視されようが、二人はがむしゃらに捜索を続ける。しかし、有力な手がかりは一切無く、明治神宮は閉園時間を迎えた…。




「くっそ~何の手がかりもないなんて…」




「…全くね」




二人は明治神宮を出た後、マグナムバーガー原宿店に来ていた。

時刻は午後6時。

この時間帯は仕事帰りのサラリーマンはもちろん、学生などでごった返していた。

だが、2階の席が少し空いていたので、そちらを使う事ができた。

良子はバグバグと物凄い勢いでハンバーガーを食べまくり、ジュースを貪り飲む。

今日のストレスを全て食で発散しているようだ。

マコは窓ガラスをぼうと見つめていた。




「どひはゃひょ、まひょ?」




「…食べるか喋るかどっちかにしなさいよ」




良子は慌てコーラを口に流し込み、ハンバーガーもろとも飲み込む。




「ごめん、ごめん。で、どしたの」




「良子、あの建物知ってる?」




マコが指差した先には丸くて長い、スプレー缶のような建物がある。




「109でしょ?それくらい、ウチでも知ってるよ~」




「ふふ、正解」




109とはSHIBUYA109の事だ。

109(イチマルキュー)、マルキューというあだ名で親しまれている。

東京に行った事がない方も、一度は名前を聞いた事があるだろう。

それぐらい知名度が高く、有名だ。

建物内はガールズブランドのショップがたくさん立ち並び、流行の発信地とも言える。買い物好きで、服やブランド物が大好きな女の子達には聖地とも呼べる場所かもしれない。




「で、マルキューがどうしたの?」




「昔、礼菜をマルキューに連れてった事があるの」




「ふ~ん。そなんだ?」




「まだ良子が来る前にね。アイツ普段からジャージばっかり着て、色気も何もなかったのよ。私の独断で無理矢理連れ出したの」




「ヘぇ…」




「嫌がってたくせに、マルキューに入ったら、はしゃぎまくってね。

結局二人して買い物しまくったわ」




少し苦笑いも混じるが、マコは嬉しそうに語る。

どこか遠い瞳をしながら。




「いい思い出だね」




「アイツと仲良くなったのはその時からよ。それからもよく買い物に行くようになってね…いつの間にか親友になってた」




「…なるほどね」




マコは再び窓に映る109を見上げる。

良子も109を見上げる。

スプレー缶のような建物はまだまだ明るい。




「…私はまだ過去形にしたくない。これからも礼菜とたくさん買い物したいし、いっぱいお喋りしたい」




「マコ…」




「良子、明日こそは礼菜を見つけましょう。絶対に!」




「うん!」




良子も力強く頷いた。

二人は握手し、誓いあった。

必ず、礼菜を無事に連れて帰ると…。









二人はマグナムを出てブラブラと原宿の町を歩いていた。




「これからどうする?寮に帰るの?」




「ううん、帰らないよ」




マコの言葉に首を横に振る良子。




「じゃあどうするのよ?」




「泊まるの。ホテルにね」




「あのね高校生だけでホテルなんて…。つか、金かかるじゃない」




確かに高校生の小遣いでホテルに泊まるのはかなり厳しいはずだ。




「任せて。とっておきの方法があるから」



「…なんか不安だわ」



不安がるマコ他所に、良子はスキップで駆けていく。




「どうか犯罪にだけはなりませんように…」




マコはそう祈らざるを得なかった。







「原宿・セントラルガーディアン・クレッセント・ホテル…」




マコは棒読みで目の前の看板の名前を言う。

二人の目の前には、超デカいホテルがある。

高級そうな雰囲気がプンプンで、超一流という言葉がよく似合いそうなホテルだ。




「ここにしよう」




何でもないように言う良子。




「バカ!ここ超高級ホテルで有名な所なのよ!芸能人がお忍びで泊まったり、海外からのVIPなんかが泊まったりする格式高いホテルなんだから!!」




「へぇ、そいつは知らなかった。まあ別にいいでしょ」




「り、良子。アンタね~…」




拳をワナワナと震わせるマコ。

こいつには日本語が通じないのか?




「まぁ大丈夫さ。大船に乗ったつもりでドーンと任せなさい」




「……物凄く不安だわ」




良子はスキップしながら駆けるが、マコは不安いっぱいな気持ちで仕方なく良子について行った。




「いらっしゃいませ。ようこそ、原宿・セントラルガーディアン・クレッセント・ホテルへ」




恭しくお辞儀をする黒服の男性フロントマン。

歳は30代半ばだろうか。落ち着いていて、知的そうな雰囲気を醸し出している。

慣れた様子と饒舌な口調から、恐らくかなりのベテランだろう。




「すいません、1ヶ月泊まりでお願いします、2名で。部屋空いてます?」




「はい。お客様、料金はこうなりますが……」




フロントマンは大きめの電卓で料金を示した。




「ひぃふぅみぃ………」




マコは絶句した。

とても高校生が払える金額ではない。

いや、大人だってそう簡単に払えないだろう。

つか、0が多すぎる!!




「ちょ、ちょっと良子…幾らなんでもこんな大金…」




「わかりました。これでお願いします。全額」




良子はサイフからあるカードを出した。

それをフロントマンに見せる。

フロントマンはカードを表裏じっと見つめ、次第に目を丸くし、何度も確認した。




「………は。承知しました。当ホテル自慢の最上階・ロイヤルスイートルームへご案内させて頂きます」




フロントマンはかなり驚きつつも、そこはベテラン。冷静に対処した。




「マジ!?」




「やりぃ★」




驚愕するマコを他所に一人ガッツポーズを決める良子。




「お客様、染井様はお元気でしょうか?」




「ええ、元気ですよ」




「左様でございますか。社員一同、染井様のご健康・ご多幸を祈っています。東京にお立ち寄りの際は、ぜひ当ホテルをご利用下さいとお伝えください」




「わかりました」




「………」




良子は笑顔で頷く。

マコは驚愕しすぎて事態が飲み込めないでいた…。

原宿・セントラルガーディアン・クレッセント・ホテル内屋上・ロイヤルスイートルーム。室内はまず超高級なブラウンカラーのカーペットが床を覆い、天井には豪華なシャンデリアが飾られている。綺麗なソファが設置され、高級テーブルの上にはナイフとフォークが最初から配置されている。キッチンフロア、バスルーム、寝室と部屋があり、キッチンには食材や調理器具一式、バスルームには入浴剤やボディソープやシャンプーも全て完備。もちろん冷暖房もきちんとしている。




「うわあ・・・」




良子はカーテンを開けて驚いた。

窓からは東京の街が一望できた。

窓から見る夜景の東京は素晴らしく、ビルや建物から輝く光はまるで宝石のように煌びやかだ。その景色は圧巻されるぐらい広く、煌びやかだった。




「いい景色ね・・・」




「こういう景色をワイングラスを片手に眺めたいわねぇ・・・」




うっとりしながら言う良子。




「良子ったら。漫画の見すぎよ」




けど、そういうのもいいかもしれないなとマコも思う。

それぐらい、いい景色だといえる。

100万ドルの夜景といってもいいかもしれない。




「それよりお腹空いたわね。ごはんにしましょう」




「うん。マコ、手伝って」




「OK」




冷蔵庫の中には食材がたっぷりあり、良子はどうしようかなと

献立を考える。食材はレパートリーも幅広く、魚、肉、野菜、乳製品他にも様々なものが大量に入っている。ざっと見積もっても3週間ぶんぐらいの食料はあるだろう。

ちなみにこれらはいくら使ってもお金は取られらない。




「何作るの?」




「う~ん・・そうだね」




良子は腕組をし、考えてみる。








「・・・それで、できたのは栗と鶏肉の煮込みね」




「うん。なかなか美味しいよ」




良子は笑顔を浮かべつつ食べる。

椅子の座り心地もよく、机などは光沢が出るほど光っている。

なんか食事するのが申し訳ないくらいだ。




「いや、美味しいことは美味しいけど。なんで家庭料理なの?

もっとさ、フランス料理とかイタリア料理とか色々あるでしょ、普通」




最高級のロイヤルスイートルームで栗と鶏肉の煮込みはある意味シュールな光景である。




「いーの、いーの。豪華な料理なんかより、家庭料理の方がお腹いっぱいになるし、ビタミンも豊富なんだよ。家庭料理に勝る料理なしってね!」




「・・やれやれ。ま、でも確かにそうかもね。慣れない物食べるよりかはいいか」




マコも食べてみるが、なかなか美味しい。

高級な料理もいいが、慣れしたんだ家庭料理というのが一番という良子の理屈もわかる気がする。




「さて、明日はどうするの?」




「・・外苑に行こうと思う」




「うん、そうね」




今日の捜索の結果、礼菜は明治神宮にいなかった。

それどころか、礼菜を目撃した人物や手かがりなども全くなかった。

残るは明治神宮外苑のみとなる。

だが、果たしてそこに礼菜はいるのだろうか?

日記には外苑とは一言も書いてなかった。

また、東京は人も多い。通行人がいちいち礼菜の姿を覚えているとは思えない。

何か注目されるような事でもあれば話は別だが・・・。




「でも、外苑にいなかったらどうするの?探す場所がなくなっちゃうわよ」




「・・せめて手がかりでもあればいいんだけど」




しかし、今の所手がかりは礼菜の日記しかない。

兄を探しに明治神宮に行くという記述だけが手かがりだ。




「明治神宮に来れば会えると思ったんだけど、そう甘くはないか」




良子はため息をついた。




「礼菜は多分、明治神宮に来ようとしていた。もしくは来ていた。

でも、何かトラブルに巻き込まれて、行方不明になったんだと思う」




「‥・トラブルの原因は妖魔?」




良子の言葉にマコは頷く。




「それ以外、考えられないわ」




マコは断言する。

礼菜は1年近く良子の師匠と共に修行を積んでいる。

普通の輩に簡単に負けるとは思えない。




「…くっそう、情報が少ないなぁ。このままで本当に礼菜見つかるのかなぁ」




良子はテーブルに突っ伏し、はあああと大きくため息をついた。





「こら良子。あんたがそんなんじゃ、見つかるものも見つからないでしょ」




「それはそうだけど…でも、このままじゃ」




マコは叱咤するが、良子は半ば諦めがちだ。




「とにかく、明日は外苑に向かいましょう。その為に今日は早く寝ましょ」




「…そうだね」




良子は渋々頷いた。

確かに今はマコの言うとおりかもしれない。

不安はあるが、考えていてもどうしようもない。

今は明日に備えて眠るのが先決だ。




「マコ、一緒に寝よう」




「言うと思った。ま、いいわよ」




「やったあ☆」




良子はそう言うとマコに抱きつく。




「こらこら。抱きつくなって」




「だってぇ~マコって柔らかくて気持ちいいんだもん。マシュマロみたい」




良子はマコの胸に顔を埋めて愛おしそうにすりすりする。

マコも別に満更でもなかった。




「…ねえ、マコ」




「ん?」




「しばらくこのまま…ぎゅってしてていい?」




その台詞は先ほどのおちゃらけた言い方ではなく、真剣だった。




「礼菜に嫉妬されるわよ?」




「マコといるとさ、すっごい楽しいの。いつも明るくて、引っ張ってくれて、優しくて…」




「いきなりどうしたのよ。褒めたって何も出ないわよ?」




「礼菜にはナイショ。二人だけの秘密にしよう」




「はいはい」




マコはそう言いながらも、自分に好意を持ってくれる良子の事が嬉しかった。

言葉には出さないが、マコも礼菜がいなくなった事で不安を抱えている。

それでも本音を出さないようにはしているが、心の奥底では不安でいっぱいだった。

先行きの見えない未来に不安や動揺を持つのは何も良子だけではない。

そんな時、良子が自分を慕ってくれ、言葉をかけてくれる。

心の氷解は、お互いの優しさや絆で凍解していく。

二人は抱きしめたまま、何も言わずに無言でキスをした。

どちらからともなく、キスする二人。

それは慰めの為の口付け。

不安を隠す為の口付けであり、愛や恋を語っての口づけではなかった。

お互い、それをわかっていながらも二人は逢瀬を繰り返す。

マコは嫌がりも怖がりもせず、ただ身を任せている。

良子はただ、がむしゃらにマコを求めた。

二人はひとしきりキスを終え、息を荒く吐いていた。

二人とも顔を赤らめ、目がトロンと下がっている。




「…いっぱいしちゃったね、キス」




良子がえへへと笑みを浮かべる。

その笑顔がマコには眩しく見えた。




「…ね、もっとしよ?」




良子が身を乗り出して、マコに尋ねる。




「うん…」




「今日は素直だね、マコ」




「そんな日もあるわ。女の子はきまぐれだから」




二人はベッドに横になった。

そこで再び、キスをした。

不安と動揺を打ち消す為の馴れ合いのキス。

そこに愛という感情は存在しない。

ただ、不安を少しでも早く無くしたかった。

誰かと気持ちを共有することでその不安は消えていく。

安堵感を得た二人は、それを手放したくなかった。

手放せば、また不安へと駆られるからだ。

礼菜が見つかる可能性は少ない。

ヒントは日記だけで、目撃者も誰もいない。

いたずらに日々だけが過ぎていく。

焦り、苛立ち、不安、動揺…。

そんな負の感情に押しつぶされてしまう。

でも、キスをしている間はその不安を忘れることができた。

お互いの温かさやぬくもりを感じているときは、不思議と心が落ち着く。

マコもそれを感じていた。

だから、良子を受け入れた。

ただ、それだけなのだ。

それだけのはずだ…。

二人はお互いが疲れ果てる限界まで、口付けを続けた。

時に優しく、時に激しく、互いを求め合う二人。

今の二人に言葉は要らなかった。











「良子、起きて」




「うーん」




日差しが眩しい。

うっすらと目を開けると、そこにはマコの顔があった。




「もうすぐ11時よ。そろそろ起きなさい」




「ん…」




良子はまだ寝ぼけ眼だが、どこか夢見ごこちな気分だった。




「朝食作ったから、一緒に食べましょう」




「うん」




「…昨日はありがとう」




「マコ…」




お互い、昨日の事を思い出したらしく、赤面する。

しばらく沈黙し、何とも言えない恥ずかしい空気になる。




「あ、え、えと、ご、ごはん食べましょ」




「う、うん」




お互い、昨日の事はそれ以上言わなかった。

けれど、マコの笑顔やその言葉が良子には何よりも嬉しかった。

それはマコも同じで、良子の笑顔と好意に純粋に喜びを感じていた。





-明治神宮外苑。

「明治天皇の業績を後世までに残そう」という趣旨で建設された洋風庭園で、代々木にある明治神宮(内苑)に対して、外苑と呼ぶ。明治神宮による管轄の関係から、神社の敷地の一画と見なされている。内苑である明治神宮は神社建築を基調としているのに対して、外苑は「洋風」を基調としているのが特徴。通常は、略して神宮外苑と呼ばれることが多い。広大な敷地の中に、よく知られている銀杏並木などの多くの樹木の他、国立霞ヶ丘競技場や明治神宮野球場(神宮球場)がある。銀杏並木は非常に美しく、こちらもドラマのロケ地となることも多い。

良子たちは到着すると、すぐに聞き込みを始めた。

しかし、これといった進展はなく、情報はなかった。

決められた台本みたいに「知らない」という言葉を言われるだけだ。




「あの、すいません!聞きたい事があるんですけど・・・」




「すいません!ちょっといいですか?」




しかし、二人はめげずに聞き込みを続ける。

だが、一向に情報はない。

諦めきれない良子たちはそれでも探し続ける。

ここにいなければ、他に探す場所はない。

焦りと不安と手がかりの少なさが二人を襲う。

だが、気がつくと時刻は午後4時を回っていた。




「駄目ね…全然見つからないわ」




「有力な情報はなし…か」




二人は近くの喫茶店で休憩していた。




「…思えばさ」




「ん?」




「ウチ、礼菜とは一年間つるんでいただけで、アイツの家族とか事情なんて何も知らないんだ」




「…私もよ」




「東京の転校だって、礼菜は事情を言わなかった。家族の都合でとしか言わなかった。あいつがどんな人生を歩んできたのか、ウチにはわからない」




「…そうね」




「礼菜はそんなウチらを信用していたのかな?ウチは信用しているけど、礼菜はどう思っているんだろう」




「…気を遣わせたくなかったのよ。アイツ、肝心な事は胸に秘めるタイプだから」




思えば、礼菜は自分の意見をハッキリ言う子ではなかった。

いつもどこか周りに合わせているような、そんな所があった。




「アイツは私らを親友だと思ってるから、尚更気を遣われたくなかったんでしょ。過去じゃなく、今の自分を見てほしかったんだと思う」




「・・・そうだね」




信頼しているからこそ、過去の自分じゃなく今の自分を見てほしい。

礼菜はだからあえて過去を話さなかったのか。

話したくないほど、辛い過去だったのだろうか。




「ちょっ、何すんのよ!」




女性の怒声が聞こえてきた。

なにやら店内が騒がしい。




良子たちが振り向くと、後ろの席で制服姿の女性に強面でスーツの男が大声を張り上げていた。




「とっとと来いや!お前が警察に売った情報のせいでカシラはパクられたんじゃ!落とし前はきっちりつけさせてもらうで!」




そう言いながら、無理やり彼女の襟首を掴む。

制服姿の女はまだ若く、大体良子達と同じ位だ。

良子たちとは制服が違い、赤と白を基調としたセーラー服だ。

他校の女子高校生だろう。

強面でスーツの男はどう見ても一般人ではなく、ヤクザだ。

店内は皆ヤクザにビビッて誰も何も言えず、他人のふりをしている。

店員でさえ、止めるべきかどうか迷っているようだ。




「ふん、悪いことしたら警察に捕まるってお母さんに教わらなかったの?

障害と暴行の現行犯で警察呼ぶわよ?」




「黙れ、ジャリが!!東京湾の魚の餌にしてやるぞ、コラァ!」




更に大音量で怒鳴る強面男は彼女にも周りの客にも威嚇し、黙らせた。

ますます剣呑な雰囲気になるが、女子高生は負けん気が強いらしく、

ヤクザを睨み返している。

だが、実力差では圧倒的にヤクザの方が上だ。

威嚇にビビリ、店員も行動できずにいる。

そんな強面の男の頭を背後から蹴り倒す良子。




「ぬがあああ!!」




男はバランスを崩し、転倒した。




「黙るのはお前よ。うるさくてお茶も飲めないわ」




「な、なんじゃい、おどれは…」




男は頭をさすりつつ、良子を睨み付ける。




「黙ってろって言ってんの!」




良子は強面の腹を物凄い勢いで蹴る。




「げほはぁ!こ、この、ボケが!!」




むせつつも、強面男は良子に殴りかかってきた。

ヤクザらしく、流石に体力だけはあるようだ。




良子は再び背後に回り、相手の左足に自分の左足をフックする。

相手の右足の付け根のあたりを両手で抱えるようにロックしながら後ろへ倒れこむ。




「ローリング・クレイドル!!」




この倒れこむ時の勢いを利用して、自分の首を支点にするように反時計回りに良子は物凄い勢いでグルグルとその場で回転する。男は良子に掴まれているので、高速で回されていく。人間洗濯機な状態である。




「ぐがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」




男の怒声とも涙声とも取れる叫びが店内に響く。

回転は50回転以上続き、回転が終わった頃には強面男はぐったりとしていた。

意識もなく、完璧に気絶しているようだ。




「ふう、いっちょあがり」




当の良子本人は50回転以上もしたのにバランスを崩すこともなく、けろっとしている。




「アンタねぇ、またプロレス技使うなんて…しかも店内で」




「すごい!!」




マコのため息を吹き飛ばすように、誰かが賞賛の言葉を送った。

それはさきほどの絡まれていた女子高生だ。




「まさか、テリーファンクの必殺技を使える女の子がいたなんて。素晴らしいわ!スゴすぎる!」




女子高生は非常に興奮しながら喋り、良子を尊敬の眼差しで熱い視線を送っている。

ローリング・クレイドルというのはプロレス技の一つで、彼女の言うとおり、プロレスラーのテリーファンクが得意とする業である。良子はテリーのファンでもあり、密かにこの技を練習して実践で使いたいと常々考えていたのだ。

それが褒められるなんて感無量である。




「えへへ、それほどでも。それより大丈夫?」



「ええ、職業柄こういうのは慣れてるからね」




「職業柄?」




「あー…ここじゃなんだし、別の所で話すわ」




店内はざわついており、外からはパトカーの音も聞こえてきた。

謹慎中に警察に捕まるのはマズイ。




「合点承知。マコ、行くわよ」




「OK」




良子たちはお勘定とお金をレジに置いて、店を出て行った。












一向は裏通りの古びたマンションの前にやってきた。

月極駐車場の中に入り、車止めの石の上に座る女子高生。

良子たちもそこに座る。

月極駐車場ではあるが、停まっている車は1台もない。

それどころか、マンションに人の気配を感じない。

東京とは思えないほど、静か過ぎる場所だ。




「誰もいないのかしら?やけに静かだけど」




マコは首を傾げる。




「ここは随分前からこんな感じよ。マンションっても利用者はごく一部だしね。秘密の話をするにはうってつけの場所なのよ」




女子高生はウインク零してお茶目に言う。




「秘密の話って?」




「その前に自己紹介しておくわ。アタシ、飯田京子。よろしくね、剣良子さん」




「なんでウチの名前を?」




良子は目をパチクリさせる。まだ名乗っていないはずだ。




「あなたが一之瀬誠さんね。あだ名はマコ」




「私の名前も?あんた一体…」




「こういう者よ」




女子高生はそう言って良子達に何かを渡した。

それは正方形でA4サイズの小さな紙、つまり名刺だ。




「私立如月学園高等学校2年1組所属・情報屋 飯田京子」




名刺にはそう書かれていた。

同い年かと思ったが、どうやら一学年上のようだ。




「そ。学生やりながら探偵やってるわ。よろしくね」




「どうしてウチらの事を?もしかして、東京に住む高校生全員を知ってるとか?」




良子の質問にアハハと笑い飛ばす飯田恭子。

笑いながら、手を左右に振って否定した。




「まさか。幾ら何でもそこまで覚えれないわ」




ないないと首を横に振る京子。




「まー、あんた達有名人らしいからね。実は前にあなた達の事を調べるように言われてね…」




「一体誰に?」




しかし、首を横に振る京子。




「残念だけど、口外できないわ。守秘義務があるからね」




京子はごめんなさいねと謝罪した。

が、だからと言って口を割ることはしない。

少々気になるが、自己紹介の手間が省けて助かるだろうと良子は考えた。




「…まあいいわ。それより、飯田さん」




「何かしら?」




「アンタが本当に探偵なら、調べて欲しいことがあるの」




良子は事の顛末を詳しく話し、礼菜の写真を見せた。

ただし、妖魔の話は伏せてある。

一般人を危険に巻き込みたくないし、それに話をしたところで理解されるとも思えないからだ。




「なるほどね。行方不明の友達…橘礼菜さんの情報ね」



京子は礼菜の写真を見ながら考え込む。

その瞳は真剣そのものだ。




「うん。ウチらはどうしても礼菜を見つけたいの」




「言っとくけど、私は高いわよ。助けられたからって割引はしないからね」




「な、アンタ金ふんだくる気なの!?」




マコは京子に掴みかかろうとするが、良子は手でそれを制した。




「…いくらならやってくれる?確実に仕事をするんなら弾むわよ」




「良子。でも、そんな…」




マコは否定しようとするが、良子は首を横に振る。




「マコ、ウチらだけで探すんじゃ限界があるわ。こういう事はプロの専門家に頼むのが筋ってもんよ」




「う、うん。けど、お金なんて払えないわよ?私、そんなに持ち合わせないし…」




マコは財布の中身を思い出すが、諭吉が1枚あるかないかだ。

それも、今月の生活費や食費で使うので、むやみやたらには使えない。




「はずむって具体的にいくら払ってくれるの?」




「350万出すわ」




「ちょ、良子!!」




マコは驚きを隠せなかった。

350万!?

いくらなんでもそれは出しすぎではないのか?

というか、どこにそんなお金があるのだ。




「ただし、今日~明後日中に有力な情報もしくは居場所を突き止めることが条件よ」




「なかなか厳しい条件ね」




フッとほくそ笑む京子。




「きちんとした情報をその期限内で掴み、ウチ達に報告したら飯田さんの口座にすぐにでも振り込んであげる。ただし、できないなら報酬は払わない。ハイリスク-ハイリターンだけど、どう?」




「・・・・」




飯田は考えているのか、黙っていた。

耳だけは集中し、良子の言動をきちんと聞いているようだ。




「報酬は高いけど、調査期間は3日しかない。

それまでの間に有力な情報を掴まなければならないわ。

嫌ならやめてもいいわよ。のるかそるか、だね」





「…フッ、この探偵の京子様を舐めてもらっちゃ困るわね。いいわ、引き受けましょう」




「交渉成立ね。礼菜の写真を渡しておくわ」




「ありがとう」




飯田は写真をもらうと、よっこいせと立ち上がる。




「明日の同じ時間、ここに来て。調査結果を話しましょう」




「たった1日で情報を掴むの?随分、チャレンジャーなのね」




良子は見下したように笑うが、飯田は自信ありげな顔を見せた。

まるで、そんなの朝飯前よとでも言わんばかりに。




「任せなさい。剣さんは報酬の用意を忘れずにね。それじゃあね」




飯田はそう言うと足早に去っていった。

雑踏に紛れ、もう彼女の姿はどこにも見当たらない。




「いいの?あんな約束して」




マコが不安そうに尋ねてくるが、良子に迷いはなかった。




「礼菜が見つかるなら、350万ぐらい安いものよ」




「安くないわよ!つか、あいつ信用できるの?絶対無理だって」




「じゃあ他に方法あるの?」




「そ、それは…」




口ごもるマコ。

現時点ではあまりに情報が無い。

明日、明後日と聞き込みや捜索をしても見つかる可能性はきわめて低い。

もし、礼菜がトラブルに巻き込まれ、それが仮に妖魔の仕業だとしたら急がなければならない。既に一週間以上すぎた今、悠長に時間を持て余してる暇は1分1秒とてない。早く見つけなければ、礼菜は…。




「マコ、心配しなくてもあいつなら大丈夫よ。きっとね」




「その根拠は?」




「ウチのカン」




良子は自信満々に言う良子。




「カンねぇ…」




どうにも不安が漂うが、これ以上方法がないのも事実だ。

確かに探偵を雇う以外に方法は無い。

高い金がかかっても、確率が上がるならそれに賭ける。

それで礼菜が見つかるなら、350万でも1千万でも安いものだと良子は考えていた。




「とにかく、ホテルに戻ろう。明日、全てがわかるはずよ」




「ええ」




二人は様々な思いを胸に、その場を後にした。










次の日の夕方。

良子たちは昨日と同じ、裏路地の寂れたマンションの前にいた。

そろそろ昨日と同じ時刻になろうとしている。

黄昏が街を明るく包もうとしていた。

くだびれたマンションにはそれがよく似合う。

だが、京子の姿は見えない。




「そろそろ来るはずよね?」




「ええ・・・」




良子は足踏みをしながらイライラしていた。

一刻も早く礼菜を見つけたくて焦っているのだろう。

それはマコも同じだ。

京子が何かしらの情報をつかんでくれていればいいのだが…。




「お待たせ」




そこへ誰かが声をかけてきた。

いうまでもなく、飯田京子本人である。

昨日と同じ制服姿だった。

駆け足できたらしく、肩で息を切らせている。




「時間通りね」




「まあね。約束を守るのは探偵として当然でしょ?」




さも当たり前のように言う京子。

汗を手でで拭う。




「ま、時間を守るのは人として当然ね」




良子の言葉に「ええ」と頷く京子。




「早速教えて頂戴」




「わかったわ。それじゃあ教えてあげる。

結論から言うと、礼菜さんは東京にはいない」




良子とマコは顔を見合わせた。




「東京にいない?他の場所にいるの?」




マコの言葉に京子は首を横に振る。




「ううん、他の地方でもないわ」




「じゃあ海外とか?」




「それも違う」




「じゃあ、どこよ?」




マコは首を捻りつつ、尋ねる。

東京でもなく、他の地方でもなく、まして海外でもない。

では、いったいどこにいるのだろうか。




「礼菜さんは東京であって、東京でない場所にいるわ」




「東京であって東京でない場所?マコ、そんな場所あるの?」




「ううん、知らないわ。まあ、東京でも田舎の地域なら知ってるけど…」




マコは頭の中に東京の都市を思い浮かべる。

東京なのに田舎の地域は多数ある。

都心は大都会だが、それはごく一部。

例えば、八王子のように田舎な場所も東京には数多くある。

が、東京であって東京でない場所など聞いたことがない。




「実は昨日、ツテを使って東京中を探したの。けど、礼菜さんは見つからなかった。でも、ある陰陽師さんが見つけてくれた」




「陰陽師って…。今でもそんな職業の人いるのね。平安時代で無くなったと思ったけど」




でしょうねと良子の言葉に京子は頷く。

確かに今では聞かない言葉だ。

安倍晴明とか、TVやマンガのイメージが頭を過ぎる。




「陰陽師さんが言うには、東京のある一部に結界があるらしいの」




「結界って?」




マコはよくわからないという顔で質問した。




「魔法や何らかの呪術で造りだした、独立した空間の事よ。

周りの時間軸とは一切関係なく、時間の流れなど存在しない場所」




「???」




マコの頭には?マークがいっぱいだ。




「で、その結界に礼菜が?」




「ええ。結界はそこそこの規模でね。陰陽師さんが透視した結果、礼菜さんと思わしき女子高生がいたわ」




「…それは本当に礼菜なの?」




「確証は何もないわ。陰陽師さんの透視だから、私が見たわけじゃないし。

でも、陰陽師さんには最初に礼菜さんの写真を見せてたの。だから、間違いないと思う」




「そう…」




「けど、結界の中には大型の化け物もいたそうよ」




「大型の化け物?」




マコの言葉に頷く京子。




「とにかく巨大だったそうよ。けど、詳しく調べる前に透視が破られちゃって…。陰陽師さんは具合を悪くして倒れてしまった」




ご老体だけど、元気で勇ましい人だったのに…と京子は呟いた。

その瞳にはうっすらと涙があり、彼女の悔しい気持ちが伝わってくる。




「で、結界の場所は?」




「乗り込むつもりなの!?」




良子たちはもちろんと頷く。




「やめておきなさい。結界は恐らく、その化け物が生み出した奴よ。そもそも結界自体、複数の人間が何日も祈祷をしてできるものよ。それをたった一体の化物がしているのよ。どれだけの実力を持っているか想像もつかないわ。あなた達が行っても…」




「大丈夫。怪物相手なら山ほど相手にしてるから。ね、マコ」




「まあね」




そう微笑む二人に京子は信じられないといった顔をしていた。




「その礼菜さんって子は…アンタ達にとって、そんなに大事な子なの?」




「ウチ達の親友だよ、礼菜は。親友を助けに行くのは当然でしょ?」




「……」




良子の瞳には何も迷いがなかった。

まっすぐで濁りのない清らかな瞳だ。

京子は探偵として、これまで多くの人間に会ってきたが、良子のような人物は初めてだった。友の為に必死になって探し、尚且つ化け物がいるような場所にわざわざ向かうなんて…。自殺行為とも言える。

みんな自分の身が一番可愛い。

他人など、どうでもいいくせにどこかで他人を求めてる連中ばかりだ。

けど、身体を張って友人を助けに行こうとする奴はそう多くないだろう。

怪物が待ち受けているのなら尚更…。




「教えて。結界の場所を」




「…青山霊園よ」




青山霊園とは、東京23区では一番大きい霊園だ。

著名な作家、政治家などの墓が多数存在する場所でもある。





「場所わかる、マコ?」




「大丈夫。任せて」




マコはコクリと頷いた。




「よし。京子ちゃん、報酬を払うわ。コンビニに行きましょう。

普段使ってる口座も教えてね」




「OK。歩きながら話しましょう」




良子たちは寂れたマンション付近を離れ、近くのコンビニ「ノーゾン」へ入った。




ATMコーナーで良子は自分の口座から何回も引き出して、350万を京子の口座に振り込んだ。マコは邪魔しちゃ悪いと本のコーナーで女性誌を立ち読みをしていたが、あまり居心地がよくなかった。それらが終わると、京子は「朝から5秒メシ!」というCMで有名なゼリー飲料を3つ買った。




「せめてこれぐらいはさせてちょうだい。あなた達の勝利を願ってね」




1つを自分、もう二つを良子とマコにそれぞれ手渡す京子。




「ありがと」




「ありがとね」




二人はお礼を言って、それを受け取った。

コンビニの外でそれを飲む。

すっきりしていて、まじりっけがなく、おいしい。




「アンタ達は怪物と戦ったことがあるのよね?さっきの台詞…」




「まあね。でも、首突っ込まないで。無関係な人間守れるほど、ウチは強くない。余計な好奇心は持たないほうがいいわ」




良子は冷たく言い放つ。

だが、それは確かに正論だった。




「…そうね」




京子はそれ以上何も言えず、ただ頷くしかできなかった。




「ごちそうさま。マコ、行きましょう」




「うん。じゃ、ごちそうさま」




良子達はそう行って駆け出した。




「あっ…」




京子は何かいいかけようとしたが、結局それは言葉にできなかった。

いったい、自分は何が言いたかったのだろう。

ついていきたいとでも言うのだろうか。

京子としては良子達に協力したかった。

陰陽師は京子が最も信頼を置いている人でもある。

その陰陽師を、怪物は具合を悪くさせて倒れさせてしまった。

相手は強大な力を持つ化け物に違いない。

その敵を討ちたいという気持ちと、純粋に良子達の力になりたいという気持ちがある。京子としても、死地に自分と同じ年頃の女の子が乗り込むのはやはり見過ごせない。なんとかして協力したい気持ちに駆られた。

だが、良子は余計なことに首を突っ込むなと言われている。

無関係な人間までは守れないとも言った。

確かにそうかもしれない。

そんな所に自分がいってもなにもできないだろう。

ただ、足手まといになるだけだ。

情報を集める以外は何もできない、ただの女子高生なのだから。

良子達は今までどんな戦いを繰り広げてきたのだろう。

この東京の裏でいったい何が起こっているのだろうか…。




「…まだまだ知らないことばかりあるわね、この街は。頑張りなさいよ…」




祈りを深く捧げた京子は、ゼリー飲料をコンビニのゴミ箱に捨てた。
















青山霊園。

夕方過ぎのこの時間、太陽はそろそろ沈みかけている。

もうすぐ夜になろうとしている。

そんな時間に霊園にいる人は皆無で、墓地は不気味なほど静かだった。




「ここに礼菜がいるのね…」




「良子、気をつけて」




マコの言葉に頷きつつ、二人は辺りに注意しながら、霊園を進んだ。

時折カラスが鳴く以外は、木々が風に揺られる音しか聞こえない。

普段騒がしい東京にもこんな場所があるのかと良子は少し意外に思った。

周りを注意深く観察し、墓のあちこちを進んでは調べる。

そして、数十分が経過した。




「何も見つからないわね…」




「マコ、あれ!」




良子はある場所を指した。

何かが落ちている。

二人が駆け寄り、すぐにそれを拾う。

それは礼菜のスカジャンだ。




「これ、確か礼菜の…」




「間違いなく、ここにいるみたいね」




「フッ、その通りさ」




そこへ第三者の声がした。

辺りを見回すと、そこは既に墓地ではなかった。

薄暗い、どこかの神殿みたいだった。




「うっ…」




何だか物凄く臭い。

腐敗臭ともで言うのだろうか。

その臭いは強烈で、思わず吐き気がこみあげてくる。




「くくく…オレの神殿にようこそ」




のそっと現れたのは全長10メートルはあろうかという巨人だ。

灰色の皮膚に、凶器のような尖った爪、ライオンのような顔。

腕は丸太のように太い。

ボディは筋肉質で、非常にがっしりとしている。

マッスルボディを目指す男なら憧れてしまうかもしれない。




「あんた…妖魔ね?」




鼻を掴みつつ、妖魔を睨みつける良子。




「そうだ。グラント・ディーガ様だ。よく覚えてとくんだな」




「一体何なの、この臭い…。礼菜はどこなの!」




「周りをよく見てみろ」




周りを見てみると、そこには何かが転がっている。

ひとつだけはない、それは無数に存在している。




「きゃああああああ!」




マコが叫んだ。

よく見ると、転がっているのはすべて死体だった。

人間の死体だ。




「ガハハハ。オレ様の食いかけさ」




グラントは自慢するかのように笑った。

よく見ると、死体はどれもこれも破損している。

首がない死体もあれば、胴がない死体もある。

足だけが無い死体、腕だけが無い死体もある。

中には眼球だけが無い死体もあった。

だが、その死体にはある共通点があった。





「この死体、全員女性みたいね」




「正解だ。オレは肉の柔らかい女を食うのが一番の趣味でね」




ガハハハと笑うグラント。




「特にオレは心の綺麗な女が好きでね。あんたらの友達は特に食い応えがありそうだ」




グラントは指で後ろを指す。

そこには、十字架に鎖で縛りつけられた礼菜がいた。




「礼菜!!」




良子が大声で叫ぶが、礼菜は目を閉じたままだ。




「そいつはぐっすりと眠ってるよ。こいつを捕まえておけば、お前たちはいずれここに来るだろうと思ったからな。今日はご馳走日和だぜ」




グラントは嫌らしそうな笑みを浮かべて、口元のよだれを腕で拭う。




「昨今は人間同士の絆も希薄になり、どいつもこいつも心が汚ねえ。食っても不味い連中ばかりだ。そこに転がってる連中も、あまりにも不味くて、途中で食うのをやめたのさ」




「…顔がなかったりするのは、そういう事ね」




「ああ。だが、お前らは違う。友人を想い、その足でここまで来た。なかなかの行動力だ。こんな人間社会で友達をそこまで思える奴は少ねぇ。お前らならたっぷりオレの胃袋を満足させてくれるだろう」




「冗談。誰がお前の胃袋なんかに入るかっての」




良子は抜刀していた。

マコも身構える。




「礼菜を助け出して、お前を消してやる」




良子の瞳には残忍さのみが存在していた。

まるで虫けらを見下すような、殺意溢れる瞳。

良子はグラントを本気で殺すつもりのようだ。

気迫が今までと全然違う。




「フッ、食前の運動もいいな。メシが更に美味くなる。来な。いい具合に調理して、メインディッシュに仕上げてやるよ」




「フン。あんたの身体全部タタキにして、墓地にお供えしてやるわ!」




良子は駆け出した。

跳躍で相手の身長を上回るほど飛び、一気に刀を振り落とす。




「なっ…!?」




良子の刀はグランの手に止められていた。

正確には掌で止められた。




「ケッ、こんなの子猫が噛んだようなもんよ」




「き、斬り裂けない?な、なんて硬い皮膚なの…」




良子の刀はどれだけ力を振り絞っても、掌を斬り裂けない。

良子の愛用の刀「鏡」は由緒ある刀で、相応の切れ味を持つ。

普通はこんな妖魔くらい一刀両断なのだが…。




「驚きか?そうだろうなぁ」




グラントはそう言って良子を掌に掴む。

そして、拳を握り締める。




「きゃああああああああああああああああああああああ!!」




「良子!」





凄まじい激痛が良子を襲う。

なんとかして拳から出ようとするが、あまりの痛覚に身動きが取れない。

そして、良子はそのままぐったりと気絶した。




「ケッ、つまんねえな」




グラントは良子を人形のようにブンと投げ捨てた。

良子は壁に激突し、そのまま崩れ落ちた。




「良子!」




マコは良子の傍に駆け寄る。

良子は頭から血を流し、意識を失っている。

死んではいないが、どれだけマコが揺さぶっても良子は目を覚まさない。

どれだけのダメージかはわからないが、良子の刀が通じないほど硬さだ。

その硬さの手で握られたのなら、ダメージは相当なものだろう。




「よくも良子を…」




「お前さんは獲物無しか?どうやって立ち向かう気だ」




「…我が拳に宿りし、12の鬼たちよ。我の前を塞ぐ愚かな者に闇と裁き、即ち死を与えん事を!」




マコの手に黒い炎が燃え上がる。

その炎は急速に大きくなり、建物全体を覆いつくさんばかりの勢いだ。




「超級・波動弾!」




マコは黒いレーザービームのようなものを撃つ。

これは己の奥底にある憎しみや恨みといった負の感情を糧に、波動砲として撃つ事ができる、非常に強力な技だ。黒い炎は通常の炎と異なり、非常に高温で、しかも憎しみや恨みが増せば増すほど、威力も比例して増大する。

この炎の熱量がグラントの皮膚より上回れば…。




「ケッ、ストーブよりぬるいぜ」




グラントは炎を浴びはしたが、なんとも無い顔をしていた。

それ以前に身体は少しも焼けておらず、皮膚は何事もないかのように綺麗なままだ。




「嘘…。そ、そんな…」




マコは後ずさりする。

信じられないという驚愕の表情に顔を染めていた。




「オレには武器も技も効かねぇ」




「きゃ!」




グラントは素早くマコを掴み取り、握り締める。




「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」




「いいぜ、もっと喚け!泣け、叫べ!」




マコを握り締めた手を思いっきり地面に叩きつけるグラント。

それを何度も何度も繰り返し、最後に全身全霊の力を込めて地面にマコごと叩きつけた。マコは頭と腹から出血し、気を失っていた。

恐らく、骨や内臓もタダでは済まないだろう。

全身全てと内臓器官全てが凶悪なダメージを負ったに違いない。





「なかなかやってくれるじゃないのさ…」




そこへ良子が立ち上がった。

まだ身体がフラフラで、刀を使って立ち上るだけで精一杯だ。




「ケッ、そんなフラついた身体で何ができる?安心しな、殺しはしねぇ。生きたまま生で食うのがオレ流なのさ」




「…食中毒になっても知らないわよ」




「生憎だが、胃袋だけは丈夫なんでね」




ギャハハと笑うグラント。

良子は肩で息を吐きながらも、ゼノンに向かって歩いていく。

速度は遅いが、それでも一歩一歩確実に歩いていく。




「ウチはね、アンタが思うほど心は綺麗じゃない。

礼菜と勝負したり、マコを口汚く罵ったこともある。

未だにクラスのみんなと馴染めてないし、一人の時のほうがいい時もある…。それでも、礼菜はウチを親友だと思ってくれている。マコはウチと友達になるのを諦めなかった。ウチは二人の心より、よっぽど汚いさ…」




良子は立ち止まり、グラントを睨みつける。




「けど、ウチは諦めない!礼菜を助けて、マコとお詫びのデートをして、稲美ちゃんにもっと普通の日常を教える。お前なんかに負けはしない!」




声を張り上げて叫ぶ良子。

その熱意は誰にも曲げられないほど、しっかりとしていた。




「なるほどな。だが、お前は本当にこいつらの親友か?」




「え…?」




「思い出してみろ。お前はこいつにどれだけ迷惑をかけた?お前はマコを口汚く罵った。周りに馴染んでみたらとアドバイスをくれた友達に罵詈雑言を浴びせ、平手打ちまでかました。最終的にお前は謝り、形式的には仲直りしたが…マコはどう思っているかな?」




「何だと…!?」




「マコはお前と仕方なくつるんでるだけで、実際はお前をお荷物としてしか見てないだろう。礼菜だって、他に友達を作れないからお前と一緒にいるだけだ」




「そ、そんなはずは…」




良子はマコと和解したつもりでいた。

だが、実際にはどうなんだろう。

マコが良子に気を使っているだけで、実際には良子の存在は重荷になっているのだろうか?礼菜は普段は自分の意見をあまり言わず、協調性も無い。

良子と1年一緒にいたからお互い気心はしれている。

けど、それも思い込みで実は礼菜に都合よく利用されているだけ?

ただ、話す相手が良子だけだから、良子に懐いている振りをしているんだろうか?




「お前は一人がいいくせに何故友達を求める?求めた友達に対して、どうしてあそこまで罵倒を浴びせることができる?お前は結局、自己中心的なんだよ。そして、苦労して助けに来た礼菜も…」




「礼菜が何?」




「お前は礼菜の何を知っている?」




「何を…」




だが、確かに良子は礼菜の過去についてはほとんど知らない。

礼菜自身話そうとしなかったし、良子はそれを無理に聞き出そうとはしなかったからだ。染井に礼菜の事を聞いても、彼女の事は拾ってきたと言っただけで詳しいことは教えてもらえなかった。




「礼菜はな、元々裕福な家庭に生まれ育った。両親と兄と暮らし、幸せな日々を過ごしていた。だがな、ある日悲劇が訪れる」




グラントは続ける。

その口調はどこか物語を語る語り部のようだ。




「父親が赴任先のインドから日本に帰国しようとしていたが、乱気流による飛行機事故で亡くなった。おかげで一家の収入はゼロに等しくなる。その後、母親がパートで働いて生計を立てようとしたが、無理がたたって身体を壊し、すぐに死んだ。礼菜達は親戚の家に住むようになったが、お世辞にもいい暮らしとは言えなかった」




「え…」




「そこを出て、他の親戚の家を色々廻ったが…どこも同じだった。誰も二人に優しくしなかった。どこでも冷遇されていたのさ。やがて、兄妹は誰も何も信じなくなった。その内、兄も失踪した、愛用のスカジャンだけを残してな。礼菜はほとんどホームレス同然だった。公園のゴミ箱を漁る毎日を送り、警察が来たら逃げ、コンビニや公園のトイレで用を足し、寒い日はデパートで時間を潰した。これが女子中学生の生活だと思えるか?」



「嘘…」



「本当の事さ。やがて、冬のある日。お前の師匠と礼菜は出会い、礼菜を不憫に思った師匠さんが自分の家に礼菜を連れ帰り、お前らは出会ったんだ」




「礼菜にそんな過去が…」




初めて聞く礼菜の過去に良子は衝撃を覚えていた。

普段、優しくて大人しい彼女にそんな過去があったなんて…。

両親の相次ぐ死、兄の疾走、ホームレス生活…。

いつも笑顔の彼女にそんな闇があったなんて…。

どうして、話してくれなかったんだろうか…。




「嘘じゃねぇ。オレは食う前に、食う奴の人生を全て見ているからな。美味い店の情報を雑誌やインターネットで調べるのと同じだよ」




「……」





「礼菜が前より明るくなったのはおまえの影響が大きいだろう。だが、お前は所詮都合がいいだけの親友だ。礼菜は話下手で、お前しか頼れる相手がいない。だが、それもいつまでもつかな?」





「…何が言いたい?」




「もう少ししたら、お前のことなんか忘れて、礼菜は独自のコミュニティを作るだろう。お前は、礼菜が求めているほどの友人なんかじゃない。単なる人間関係の練習相手…いや、それ以下なんだよ」




ギャハハハと笑うグラント。

その言葉に良子は何も言えなかった。

自分はお荷物なんだろうか。

邪魔なんだろうか。

けど、当てはまる点はある。

良子は二人を大の親友だと思っている。

だが、そう思っているのは良子だけなのだろうか?

二人にとって良子という存在はお荷物なんだろうか?




「勝手なことばかり言わないで!」




そこへ礼菜の声が響いた。




「良子は私にとってかけがえの無い親友よ!そりゃ、確かに至らない所もあるかもしれない。けど、良子のいい所もよく知ってる。私に初めて優しくしてくれたのは良子なんだから!第一、完璧な人間なんかいないわ!欠点があって当たり前よ。でもそんなの、直せばいいだけじゃない!私の親友を…恋人を悪く言わないで!!」




礼菜はそう言って十字架に縛り付けられた鎖を自ら断ち切った。




「私も同感。ケンカしたけど、私は諦めなかったし、だからこそ今がある!

それに私、嫌いな奴は徹底的に否定するわよ。好きだから、一緒に出かけたり、マグナムに行ったりすんのよ!嫌いな奴と出かけたりなんかしないわ!」




マコも立ち上がり、叫ぶように怒鳴る。




「人の過去を知ってるからって、甘く見ないで!

私達の友情はそんな甘っちょろいもんじゃないから!」




マコと礼菜は声をハモらせて言い切った。

良子はそんな二人の言葉がうれしかった。




「フン…。では、仲良くあの世に送ってやろう。全員まとめて俺の胃袋に入るがいい!」




「炎の矢!秘水の矢!」




そこに炎と水を纏った矢が何本も放たれる。

ゼノンの腹に矢は全て命中した。




「グッ!?」




「皆様、大丈夫ですか?」




姿を現したのは稲美だ。




「稲美ちゃん、どうしてここに…」




「飯田さんという方からお電話を頂きました。さあ、奴の身体を見てください」




「オレの身体にヒビが!?」




「一度に超高温な炎と超低温な水の矢を浴びせたんですもの。

普通はそうなりますわ。良子様、とどめを!」




「うらああああああああ!」




良子は駆け出し、跳躍。

そして、グラントをたたっ斬る。

ヒビが入ったものを砕くのは容易い。




「ぐあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」






グライトは断末魔の悲鳴を上げ、良子によって真っ二つに粉砕された。














「ふう。なんとか終わったわね」




良子達はホテルの部屋へと戻ってきていた。




「はい、これで治療完了です」




「ありがと、稲美さん。いや~マジで死ぬと思ったわ」




タハハと笑うマコ。

みんなの怪我は何とか稲美が例の治療術で治してくれた。

病院では謹慎中だとバレてしまう。

その為、稲美の治療術に頼らざるを得なかった。




「あのさ、みんな…」




良子は少し口ごもる。




「ウチの事…嫌い?」




「んな訳ないでしょ」




マコが良子の頭をポンポンと優しく叩く。




「確かに怒鳴らた時は悲しかったけど、でも、仲直りしたんだからいいじゃない」




マコは優しく微笑んだ。

その優しい微笑みは、良子の心を癒してくれた。




「私は何があっても、良子の親友だし、恋人だから…。

あんな奴の言葉なんて、絶対に真に受けないでね」




「もちろんだよ、礼菜」




そして、抱き合う良子と礼菜。




「…ウチさ、まだまだだよね」




「え?」




「みんなみたいに、ウチはいい奴じやない。思った事はズバズバ言うし、嫌いな事はどう考えても嫌いで、好きになれない」




「良子…」




「でも、そういうの変えてみようと思う。ウチの考えや人生観だけが正しい訳じゃないから。色々頑張ってみるよ」




「まずは周りのみんなと仲良くなる事ね」




「うん」




マコの言葉に頷く良子。




「良子、私すごく嬉しいよ」





マコは良子に抱きついた。





「ああ、ズルい!私も」




「あんたはさっきしたでしょ」




礼菜が抱きつこうとしたが、マコに頭を手で押さえられた。




「私も混ぜて下さ~い」




何故か稲美まで乱入してくる。

みんな笑顔だった。

そんな中にいる自分はなんて幸せ者なんだろう。

みんなといるだけで楽しくて、嬉しくて、心が温かい。

これからは、その楽しさを他の人とも味わいたい。

人間関係とか団体行動とか、まだまだ苦手だけど、頑張る。

まずは周りの子と仲良くしてみよう。

そして、誰か一人友達を作ってみよう。

良子は密かにそう決意していた。





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