第4話「学園」

朝日が目に染みる。

薄く目を開けると、辺りは既に明るかった。

身体が重い…。




「…もう朝?」




「お昼ですよ、先生」




振り向くと、すぐ傍に見飽きるぐらい付き合いの長い少女がいた。

少女は鼻歌を交えながら、嬉しそうにポットにお茶を注ぐ。




「先生の大好きな粗茶です。お目覚めにはよく効きますよ」




「…ありがとう、ターシャ。今何時?」




私はターシャからお茶を貰い、ゆっくりと飲む。

私が飲みやすいよう温度も調整されていて、とても飲みやすい。




「お昼の12時です。今日は随分お寝坊さんですね」




くすくすと笑みを零すターシャ。

彼女の笑顔は相変わらず可愛い。

そう思っていた時、身体が勝手に動いていた。

私はただ彼女を抱きしめた。




「…先生」




息遣いが荒くなるのを感じる。

彼女の鼓動が、身体の柔らかさが、私を包み込む。

彼女は何も言わず、そっと私を抱き返す。

それが私に安らぎと至福を与えてくれる。

恐らく、彼女も同じ気持ちを感じているだろう。

でも、頭の中ではひどく現実的だった。

男のように気持ちだけに溺れたりしないのは女故の性だ。

いっそ、溺れればどれだけ楽だろうか。

だが、現実はそれを許してくれない。




「…ターシャ。俄瑠がるを投入しなさい」




「良子さん達にですか?」




「そうしなければ覚醒は進まないわ。我々の計画も遅れる」




「…了解しました。でも、良子さんは先生の…」




そこで口ごもるターシャ。

私は彼女の髪を優しく撫でる。

彼女は優しい。

わざと口に出さなかったのだろう。

私は優しく彼女の頭を撫でた。

それにうっとりと目を細ませるターシャ。

いつ見ても美しく、飽きの来ない顔だ。

私だけが知っている彼女の素顔。




「わかっているわ。でも、大願を叶えるためには致し方ないことよ」




その為にはなんでも利用する。

そうするしかないのだ。




「先生…」




不安げな瞳が私を見つめる。

いじらしく、儚い蒼い瞳。

線の細い身体に豊かな胸。

そのどれもが彼女を格調高くしている。

特にその瞳は繊細で美しく、芸術的で、透き通るような美しさだ。

まるで私の心の奥底まで覗かれそうな…そんな気さえしてしまう。




「…でも、今は楽しみましょう。さあ、あなたの可愛い声を聴かせてちょうだい」




「はい、先生のためなら…」




黒の髪が布団の上に広がる。

何度もしてきた事なのに、彼女は未だに顔を赤らめる。

まだ恥ずかしいようだ。

そんな彼女を私は可愛いと素直に思う。

彼女の喘ぐ声が無性に聴きたくなった。

私たちはそのまま事を始める。

乱暴にせず、ゆっくりと壊れ物を扱うかのように優しく行為を進め、快楽に溺れていく二人。けれど、瞼の裏には良子ちゃんの姿があった。

エビフライとハンバーグが好きだと言っていたのが脳内でフラッシュバックする。

狂ったビデオテープの如く、そのシーンだけが何度も再生される。

彼女の声も、風の音や匂い、景色すらも克明に再現されていく。

私はそれを振り切って行為に没頭した…。







次の日の朝。

荒覇吐学園・学園長室。

良子、マコ、礼菜の三人は学園長室へ来ていた。

勿論、昨日のカラオケ事件についての報告だ。




「…そう。佐倉ちゃんに会ったのね」




伊織はなるほどと相槌をした。




「学園長、なんで内閣府が?ウチ、そこん所の事情がよくわかんないんですけど」




「この学校はね、内閣府の援助で成り立ってるのよ。表向きは学園だけど、実際は妖魔を倒すために創設された学園なの。ま、妖魔を倒すための下請け業者ってところね」




「下請け業者ですか…それなら直接、内閣府なり、警察とか自衛隊がやればいいのに」



「化物退治はどこも管轄外よ。第一、あいつらに近代兵器は効かない。それにこの学園は明治時代から妖魔を倒してきた歴史があるの。でも、経営難が続いていた。今では内閣府の援助なしではやっていけないの。そういう弱みもあるからね…利害が一致した関係というやつよ」




学園長はため息をついた。

疲れと苦労が滲み出ている。

相当お疲れのようだ。





「ちなみに私も妖魔を倒す家柄の娘でね。妖魔と戦うことができる才能を持った者を見抜くことができるのよ。私自身は戦えないけど、誰が戦えるかは見ればわかるの」




「…なるほど。大体わかりましたけど、戦うメンバーはウチらだけですか?他の下級生とか上級生とかは?」




「みんな地方遠征させているわ。都会よりも田舎の方が妖魔が多いからね」




「んじゃ、教官とかは?」




「それも地方遠征。猫の手も借りたいぐらい妖魔がいるってのに、人材が少なすぎるのよ。ホント、良子さんが来てくれて助かったわ。前はマコちゃんと礼奈さんだけだったからね。最初は喧嘩もしてたっぽいけど、今はだいぶいい感じね」




翡翠がマコと礼奈のふたりを見比べる。

二人は少し照れながらも薄く笑みを浮かべる。




「はは、そんなこともありましたね。ホント、礼菜とはよくケンカした。殴られたこともあったけ」




「…うん。あの時はごめんね」




申し訳なさそうに頭を下げる礼菜。

だが、マコは首を横に振る。




「もういいわよ、昔の事だし。今じゃいい思い出でしょ?」




「…ありがと、マコ」




「……」




少しつまらない良子。ちょっぴり嫉妬してしまう。

二人の時間を良子は知らない。




「つまり、この東京で戦えるのは良子さん達だけよ。荒覇吐学園・妖魔特別班として今後も頑張りなさい」




「わかりました」




三人は揃って頷いた。

その時、チャイムの音が鳴り響いた。




「あ、一時間目始まっちゃうわ」




「妖魔退治もそうだけど、あなた達はSPコースなんだから勉強も大事よ。

頑張ってね。それじゃ行ってよし」




「失礼しましたー」




三人はそれぞれ挨拶を済ませるとすかさず廊下をダッシュした。




「…嫌な血筋ね。年端もいかない少女達を戦場に送り出すなんて」




伊織は煙草に火をつけた。

紫煙が宙に舞う。




「…ま、仕方のないことよね」




そのまま頭で何かを考えつつ、伊織は煙草を燻らせていた。







「で、あるからしてこの数式は…」




つまらない授業が続く。

どうして授業ってこんなにつまんないだろう。

机に向かい、ひたすらノートに写す。

たまに挙手して発言したり…面倒くさい。

毎日、毎日、拷問のようである。

せめてもう少し面白い授業をするとか工夫できないのかな…。

あー、めんどくさ…。

良子は授業に身が入らなかった。

つまんないし、めんどくさいし、数式とか方程式とかわけわかんない。

んなもん、実生活で使うかっつーの。

数式よりも明日のスーパーの特売品の方が大事だっつーの。

良子は机に突っ伏して窓を見ながら、ボーとしていた。

あー、ダルいなあ。

外には平和が広がっているのになぁ…。

ポカポカしてて良い陽気だし、抜けるような青空なのにね…。

つまんないといえば、このクラス。

どいつもこいつも好きになれそうにない。

前の学校もつまらなかったが、ここはもっとつまらない。

有象無象な連中。

飽きるくらい、前の学校の連中と変わらない。

異性の話、服の話、食事の話、遊びの話…。

そんな似たり寄ったりの会話を毎日して何が楽しいんだろう。

どいつもこいつもバカで、汚くて、鬱陶しい。

ホント、つまんないね、全く…。

友達がいなきゃ、転校なんて絶対嫌だわ。

そんな事を考えている内にチャイムが鳴り響いた。

ノートは真っ白のままだった。




「では、続きは明日。ちゃんと復習しておくように」




お決まりの台詞を残して出て行く教師。

復習なんか誰がするもんか。

それからもつまらない授業が続く。

しばらくして、ようやく昼休みになった。




「良子、お昼食べましょ」




マコが嬉しそうに誘ってきた。




「ん。じゃ、屋上にしましょ」




「私も行く。行きましょ」




礼菜も加わり、三人は屋上に行くことにした。

荒覇吐には学食と購買がある。

学食は安い値段で人気だし、購買もそれなりにおいしいパンやサンドイッチがある。

頭も体も成長真っ只中でいつも腹ペコの高校生にとっては切っても切れない場所だろう。ただ、その分需要も大きい。

どこの学校でもそうかもしれないが、昼休みの学食や購買はまさに戦場だ。

奪い合い、押しのけ合い、パンや飲み物をゲットするのは至難を極める。

そして、その戦場の勝者だけが食料を得ることができる。

故に人口密度は物凄く高い。

そんな場所を良子は嫌っていた。

良子は人が大勢いる所はあまり好きではない。

それはマコと礼菜も同じだった。

そこで屋上を使用することにしたのだ。




「うーん、いい空だねぇ」




屋上の扉を開けると、風が入ってくる。

そして、抜けるような青空が広がっていた。

三人はドアを閉めて適当に座った。

他の誰かが入ってこれないように鍵をかけておく。




「みんな、今日のお昼は何なの?」




マコが質問する。




「ウチは弁当。モチ手作り♪」




「私は寮を出るときにコンビニでお弁当買ってきたわ」




「え…コンビニ弁当なの礼菜?」




良子が耳を疑い、再度確かめる。




「そうだけど…」




「ダメだよ、コンビニなんて!栄養偏るし、値段高いし!そんなんじゃ礼菜死んじゃう!」




「そんなオーバーな…。私、家事とか苦手だし…」




礼菜は苦笑を浮かべつつ、驚きまくる良子をなだめる。




「よし、じゃあ明日から礼菜のお弁当も作ってあげる。

この良子様が腕によりをかけて美味しいお弁当をつくってあげるわ!」




「いいの?」




「当たり前よ。親友じゃない!」




「ありがとう良子」




「いいってことよ!」




二人はぎゅっと抱き合った。




「‥相変わらず仲良しさんね。そんなんじゃ勘違いされるかもよ?」




マコが苦笑いしつつ言う。

だが、良子は首を横に振る。




「女の子同士だし、別にフツーしょ?つーか、礼菜可愛いし、優しいし、守ってあげたくなるタイプだもん」




礼菜を愛しそうに抱きしめ語る良子。

まるで大好きな人形のように強く抱きしめ、尚且つ礼菜の頭を優しく撫でている。

礼菜は照れているものの、満更でもなさそうだ。




「ありがと良子。私も良子といると安心するわ」




満面の笑みを浮かべて礼菜はお礼を言う。




「礼菜…可愛い!」




良子は感激したのか、更に強く礼菜を抱きしめた。

照れているものの、やっぱり嬉しそうな礼菜。

マコはそんな二人を微笑ましく感じていた。




「どしたの、マコ。ずーとウチ達の事見て。ははーん…さてはマコも抱きしめられたいのね。ね、そうなんでしょ?」




「結構よ。それよりさ、良子」




「ん?」




「…もう少しクラスのみんなと仲良くしたら?」




「…どうして?」




急に空気が重くなるのを誰もが感じた。

だが、あえてマコは話を続けた。




「あんまり言いたくないんだけど…みんな良子の事怖がってるわ。

中にはあなたの事を嫌ってる人もいる」




「んなの放っとけばいいじゃん」




あっけらかんと気楽そうに言う良子だが、マコの表情は真剣だった。




「…あたし、良子はすごくいい奴だって思ってるわ。

でもさ、そんな友達が誰かに悪口言われてたら…辛いの」




「それで?」




「良子だって、礼菜の悪口を誰かが言っていたら不愉快でしょ?それと同じよ」




「…まあ確かにね」




「最近よく、トイレとかで聞くの。良子が怖いって。みんな結構、陰口叩いてるみたい。あたし、そういうのって許せない。人の愚痴とか悪口言うの大嫌い!」




マコは大声できっぱりと拒絶を示した。




「…けどさ、それって良子にも原因があると思うの」




「は?ウチに原因?」




良子は少々尖ったイントネーションで言葉を発した。

楽しいランチタイムに冷たく重い空気が圧し掛かる。

それでもマコは続ける。




「みんな良子を誤解してる。けど、良子だってみんなを誤解してる。

少しずつでもいいから歩み寄らないと、このままじゃ誤解されっぱなしだよ?」




「どうでもいいじゃん、そんなの」




「そんなこと言わず、よく聞いて。確かに良い奴もいれば悪い奴もいると思うけど…。付き合う前から否定して決め付けるのは寂しい事だと思うの」




「…だから何?」




「みんなと仲良くなってほしい」




マコは切実な想いを訴えた。

良子は基本、一匹狼で礼菜以外はほとんど眼中にない。

多くの女子は何らかのグループの一人になり、友達やとりあえず話せる相手を作り、一人ハブられる事がないようにする。

ハブられれば存在自体を無視され、一人ぼっちになってしまうからだ。

女性は他者との繋がりを男性以上に重んじ、重要に考える生き物である。

だが、良子はその真逆で輪の中に溶け込むことを毛嫌いしている。

マコは良子に礼菜以外にも友達をたくさん作って欲しいと純粋に考えていた。




「みんなが誤解したままなのも、良子が誤解したままなのも、あたしは嫌なのよ」




「んなの知ったこっちゃないね。放っときゃいいじゃん。

ウチの人間関係はウチが決めればいいことでしょ。マコには関係ない!」




「で、でも…」




「…うっさいわね。ウチは自分が信じた人しか信じないの!

有象無象の奴らに溶け込んで一体何が楽しいの?

ヘラヘラ愛想笑いして、話合わせて、つまんない話に相槌打って…。

そんなののどこが楽しいのよ!」




良子はマコに怒鳴り散らした。

マコは思わず目をつぶる。




「誰がどう言おうとウチは信念を変えるつもりはないわ。いい加減お節介なのよ、マコは!」




「良子…」




「ウチはウチが信じた人しか信じない。

大勢の友達よりも、本当に信頼できる友達の方が何倍も大切なのよ!」




「じゃあ私は?良子の悪口ばかり聞く私はどうなるのよ!

結構辛いのよ?だからって殴るわけにもいかないし…」




目を背けずハッキリ言うマコに良子は物凄く腹が立った。




「ウチはあんな連中信じない。お節介なんてまっぴらゴメンよ!」




乾いた音が響いた。




「…っ」




マコの頬が赤く腫れていた。

良子がマコに平手打ちをしたのだ。




「ウチの事はもう放っておいて!」




良子はそう吐き捨てると、ドアを叩き閉めて出て行った。




「…良子」




マコは頬に手を当てていた。

思いきりやったらしく、マコの頬は赤く腫れていた。

その上に涙が通っていた。




「……っ」




「マコ…」




礼菜はそっとマコを抱きしめた。




「…なんで?なんでわかってくれないのよ。

あたしはあんたが大好きだから言ってるのに…どうしてよ…」




「……」




礼菜は何も言わず、ただマコを抱きしめる。




「……友達の悪口を言われて嬉しい奴なんかいない。わたしは誰かの悪口を言うのも聞くのも嫌なだけなのよ。なのに、どうして?どうして…」




「……」




こんなとき、なんと言えばいいのかわからない。

ただ礼菜はマコを抱きしめるしかできなかった。

マコはわんわんと大声で泣き叫んでいた。

何度も何度も良子の名前を呼び、心に思いながら。






放課後。

時刻は午後5時を周った所だ。

良子は府中の森公園に来ていた。

ここは東京都府中市にある都立公園で、元々は旧米軍府中基地だった。

その跡地を利用して1991年(平成3年)6月1日に開園したのが「府中の森公園」だ。

武蔵野の森・丘・川が表現された緑溢れるファミリースポーツ公園として市民の憩いの場となっている。園内にはモニュメント、展望広場の他、芝生広場や遊具広場など様々な施設がある。ドラマのロケ地として使われることも度々ある、とても綺麗な公園だ。良子は公園から少し進んだ先にあるベンチに座った。




「良いところだね、ここは」




ここに来るのは初めてだった。

しかし、刑事ドラマなんかで場所的にはよく知っていた。

良子は刑事モノも大好きで「はぐれ刑事純情派」や「はみだし刑事」「あぶない刑事」などもよく視聴していた過去がある。

前々から東京に来たら一度は来てみたいと思っていた場所だ。

4月のこの時期、園内には無数の桜が咲いている。

花見客も多く、サラリーマンやOL達がわいわいと盛り上がっている。

だが、人のいる場所から少し離れたこのベンチはその喧騒も遠く聞こえる。

良子はベンチに座り、持ってきたギターケースを開け、ギターを取り出した。




「こっちでコイツをやるのは初めてね」




良子はそう思いつつも、ギターを奏でた。

爽やかで綺麗だが、重さのある音色が鳴り響く。

良子は中学校の時にギターを始めた。

深夜にやってた映画でギターを弾く主人公がいるのだが、そいつをカッコいいと思ったのがきっかけだ。ネットの通販で13万という、中学生には破格な値段のそれを良子はバイト代のほとんどをつぎ込んで買った。買ってからはギターの教本を読んだり、ネットの演奏動画などを参考にして良子は独学で覚えていった。教室で教えてもらうのは高くつくし、周りに詳しい人間がいなかったので独学の道を選んだのだ。

以来、辛いことや悲しいこと、ムカつく事などがあると良子はギターを弾いた。

人前で弾くことはないが、大阪に住んでいた時も暇なときは家や公園で弾いていた。

弾いている時はいい。

何も考えず、ただ弾くことに集中していればいいのだ。

余計なことを考える必要はない。




「…ウチは一人の方がいい。その方が気楽さ」




良子は自嘲気味に笑いながら、ギターを奏でた。

そう、一人の方がいい。

けれど、浮かんでくるのはマコの事だった。

良子はそれを振り切って、演奏に没頭していった。

嫌な事を早く忘れようと何度も何度もギターを弾いた。

周りが夜の帳に老けるまでずっとずっと、ギターを弾いていた…。








同時刻。

マコは一人バッティングセンターに来ていた。

バッドを構え、目をボールだけに集中する。

剛速球の球が眼前に迫ってくる。




「でやああああ!」




快活な音が鳴り響く。

160キロの球をマコは気合いを込めてバッドで打ち飛ばした。




「うるあああああ!」




再び快活な音が鳴り響く。

マコはその調子で160キロの豪速球を次々と打ち飛ばしていく。

その凄さにギャラリーが「あの子スゲー」と沸いている。

だが、そんな事気にも留めず、マコはただ一心不乱に打ち飛ばしていく。

このバッティングセンターはマコのお気に入りで、学校からも近い場所にある。

値段も安く、高校生にも人気のスポットだ。

マコはストレスが溜まると、このバッティングセンターに来ては打ちまくる。

彼女は別に良子の事でムカついている訳ではない。

今日の放課後、女子トイレで良子の陰口を再び聞いたからだ。




「剣さんって付き合い悪いよねー」


「マコはなんであんな奴と関わってんのかしら?」


「あたし怖いから近寄りたくないな~」




キャハハハとバカ笑いしながら、良子の悪口で盛り上がるクラスメート達。

マコはその時個室にいた。

手洗い場でバカ笑しながら良子の悪口を言う連中にマコはただ耐えるしかなかった。

本当なら個室を出て、バカ笑いしてる奴等を殴り飛ばしたい。

殴って殴って、あいつはそんな奴じゃないって怒鳴ってやりたい!

だが、そんな事をしても何も解決しない、かえって悪化するだけだ。

辛いが我慢するしかない…。

マコは握りしめた拳をただ抑えつけるしかなかった。

女子達がトイレを出てから、マコは個室の壁を思いっきり殴り飛ばした。

壁は音を立てて崩れ落ちた。

拳からは血が流れ、痛く、若干の痺れも感じた。

けれど、怒りは消えなかった。

ますます膨れ上がっていくだけだった。

保健室へ行ったが、保健の先生がいなかった。

勝手に包帯を借りて使い、そのままバッティングセンターに来たのだ。




「はぁはぁ…」




汗を拭うマコ。

彼女は既に100発は打ち飛ばしていた。

額の汗を拭う。

汗びっしょりだ。

シャツがべっとりとしていて気持ち悪い。

手が痛いのを無理して打ちまくったので、痛みと痺れが更に悪化していた。




「…っ。ちょっと休憩しょ」




バッティングセンターの外に出た。

入り口の近くにある自販機でコーラを買い、一気にガブ飲みするマコ。

炭酸とストレスを同時に飲み込む。




「……ふう」




コーラを飲み終え、ゴミ箱に捨てる。

携帯電話を開くが、特に着信はなかった。

メールは3件ほどあり、良子のものかと少し期待したが、残念ながらどれもメールマガジンだった。良子からの着信およびメールは一切無かった。

念の為、センターに問い合わせしても「新着メールはありません」と返ってきた。

アドレス帳を開くと、そこに剣良子の名前がそこにあった。

通話ボタンを押そうとしたが…。




「やめとこ…」




携帯を閉じ、ポケットにしまった。

放課後にダメ元で良子に電話してみたものの、やはり繋がらなかった。

恐らく無視しているのだろう。

マコはため息をついた。

良子はまだクラスに馴染めていない。

転校生だからそれは仕方ない部分もある。

たが、普通に会話したり、友達を作ったりして、クラスの温度さや周りの事を知っていくものだろう。だが、良子は誰も彼も友達になる前から否定し、変な奴等だと決めつけて一切関わろうとしない。だけど、友達と思った人間にはとても優しく、明るい子だ。根は決して悪い子じゃない。

言ってしまえば極端なのである。

友達には優しいが、そうでない人間には冷たい。

今時はそれが普通かも知れないが、良子は少し違う。

何かきっかけが無ければ、良子は他人を理解しようとしないのだ。

別にみんなと特別仲良くならなくてもいい。

気が合うなら仲良くなればいいし、合わないなら距離を置けばいいだろう。

どちらでもないなら、ごく普通に接する程度でいいと思う。

だが、それすら良子は拒む…。

どうして良子はそこまで周囲を拒むのだろうか。

人間嫌いだから?

でも、それなら礼菜だって拒むはず…。

何故、極端なのだろうか。

何か理由があるのか?




「…ちょっと億劫だけど、かけてみるか」




マコは気だるい気持ちを押し殺して電話した。




良子の一番の親友、礼菜に。








10分後、マコは喫茶店「楓」(かえで)に来ていた。

ここはよくマコと礼菜が利用する喫茶店で、学校からも近い。

コーヒーが絶品の店で老若男女問わず人気がある。

個人店だが、雑誌にも紹介されるほどの有名店だ。

マコは窓側の席でコーヒーを飲んでいると、礼菜がやってきた。




「こんちは」




「よっす」




「ここ来るの久しぶりだわ」




礼菜はそう言うと、マコと向かい合わせの席に座り、コーヒーを頼んだ。

マコも同じ物を頼んだ。




「で、どうしたの?」




「…良子はどうしてる?」




マコの言葉に礼菜は少し俯く。




「…わかんない。放課後すぐ帰ったみたい」




空気が重くなるのを感じる。




「……そう」




マコはため息をつく。




「良子はちょっと意固地だからね。そっとしてあげようよ」




礼菜はやんわりと言う。けれど、マコは首を横に振る。




「あいつの悪口をまた聞いたわ。ムカついてトイレの壁、ぶっ壊してきた」




苦笑しながらマコは手の包帯に巻かれた傷を勲章のように見せる。




「また?もう、マコってばすぐ物に当たるんだから…」




呆れ顔でため息をつく礼菜。

実はマコは過去にもトイレの壁を壊した事があり、かなり常習犯なのだ。




「たはは、ゴメンゴメン」




マコは苦笑いしつつ謝った。




「…アイツはいい奴よ。そりゃどんないい奴でも陰口叩かれるけどさ、良子次第でそれは変わると思う。クールすぎんのよ、良子は」




「…仕方ないよ。それが良子なんだし。マコとは違うのよ」




「違うってどういう意味?」




「マコは拳法の道場で門下生の人達と生活してきたんでしょ?けれど、良子は一人だから…」




「それ前にも言ってたわね。詳しく聞かせて」




「うん。良子は元々、先生と一緒に京都の山奥で育った。本当の親は蒸発して、13年ずっと修行を続けてきたの。学校と修行の板挟みは相当なストレスだったと思う」




礼菜は良子の師匠である染井を先生と呼び、慕っている。




「どんな修行をしてたの?」




「確か…幼稚園の時、早朝から山を一人で降りて、それから幼稚園に向かったそうよ。もちろん、帰りは山を登ったのよ」




「はあ!?幼稚園児にそんな過酷なトレーニングを?

行き帰り、山を登り降りしたの?」




「うん。先生の小屋が山の頂上にあって、そこから麓まで降りたの。3時間かかったそうよ。それを幼稚園~小学校6年まで毎日続けたんだとか」




幼稚園~小学校6年まで毎日、山の頂上から麓まで降りて学校に向かった?

帰りは再び山に登った?

行きも帰りも山を上り、片道で3時間なら、往復で6時間・・・。

大人ですらヘトヘトになるほどの事を幼稚園からやっていた!?

幾ら何でもハード過ぎる!




「良子は3歳の時、実の母親から先生に預けられて、それ以来はずっと過酷な修行の毎日だったの。誰にも甘えられなかったし、甘えなかったんだ。良子は負けん気が強いからね…」




「……」




「良子はそのせいで人より強くなったけど、誰かと関わる事を基本好まないの。良子からすれば、普通に親がいて何不自由なく暮らす人だと合わないのよ、フィーリングがね。荒覇吐への転校だって先生が無理矢理やったからね…」




「それはそうだけど…」




マコは口ごもる。

確かにその話を聞くと仕方がない気もするが…。




「マコ、普通そんな状況になったら誰だってストレス溜まるし、人付き合いする余裕だって無いわ。良子だって一人の人間なのよ?」




「……」




「マコの言う、みんなと仲良くしようって話は正論かもしれない。

けどさ、少しは良子の事を考えてあげて。学校ぐらい自由にさせてあげようよ」




「で、でも・・・」




「別にさ、みんなと仲良くなくても先生に怒られる訳じゃない。

妖魔退治とテストの点さえ悪くなければいいんだし…。

まだこっち来てそんな経ってないし戸惑っている部分もあると思うの。

だから…」




確かに礼菜の言う事も一理ある。

だが・・・。




「…でも、それじゃ何も変わらないわ」




「マコ…」




「礼菜の言いたい事もわかる。私だって荒覇吐なんかより、志望校に行きたかったわ」




家庭の金銭的な事情がなければ、荒覇吐になんか来なかった。

最初に考えていた志望校にマコはどうしても行きたかった。

荒覇吐学園に入学すれば学費を無料にすると言われ、祖父の道場の経営難もあり、仕方なく荒覇吐に行くしかなかったのだ。




「ならさ…」




「でも、今は毎日結構楽しい。礼菜や良子にだって会えた。私はここに来たことを後悔してない。良子アイツにもそう思わせてあげたいの。今が楽しければ、過去は必ずついてくる。けど、今の環境を楽しいって思うには努力だって必要よ」




最初から楽しい場所など、どこにもない。

その場所を自分が居て一番楽しいと思うには努力しなければならない。

その努力が報われた時、そこは自分にとって掛け替えのない場所になる。




「…マコ」




「アイツからしたらお節介かもしんないけど。私も最初は学校がつまんなかったわ。けど、礼菜に会えたから、楽しくなった」




「えっ…?」




礼菜は驚きの眼差しでマコを見る。




「礼菜はいつも私に優しかった。一緒にいて楽しいわ。ケンカもしたけど、今はそれもいい思い出よ」




マコは笑顔で答える。そんな彼女が礼菜には眩しく見えた。




「…マコ」




「今度は私の番よ。私がアイツをここに来て良かったなって思わせてあげたい。だから、叩かれようが蹴られようが、お節介だって言われようが…私は頑張る」




マコの瞳はまっすぐだった。

邪念が無く、綺麗でまっすぐな決意の瞳をしていた。

礼菜はマコのそういう所が好きだ。

友達になったきっかけもそれだった。




「私が感じた寂しい気持ちをアイツにさせたくない。だから、礼菜も応援して欲しい」




「わかったわ」




礼菜は頷く。




「府中の森公園」




「え?」




「良子は多分、府中の森公園にいるよ。最近よくそこに行きたいって行ってたし」




マコは頷く。




「悪いけど、払っといて」




マコは500円をテーブルに置くと全力疾走で店を出た。




「ホント、まっすぐね。私とは大違いだわ」




マコの軌跡を見つつ、礼菜はくすくすと笑みを浮かべる。




「……でも、マコだからできるんでしょうね。私にはできないや」




窓の外を見た。辺りはすっかり夜になってた。




「…神様。どうかマコと良子が仲直りできますように」




礼菜は星のない空を見上げながら、そう祈った。









マコは府中の森公園についた。

楓からは20分程度かかったものの、到着できた。

服が汗ばんできていてるので、すぐに着替えたいし、お風呂にも入りたいが…。

今は良子を探すことが優先なので我慢する。



「…ここに良子が。広いけど、頑張って探さなくっちゃ」




マコは早速思いつく限りの場所を探してみる。

夜になっているからもう帰ったかもしれないと若干思うが、それでも探してみる。




「あの、すいません!」




「はい?」




通行人にも話しかけ、良子の事を尋ねてみるが、知らないの一言で済まされる。

マコはそれでも諦めずに探した。

時間はどんどん遅くなり、夜は更に深まっていく。

辺りにいる人もほとんどいなくなった。

携帯を確認すると、探してから2時間も経過していた。




「こんなに探してもいないなんて…流石に帰ったかしら?」




そう思うとドッと疲れが出てくる。

仕方ない帰るかな…。

そう思った時だった。




「ん?」




どこからか、ギターの音色が聴こえてきた。

優しいが、どこか淋しいげな音色だ。

公園で演奏なんて別に珍しくないが…なんとなく、マコは気になった。

耳を頼りにそのギターの音色のする場所へ向かう。

歩いていくと、そこは人気のない森の中だった。

ベンチに座り、ギターを熱心に弾く良子がそこにいた。




「素敵な曲ね」




「………」




マコの声に良子は弾く手を止めた。




「何て曲?」




「…オリジナル。タイトルとかは別にない。気分で作った即興」




気だるく言う良子。




「良子ギターが得意なのね、知らなかったわ。なかなか上手じゃない」




それは本音だった。

良子の曲は素人のマコが聞いても素敵で、どこか惹き付けられるものがある。




「…独学だけどね。つか、そんな世間話しに来たんじゃないでしょ。

何でここがわかったの?アンタを忘れようと弾いてたのに」





「ふふ、嫌味な台詞どうも」




少々心がチクリとするが、それを無視してマコは笑顔を浮かべる。

良子はそれに腹が立ち、ムッとした顔でマコを睨みつける。




「さっさと帰って。アンタの顔なんか見たくもない」




良子は顔を背けた。




「良子、毎日つまんないでしょ?」




「まあね」




「毎日つまんなくて退屈で、下らない連中ばっかの学校生活は最悪。楽しくも何ともない…私も初めはそうだった。前にも話したけど、私は行きたい学校があった。でも、家の事情で別ん所になった。正直、辛かったわ。けど、礼菜に会った。アンタにも会えた。行きたい学校には行けなかったけど、毎日結構楽しいよ。私はそれでもいいかなって思ってる。できれば、アンタにもそうなって欲しい」




「……そう」




「アンタからすれば、みんな下らない連中でつまんない会話ばっか毎日してるかもしれない。でもさ、それって私達もしてる事なのよ。他人の会話はそう聞こえるかもしんないけど、私達だって似たようなお喋りしかしてないわよ?」




「……で?」




「私らは妖魔退治やってるけど、それ以外はみんな同じ人間よ。

人それぞれ色々なタイプがいるかもしれないけど、仲良くなれる人もきっといるわ。だから…」




「だから?」




「今がつまんなかったら、今を楽しくするにはどうしたらいいか考えて。答えが見つかったら失敗を恐れずに努力して。最悪な気分のままじゃ、どこにいったって最悪な場所よ。楽しいと思いたいなら、努力するしかない。私は良子の友達よ。アンタが努力するなら協力するし、応援だってするわよ」




ウインク一つ溢して言うマコ。

良子は何も言わずに黙ってマコの言葉を聞いている。

無視はしていないようだと判断したマコは言葉を選びつつ、続ける。




「みんなと仲良くなるのもその一環。けど、無理にみんなと仲良くならなくていい。マイペースでもいいから、少しずつ歩み寄って行こう?良子いい奴だから、あなたを好きになる人もきっといるわ」




「…ホント、バカがつくぐらいお人好しね」




「よく言われるわ、それ。部活の後輩とか特にね」




「でもね」




良子は力強く言う。




「ウチはみんなとは違う。ウチは3歳の時に師匠に預けられた。

お母さんは蒸発し、父親なんて知らないわ。甘えた事なんかなかった。

ストレス解消は夜中にこっそり泣くことだけだった…」




遠い瞳をする良子。

マコは口を挟まず、彼女の言葉を聞く。



「毎日毎日、修行漬けだった。ウチの苦労があんたにわかる?のうのうとごく普通の生活をしてきたアンタやみんなに!」




怒りの瞳でマコを睨み付ける良子。

しかし、マコは微動だにしない。




「‥・良子、生きていればみんなそれなりに苦労するわ。

アンタも大変だったかもしれないけど、アンタだけが大変だった訳じゃないのよ」




マコは良子の隣に座り、良子を睨みつける。

真剣な瞳は良子だけを捉え、見据えていた。




「…私も親がいないわ。自殺したのよ」




「えっ?」




「父親が事業に失敗してね…。父と母は車の中で練炭自殺したの。

赤ん坊だった私と弟はその車にいたけど、何とか助けだされたの。

けれど、両親は助からなかった…」




「その後、おじいちゃんに預けられたの。でも幼い頃、私は身体が弱くてね。ずっと入退院を繰り返してたわ。8歳からおじいちゃんの武道を始めて、私も修行漬けの日々だった。おじいちゃん厳しいし、すぐ怒るし…」




あの頃は大変だったわと苦笑するマコ。

良子は黙って聞いていた。




「アンタはいいじゃない。蒸発しててもご両親はどこかで生きてるんでしょ?私はもうどっちもいないんだから。会いたくても会えないわ。次に会うときは死んだ時よ」




嫌味ではなく、素直にそう思うマコ。

会えはしなくても、この空の下に生きているのだ。

それはまだ幸せなことなのかもしれない。




「…そうかもね」




「つまり、心の傷は誰にもわからないって事。有象無象ってひとくくりにしないで、みんなの事を知っていこうよ。友達が増えれば毎日楽しいわよ」




「マコは友達作ったの?」




「ええ。道場の先輩や後輩、部活の先輩や後輩達。文通相手もそうね。いっぱい作ったわ」




嬉しそうに微笑むマコ。今までできた友人達を思い出しているんだろうか。




「もちろん、礼菜や良子だって私の友達よ」




「ふーん、友達ねぇ…」




良子は腕組みして数秒考えた。

もう先ほどの剣呑な雰囲気は無くなっていた。

言いたいことは全部言えたかなとマコは安堵した。



「じゃあさ、マコ」




「ん?」




「ウチとキスして」




「えっ…」




その台詞に少し退くマコ。




「友達の頼みじゃん。聞けないの?」




「…だって、そ、その…け、ケンカ中でしょ、私達」




顔を赤らめて言うマコ。




「じゃあこうしよう。マコがキスしたらケンカはおしまい。マイペースにだけど、周りとも上手くやるよう努力する」




「ほ、本当に?嘘じゃないでしょうね?つか、なんでキスなのよ!そういうのは彼氏とするもんでしょ普通!」




「女の子同士でなんて今時珍しくないじゃん。つか、キスくらい普通っしょ?」




「全然普通じゃないわよ!アンタの普通と世間の普通は違うのよ!」




「いいから。するのしないのどっち?」




真顔で言う良子。

く…やるしかないのか。




「ほっぺなら…いいわよ」




「ダメ、唇」




「なんでディープなのよ!余計ダメでしょ!」




「ウチと礼菜はよくするよ」




さも当然のように言う良子。

二人がキスするシーンを想像してしまい、マコは顔を赤らめる。




「わ、私はノーマルなの!レズじゃないから!」




「だー、うっさい!」




「きゃっ!」




良子は強引にマコの唇を奪った。

キスというよりは唇を押し付けたという形に近い。

数秒そのままの状態が続くが、息が続かず、二人は離れた。




「………ファーストキスだったのに」




マコは男性ではなく女性に奪われたのがショックで仕方なかった。

多少半泣きの状態である。




「マコ」




「…もうキスは嫌よ」




「ごめんね」




「…え?」




マコは耳を疑った。今、良子は謝らなかったか?




「ウチはマコが単なるお節介の仕切り屋でそう言ってんのかと思ったんだけど、マコはウチの事をホントに考えてくれたんだね」




「…良子」




「ウチは学校の先生みたいに、みんなと一緒じゃない奴を否定する奴がマジで大嫌い。団体行動も、教室でグループ作って食事すんのも、ウチは大嫌いなの。だから担任とはよく衝突した。それでもウチは態度を改めなかった。どこの馬の骨とも知らない奴とご飯なんか食べたくない!メシが不味くなる!」




ご飯の時間ぐらい一人で食べたい。食事まで団体行動になるんじゃ、いつ一人になればいい?先生はみんなと一緒を肯定し、みんなと違う奴を必ず否定する。

教師は事あるごとに団体行動、団体行動とバカの一つ覚えのように言う。

それは将来、社会に出た時の為の訓練だとか、良い言葉で濁している。

だけど、そんなものは本当は必要がなくて、くだらないものだ。

本当に必要な物は勉強でも団体行動でもないと良子は考えている。

ただ、マニュアル通りなだけの教育だけでしてのうのうと金を貰う。

保護者が怖いから不良を叱れずに舐められ、馬鹿にされる。

教育熱心な教師なんて本当にいるのか?その答えは否だ。

ニュースを見れば、未成年者と援助交際だの、猥褻行為だの、ホテルだの…。

そんな事件が後を絶たないではないか。

教師とはもっと尊敬され、立派だと言われる職業ではなかったのか?

先生のモラルはどこにいったんだ?

公務員だから特に問題起こさずに普通にしていれば、食っていける。

そう思う教師が多すぎるのではないか?

それが間接的に生徒の心を傷つけていることに何故気づかないんだ?

それとも気づいても、見て見ぬ振りをしているというのか?

だから生徒が自殺するまで問題に向き合わない。

自殺しても自分は関係ないと言い切るクズもいる。

教師なんて職業ほどアテにできないものはない。

すべての先生がそうではないとしても、そんな先生が多すぎる。

先生なんて信頼しちゃいけないし、頼ってはいけないのだ。

奴らに頼るほどの価値は1ミリ足りともないのだ。

そんな彼らを黙らせる為に良子は必死で勉強を頑張り、結果を残した。

小学校、中学校どちらもテストでは必ず上位に入り、学年トップも珍しくなかった。

それ故に先生は次第に何も言わなくなったと良子は補足した。




「ウチはマコも先生と同じタイプだと思ったんだ。

何も考えずに周りと違う奴を頭ごなしに否定する奴じゃないかって」




「私はそんなつもりで言ったんじゃないわ。私はただ、良子に…」




「うん、それはよくわかったよ。キスはお詫びの印」




てへ★とウインクする良子。




「全然お詫びになってないから。むしろ迷惑。そういうのは礼菜とやりなさいよ…」




「礼菜とはしょっちゅうやってるからね。たまには違う人ともやらないと」




エヘッと茶目っ気な笑顔を浮かべる良子。




「あ、あのねぇ…。つか、前から気になってたんだけど二人は付き合ってるの?」




「まあね」




「ぶっちゃけどこまでやってるのよ?キスまで?」




「ナイショ。言ったら礼菜が怒る」




口に手で×を作る良子。




「私のファーストキス奪っといてナイショはないでしょ?いいから教えなさいよ~」




肘で良子をつつくマコ。




興味津々なのか、爛々と好奇の目が輝いている。




「……礼菜にはナイショだよ?」




「もち★」




不安そうな良子にマコは親指を立てて、Goodを送った。




「…まあ、キスもそれ以上もしたかな」




「それ以上って…セッ…?」




「その先は言っちゃダメ!後はご想像にお任せします」





「あの異常な仲良しさはそこから来てるのね…。なるほど」




頷くマコ。




「れ、礼菜には絶対ナイショだよ?マジギレするから」




「…りょ~こ~」




低いダミ声が聞こえてきた。




「げ、礼菜。何でここに…」




振り向くと礼菜がいた。




「帰りが遅いから心配して来てみたのよ。なのに、なんでバラすかな!?」




相当ご立腹らしくやかんが沸騰したみたいに顔を真っ赤にする礼菜。




「わわ、ゴメン。悪かったよぉ~」




平謝りする良子。




「全く…。私の身体をキスマークでいっぱいにしたりとか、外でやったりとか、中学生なのに素敵ホテルでやったとかは絶対ナイショだかんね!」




「礼菜、喋ってる喋ってる!」




「あっ…」




「………………」




礼菜とマコは絶句した。

マコは状況を想像してしまい、顔を赤らめて俯く。

言い訳するには時既に遅し。





「あははは…」




良子は苦笑いするしかなかった。




「良子のバカー!」




「ウチは何も悪くないー!」




顔を真っ赤にして良子を追いかける礼菜。

全力疾走で逃げる良子。

マコはあははと乾いた笑いをするしかなかった。

でも、これでマコと良子は仲直りできた。

痛めた拳も無駄じゃなくなった。

それだけは確かだ。




「待ちなさいー、良子!」




「ウチは何も悪くないー!」




追いかけっこが続く二人。




「あんた達ー、それくらいにしときなさいよー。もう夜遅いんだからー」




マコが大きめの声で言う。

時刻は午後9時を周っていた。




「楽しそうですねぇ」




そこで第三者の声が聞こえた。




振り向くと桜の木の下に男がいる。

年齢は10代前半ぐらい。

顔立ちが幼く、背も140程度と小さいから少年と言ったほうが正しいだろう。




「…誰、あんた?」




マコの言葉にニヤリと笑う少年。




「僕は俄瑠(がる)という者です。あなた達を殺しに来ました」




「…まさか、あんた妖魔?」




マコの言葉に頷く俄瑠。




「まぁ僕は半妖(はんよう)ですけどね」




「妖魔に魂を売り渡した元人間って事ね…」




クククと不気味な笑みを浮かべる俄瑠。

妖魔には様々な種族がいる。

半妖(はんよう)もその一つだ。

半妖は妖魔と人間のハーフであり、妖魔と人間の子供が半妖となるケースが報告されている。だが、稀に普通の人間が妖魔の力欲しさに魂を売り渡す事がある。

そういう者も半妖となり、強大な力を得ることができるのだ。

普通の妖魔と違い、知性と強大な力を兼ね備えた万能型ともいえる妖魔である。

寿命も長く、数百年以上も生きられる。




「おっと敵さんみたいだね」




追いかけっこをしていた良子と礼菜が戻ってきた。




「わかるの、良子?」




マコの質問に頷く良子。




「こんなバカ正直な殺気、感じない方がおかしいよ。ね、礼菜?」




「ええ」




良子と礼菜は獲物を抜く。




「ま、いつもみたいにサクッとやったげるよ。余裕、余裕」




良子は余裕の笑みで笑い飛ばした。




「確かに君達は普通の人間より遥かには強い。でも、僕は今までのザコと一味違うよ?」




「へぇ、どう違うの?ぜひご教授賜りたいものね」




俄瑠はハハハと笑った。




「それじゃショータイムだ」




俄瑠はパチンと指を鳴らした。

すると何処からか誰かが歩いてきた。

それは学生服を着た男達で、人数は数十人程度。

俯きながら、のそのそと歩いてきた。

目は白目で、正気だとは思えない。

しかし、どこかで見たような気がする。




「あの制服は荒覇吐?つか、アイツらはあの時の!」




マコは驚愕の表情を浮かべた。




「…始業式ん時にマコに絡んでた不良連中ね」




良子の言う通り、始業式の時、マコに絡んでいた不良連中だ。

でも、何故ここに?




「彼らは僕が操っている。心に闇を持つ者を操るなんて造作もないよ」




「…殺したの?」




良子の尋ねに俄瑠は首を横に振る。




「いや、生きている。でも、正気は失ってるから君たちの言葉は届かないだろうね」




「…なるほど。ちったあ、頭使った訳だ」




良子は駆け出し、数十人いる男子生徒全てを一瞬で斬り落とす。

首を切り裂かれた男たちは次々に倒れ、地面へと転がった。




「なっ…?」




突然の良子の行動に俄瑠は驚く。

男子生徒達は血塗れの状態で倒れ、動かなくなった。




「…だったら、殺せばいいだけだね。不良連中なんか死んでも誰も困らないわ」




良子の瞳は酷く冷たかった。

まるで機械のように冷徹で、恐ろしいぐらい感情の籠っていない瞳だった。




「ハハハハハハ!」




俄瑠は突然笑いだした。




「何が可笑しいの!」




良子は怒鳴るが、俄瑠はまだ腹をかかえて笑っていた。




「確かに不良連中なんか君にとってはどうでもいいだろう。だが、呼んだのは彼らだけじゃない。周りをよく見てごらん?」




周りを見渡すと、ぞろぞろと大勢の人間がいた。

男子学生、女子学生、OL、サラリーマンの中年男性、老人、老婆、ホームレス…。

老若男女、様々な人達がいる。

正確に数えられないが、数百人以上はいるだろう。

彼らも荒覇吐の不良学生達と同じく、白目で正気を失っている。




「ウウ……」




「ウオオオオ…」




雄叫びを上げながら、のそのそ歩いてくる。

その姿は映画やゲームに出てくるゾンビのようだ。




「ここにいるのは一般人だ。闇の声に耳を傾け、動物の本能のみを表した醜い人間達だ。いや、人間の本来あるべき姿と言うべきかな?」




「…くっ」




歯ぎしりする良子。




「いくら君でも何の罪もない一般人は斬り裂けないだろう?ましてこの人数だ。さてどう戦う?」




良子は刀を仕舞った。




「降参かい?命乞いなら聞いてやるよ」




鼻で笑う俄瑠を良子は無視する。




「礼菜、マコ。体術でこいつらを気絶させる。ウチらの武器じゃ死にかねないからね」




「了解。体術なら私の番ね!」




マコは気合いを入れて言った。




「徒手空拳しかできないけど、やってみる!」




礼菜も武器を仕舞い、構えの姿勢をとる。




「まぁ頑張ってくれたまえ。お前等、遊んでおいで★」




「ウグオオオオオオ!」




俄瑠のウインクと共に操られた人間達は襲いかかってきた。




「ノーザンライト・スープレックス!」




良子は相手の両手首を掴み、左足を一歩前に出し、自分の頭を相手の相手の右脇の下に潜らせる。右足を相手の股の間に踏み込み、掴んでいた両手首を離し、改めて両手をクラッチ。ブリッジを効かせて後方へスープレックス。

相手の脳天が地面に直撃する。




「グガアアア!」




脳天をモロに打った相手は気絶した。




「さすが良子!私も負けないわよ!スイングネックブリーカードロップ!」




マコは相手の頭を脇下に挟み込む。相手の体を捻るようにして仰向けにして、相手の後頭部を思いっきり地面に叩きつけた。




「グギャアアアアアア!」




相手はあまりの痛みに気絶してしまう。

シンプルだが威力の高いプロレス技である。




「マコ、アンタ拳法じゃなかった?なんでプロレス技なのよ」




「弟がプロレス好きでね。TVで見ている内に覚えたのよ」




ウインク溢して良子に言うマコ。




「よし、まだまだいくわよ!!」




「私も頑張る!コンバットドライバー!」




礼菜は相手の背後から相手の股を通してももを抱え込み、相手の左腕を掴み持ち上げて、自分の肩の上に座らせる。そのまま体をひねって前傾し、相手を前方へ放り投げる!




「グガアアアアアア!!」




威力抜群の技に気絶する中年サラリーマン。

この技は元・女子プロレスラー・コンバット豊田のオリジナル技だ。

良子、礼菜、マコは意外にもプロレス好きという共通点があった。

格闘技が年末年始ぐらいしかやらない昨今。かつてのプロレス番組や、現在のパソコンの動画共有サイト等で見る女達の勇姿に良子達は激しく感動したものだ。

同じ武道を極める者として、女として。

良子と礼菜は刀、マコは拳法だが、戦う心というものは決して変わらないものだ。

一応、手加減しているので一般人にプロレス技を使って大丈夫なのかというツッコミは無用である。気が付くと、良子達はほとんどの操られた人間達を気絶させていた。




「さあて、もう打ち止めかしら?」




良子はふふんと余裕の表情で俄瑠に勝ち誇る。




「くっ…」




流石の俄瑠も想定外らしく、焦りの表情を隠せない。




「降参するのはアンタらしいわね。これでゲームオーバーよ!」




しかし、俄瑠は不敵な笑みを浮かべる。





「グガアアアアアア!」

「ウグオオオオオオ!」



地面から操られた男性が良子の前後に現れ、背後に現れた男が良子を羽交い締めにする。



「しまった!くっそ、離せ!」




必死でもがくが、男は離れようとしない。




「…殺れ」




低い声で命令する俄瑠に操られた男は不気味な笑みを浮かべた。




「グヒヒヒヒ…!コロス、コロス!」




前方の男がナイフを取り出し、良子に向かって駆け出す。




「危ない良子!」




そこへマコが駆け出した。

良子は反射的に目を瞑った。

しかし、数秒経っても痛覚が来ない。

恐る恐る目を開くと、マコがいた。

マコが良子の前方に立っていた。

その胸にはナイフが突き刺さり、そこから黒いものが滴り落ちている。

それは月明かりで照らされ、赤色に光るのがわかる。

目に痛いぐらいの赤色が恐ろしいぐらいに溢れ出ている。




「り、りょうこ…。よかった…」




マコは優しい笑みを浮かべると、そのまま崩れ落ちた。




「マコォォォォ!」




良子は羽交い締めする男性を蹴り飛ばし、二人の首を刀で一瞬で斬り飛ばした。




「マコ、しっかり。しっかりして!」




良子はマコに素早く応急手当をする。




「りょうこ…だ、大丈夫…?」




途切れ途切れの声で言うマコ。




「ウチは大丈夫。大丈夫だから!」




良子は必死にマコの手を握る。

涙が幾筋も良子の頬を伝っていた。




「……よかった。友達を守れて……」




微笑するマコ。

本当に嬉しそうな笑顔だった。

友達を守れた事が本当に嬉しかったのだろう。

だが、マコの意識はそこで失われた。




「マコォォォォ!」




良子はすぐに脈を確認する。

何とか脈はあるが、このままでは危険だ。




「……許さない」




良子はゆっくりと立ち上がる。

その傍らには礼菜もいた。




「…良子。殺そう」




礼菜の言葉に頷く良子。




「…あんただけは許さない。絶対に殺してやる!」




良子と礼菜は同時に駆け出し、刀を振るう。

だが、俄瑠はすさまじいスピードで攻撃を避ける。




「お遊びが過ぎたようだ。僕は失礼するよ、お嬢さん達」




「待て!」




しかし、あまりにも速いスピードに良子達は追い付けない。

これが半妖の能力なのか?このままでは逃げられてしまう。

何とか追い付こうとする良子達だが、それよりも俄瑠の方が圧倒的に速い!





「無理無理。僕の瞬間移動能力は新幹線よりも速いのさ。人間の君たちじゃ追いつけないよ。じゃ、アディオス・アミーゴ★」




俄瑠は手を振り、更に逃げようとした。




「待てぇぇぇぇ!」




良子達の叫びも虚しく、俄瑠はどんどん遠ざかっていく。

だが、そこに一本の矢が俄瑠の胸を貫く。

良子達が振り向くと、後方に弓を持つ少女がいた。

少女は更に弓を引き、命中させる。




「ぐ…がぁぁぁぁぁぁ!」




俄瑠は逃げる間もなく、側にある木に打ち止めにされてしまう。

その姿はまるで木に打ち突けられた藁人形よろしく。

身体の数十箇所を矢によって打ち止めされ、身体の自由が効かない俄瑠。




「ぐ…くっそ!」




行動ができない俄瑠は焦った。




「今です!お二方共、とどめを!」




良子達は頷き、駆け出した。




「でやあああああ!」




「やああああ!」




「よ、よせ!止めろぉぉぉぉぉ!」




俄瑠は恐怖の表情に顔を染めていた。

そして、俄瑠はまず良子に首を斬り飛ばされ、礼菜に全身を斬り裂かれた。

緑の血が辺りに噴水のように舞い、俄瑠は絶命した。




「…よし。マコは?速く救急車を!」




「うん、急ごう!」




良子と礼菜はマコの元に駆け出すが、その傍らに先ほどの弓の少女がいた。




「…彼の者の右側に佇む天の使いよ、左に佇む天の使いから彼の者を守り、その傷を癒さん事を我願う。彼の者、死の国に旅立つ事まだ速し。汝の母の如き深き慈愛を彼の者に再び与えん事を我願う…」




不思議な蒼い光がマコを照らす。

マコがナイフで刺された部分の傷がみるみると塞がっていく…。

完全に塞ぎ終わると、光は消えた。

少女は「ふう」とため息をついた。




「これで大丈夫です。傷は完治しました。まもなく意識も戻るでしょう」




「ありがとう。友達を助けてくれて…」




良子は頭を下げた。




「ところであなたは?」




礼菜の言葉に少女は立ち上がった。




「荒覇吐学園2年C組SPコース所属・真田稲美(さなだいなみ)です。本日、午前11時を持ちまして地方遠征を終え、荒覇吐学園に復学致しました。好きな言葉は勇往邁進です。よろしくお願いします!」




少女・稲美は笑顔ではっきりと名乗った。

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